小説の読み方、書き方、訳し方 (河出文庫)

  • 河出書房新社
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本棚登録 : 265
レビュー : 23
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309412153

作品紹介・あらすじ

小説は、読むだけで終わらせたらもったいない。読んで、書いて、訳してみれば、一〇〇倍楽しめるはず!"読む=書く=訳す"ためのメソッドを、わかりやすく、かつ実践的に解説。文豪と人気翻訳者が対話形式で贈る、究極の小説入門。

感想・レビュー・書評

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  • 単行本で読み、文庫で再読。
    村上春樹を師と仰いでいるらしい柴田元幸と、「村上さん」に対して複雑な思いを抱えているらしい高橋源一郎が伝わってくる。
    例えば、柴田さんが言った一言に対し、高橋さんが「だとすればすごいですよね」と返すところなど。その点、同じ村上でも村上龍はもうちょっと手放しで評価してる。なぜなら無意識の世界の住人だから。大江健三郎もそう。そして、柴田元幸もまた、本書を読んで、無意識の住人なんだということがわかった。というのも高橋源一郎が過剰なくらいに理知的な作家だから。
    互いに互いを敬いながらも、なにか根本的に異なる部分が常にあって、村上春樹の代わりに柴田さんが対話しているんじゃないかと思われる瞬間もあった。
    どちらが自由かといえば、柴田元幸に軍配があがる。理由は、直観。

  • 小説家高橋源一郎と翻訳家柴田元幸が「小説」をめぐって対談をしたもの。対談ものは大概の場合つまらなくなることが多いが、この本は比較的面白く読めた。それは、両者の力量というものもあるのだけれども、しっかりとした筋が通った構成になっていることによることも大きいし、興味のスペースが合致していることも大きく、相手を小説家と翻訳家としてレスペクトしていることもまた大きい。

    本書の構成は、まずは柴田さんが高橋さんに小説について訊く体の対談から始まり、それを受けて後日高橋さんが柴田さんに翻訳について訊ねた対談をまとめた章が続く。そして、海外文学からそれぞれ30冊づつを選びそれについて語り、日本文学からも海外に翻訳してほしいという観点からそれぞれ30冊づつが選び、それについて語るというものになっている。

    序説に置かれた「読む」時の小説は、固定でできていて、「書く」時の小説は気体でできていて、「翻訳する」時の小説は液体でできているという比喩は、なんとなく理解できる。小説に限らず確からしさについて、自分が書くものがどのようにでも書かれることができるような気がするのに、他社によって書かれたものは、ある意味でこう書かれるより他なかったようなものとしてそこにあるような気がするからだ。小説に翻訳という軸を加えることでいくらかのケミストリーが生まれている。実は高橋さんもジェイ・マキナニーの『ブライト・ライツ・ビッグシティ』を訳していて、とても素晴らしい小説だったという記憶がある(中身の記憶はないが)。高橋さんがなぜあの小説を殊更に訳したのかは聞いてみたい気がする。

    本書の中では、翻訳について語るということで海外の小説、特にアメリカの小説について語ることが多いこともあってか、村上春樹の名前が挙げられることも多い。そして、村上春樹を日本文学において高い重要性を持つ作家という前提で話をしていることにも興味深い。特に高橋さんは、村上さんの小説を日本語に違和感を持ち込み、日本語を拡げるものであったと評価する。それがそれまでの日本文学ではないことが『風の歌を聴け』の1ページ目からわかったという。だったら、もっと高橋さんに村上さんを評してもらいたいところなのだけれども。村上春樹とも関係が深い柴田さんは、村上春樹のことをカート・ヴォネガットに似ていて、高橋源一郎はドナルド・バーセルミに似ているとする。どちらも読んだことがないのだけれど、どちらにもとても先入観を持ってしまったので、ちゃんと読めるのか心配だ。

    海外小説60冊、国内小説60冊が紹介されているのだが、自分がその中で読んだことがある小説は海外小説4冊、日本小説6冊という低率(1割以下)だった。しかも、村上春樹関係3冊、高橋源一郎2冊とずいぶんと偏っている。やはり小説読みではないのだ。

    <海外小説>
    『心臓を貫かれて』(マイケル・ギルモア 村上春樹訳)
    『本当の戦争の話をしよう』(ティム・オブライエン 村上春樹訳)
    『ソドムの百二十日』(マルキ・ド・サド 佐藤晴夫約)
    『不滅』(ミラン・クンデラ 菅野昭正約)
    <日本小説>
    『君が代は千代に八千代に』(高橋源一郎)
    『海辺のカフカ』(村上春樹)
    『日本文学盛衰史』(高橋源一郎)
    『虚人たち』(筒井康隆)
    『枯木灘』(中上健次)
    『香子・妻隠』(古井由吉)

    それにしても日本文学を語るところで、中上健次の存在は彼らの言葉からも異質でその存在が日本の小説へ大きな影響をもっていたのだなということがはっきりとわかった。もう少し長生きをすべき人であったのだと。

    高橋さんが「ニッポンの小説」を論ずるにあたり、かって評価した小島信夫の『残光』や猫田道子の『うわさのベーコン』、綿矢りさの『インストール』の中の小品『you can keep it』をここでも取り上げて、日本語を壊すものとして持ってきている。『さよなら、ニッポン』や『ぼくらの文章教室』で解説をしてみせているが、これを海外に紹介していいのか(できるのか)というもの。同じ面子が、ブコウスキーの『パルプ』をべた褒めするので、怖いものみたさで読みたい気もするが、やっぱり遠慮したい気もする。なにせ小説のOSを初期化するというものであるからだ。そういった議論の上で、小説を信頼し、その生き延びるためのいいかげんさを評価し、「小説より面白いものは、この世に存在しない」と語る高橋さんが素晴らしい。

    翻訳の問題を語ると、日本小説の問題も含めていずれも明治期の近代日本文学の誕生に突き当たる。高橋さん自身がそのことにもっとも意識的であろうとしているからこの対談でもそこに議論は行き着く。森鴎外、夏目漱石、二葉亭四迷が似ているというのはいずれも外国語とぶつかった経験からきているという指摘は面白い。「恋愛」や「青春」も「アメリカ」からの輸入品であったというが、その賞味期限ももはや切れた。そういった意味で、「歴史の本を読めば歴史がわかるし、法律の本を読めば法律がわかるんだけど、文学を読むとなぜか文学がわかるのではなくて人生がわかると考えられていた時期があった」という。それはある意味「不純」な読み方であり、今は正しい読み方と正しい読者だけが残っているのでは。「小説家は先生ではなくなった」が、「それはたぶんいいこと」だと。

    本書の中ではこの対談の前に試行錯誤をしていた『ゴーストバスターズ』や『日本文学盛衰史』について率直に言及をしていて、特に高橋さん自身が『ゴーストバスターズ』について「失敗した」と明言している。そして柴田さんもそのことを否定することをせずに対話を続ける。また、『日本文学盛衰史』は、最後のシーンを決めて書き始めたのだけれど、漱石の「修善寺の大患」を書く予定の回のときに偶然にも同じく胃潰瘍で倒れたことが原因でその予定が違ったものになったというのは初めて知った。「原宿の大患」と「息子の大患」は高橋さんにとても大きな影響を与える出来事だったが、小説にも直接的かつ具体的に影響を与えていたのかと。時系列としてはこの対談後に書かれた『銀河鉄道の彼方に』についてはどのように評価をしているのだろう。『銀河鉄道の夜』を試行錯誤の上の到達点であると自分は認識をしていて、これこそ海外に翻訳されるべきなのではないかと思っているのだ。そのためには宮沢賢治から翻訳していかなければならないのだが。

    どこか高橋さんに柴田さんが合わせたという感もあるが、日本文学を語るに翻訳の問題を絡めることで、日本文学のポジションについてもわかりやすさも出た良書。

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    『ニッポンの小説―百年の孤独』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/416368610X
    『さよなら、ニッポン』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4163736905
    『ぼくらの文章教室』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4022510773
    『銀河鉄道の彼方に』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4087714365

  • 小説に関する対談集。小説家と翻訳家の対談が読める、貴重な一冊。二人の読書量に驚いた。

  • 面白い!!

    小説・評論を書くコードは同じだとか、
    小説は書けても詩は書けないとか、
    文章そのものに興味がある人は楽しめると思います。

    小説にも3種類あって、
    1.コードをコードのまま書く(起承転結・物語)
    2.コードを用いつつも、それとは異なる次元のテーマ描く
    3.コードを破棄する、またはコードはコードだとネタ晴らししちゃう。
      さらにいえば、コードの仕組みを解説したり、脱構築したり、実験しちゃったりする。

    というもの。

    こうわかりやすく書いて頂けると一目瞭然。
    私は、あきらかに2・3が好きで1にはあまり乗れません。
    あまり実験的過ぎてもダメなのですが・・・。
    好みの幅が狭いんですね。。。

    まだ読み途中ですが凄く面白かったので、
    柴田元幸さん訳の「パルプ」を早速アマゾンマーケットプレイスで購入しました笑

  • 作家・高橋源一郎と、翻訳家・柴田元幸の対話集。タイトル通り、読み方、書き方、訳し方の章に分かれていて、「小説の書き方」は、柴田元幸のほうから作家の高橋源一郎にインタビューする形、「小説の訳し方」は逆に高橋源一郎が翻訳家・柴田元幸にインタビュー、「小説の読み方」は海外文学編と日本文学編に分かれていて、それぞれお気に入りの30冊を選んで、それについて対談という感じ。けしてこれを読めば小説が書けるようになるとか翻訳ができるようになるとか、そういった類いの入門書ではありません(笑)。

    とにかく全部の対話の内容が濃い!痒いところに手が届いたり、目からウロコが落ちたり、全てのページにラインを引きたいくらい面白かったです。もうずっと「へええ!」とか「ほほう!」とか感心してました(笑)。

    個人的には、高橋源一郎の文学観もすごく面白いんだけど、柴田元幸の翻訳者としての視点が、自分にはないものなので新鮮。本を読むときに「これを英語に訳したらどうなるか」とか普通は考えながら読まないですもんね。確かに町田康のあの独特の文体なんかを別の言語に訳すとしたら一体どうやって伝えればいいのか、皆目見当もつきません(苦笑)。たとえばあの関西弁を標準語に変換するだけでも面白さ半減なわけだし。それをつきつめると結局「文学は思想ではなく文体」ってことになっちゃう、みたいな話をしていて、ああなるほど、と思いました。物語(すじがき)や思想は翻訳でも損なわれないだろうけど、文体となるとねえ、うん、難しい。そういう意味ではエンタメ作品のほうが言語に制約を受けないのかもと思ったりもして。

    後半の「読み方」は、日本文学史全体の流れをつかみつつ、じゃあ次はこの作家のこの作品を読んでみようというブックガイド的にも使えるし、お二方の村上春樹評や、大江健三郎、中上健次、金井美惠子なんかの捉え方が独自で面白く、今後ちょっと視点を変えて読んでみようかなという気持ちにもさせられました。海外文学のほうは、どうしても米文学に若干偏ってしまうので、あんまりマニアックだとわからなかったりしたんですが、あの作家ってそういう位置づけなんだ~とか、知らないことを知る楽しさがあったかな。

  • 柴田元幸と高橋源一郎が小説について対談している一冊。
    柴田元幸の名に惹かれてこの本を買ったワタシのような人間からすると、喋りたくて仕方がない高橋が柴田という最高の聞き手を迎えて思う存分喋っているという印象。もう少し柴田に語らせて欲しいところだ。翻訳という行為を視覚化すると「ここに壁があってそこに一人しか乗れない踏み台がある。壁の向こうの庭で何か面白いことが起きていて、一人が登って下の子どもたちに向かって壁の向こうで何が起きているかを報告する」というイメージだ、という柴田の名言も飛び出しているのだから、もっと引き出してくれたらさらに面白い対談になったと思う。とは言え、対談の中身はなかなか濃い。日本文学礼賛し過ぎでは、と思うところもなくはないが、この二人がそう仰るのならそれもアリ。
    後半で、二人がそれぞれ選んだ海外小説30冊と日本の小説30冊を紹介しているのも嬉しい。読みたい本が増えてしまったのは悩ましいが。

  • 小説を読む=書く=訳す、は全てイコールで結ばれる。
    ●本当のことを言うのが文学だというのは、実はまったくの嘘なんですね。でも、よく考えてみたら、これは文学に限ったことではなくて、この世界こ構造は基本的に「本当のことは言わない」ということなのかもしれない。つまり「コード」というのは、そういうことですよね。
    ●文学の面白いところは、世間と一回切れているようで、実はむちゃくちゃ影響を受けている、つまり、通俗そのものであるところなんですね。

  • その特殊性故に寛容な高橋源一郎と柴田元幸の読書に関する対話。ひとり語りより対話のほうがわかりやすいと思う。高橋源一郎的な疑義を文学に抱いている人には特に面白い一冊だと思う。

  • この中に書かれている色んな作家の人たちの本が読みたくてしょうがなくなったw借りて片っ端から読んでみよう!

  • 生活にストイックな点で、鴎外と村上春樹は似ている?
    アメリカ文学は自己意識の文学だったけれど、グローバル化の進行で、日本文学とも意識の上での差がなくなった?
    ごくわずかしかアメリカ文学に馴染みがないので、柴田さん、高橋さんというアメリカ文学の偉大な読み手を通してみると、また違う日本文学像が見えてくる。

    日本の文学が、現在の「ニッポンの文学」にへんしつする結節点にいるのが中上健次なのだとか。
    言葉が壊れているというのがその徴なのだそうだが…。
    翻訳文のリズムとか、言葉の壊れ方などは、どういうことかわかりにくい。
    できれば作品を引用してほしいところだ。

    最後の方に、二人がそれぞれ選んだ海外小説30、現代日本の小説30が挙げられていた。
    …外国文学をあまり読んでいないはずなのに、読んだことがある作品や名前だけでも知っている作品は海外小説の方が多かった。
    いかに普段自分が読んでいる小説がテキトーなものばかりなのかが分かる(苦笑)。

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著者プロフィール

柴田元幸(しばた・もとゆき)
1954年東京都生まれのアメリカ文学研究者、翻訳家。東京大学文学部名誉教授。ポール・オースター、レベッカ・ブラウン、スティーヴン・ミルハウザー、スチュアート・ダイベック、スティーヴ・エリクソンなど、現代アメリカ文学を数多く翻訳。
2010年、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』(新潮社)で日本翻訳文化賞を受賞。マーク・トウェインの翻訳に、『トム・ソーヤーの冒険』『ジム・スマイリーの跳び蛙―マーク・トウェイン傑作選―』(新潮文庫)、最近の翻訳に、ジャック・ロンドン『犬物語』(スイッチ・パブリッシング)やレアード・ハント『ネバーホーム』(朝日新聞出版)、編訳書に、レアード・ハント『英文創作教室 Writing Your Own Stories』(研究社)など。文芸誌『MONKEY』、および英語文芸誌Monkey Business 責任編集。2017年、早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。

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