紫式部の恋---「源氏物語」誕生の謎を解く (河出文庫)

著者 :
  • 河出書房新社
4.00
  • (0)
  • (2)
  • (0)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 15
感想 : 2
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (280ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309410722

作品紹介・あらすじ

文学史に燦然と輝く名作「源氏物語」。その誕生の裏には、作者・紫式部の知られざる恋人の姿があった…。長年、「源氏」を研究してきた著者が、推理小説のごとくスリリングに作品を読み解いていく。作品合作説から、登場人物の自殺説など、作品に新たな光をあて、さらなる物語の深みへと読者を誘う。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 『源氏物語』の誕生の裏には、作者・紫式部の知られざる恋人の姿があった……。
    長年、「源氏」を研究してきた著者の読み解きは、かなりきわどいところを攻めていて大変面白かった。
    著者の解釈をすべてそのまま受け入れられるかってなると、正直うーんとなってしまう部分もあるのだけど、それでも新たな視点を得ることはできたので読んでよかったと思う。

    一番興味深かったのは具平親王のこと。
    なぜかと言うと、紫式部にとって文学や学問に秀でた具平親王は憧れの存在で、恋の噂もあったらしい……ということを以前『紫式部日記』(角川ソフィア文庫)で知ったから。

    具平親王は村上帝第七皇子として誕生する。母は荘子女王。
    村上朝といえば『源氏物語』の時代設定(醍醐・村上朝)ともいわれる頃であり、帝の後宮は「女御更衣あまたさぶらひ」という『源氏物語』の桐壺帝の後宮に似ているのだ。

    具平親王の略歴や思想、生き方などはここでは省略するが、知れば知るほど『源氏物語』の主人公光源氏のそれらに似ており、大変驚いた。
    一つ興味深いエピソードが記されていたので紹介する。
    具平親王は家に仕える雑仕女を愛しんで、女との間に生まれた子どもと三人で仲睦まじい日々を送っていた。
    ある夜、この雑仕女を連れて遍昭寺に行ったものの、女はものの怪に憑かれて死んでしまう。

    不慮の死、ものの怪のしわざ、古い大きな建物のなか、外泊中、男は高貴な身分で女は低い身分。
    『源氏物語』の「夕顔」のエピソードに似ていないだろうか。また雑仕女の名が「大顔」とも言われており、「夕顔」というタイトルもそこから着想を得たのかもしれない。

    光源氏のモデルには、具平親王以外にも、源融、源高明、藤原道長、藤原伊周、在原業平などが候補に挙がる。
    一般的には、源氏の生涯の前半部分を源高明、後半、明石から帰京以降の晩年の栄華時代は藤原道長がモデルになっていると解釈されているらしい。
    ただ私は『源氏物語』が「源氏の物語」と『紫式部日記』に記されていることを知ってからは、単純に源氏「の」物語の主人公が、源氏側から政権の座を奪う藤原氏側、つまり藤原道長が光源氏のモデルと言うことは考えられなくなっていた。

    本書では、「華々しい恋愛の甘い糖衣にくるんではいるが、これは一世源氏復権の物語である」と繰り返し述べられている。
    『源氏物語』の原点は「光の皇統奪取の物語」だと著者は言う。
    さらに著者は、具平親王の憂悶が王権の衰退であり、千種殿(具平親王の邸)に集まる学者詩人たちが摂関家におもねることをしないばかりに下積みで苦しむのを、手を拱いて眺めるしかなかったことが親王にとっては辛いことだったと読み解く。

    だとすれば、具平親王を慕う紫式部が書いた「源氏の物語」が親王の王権奪取ストーリーだとも思えてきて、自然と源氏は具平親王ではないかという気になってくる。
    「源氏の物語」は紫式部から具平親王への愛の告白、か。

    紫式部は、高貴な身分の具平親王と結ばれたとしても受領階級の娘である彼女では妻になれない。ならばと、紫式部は物語のなかで具平親王との愛を成就させようとしたのではないだろうか。
    さらに妄想は膨らむ。源氏を具平親王とするならば、彼のそばで一番幸せな人生を送った女君に自分を重ねたいと紫式部は思わないだろうか。

    紫式部の地位、立場に一番近い女君といえば、空蝉と明石の上だろう。
    中流階層の空蝉と紫式部は年齢や出身の階層などがかなり似ており、かたくななまでに源氏を拒否する頑固さは紫式部の性格に似ている。
    けれど私はどちらかといえば空蝉よりも明石の上に彼女は自身を重ねたのではないかなと思う。明石の上も空蝉と同様に生真面目で頑固で、そして身のほどをわきまえる女性だ。

    そんな明石の上が華やかなヒロインとなれるのが「玉鬘」の衣配りのエピソードだろう。
    源氏が贈った装束を身につけた明石の上はとても美しく、源氏は紫の上のことが気になりながらも、新年の第一夜を彼女の元で過ごすのだ。
    私は高慢で陰湿は面もある紫式部のことはあまり好きではないのだけど、このエピソードの明石の上に紫式部が自分を重ねたとしたら、彼女の精一杯のいじらしさを感じて、とても可愛いなと思う。彼女はツンデレ気質なのかもしれないなって。
    源氏には紫の上がいたし、明石の上も他の女君同様に女性として幸せだったとは言いがたいけれど、それでも彼女は源氏の妻、中宮の生母、東宮の祖母という立派な地位と身分を紫式部から与えられた。

    話を「光の皇統奪取の物語」に戻すと、『源氏物語』が王権奪取の物語とすれば、表向きは源氏の弟で、実は我が子である冷泉が帝となったことでその願いは成就する。
    ここでいつも気になるのが桐壺帝は冷泉が源氏の子だと知っていたのか、知らなかったのか、という問題。私は帝は知っていたと思う。知っていながら源氏への深い愛情から黙っていたのだと。
    けれど今回、桐壺帝は「皇統を摂関家の手から取り戻し、王権を回復したかった」という政方面からの見方もあるということを知ることができ、衝撃的で面白かった。だとしたら冷泉が源氏の子だというのは桐壺帝にとっては知らないふりをしている方がいいのだろう。
    そうして源氏自身も准太上天皇の位につく。この源氏の素晴らしい出世は紫式部から具平親王への贈り物だったのかもしれないと著者と同じように私も思った。

    藤原道長と紫式部の関係については、『紫式部日記』(角川ソフィア文庫)の感想で妄想を爆発させながら書いたので省略するが、紫式部が道長に恋をした時期があったのは間違いないと思う。
    また道長もある時期まで紫式部に好意を抱いてはいたと思うのだけど、その好意は恋でなかったと私は思うのだ。
    道長は長男頼通と具平親王の娘隆姫との縁談をまとめたいと考え、紫式部に相談する。しかしその話に当惑する彼女を見て、道長は紫式部に利用価値はなくなったと判断し、彼女をバッサリ切り捨てたのだと思っている。

    さてさて、来年の大河ドラマ『光る君へ』の藤原道長と紫式部はどんなドロドロした愛憎劇を見せてくれるのだろう。
    そして二人の亀裂の原因だったかもしれず、また道長の脅威でもあっただろう具平親王はどのように描かれるのだろう。
    具平親王と紫式部のときめきシーンもあったらいいのに……、あれ、具平親王は登場しない!?
    私は一条朝が大好きで、一条天皇、藤原道長、藤原行成、彰子、定子……大好きな人物がたくさんいるのだけど、『光る君へ』では藤原公任も気になるんだよね。なぜなら公任役の町田啓太さんがかっこいいからですっ。
    「この辺りに若紫はおいでですか?」のシーンはぜひとも見たい。あるよね、きっと。
    そういえば藤原公任も具平親王と仲が良かったはず。うーん、具平親王も登場してほしいな。
    でもやっぱり光源氏のモデルは道長となるのだろうね。

    • Macomi55さん
      地球っ子さん
      こんにちは!
      紫式部が空蝉と明石の君に自身を重ねているとは目から鱗の見方ですね!
      一つの物語の周辺の文献を読みまくっている地球...
      地球っ子さん
      こんにちは!
      紫式部が空蝉と明石の君に自身を重ねているとは目から鱗の見方ですね!
      一つの物語の周辺の文献を読みまくっている地球っ子さんには頭が上がりません。
      2023/09/17
    • 地球っこさん
      Macomiさん こんにちは~

      いやいやいや、行き当たりばったりの私です 笑
      すぐに感情方面から何でも読んでしまうので、たまにこういうもの...
      Macomiさん こんにちは~

      いやいやいや、行き当たりばったりの私です 笑
      すぐに感情方面から何でも読んでしまうので、たまにこういうものを読むと面白いです。

      紫式部と境遇が似ているからといって、その女君に自分を重ねた……というのは、もしかしたら第三者からの「当然そうだろう」という見方であって、もしかしたら意外な人物がお気に入りで、その人に重ねたかもしれませんね。
      あれだけたくさんの女君が登場するのですから。
      今、ふと思いました(*^^*)
      2023/09/17
  • 2011年3月10日購入。
    2011年4月13日読了。

全2件中 1 - 2件を表示

著者プロフィール

1922年東京生まれ。作家。東京女子大学卒業。旧文部省、NHK、武蔵野女子大学などに勤務。主な著書に『永井荷風文がたみ』『田端文士村』『本郷菊富士ホテル』『馬込文士村』『一葉のきもの』など多数。

「2019年 『文豪のきもの』 で使われていた紹介文から引用しています。」

近藤富枝の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×