科学以前の心 (河出文庫)

著者 :
制作 : 福岡 伸一 
  • 河出書房新社
3.87
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本棚登録 : 155
レビュー : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (344ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309412122

作品紹介・あらすじ

雪の研究に一生を捧げた、日本を代表する科学者にして名随筆家・中谷宇吉郎のベスト&レア・エッセイを生物学者・福岡伸一氏が集成。学生時代を過ごした金沢の旧家での思い出から科学する心の大切さを説いた表題作のほか、日食や気象、温泉や料理、映画に書道に古寺名刹、戦中戦後の疲弊と希望、そして原子力やコンピュータまで、精密な知性とみずみずしい感性が織りなす、珠玉のエッセイ25篇。

感想・レビュー・書評

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  • 雪の研究に生涯をささげ、世界で初めて人工雪の生成に成功した中谷宇吉郎の随筆を、生物学者・福岡伸一がセレクトしたもの。編者の言葉として、「精密な知性とみずみずしい感性が織りなす珠玉のエッセイ」という表現があるが、まさにその通りだと思う。特に個人的に心を揺さぶられるのが、子供の頃のエピソードを綴った数々。なぜかキラキラと輝くようなまぶしさというか、ジンワリ湧き出るようななつかしさというか、不思議な温かさを感じるのは、やはり筆者の人間性のなせる技なのだろうか。時代の細やかな描写もさることながら、科学、気象、文化、コンピュータ、原子力に至るまで幅広いテーマが収められており、中でも原子の力が原爆という形で実用化されたことの意味を重くとらえた宇吉郎が、「原子力の開放が、人類の文化の滅亡をきたすか、地上に天国を築くか、(中略)それを決定するものは科学ではなく人間性である。」(昭和25年1月「未来の足音」より)と言っているのは、時代を考えると心に響く。しかも、この問題について、人類の半数を占め、子供を味方に持つ女性たちの任務は重いとさえ言っている。
    人間だけにとって都合の良い便利さを求めてきた時代の曲がり角に立つ今、本来あるべき方向に向かって舵を切るには何が必要かを見つけるヒントを数多く与えてくれる随筆集といえる。

  • 編者後書にあるように「中谷博士の文章は優れて可視的であることにその特性がある」
    「古寺随想」の京都の寺院を拝観する描写など、実に視覚的で、凡百の観光録と違う。美しい科学者の文章だ。雪国の温泉に一泊する時に雪にちなんだ本をと思って帯同したが、知らなかった随筆家の一面を堪能した。

    [more]<blockquote>P10 氷雪を思慕するというような心情が我々のどこかに秘められていて,その一つの現れと見られる現象であるかもしれない。もっとも日本人が脂肪質をたくさん食べ,毛織物を一般に用いるようになったためかとも考えられる。

    P97 非科学的というのは,論理が間違っているか,知識が足りないことに起因する場合が多い。どんなに間違っていても,とにかく論理のある場合には,その是正は可能であり,知識はゼロから出発しても,いつかは一定の量に達せしめることができる。しかし科学以前の考え方は全く質の異なったものである。それは抜くべからざる因習に根ざしているか、それ自身に罪はないがしかし泥のような質の無知か,または自分にも意識していない一種の瞋恚(しんに)に似た感情が,その裏付けをしている場合が多い。
    そういうものの考え方も,平時にあっては,複雑な社会生活における一種の陰影のような役割をつとめているものとして見逃しておくほうが賢明なのであろう。

    P128 バターと蜂蜜とを練ったような本がたくさんあって,それらを自由に読むことができれば,子供たちは大変幸せである。しかしあまり栄養物ばかり食べさせておくと,芯が弱くなる恐れがありはしないかという気もする。たまには面白くて為にならない本も読ませたほうがよさそうである。

    P138 いろいろの雑魚がまだ砂にまみれながら銀色に光っている。そんなのを買ってきて,すぐ簡単に塩をふって焼くと,魚は金網の上に反り返る。そして身がはじけてジージーと脂を炭火のうえに落とすのである。それを細君が太い箸でつまみ上げて皿の上に乗せてくれるのに醤油の数滴をたらすとじゅっといってしみ込むのである。まあこんなところを味覚の秋とでもいうのであろう。到るところに人生があるという文句がふと思い浮かべられた。

    P172 馴鹿(トナカイ)の蹄は指ごとについていて,踏んだ時は趾が広がるので,深い雪の中を走る時には,かんじきを履いたようになるのだそうである。それが,足を上げた時には窄まるので,蹄の触れ合う音が,ぱっぱっと軽い響きをたてる。周囲には何の音もないこの凍土の地帯では,人間も寒さに身をこごらせて,黙ってこの馴鹿の蹄の音に聞き入るばかりである。

    P200 子供というものは,魚粉と稲茎の粉との混じった団子を食ったことは忘れるが,そのとき聞いたアマゾンの秘境の情景はなかなか忘れないものである。

    P220 どの墨がどのような墨色をしていたかはすっかり忘れてしまったが,支那の古い墨の一つには透き徹るような青みを帯びた墨があったが,あの色だけは忘れかねるものがあった。「幼児の瞳をのぞいたような感じというのはこんな色をいうのでしょうね」

    P251 生を意識して死を怖れないことと,生も死も意識しないこととは,比較のできないことなのである。

    P286 歯車には,大小があり,その配置には上下左右がある。もし一つ一つの歯車が,みな同じ大きさであることを要求し,あるいはこんな隅のほうに押し込められるのは嫌だといったら、機械の組立てようがない。機械の内部を見た人が,あんな小さい歯車だとか,あんな隅にあるとかいって,その歯車を軽蔑することは,決してない。

    P313 すべての事柄について,ちょっと気がついた時に,すぐ直して,いつでも整備した状態で保っておくことは,精神的に怠け癖のついた人にはできない。この精神的怠惰がどこから来るかというに,一番の原因は,頭脳の疲労である。そしてその疲労は,不必要なことに,精神力を無駄遣いしているところから来るように私には思われる。たいていのことは,イエスかノーかで片付くはずのところを,不必要な精神力の垢をその上に塗り付けることによって,大切な精神力を浪費するのはつまらないことである。</blockquote>

  • 『機械の恋』の章にとても惹かれた。そうだなと思う内容だった。
    科学的な姿勢というものはどこか冷たく思えていたが、中谷さんの科学的な姿勢は冷淡でなく、暖かみがあり人間らしかった。
    本書には見落としたこと、気づかなかったこと、読み取れなかったことがまだまだあるように思う。また、いずれ読み返したい。

  • 雪の研究者である中谷宇吉郎氏の科学にまつわるエッセイ。雪今昔物語の雪の結晶を天皇に見せる話。雪の結晶をスタッフと徹夜で準備して、身体の不調もなんとかやりきる。終わって、伊東に養生しにいく。ちょうど大雪予報の東京から、出張で伊東へ。こんな偶然あるだろうか。
    昔ながらの生活、伝統は計算して、あるロジックで導き出される科学的な解釈ではない。筆者は、それを科学以前として、撲滅するのではなく、優しい眼差しでもって整理しておく。つまりは、すぐ否定せずとも淘汰されていくと考えている。すごいのは、これが昭和16年に書かれたものであることだ。科学を盲信し、戦争、テロ、無差別殺人、環境汚染、原子力。こうした負の部分をある種、導き出した科学、そして科学で説明不能な理論を予言しているかのようだ。AIが台頭し、いまは、きっと科学の次に来るものを探しているのだから。
    本統の科学とは、不思議を解決するだけでなく、平凡な世界の中に不思議を感ずることも重要な要素。河童を知らない子供は可哀想だ。科学者として、この言葉は本当に素晴らしい。北海道の自然の中にあって、お寺回りやスキーなど、科学的でない活動にその魅力を感じ、視野だけでなく、行動の幅広さをもっともっと求めて行かなくてはと思わされる。

  • 「イグアノドンの唄」とそれに対する文庫の解説が心に残った。

  • 雪の研究の第一人者の中谷宇吉郎博士のエッセイ集。主題は時代を感じるものが多いが、それを感じさせない鋭く理路整然とした書き方に引き込まれる。雪今昔物語、科学以前の心、私の履歴書、何かをする前に...が特に好き。

  • 雪の研究の第一人者である著者。科学的とは「なにかをする前に考えてみること」だそうだ。そんな信条の著者だからか、シンプルで無駄のない言葉で書かれた文章は、静かで寒い冬にじっくり味わって読むのにぴったりだ。

  • 雪の研究で著名な中谷先生の随筆を福岡先生がチョイスしたアンソロジー。科学の心を平易な言葉で伝えようとしたもので、主観をできるだけ廃したかに見える文章が、実は雄弁であることに気づきます。いい本でした。

  • 師匠の寺田直伝の文章の切れ味。

  • 「なにかをする前に、ちょっと考えてみること」と「機械の恋」を特に興味深く読んだ。
    協力体制のことや、整理整頓のこと。生活や仕事に役立つ助言がたくさんあった。

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著者プロフィール

1900年石川県生まれ。物理学者。東京帝国大学理学部で寺田寅彦に師事し、卒業後は理化学研究所で寺田の助手となる。北海道帝国大学教授、北海道大学教授を務め、1962年没。雪の結晶の研究や、人工雪の開発に成果を上げ、随筆家としても知られる。主な著書に『冬の華』『楡の花』『立春の卵』『雪』『科学の方法』ほか。生地の石川県加賀市に「中谷宇吉郎 雪の科学館」がある。

「2014年 『寺田寅彦 わが師の追想』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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