屍者の帝国 (河出文庫)

  • 河出書房新社
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本棚登録 : 1940
レビュー : 193
  • Amazon.co.jp ・本 (525ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309413259

感想・レビュー・書評

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  • この物語の始まりも衝撃的だが、終わりはさらに衝撃的。
    19世紀のサブカルチャーのオンパレードの今作。
    歴史に残るのは当然なんだろうな。

  • ヴィクトリア朝時代にワトソンが世界一周大冒険をするSF
    題材自体はどれも娯楽冒険小説としての道具立てなのだが
    描かれぶりは作品の成立事情からかちぐはぐな仕上がり
    場面ごとは印象に残るし全体の繋がりもの納得いくものだけに
    いかにものみくだすのにひっかかかる感じが残念である
    それがこの種のSFの味わいではあるだろうけれど

  • フライデーの存在が映画と原作とでかなり異なっていたので驚いた。

  • 帯には伊藤計劃さんと円城塔さんの合作と書かれていますが、私には死の描写が伊藤計劃のそれとは異なるものに感じられたため、この作品は円城塔さんの作品という認識をしました。

    この本を読んでいて人間とは何なのか、生きているとは何なのか、自分とは何なのか、屍者と生者の違いは、他者と自分との違いは、精神と肉体は分離可能なものなのか、魂は存在するのか、そんな多くの問いを考えさせられるような作品でした。私は、この物語の中ではその答えは見出せていないように思います。ひとえに、これは人間にとって永遠の問いであり、1つの物語のなかで結論づけられるものでもなく、それは個人個人が見つけるべきものなのでしょう。

    この作品の主人公ワトソンには、常にフライデーという屍者がついています。フライデーの存在があるからこそ、生者が際立ち、ワトソン自身もその違いに疑問を持ち続けられるのだと思います。特に後半でのフライデーを通して行われることがありますが、これがフライデーを単なる物として捉える、それとも生者の果てとして捉えるのか、ささいなことですが、物語に対する感じ方が大きくことなる気がします。ワトソン自身がフライデーに問う場面がありますが、そこでどう感じるかは読み手によって大きくことなるでしょう。

    私はこの物語に、これまで上げたような問いの解を求めてはいません。この物語は、生と死に対して新たな1つの視点を手に入れるためのもと私の中では位置付けています。ワトソンのように、それを問い続けること自体が私には生きている証しに思えます。

  • 「歴史改変もの」に属するらしい屍者の帝国。ワトソンさんはワトソンさんらしく。ストーリーテラーに徹し、時に愚かな発言をたしなめられ、時に確信をつく。伊藤計劃らしさは随所にあふれているのに実筆はプロローグのみ。円城塔の恐ろしさを感じた。は、さておき。ヴァンヘルにカラマーゾフにバトラー。元ネタしってるとニヤリとすること間違いなしだが、どれも長編ですな。バーナビーがどうにもツボで「自分の属する組織のことくらい調べておくのが基本だぜ」根っからの軍人なのかね。「わたしはわたしの外側にあり、そして同時に内側にある」

  • 子どもの頃、私にとって「一番恐ろしいもの」は暗闇やお化けだった。
    思春期を迎えた頃には、「結局は人間が一番怖い」と考えていた。
    そして今、私が一番恐れているものは、「死」だ。
    こうして書き、語り、考えるということができなくなること。
    こうして死について考えている“私”さえなくなってしまうこと。
    私にはそれが何よりも恐ろしい。
    だから、よく「どうすれば死なずにいられるのだろう」と考える。
    結局、「死とは?」「私(魂)とは?」そこに行きつかずにはいられない。
    たとえば、未来に人体の全てが明らかになって、全てが機会、あるいは今の私が持つ、たとえば脳が、全く同じ形・構造・神経回路のものと入れ替わったとして。
    その時、私は今の私と同じなのだろうか。
    その時、“私”はいるのだろうか。
    多分、この作品は、それに“ノー”と答えている。

    舞台は、19世紀末。
    フランケンシュタインをきっかけに生み出された“屍者”が全欧に普及し、戦場のみならず日常生活においても利用されるようになった世界。
    彼らは人の姿を持ち、生命反応もあるけれど、生者とは決定的に異なる存在だ。
    意思はなく、魂も持たない。
    それもそのはず、彼らは死体の脳に電極を刺し、ネクロウェアをインストールしただけの、動く死体にすぎないのだから。

    当然、屍者は生前の彼らとは全く別物のはずだ。
    ヴィクターの手記によって魂をインストールされたと思しきフライデーもまた、エピローグの独白を見るに、以前の彼とは違うようだった。
    だとすれば、永遠になくならない魂など、やはり存在しないのではないか。
    ザ・ワンが復活させた花嫁も、やはり彼の"the one"ではないのではないか。
    ワトソンは、二度と元のワトソンには戻れないのではないか。

    答えを求めて本を開いたわけではないけれど、結局、疑問は深まるばかりで、何一つ分からないままだった。
    きっと、一生死ぬということを理解できる日は来ないのだろう。
    確かに、私はどうあっても死を経験することはできないのだから。
    だとすれば、私はむしろ、いずれ辿り着くその日まで、ワトソンやバーナビー、バトラー達を先達に、選択の余地なき自由を、それでも選択していくしかないのかもしれない。
    正直、そう書いておきながら、その意味が私にはまだきちんと分からないのだけれど。

  • 伊藤計劃氏、オリジナル作品三作目として執筆された今作。プロローグのみ同氏が、第一部以降は円城塔氏が担当されたと云います。私は円城氏の作品を読んだことがないためどんな文章を書くのか存じませんが、外見上は円城塔氏ではあったかも知れないが、執筆中は伊藤計劃氏の魂が記されたパンチカードがinstallされていたとしか思えない出来である。名作、傑作としか言い様がない作品だ!!

  • SFに全く興味がなかった私でも
    最後まで一気に読むことができた。
    登場するのが他小説や史実の人物だったのが
    とっつきやすかった理由だったのかも。
    (ホームズやカラマーゾフなどなど)

    ハダリーの正体というかモデルの小説のことは
    全く知らなかったのでGoogleで調べて
    「へぇーーー」と一人呟きましたね。
    普通の人間ではないだろうなとは思っていたけど
    なるほどなぁ…

  • 面白かった!
    一気読み。

    精緻な設定の作り込み。
    偽史ものとして実在人物の
    ネームドロッピングもバンバン。
    上記と合わせてリアリティを生んでいる。

    やめられないなぁ。読書。

  • 円城塔の悪ふざけが非常に良い。

著者プロフィール

1974年東京都生れ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』でデビュー。『ハーモニー』発表直後の09年、34歳の若さで死去。没後、同作で日本SF大賞、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞。

「2014年 『屍者の帝国』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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