民俗のふるさと (河出文庫)

著者 :
  • 河出書房新社
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本棚登録 : 168
感想 : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (268ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309411385

作品紹介・あらすじ

日本に古くから伝えられている生活文化を理解するには、まず古いものを温存してきた村や町が、どのように発達して今日に到って来たかを知っておく必要がある、という視点から具体的にまとめられた、日本人の魂の根底に遡る生活空間論。町と村の実態調査からコミュニティー史を描く宮本民俗学の到達点。

感想・レビュー・書評

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  • 江戸後期から昭和初期にかけた日本における民俗の変遷について。日本の社会の構成を庶民の視点からまとめている。

    村八分は明治時代に発生するようになったが、それでも全国的に見ても稀な事象であったことは新しい発見。ハチブは、した側にも不利益があって、村落単位で50年や100年に一回の頻度だそう。

  • 都会/田舎、町/村の成立過程や習俗の違いを著述してある書籍。
    ある意味、どのような日本人論よりも濃い内容になっているように感じた。

    処分日2014/09/20

  • 最後の方にこけし人形の始まりの話もチラリと。

  • 1964年(昭和39年)東京オリンピックの年に書き下ろされて1975年に改訂されたものを底本に文庫化。
    日本の都会はどうやってできていったのか、都会の暮らしはどうやってなったのかということを、村ができて、そこではどんな暮らしが営まれていたか、そして村が町になっていって、と、この順ではないけれど自身が調査に入った村での聞き取りなどをもとに書かれている。

    日本人の生きてきた様がとても興味深い。
    大分県杵築市の納屋部落、世間的な秩序の外に立ち生き生きと暮らしていた漁師の話とか。

    「賎民のムラ」での職業とムラの作られ方が分かりやすい。「生業の推移」も読みたいと思う。

    国勢調査が始まったのは大正9年なのか。

  • 日本の都市や農村で、何が変わり何が残っているのかについての重要な示唆が詰まった一冊。本書が書かれたのは戦後、都市人口が急激に膨張した時代であり、そこでは必然的に都市と農村のせめぎ合いが強く意識されたことだろう。農村コミュニティが急速に解体し都市化が進む一方で、農村国家としてのアイデンティティが喪われるかと思いきや、農村出身の都市居住者により辛うじて受け継がれる様々な風習に、著者は頼もしさと弱々しさを同時に感じていたことだろう。世に出て半世紀が経過する本書だが、今読んでも驚くほど違和感を感じる部分が少ない。変わったつもりでも変わらない部分の大きさに改めて驚かされる。

  • この本は町における、村における「ふるさと」を題材にしており、地方や村やコミュニティに関心のある人には必読と思われる。
    中盤以降の村の話は、身近に感じつつ読後は複雑な心境になった。

    ・人口が増えたことにより土地でまかなえる人数に余裕がなくなるため次男三男は明治以降では町へ出て行き、町の成立がそういった村の出身者の集まりであったこと。
    ・島に一戸だけしかない暮らしをする家族の事例をもとに、人は群れて住まざるを得ないこと。
    ・村は一種の共同事業体であり、共同作業を通じてまとまる地域における「講」「村八分」といったことは、いわばそれ自体で国家介入なしの社会保障制度であったこと。
    ・そしてそれが同業者以外の流入や農地解放により共同体が崩れていく過程を説明している。つまりそれは地域に親方がいなくなること、仲間が没落するのを赦すことにつながっていくのだが、増える子に土地を分けるためには没落者が必要なのだ。

    明治以降人口が急増した日本のキャッチフレーズ「立身出世」は、村を憂いなく出て行く動きにつながっているが、若者がこういった苦難の道を選ぶのも、村にとどまっては将来がまずしい百姓の一生である場合が多かったとし、一方で、昭和の高度成長期の社宅に住む婦人が新聞に投稿した一文の紹介では、それは村以上に窮屈なコミュニティなのだと。

    人口動態と村の習慣がどのくらい残っているかを比較したり、様々な暮らしの現場を見続けた著者の深いまなざしを通して、複眼的に時代を見ることに役立つ。

    時代は常に過渡期だ。仮に周回遅れで最先端となることがあっても、そのまた先は変わってくる。過去の著作に目を通そう。

  • ムラの成り立ち、発展のあり方について、非常に明瞭に書かれた良書。やはり、氏は民俗学の巨匠であると思う。

  • ちょっと物知りになった。

  • 民俗学との出会いの一冊。 一様に貧しかった、かつての日本の民衆。ムラ協同の力で乗り切り結束して生きてきた、その結束と仕来(しきたり)、そこに住む人々の営み。 江戸時代以降、明治・大正・昭和・戦後の変遷。 ムラハチブ、間引、オジ・オバの存在。 歴史とはまた違う、日本の歩みをまだまだ学ぶ必要がある。

  • この本はこれまで私が読んできた他の宮本常一の本たちと、ちょっと様子が違う。
    民俗学は民俗学なのだが、俯瞰的・通史的な観点が入って、歴史学的な著述となっているのだ。町や村の「なりたち」を問うということは、継起した事象の因果関係を追うことであり、それを体系化していくと民俗学とも人類学ともちょっと違う場所に行ってしまうようだ。
    私の好みとしては、今回の宮本常一はいまひとつだった。
    ちょっと面白かったのは、著者によると「村八分」というのは明治以降、つまりムラが解体しはじめたとき、共同体の維持のためにとられた方策だという指摘だ。
    つまり、それ以前はムラの掟にわざわざさからう輩はいなかったのに、明治維新という「近代化」によって個人が自立化し、共同体から離れ始めた。村八分はそれを罰し、共同体を守ろうとしたわけだ。
    宮本さんの言うとおり、江戸時代に村八分がなかったかどうかさだかではないが、そうだとすると、近代化=個人主義化=自由化の波にあらがい、共同体はかつての「自然なむすびつき」を失って、懲罰を処する「権力構造」を武装したということになる。それ以前には、共同体は構造的な権力を必要としなかった。
    ちょっとおおざっぱな見方になってしまったが、ついでに連想を広げていくと、子供たちの世界に「権力構造」がなく、素朴な結びつきしかないのであれば、「いじめ」もまた存在せずに済むのかもしれないと思った。

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著者プロフィール

1907年(明治40)~1981年(昭和56)。山口県周防大島に生まれる。柳田國男の「旅と伝説」を手にしたことがきっかけとなり、柳田國男、澁澤敬三という生涯の師に出会い、民俗学者への道を歩み始める。1939年(昭和14)、澁澤の主宰するアチック・ミューゼアムの所員となり、五七歳で武蔵野美術大学に奉職するまで、在野の民俗学者として日本の津々浦々を歩き、離島や地方の農山漁村の生活を記録に残すと共に村々の生活向上に尽力した。1953年(昭和28)、全国離島振興協議会結成とともに無給事務局長に就任して以降、1981年1月に73歳で没するまで、全国の離島振興運動の指導者として運動の先頭に立ちつづけた。また、1966年(昭和41)に日本観光文化研究所を設立、後進の育成にも努めた。「忘れられた日本人」(岩波文庫)、「宮本常一著作集」(未來社)、「宮本常一離島論集」(みずのわ出版)他、多数の著作を遺した。宮本の遺品、著作・蔵書、写真類は遺族から山口県東和町(現周防大島町)に寄贈され、宮本常一記念館(周防大島文化交流センター)が所蔵している。

「2022年 『ふるさとを憶う 宮本常一ふるさと選書』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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