屍者の帝国 (河出文庫)

  • 河出書房新社
3.60
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本棚登録 : 1722
レビュー : 168
  • Amazon.co.jp ・本 (525ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309413259

作品紹介・あらすじ

屍者化の技術が全世界に拡散した19世紀末、英国秘密諜報員ワトソンの冒険が始まる。未完の絶筆を円城塔が完成させた超話題作。

感想・レビュー・書評

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  • 架空の人物と歴史上の人物が入り乱れて活躍する19世紀が舞台のスチームパンク・・・という側面では気楽に読める娯楽作なのだけれど、いかんせんテーマが難解、SFとしての部分で脳みそがついていけず、ちょっとしんどい部分もありましたが、概ね楽しく読み終えました。しかしある意味、衒学的というか・・・作者が持っている同等の知識を読者も持っていないと完全には理解できないし、楽しめないのではないかとも思います。せめて巻末か巻頭に、登場人物一覧(元ネタと架空か実在かの区別)と、現実の歴史年表および地図、くらいは付録としてつける親切心は欲しかったかも。

    主人公は、かのホームズの相棒ワトソン君(※ストーリー上ではホームズと出会う前)、彼をとりまくおもな架空の登場人物たちは、カラマーゾフの兄弟、ドラキュラ退治のヴァン・ヘルシング、フランケンシュタインの怪物、風と共に去りぬのレッド・バトラー、未来のイブのハダリーなど。実在の人物は沢山登場しますが、主要キャラではバーナビーや、グラント、リットン、ニコライ・フョードロフあたりでしょうか。二部の舞台が西南戦争後の日本なのですが、こちらは得意ジャンルなので大体の背景や人物の立場を把握できているのでわかりやすかった。

    ストーリーは、ひらたくいえば「ゾンビもの」でもあります。死体にある種の霊素をインストールすることで復活させる技術が確立していているもう一つの過去、例えばカレル・チャペックが近未来ディストピアの労働力として描いた「ロボット」や「山椒魚」と同じように「屍者」が労働力として社会を支えている世界。彼らがゾンビと違うのは、けして自主的には人間を襲って仲間を増やしたりはしないこと。生前の記憶や意思を持たず命令されたことに従うだけの機械同然だということ。この設定自体は非常にユニークかつ、ありそうで誰もやらなかったなという印象で、この設定だけでいくらでも物語を広げられそうな素材としてとても興味深い。たとえば死体さえあれば、歴史上の有名人や偉人、早逝した女優や俳優、あるいはもっと身近で大切な人を亡くした場合も、いくらでも不死身の屍体として甦らせることができるんですもの。夢が広がります(笑)

    しかし最終的なテーマとしては結構普遍的な「死とは何か」「人間を動かすものは魂なのか?」「では魂とは何で、どこにあるのか?」というようなもので、そこはなんというか、本作で重要な役割を果たすメアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」の頃から未解決のお題なわけですから、そこに新鮮味はなかったかな。これ言ったら身も蓋もないけど、だったらメアリ・シェリーを読めばいいわけで。

    ワトソンが追跡する「ザ・ワン」は、フランケンシュタイン博士の作った怪物=人造人間界のアダムともいうべき存在で、彼とハダリー=未来のイブが対決する場面というのはちょっと面白かったですが、フランケンシュタインの知名度に比べてハダリーと聞いて即座に出典が「未来のイブ」だと気づく読者はどのくらいいるのかわからないけれど、彼女の正体が中途半端な形で終わってしまったのは勿体ない。ラストのアイリーン=ハダリーとかこじつけっぽいし、フライデー=モリアーティ教授?ってのも無理があるような。単に時代が被っているからという理由だったのか他に理由があったのか、レッド・バトラーの登場もやや唐突でした。

    伊藤計劃のプロットを引き継いだ円城塔の仕事ぶりには頭が下がるし、それなりに面白く読めたけど、何かが惜しい。基本はエンタメ作品であるはずなのに、これだけのページ数を読み終えて痛快さとか満足感とかが薄いのがちょっと残念でした。

  • 劇場版を見終えてから購入、約一年かけて読了。

    エピローグに「■」が置かれたところを『ハーモニー』の例の部分を読んだときに近しい気分で受け取った。人を乗り継いでいく菌株、X、あるいは言葉、は私たち読み手だったのではないか……俺が、俺たちが略(ガンダム並感)という気持ち。菌株と同じ視点を読者が共有していたかのような。あんまりな言いようなので言い換えると、印字された文章、そうでなくても言葉、としてしか存在しなかったものが、私たちがそれを読むことによってようやく形を持つ=読者と言葉のあいだに「わたしなるもの」(ワトソンはじめ物語内存在)が立ち現れる、という解釈をした。フライデーの手記に対しての「将来的な読み手」としての私たち。私たちにはワトソン、つまり「わたし」のことが「見えている」。そのつもりでいるし、そう祈りたい。私たちの読み手はいったいどこにいるだろう。

    ぼんやり劇場版をふり返ると、あれは舞台背景を同じくしたオリジナルだったのではないか、という思いがわいてくる。劇場版は劇場版で楽しめた人間なので今あれこれ言うのもお門違いだとは思うのだけれども、一点、フライデーという存在が物語内で持つ役割は書籍版と劇場版で違うのだから、あの独白をねじ込んで無理に書籍版を踏襲する必要はなかったのでは……とは感じるところ。劇場版は「Project Itoh」としての関連性を押し出したいせいか、『ハーモニー』に対する『屍者の帝国』という意味合いを強く感じる設定とストーリーであったなあと思う。本の感想に書くことではない。

    伊藤計劃:円城塔の関係性をワトソン:フライデーの関係に落とし込んでいると読むのはどうなのか……という思いが強かったが、エピローグの独白とあとがきの引用文を何度か読むにつけ、事実そうなのではないかと思い始めてしまう部分もあり、それでいいのかと感じる自分もあり。

  •  この作品はもともと、故伊藤計劃氏の長篇、「虐殺器官」「ハーモニー」に次ぐ作品になるはずであったものだそうだ。故伊藤氏は30頁足らずのプロローグを残し、それを基に円城塔氏が全体を書き上げた。経緯は、円城氏による「文庫版あとがき」に詳しい。
    舞台裏の成立事情だが、その才能が惜しまれる伊藤氏と円城氏の関係も含めて興味が尽きない。そして、もし、伊藤計劃が生きていてこの作品を書いたら、と想像してみたくなる。この「もしも」は、別の新たな歴史改変SFへの扉のような気がしてくる。物語の終った処から、物語の外側で、「もしも」の世界が広がっていく。それは、この物語の主題と仕掛けに絡んで来て、故伊藤計劃氏が蒔き、円城塔氏が育てた世界に呑み込まれてゆく眩暈をもたらす。
     物語の主人公は、ジョン・H・ワトソン。この「屍者の帝国」という物語の外側で、ロンドン、モンテギュー街に間借りする「諮問(コンサルタント)探偵」=シャーロック・ホームズに出会い、数奇な冒険を繰り広げることになる人物だ。ホームズの物語の中では、ワトソン博士は「アフガン戦争」から帰還したことになっているが、本作はワトソン博士登場の前日譚ということにもなる。
    ワトソンの活躍する舞台は、「もしも」の過去、19世紀末の仮構の歴史である。この世界で「必要なのは、何をおいてもまず、屍体(したい)だ。」
    遡ること100年ほど前、ビクター・フランケンシュタインは魂の正体を突き止め、生命を生命たらしめている根幹が「霊素」として把握できることを解明した。さらに歩を進めたフランケンシュタインは、擬似的に構成された「霊素」を屍体に書き込むことによって死者を動かすことを可能にしたのである。この屍体制御は技術として普及し、19世紀末には、擬似霊素を書き込まれた=インストールされた屍者が重宝な労働力として、蒸気による産業革命を経た社会のインフラとなった。ロボットを使役する社会として描かれる未来が、ゾンビによって19世紀末のヨーロッパに実現された按配である。
    ロンドン大学の医学部で屍体蘇生術を学んでいたワトソンは、その腕前と熱心さを買われ、英国政府の諜報機関にスカウトされる。ワトソンの運命を変える導き手は、ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」に登場するジャック・セワードとヴァン・ヘルシングだ。彼らは諜報機関の人物「M」にワトソンを引き会わせる。その機関の名前は、女王陛下の所有物(プロパティ)、スパイの祖、サー・フランシス・ウォルシンガムの名前を戴く「ウォルシンガム機関」。そして、機関の駒となったワトソンのお供をする屍者フライデーの、機関での登録名称は、スパイと言えば当然出てくるべき名前がついていてくすぐったい。
    機関はワトソンをアフガニスタンへ派遣する。任務は、「ユーラシア大陸を股(また)にかけた大英帝国とロシア帝国の陣取り合戦」=「グレートゲーム」の只中で、奇妙な噂話の真相を探ること。それは「ロシア帝国の軍事顧問団の一隊アフガニスタン首都カーブルを離れ」、「屍者の一団を引き連れて」「アフガニスタン北方に屍者を臣民とする新王国を築こうとしている」という話で、そこには、東側の持つ未知の疑似霊素=屍者制御ソフトウェア(ネクロウェア)の秘密が見え隠れしていた。この「屍者の王国」を築こうとする、「地獄の黙示録」のカーツ大佐的な人物は、またもやフィクションの登場人物で、のけぞる程の有名人だ。
    こうしてこの小説には、物語の外側のフィクションが次々に侵入してくる。それに驚かされ、くすぐられ、ニヤニヤさせられている内に、謎を追って世界中を引きずり回されることになる。途中、明治維新の日本も舞台として登場する。つまり史実も参照されるわけだ。歴史改変SFは、この史実との距離がまた楽しく、本作でも虚実が入り乱れる様を堪能することができる。
     ところで、史実とは何だろう?歴史とは実体を有する何ものかだろうか。物語の内側から見れば、フィクションも歴史もさほど差はないことに気づく。そして、歴史よりも物語の方が、小説「屍者の帝国」の方がより現実らしく、紙の書籍もしくは電子書籍を実現するデバイスとして実在して、読む者の手の中にある。これは物語が実在化しているということだろうか?言葉が実在化したということだろうか?
    空想はジャンプする。
    物語を読むという事は、擬似霊素をインストールすることに似ているのではないだろうか?物語を読むわれわれは、「屍者の帝国」に属しているのではなかろうか?では、物語を読み終った時、何が起きるのだろう?意識が残っているのではないか?意識とはそもそも一体何か?
    意識と言葉について、実在と虚構について、疑問符が生れ続ける。これが恐らく、円城塔氏によって仕込まれた仕掛けであり、主題なのだ。
    荒唐無稽の冒険譚中に織り込まれた、意識を巡る思弁的主題が「屍者の帝国」の魅力だ。文体の温度の低さが、凝った馬鹿話の速度を削いでいるが、屍者の肌を思わせて、読後の印象は強い。あとがきに、「賞賛は死者に、嘲笑(ちょうしょう)は生者に向けて頂ければ幸いである」と書かれているけれども、嘲笑の必要は感じない。故人の意志を継いで、見事な円城搭のSFを生み出し、読者のもとに届けてくれたことに感謝するばかりだ。

  • 時は19世紀のロンドン。死体にあるソフトウェアをアップロードすることで「屍者」として動かし、労働力として活用することが一般的になっているこの世界において、優秀な医学生ジョン・ワトソンは諜報機関の大物「M」の誘いを受け、大英帝国の諜報員として英領インドに旅立つ。目的は、「屍者の帝国」を作ろうとした男の秘密を探り出すこと。次々と現れる謎の協力者たちやライバルたちや美女との権謀術数をくぐり抜けながら、戦乱のアフガニスタンへ、開国直後の日本へ、興隆著しいアメリカへ・・・世界各地を転々とするワトソンは、やがてある書物が全ての謎を解明する鍵となることを知る。その書物は今どこに?そして、書物と屍者をめぐる壮大な可能性とは?

    夭折したワン・アンド・オンリーなSF作家・伊藤計劃が書き遺したプロローグとプロットとを基に、円城塔が完結させた合作。
    伊藤計劃も円城塔も、どちらも読んだことがある鴨としては、全くテイストの異なるこの二人の作家がどのように融合あるいは化学反応を見せているのか、その点を楽しみに手に取ってみました。伊藤計劃のプロットに忠実に書き進めたとはいえ、伊藤計劃自身が手がけたのはプロローグの30ページ程度のみ。たぶん相当に円城塔寄りの作品になっているのでは、と予想してたんですが、読了後の感想は「思ったよりも伊藤計劃」でした。

    といっても、他の伊藤計劃作品とはかーなり違います。ジャンルとしては歴史改変もの、更に絞ればスチームパンク。これまでの伊藤計劃作品は現実社会と地続きの世界観の中、やたらと内省的な登場人物たちが個人の内面でいろいろと葛藤しつつ社会との軋轢にも苦しむというダークでクールなイメージで統一されていますが、この「屍者の帝国」はもぅ登場人物からしてパロディそのものですし、キャラの立ちまくった漫画的な脇役たち、スラップスティックな場面展開とド派手な戦闘シーン、ファンタスティックで絵画的なクライマックスと、何ともまぁ賑やかなこと賑やかなこと。正直なところ、少々とっ散らかって収拾がついていない印象も無きにしも非ずです。
    が、そんなおもちゃ箱のようなストーリー展開の底辺を重低音のように貫いているテーマ、「言葉と認識」「言葉と人間」の関係性というテーマが実に伊藤計劃的なんですね。「虐殺器官」も「ハーモニー」も、同様のテーマあるいは問題意識から書かれた作品だと鴨は理解しています。そういう意味で、この作品はまぎれもなく伊藤計劃の作品と言えますし、そこを最大限尊重してラストまで書き切った円城塔の力もたいへんなものだと鴨は思います。まぁ、クライマックスに至るまでのファンタスティックな突っ走りぶりは、伊藤計劃のプロットに従ったとはいえ思いっきり円城塔ワールドになっちゃってますがヽ( ´ー`)ノ

    ただ、鴨的には残念ながらストーリー全体のとっ散らかりぶりが目についてしまい、かつSFというより幻想小説だろコレといった印象もあって、面白かった!と言い切るには至らないところ。どちらかというと、円城塔慣れしている人にお勧めかもしれません。伊藤計劃しか読んだことのない人がコレを読むと、相当ビビると思います(笑)

  • やはりSFは苦手だ…_(┐「ε:)_

    虐殺器官、ハーモニーも読んだけれど、やはりこれだけかなり毛色が違う。円城さんはどこまで設定を知っていたのだろうか。プロローグだけしか知らなかったんだろうか。そうだとしたら、ここまで書き上げたのは、とってもとってもすごいことだ。

    とはいえ、なんか違うんだよなぁ。
    前2作はとても硬派なのに、今回はキャラがなんだかアニメくさい。特にバーナビー。個人的には大好きなんだけど、なんか違うんだ。あと、ハダリーもね。

    前2作は、世の中を良くしようとするシステム?が発動して終わり。今回はまた違ったエンドで、うん、それはまたそれでなんか違う気がするだ。
    ぶっちゃけると、「これ、3部作じゃなくね?」(›´ω`‹ )
    なんかなー。なんかなー。
    虐殺器官とハーモニーで一括り。屍者の帝国はまたべつかなぁ、と。

  • 面白かった!が、理解できない部分もたくさんありました。
    円城さんの文章難しい……。前2作に比べ、一番読むのに時間がかかりました。いやいやその説明1行でよくない!?一言でよくない!?っていうのがたくさん……。たぶんわたしの理解力が足りないせいですが。

    ハーモニーに続いて読みましたが、虐殺器官、ハーモニー、本作の順で読めて良かったです。
    ハーモニーでは人々の調和を保つため人の意識(脳内会議による選択)を手放した結果、器のみが生き続けることを人類は選択しました。それに対して屍者の帝国では、死んだ後の身体(魂のなくなった器)を巡り、魂とは何かをワトソンが探して行く姿が描かれています。映画と原作ではこの魂の捉え方に違いを出していたところが、とても印象的でした。

    原作では、「魂=言葉」であり、人の意識は菌株による決定で、結局自分の意志や意識は何をもってして選択されているのかという結論は曖昧であったと思います。映画ではそこのところをワトソンとフライデーの関係性に重きを置き、魂を意志と捉え、フライデーの中に魂を見出すことに必死になります。特に機械人形という設定のアダリーはもっと感覚的に魂を求め、感じようとしていたように思いました。

    また、3作品すべて読んでみて、エンタテイメントとして面白いだけでなく、戦争という現象を引き起こす人間の本質に迫るテーマや世界観設計は、どこかこの世界の地続きのように感じます。

    あとがきにもありましたが、今の世界を、そしてこれからの世界を伊藤計劃さんの目を通してみたらどのように見えるのか、どのような物語になるのか、もっともっと見てみたかったです。

  • 映画化の影響で読み始めたのですが、読み終わるまでに結構かかりました。もともと読むのは早く無いしたくさん読む方でも無いですが、それにしても初めて聞く単語や設定が多く、特に後半、それらを飲み込むのに時間を要しました。
    ただ全体としては感情をほとんど持ち込まなない淡々とした文章や(その中で感情を感じる文章には惹き込まれました)、練られた内容、用意された答え、クライマックスの疾走感と楽しんで読むことが出来たと思います。おもしろかった。

    • くらげさん
      すごく納得してしまいました。円城先生の文章の魅力だと思います。
      >"感情をほとんど持ち込まなない淡々とした文章や(その中で感情を感じる文章...
      すごく納得してしまいました。円城先生の文章の魅力だと思います。
      >"感情をほとんど持ち込まなない淡々とした文章や(その中で感情を感じる文章には惹き込まれました)"
      2016/01/20
  • 文庫にて再読。前回読んだときの記憶がまばらにしかない状態で映画を観てこんなんだったっけ?とは思ったんですがまさかこんなに違うとは。映画はザ・ワンとワトソン足してしまった感じであれはあれで面白かったので円盤出たら買おう。

    エピローグのフライデーの語りは以前読んだときにもそういう事なのだろうなとは思っていたのですが、文庫あとがきでしっかり言葉にされたのを読むともう...。そうか、お二人が過ごされた時間とワトソンとフライデーの旅の時間と...そうか...。

  • ブクログがレスポンシブ対応になってた。びっくり。PCで見てると文字が大きいな~

    少し前に購入してそのまま置いておいた屍者の帝国。この頃映画の宣伝がよく流れてますが君の言葉の続きが聞きたい、みたいなセリフは本編では出てこなかったような。まあ良いんですが。よくできた娯楽作品だなあと思いました。

    ワトソン博士やグラント将軍、レッド・バトラーやらなんだか史実やフィクション取り交ぜた有名人が贅沢に登場して繰り広げられるミステリーのようなラブロマンスのような。何となくパロディ小説みたいだなあ、と面白く読みました。死体が屍者となって労働力として使役されている世界って…面白いけど腐敗とか病原菌とかは大丈夫なんだろうか、と心配になりました。一度ホルマリンか何かにつけてから加工するんだろうか。
    言葉の力とパターンで操られる人格。魂という概念が人間と共存する未知の生命体、という考え方も面白かったです。結末を知って、違う…屍者観点から読み返してみるとまた新たな発見がありそうで面白そう。

    そして後書きがしみます。賛辞は両名に送りたいと思います。

  • フライデーが円城先生の立ち位置のように感じた。エピローグの独白は鳥肌もの。

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プロフィール

1974年東京都生れ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』でデビュー。『ハーモニー』発表直後の09年、34歳の若さで死去。没後、同作で日本SF大賞、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞。

「2014年 『屍者の帝国』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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