邪宗門 下 (河出文庫 た 13-13)

著者 :
  • 河出書房新社
4.32
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感想 : 18
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  • Amazon.co.jp ・本 (617ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309413105

感想・レビュー・書評

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  • 戦時中までの経緯は、それなりに面白く読んだ。ひのもと教霊会の教義にも共感できた。
    しかし、戦後、彼らがいったい何を求めたのか、千葉潔がいったい何を企みあのような行動をとったのか、何一つ理解できなかった。理解できない読書はつまらない。
    巻き込まれた農民があまりに不憫。
    継主の阿貴があまりに不憫。
    千葉潔たちは敗北後、なぜ神部を脱出したのだろう?
    終盤の描写はあまりにもくどい。

  • ー 千葉潔が行き悩んでいるのは、章句の問題ではなかった。夥しくちりばめられた着想を一つの構想にまとめる困難さのためでもない。机上での計画の綿密・杜撰よりも、一つの理想を制度として、あるいは目標として設定するためには、人と人とが信じあえる存在であるという大前提がいる。 すべての共同作業、 すべての道徳、すべての美が、ほとんど感傷的な人間信頼の上にでなければ成立しない。どんな心の歪みも辛抱づよい教育によって教化でき、窮地に立っても人は他者のことを心慮するという性善説。他者の犠牲にはならぬまでも、他者の苦悶を自分の心の痛みとして意識する存在でなければ、あらゆる理想主義的な計画は無意味なのだ。そして千葉潔は窮極のところ、それを信じることができなかったのだ。

    誰かに騙され欺かれて、人間信頼の気持を失ったというのではない。生れた環境や育っ条件があまりにも恵まれなさすぎたからでもない。むしろ恵まれぬ状況の中にも、宝石のように光る真実と善意のあることを、恵まれなかった故にこそ彼は人並み以上に知っていた。だがまた、人間を信頼するにはあまりに恐ろしいものが、当の自分の中にあることをも、千葉潔は知っていた。心中の血をしたたらせた悪魔に気付かずにすごせる人は幸せである。それを無智と罵ろうとは思わない。だが万物は自己にそなわる。その自己の内部に巣くう恐ろしい悪の存在を知って、所詮は自己の影にすぎぬ他者を信じることは出来ない。坐禅も心頭の滅却も、遂にその心中の悪魔を滅しえなかった。

    何故ならその悪は自らの生きようとする本能そのものに連っていたからだった。彼は彼の母を―いや戦争中にも、窮極には信じがたい戦友たちの行為と自己の心とを見ていた。とりわけ自己の内部の暗黒は、神は知らずとも自己自身が見ている。補給の見込みのない食糧の減少を少しでも緩和するために、隊長の命令とはいえ、もはや抵抗できぬ捕虜を、玉砕命令が伝えられた直後に、彼は橋爪進らの隊員たちとともに惨殺していた。 サイパンはすでに陥ちパラオも陥ち、迫ってくる敵の上陸を前にして誰しもが正常ではなく、生きて帰れる望みもなかった。だが、それにもかかわらず、当時の状況をあげつらうことによっては弁明しえない悪しき心の動きというものもまた確かに存在した。 ー

    教団の弾圧、戦中・戦後の惨事、絶望からの復興とそして武装蜂起と崩壊までの下巻。

    絶望的な貧困・飢餓から母を食い、戦時中には虐殺を行い、戦後は盗み、壮絶な放浪を繰り返す千葉潔が教団を乗っ取り教主となり国家に対する武装蜂起を行い、、、

    素晴らしい作品。めちゃくちゃ面白い。
    新興宗教の物語というか、これが人類の物語、日本人の物語なんだと思う。
    人類、日本人、日本国家の有り様の全てがここに書かれている気がする。
    本当に生々しい人間の物語。

    やっぱ、高橋和巳の作品はすごいな。
    ドストエフスキーの『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』並の読後の満足感。

    『憂鬱なる党派』『日本の悪霊』は未読なので、これも早く読みたい。

  • 牧歌的な雰囲気すら漂う平和に暮らしていたはずの宗教団体。

    それの狂気に満ちた悲壮感漂う坂道を転げ落ちるかのような終焉。

    最初に堀江駒がボロボロの千葉潔を拾わなければ別の結末があったのか。

    追い詰めたのは国組織か。どこでボタンを掛け違えたのか。
    えもいわれぬ虚無感。

  • しんどい読書だった。朝日ジャーナルでの連載作品とのこと。なるほど少しずつ読んだ方がいい。
    情報量が多い上に描写が精神的にしんどい。とにかくしんどいというのが読後の正直な感想。

    人間の精神や土着の信仰から生まれる宗教という内的な営みが多くの人に支持された結果、国家や政治という外的なものと関わらざるを得えなくなった先に起こる、戦争という国家の大転換。

    民主的な団体だったが故に起こる内部分裂や、国家権力に弾圧され絡め取られていく様は必然であるだけにやるせない。

    弾圧により幹部は投獄され分裂したひのもと救霊会の信徒たちは全国各地へ、南方の島や満州などの植民地へ散らばる。
    そこでの各信徒達の目を通して全体的には大東亜戦争そのものを俯瞰するような構成になっている。

    教団内部の分裂は、宗教的精神的な人間の思考の分裂を象徴しているように見える。

    ひのもと救霊会の教えには多くの読者が素直に共感すると思う。私もこんな世界が本当にあったらなと思った。
    最も貧しい人々の心から自然発生した土着の信仰を尊重し、善意と助け合いに基づく教団の信念が、弾圧にあった際、また壊滅ののちに、既存の宗教家や共産党、または占領軍によって、それぞれの文脈で好き勝手に解釈され唾棄されるくだりは胸を抉られる辛さ。

    話の流れ自体は複雑なものではなく文章も読みやすいし面白いので続けて読んでしまい結果しんどくなる。日本人として人間として辛かった。

    (上下巻を通しての感想)

  • 20180312
    『悲の器』に続く高橋和巳の文学。戦争を体験したものでないと書けない悲哀がある。激しく悲しく、ぞっとする人間の感情描写である。
    ひのもと救霊会という宗教団体は、思想によって人々の秩序を育む団体であったが、第二次世界大戦付近の国家統制によって弾圧され壊滅されることになる。救霊会の人々は、思想を捨てて生を取るよりも、政治権力に立ち向かい死を取った。
    三代目教主となった千葉潔は、母の肉を食い、戦争で人を殺し、主たる目的が無いものの、国家への憎悪や復讐を持ち、自爆特攻への思想を強め死んでいった。登場人物全てが虐げられ、自己の精神と社会の矛盾から、正常な精神を保てなくる。自分はどうであるのか?と自問自答するばかりでとても毒がある作品だ。
    高橋和巳が述べることは、かつて日本が持っていた世直しの観念=宗教の観念=人が持つ生きるという観念を究極まで昇華させていった時には、死が目の前にあると言うことである。

    //MEMO//
    全体主義 vs 宗教思想
    全体主義→個人の意見はなし
    宗教→思想の自由。その人個人を発露するもの

  • お前ら騙したな?!

    上巻背表紙の「日本が世界に誇る知識人による世界文学」(佐藤優)の一文に大きな不安と嫌な予感を覚えつつも、このブクログを含めた読書レビュー等の評価が高かったので興味を持ち読み始め、もうすぐ面白くなると何度も自分を宥めつつ読み進めたのですが、見事騙されました…

    確かに上手くは書けている。
    実在の団体や実際の事件や出来事、また組織や思想などを絡めて上手く書かれているとは思います。
    だけどそれだけ。
    こんなことがありました、そしてこんなことがありました、その繰り返し本当にそれだけ…

    登場人物の心の動きなどが感じられるストーリーは何も無いから、だから登場人物の行動や行く末にも全く興味が持てない。何か驚いたり心動かされるような展開も何一つ無い…また作中で参照される思想や哲学なども、佐藤優という薄っぺらい妖怪がいかにも好んで引用しそうな、わかりやすいところを自分が分かるところだけ拝借してオリジナル解釈したような、そんな記述がいくつも見受けられました。ソクラテスよりソフィストの方が優れているという一文には乾いた笑いしか浮かびませんでした…

    背表紙にあらすじが書いてあり、それはもう思いっきりストーリーのネタバレ書いてあるんだけど、読む前にそれ読んでしまって…
    正直コレもう読まなくてよかったじゃん…って、それが読後最初の感想です。

    娯楽が少なかった時代には面白かった小説なのかもしれませんが、文章に味わいもなく会話は退屈、また急に知らない奴の話が始まったり、思想や哲学の浅い知識を自分語りされるプロット自体も読んでいて無理だった…センスも何もかもが古すぎて。
    ”フランス人の人懐っこそうな喋り方”とか、勉強しかしたことがない優等生が偏差値を証明するために知らないことを頑張って想像して書いた、みたいなスマホ太郎な内容も多かったです…フランス人が話すところ見たことあるのかな?唾飛ばしまくってまくしたててくるけど?

    夭折したアーティストを過大評価してしまうのは、文学を愛する者だけではなく、感受性のある人間ならジャンルを問わず誰でもそうだと思う。

    でもこれは早逝した才能への幻想というより、全共闘世代老害クソジジイが50年経ってもジョン・レノンが〜とかほざいてる懐古主義そのものでしょ…

    あるいは流行のファッションダサいと上から目線で中央線沿線に住み、一生ヒールの高い靴を履くことも無く、花どころか蕾すら付けることなく腐って死んでいくあの人種が好むカルチャーの臭いがします…

    自分はこれなら埴谷雄高の死霊の文章やノリの方がよっぽど好きです…

    河出にもがっかりしました。

    そしてお前らにも。

  • 戦前、弾圧するために、宗教の青年たちを積極的に徴兵して、そのことが結果、戦後に好戦的になってしまったの皮肉すぎる。

  • 上下巻1200ページを超し、難解な語句、概念も多数含みながらも一気に読む熱を読者に呼び起こす。
    戦前から戦後にかけての大きな宗教団体の盛衰を主たる舞台としながら、その教祖やその後継者、信者たちのリアルな存在感のあるキャラから成る群像劇である。
    あるいは歴史的な背景の中で、本書をつうじて著者の日本国、天皇制、日本民族、歴史認識、信仰、組織論といった諸々の事象を総括していった印象も強い。
    ただそれが我が国の政治の季節でもあった1960年代に書かれ、どこか共産主義革命に対する期待が見え隠れするところが本作の限界なのかもしれない。
    本作はその内包する過激さゆえか、書物自体が入手しにくい時期があった。
    それでも今回の読書から本作が十分時代に耐えうるテキストとして今後も熟読に値する作品であることを確信する。
    また本作を読むきっかけになったのが、村上春樹の1ℚ84だったことから、その類似点を将来考察したいと考えている。

  • 戦前戦後のとある新興宗教の興亡を描いた長編小説です。

    宗教とは?信仰とは?政治とは?農業とは?社会とは?権力とは?戦争とは?国家とは?、、、それらについての作者の考えが重厚な筆致を通じて伝わってきます。そしてそれらが個別のものではなく、現実がそうであるように、深く絡み合い影響しあいながら物語は強い推進力をもって展開し、読み進めるたびに圧倒されます。

    作者の知識、思考、思想、哲学のすべてをぶつけた感じの壮大なスケール。教団内の風習など、設定のディテールも凝ってあって、(モデルにした教団があるにしても)作者の頭の中に存在するものとは思えないほどのリアリティ。

    無駄なキャラ、無駄なシーンは一切ありません。すべてのキャラに生きてきた背景が見えるし、全てのシーンには「伏線」なんて小手先の表現技術は不要で、歴史としてごく自然に繋がりがあるのを感じます。そして風景が何よりも雄弁に人の心情を語ってくれます。思わずため息がもれるような叙情的な叙景文?がそこかしこにあります。

    分厚い文庫の上下巻あわせて約1200ページに字がびっちり、しかも硬質な純文学に不慣れな自分には難しい文体で、上下巻読了まで一ヶ月かかったけど、極端な展開もあるし魅力的なキャラ揃いだし、エンタメ性も強いと思います。ところどころに埋められている「初見の単語によるつまづき」「理屈ぽくて回りくどい表現による停滞」程度では物語の爆進力は損なわれず、最後まで楽しめました。登場人物が読者の頭の中で勝手に動き出すのを感じるくらいまで慣れてきたら、あとはどんどん世の中が動いていくのを目で追うだけです。現に上巻の序盤を読み進めて消化するのが一番時間がかかりました。

    自分に宗教、哲学、思想的な素養はないのでほとんどエンタメとして消化することしかできてないと思ってますが、新興宗教を舞台にした大河ドラマとしてとても面白かったです。

    余談ですが、新井英樹の漫画『キーチ!!』『キーチVS』と共通する部分が多くありますので、一方を読んだことがない方はぜひ両方読んでみていただきたいと思います。

  • 自分の中で小説とは気軽に異世界にトリップできるものであり楽しめれば十分であるが、ここまで圧倒される物をたまに読むとまた違った素晴らしさを感じる。僕にとって宗教とは神道や仏教、キリスト教にしろとても深く馴染みがあるものではく尚更新興宗教のようなものはよく分からないものであり、また第二次大戦や作者が生きた時代における感覚は薄かったが圧倒されひしひしと考えさせられる話だった。スケールが大きく、かなり前衛的にも思える宗教団体を扱いながら登場人物は実際の時代との結びつき方がとても仔細でリアルさが凄かった。この救霊会や千葉を通して当時の宗教や政治、情勢を考えることはかなり自分の価値観を揺さぶるものがあり、自分の中でもかなり貴重な読書体験の1つになった。

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