十九歳の地図 (河出文庫)

  • 河出書房新社 (2015年1月7日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (264ページ) / ISBN・EAN: 9784309413402

みんなの感想まとめ

多様な感情と経験を描いた短編集は、主人公たちの成長と葛藤を通じて、何者でもない不安や居心地の良さを探求しています。特に、康二という一人の男の物語が各短編を繋ぎ、彼の無邪気な子供時代から、家族の悲劇を経...

感想・レビュー・書評

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  • 宇佐見りんさんの推し作家ということで読んでみたかった中上健次。
    「一番はじめの出来事」「十九歳の地図」「蝸牛」「補陀落」の4編からなるこちらが第一作品集とのこと。
    いずれも独立した短編だと思ったのだけれど、補陀落を読んでいるうちに、これらは康二という一人の男の物語であることに気がつく。
    「一番はじめの出来事」は康二が小学5年生の時の話であるけれど、仲間と秘密基地をつくって遊んだりする無邪気さ、無垢さが、家族の父親がわりだった兄やんの自殺を経験していっぺんに損なわれていく様が苦しかった。子供は無知で、無力で、でもそれは救いでもあった。ずっと子供でいられたらよかった。多分これは重松清の疾走を読んだ時にも感じた閉塞感。
    ひとつひとつの短編としてみた中では、「補陀落」がいちばん好き。女と遊ぶ金をせびるために姉のところにやってきた康二。そこで姉からえんえんと語られる聞き飽きた家族の話。この文体は宇佐見りんさんのデビュー作「かか」に色濃く影響しているようにも思った。
    きっと宇佐見りんさんが紹介してなかったら読む機会はなかったかもしれない。泥臭さがとても好みだったので、今後もいろいろ読んでみたい。

  • 十九歳の地図を読んで

    何者でもない不安と何者でもない居心地の良さを兼ね備える何色ともつかない人生の一時。

    世の中を知っていたと言えるのは、本当はこんな時期なんじゃないか。
    大人になれば落ち着き場所を見つけ、その場所に意固地になる。
    こんな純粋な持て余した感情は持てないんじゃないか。
    だから曇りのない目で世の中を感じ悟れる。

    解説では、主人公の電話する行為を神からの「メッセージ」と書いているが、僕はそれを読んで丸善の洋書にそっと「檸檬」を置くあの作品を思い出した。


  • 宇佐見りんさんが読売中高生新聞でおすすめしていたので、読んでみました。

    『一番はじめの出来事』『十九歳の地図』『蝸牛』『補陀落』の4編。

    今のように良い統合失調症の薬がなく、精神の病気で苦しんでいた家庭は少なからずいたと思います。
    戦後の皆が貧しい世代。被差別地区出身。社会へのフラストレーション。どうしようもならない陰の感情が表現されています。

  • 初めてこのような小説を読んだかもしれない。
    決して自分と境遇が近い主人公たちではないのに、まるで仲間を見つけたようなそんな気持ちになる。
    人間の脳の中の生々しくて、カオスで、暴力的で、しかし普段口に出すことがないような行き場のない感情や思考。
    それは幼少期から、いや幼少期の方がより感じていたものだ。
    日常でもやもやと心に渦を巻いていたものを書き表してくれているように感じた。
    また噛み砕いてゆっくりと読みたい。

  • 力強く鬱屈してる。
    ブルースでありグランジロックでもある。
    最後に涙したのが救いあるところなのかな?

  • 宇佐美りんが「推し」ている著者ということで手に取る。
    4つの中編が、当初は別々のものかと思いきや、最後の話しからどうも一人の男の小学生、19歳、20代半ばのことを書いていると読み取れる。
    社会の底辺で生きる若者、朝鮮への差別、、、「そこのみにて光り輝く」にも通じる重苦しさが、しんどいながらも読み切った。

  • 表題作の『十九歳の地図』のみ読んだ。

    19歳という子供でもなく大人でもない不安定な時期の鬱屈を、主人公がアルバイトの新聞配達で担当しているエリアの住民に悪戯電話をして発散する。

    このようなテーマはありきたりに思えたが、「かさぶたのマリア」と近くに住む家族のギミックが面白い。予備校生として上手くいかず落ちていく主人公は、落ちた人達を嫌いながらも、その苦しさに否が応にも共感してしまう。中でも「かさぶたのマリア」の言葉がリフレインする場面ではそれが顕著だろう。

    また、近所に住む夫婦は喧嘩ばかりしているが、セリフとして描写されるのは妻のセリフのみである。そして、この妻のセリフが主人公を痛烈に批判している。本作全体のリズムは、この外部の声によるところが大きいだろう。

  • 十九歳だったから読んでみた。

    私には難しい内容だったけど、読みやすくて分かりやすい文章が理解を促してくれて、心地よい読み心地だった。
    落ち着いたら中上健次の本をもっと読みたいと思った。

    落ちてる時ほど目を当ててしまうような不安感とか、先の見えない恐怖、案外抜け出せちゃえば上手くいったりするけど、後ろ盾が無いと抜け出すのも難しいよね
    一昨年の冬の私がこれを読んでたら死んでただろうな

  • 解説で古川日出男が「この作品集は一つのまとまりとして読まれてよい」と書いている。それに支援された気になって自分が読みたいように私小説的に読んでしまうと、いままで中上健次の小説を読んでいてどうにもわかりかねていた兄へのこだわりが、最後の「補陀落」でようやく腑に落ちた。少なくとも当人はそんな風に物語化してしまうようなことだったのだな、と。これはなかなかきつい人生の始まりだけれど、『鳳仙花』であれほどフサをうつくしく描いたのだから健次すごいね、と思ったのだった。

    中上健次の小説にあって、自然は美しく満たされているのに、人は酔ったり泣いたり包丁を振り回したりで大変にぐずぐずだ。この人は自然の一部になってただ生きることができたらどんなによかったか、と悩み続けたのかなあと思った。

    「蝸牛」を読んで。人間関係はふるまいがすべてで相互理解などは求めていないほうだと思っていたが、わかろうとかわかってほしいとか感じないのもさみしいしもろいものなのかもしれない。

  • 中上健次の書く、育ちの悪い若者たちの粗暴さが好きだなあ
    千年の愉楽の衝撃が忘れられない
    あと、一人称小説が抜群に上手い

    「一番はじめの出来事」
    全国の中学生の課題図書に推薦したい
    自分が中1の時、石田衣良のフォーティーンを課題図書で読んでしばらく石田衣良にはまったけれど
    もしこの本を読んでいたらどうなっていたのだろう

  • 歌手・友川かずきの著書「一人盆踊り」に中上健次にまつわるエッセイが収録していたので興味を持った。

    そういえば、以前なぜ友川かずきが映画「十九歳の地図」に出演しているのか疑問に思ったことがあったが、当時親交があったからかと合点がいった。

    この「十九歳の地図」は4本の短編が収録されているが、解説等々を読むに全て同じ主人公とのこと。しかも著者本人の体験が強く反映されているようだ。

    上述の友川かずきも弟が列車で自殺しており、肉親の悲惨な死を経験しているもの同士何か理解うるところがあったのだろうか。


    肝心の小説の方は、少年期の原体験、青年期の鬱屈した精神、成人後の堕落が描かれていて、読んでいてどんどん気が滅入ってきた。
    しかし、朝鮮人の住む家に石を投げるのも、東京駅に脅迫電話をかけるのも、もしかしたら自分も似たようなことをしていたかもしれないと思わせる、そんな気持ちになる。
    もともと自分の中にもある暴力性に訴えかけてくるような感じもする。
    それでいて、山や川や海や空やらの描写は人に対するそれと異なり清々しいほどに爽やか。

    残念ながら補陀羅はうまく読むことができなかった。

  • 長らく求めていた物語はこれだったのかも知れないと錯覚する一冊。鬱屈、陰惨とした作品であり、それでも爽やかさを孕んでる。普通であれば専らおかしな配分である。それが自身を刺激し、敬愛する彼も影響を受けることが酷く解り、後悔と羨望の目を向ける一冊である。

  • サリンジャーと大江健三郎味を感じた

  • 3.8

  • 『一番はじめの出来事』
    和歌山県新宮市は、山に囲まれ、子供は電車を見たことがないほどの排他的な町である。そこに暮らす少年康二の、心情や意識、そしてある種の成長を一人称で語るが、作中で様々な行動を織りなす少年康二と、語り部の僕は明らかに成熟さが異なり、回顧録が混在しているような雰囲気がある。
    子供というだけで弱さがあり、代わりの武器である想像力が、大人の存在に恍惚とする中で、去勢と妄想を拗らせていき、最終的にその挫折に際して自己を認識する“ある種”での成長の物語。
    ここに住む主人公康二は、自然と密接になって人生を謳歌し、人生に懊悩し、嘗ての兄の活躍を憧憬する。
    その兄が昔行った真似である〈秘密〉を造り上げる作業、労働の中で誇大妄想を新鮮に彩り、精悍な男の夢を構築しようと試みる。
    彼の感情の吐露の行間にはいつも風が吹き、光が注ぐ。少年と風や光といった自然が呼応し合うような関係性、自然に囲まれ育つことの独自性、土着性が垣間見れる。
    しかし兄の自殺をきっかけに誇大妄想や虚勢といった嘘は矮小化され、子供という認識を自覚し、夢ではなくなる。自覚してからはのめり込まず、演じるようになる。決められた枠で演じる被投性の籠の中。自殺した兄も死んだ父の真似を演じていたのかもしれない。戦後の状況が男を狂わせている。
    子供の虚しさやもどかしさは誰にでも経験はあるが、康二の場合は自身の環境と時代が特殊で、誰もが感じるそれとはかなり異なる。この町で大人になること、そしてその困難さは兄の人生の挫折からも察しがつく。大人の男に対しての恍惚と不安の中の子供のどっちつかずが、子供の方向を突きつけられ、それを演じていくことを強迫される見えない力によって無力を痛感する。
    膨れ上がる恍惚意識の瓦解、敗北。弱者であるという新たな意識の自覚。

    『十九歳の地図』
    荒んだ感情のやり場のなさに狂う十九歳の主人公。『一番はじめの出来事』との繋がりをそこかしこに感じさせるが、様相は真逆と言っていい。この作中で出てくる嘘は〈秘密〉とは異なり、頽廃じみていて恍惚がなく、絶望で上書きしているよう。名前は異なっても、『一番はじめの出来事』を経過した同人物に思えてならなかった。何が言いたいかというと、幼少期から十九歳迄の間に自覚した自身の脆弱性に納得しきれずも、かつての恍惚はすっかり消失しきており、それでいて“嘘”からの離叛はまだできていず、何者でもない弱者という自覚をしたことから発露してしまった自己の行き場のない感情が醜悪な自己世界を構築し、そこで支配者を演じている点において“嘘”の性質が変容している印象があった。
    主人公は新聞配達で稼ぐ中で覚え、ノートに記した地図に×をつけ、人を支配する妄想や電話での脅迫などのイタズラ、町の住人の生殺与奪の権利を握る妄想に耽り、醜悪な想像の下での自涜行為等。男の猛々しさ、強さへの固執が見られるが、その本質は弱さの引け目と言える。自己所在が不明瞭な青年は、常に満たされず穴持たずの獣そのもので、演じるものがあった過去とは違う。普遍的テーマである生きる意味についての若者の呻吟とも見られるかもしれない。
    主人公は醜悪な嘘の世界に閉じこもっている時は悍ましさがあるが、普段の対面ではその様子は見られない。何なら、イタズラ電話中の第一声でうっかり「あのう」と不甲斐ない声を出してしまう様なんか小心者に近い。彼が許せないのは居場所のある人間たち、家庭を持つ人間たち、弱者なのに居場所を持つ人間たち。そして弱いことを包み隠さない人間。
    彼が暮らす社寮の隣のアパートでは毎晩夫婦喧嘩の罵声が聞こえてくる。彼の同僚で同じ部屋の紺野は理不尽で不条理な状況の弱者たちに感感傷的になり、ぼろぼろ涙を流すような人間で、毎度喧嘩の怒号が聞こえるたびに主人公の前で感傷に浸る。そして自身の弱さをひけらかし、夜出かけてはかさぶただらけのマリアという女に会いに行き、子供のように泣きついている。紺野という男は虚言癖があるらしく、自身の過去やそのマリアの存在さえも実在しているかはわからない。この男もまた嘘を使う。
    主人公と紺野の違いは現状弱者としての克服ができていない、居場所がない孤独に耐えられない、それらを育む環境がない、てそれらに対する自虐的感傷を許せないという点。
    最後の夫婦喧嘩を耳にして、突如として外に飛び出し、紺野から以前貰っていたマリアの電話に電話をかける。マリア自身も、紺野曰く弱者の苦悩な暮らしをしていながら紺野を救っている。彼はそれが気に入らなかったが、爆破した感情はマリアに投げられた。結局電話に出たのはマリアでなく、紺野の嘘が露呈しつつも、初めは偽りのマリアに向かって本物のつもりで憎悪をぶつける。やがて人違いだと困惑していた偽りのマリアもマリアのようになり、泣き崩れて主人公に生きることを訴える。鬱屈の塊のこれは最終、涙を流して終わる。
    主人公が求めていたのは、凡庸ともとれる吐き出せる存在、弱さを認めてもらえる存在だったのかもしれないが、私はそれに加え女性の存在だったのかとも感じた。
    主人公が作中でたびたび女性に対する扱いが妄想とはいえあまりにひどい描写があるが、彼は必要なものを傷つけることで自身を強く見せ、保っているように見える。“男”である事の強迫観念の裏返しなのか。そう感じる。若者のおさまらない感情の昂りを描いた作品としてとても珠玉である。

    『蝸牛』
    子持ちの女、光子のヒモである主人公。
    家族という共同体、血縁から、引いてそれを見つめる彼の微妙な変化とまさかな最後。
    ここでもやはりは主人公は嘘の自身を演じている。光子の好みである、“獣のにおいと暴力のにおいが鼻につく男”になろうとし、彼らの日課である性交の中でそれを演じている。
    光子の方も、自身の素性や過去を正確には伝えなく、ころころ変わったり、感傷の為かより悲劇的に過去を伝えているようなきらいがある。
    恋人という関係とは異なる二人の関係はこれらの様に歪に求め合って成り立つ。
    主人公の存在は、光子が求めて初めて意味を持ち、これ単体では何者でもない空虚の様で、彼女に存在意義さえも依存している。
    光子の存在は、子供の母親というところで確立されている。光子は主人公に対して自身が“女”たれる場として-主人公の男には簡潔な体の関係、掃き溜めの感情を爆発させられる存在-としてそばにおいている。光子自身は旦那を亡くし、他の家族や血縁という複雑な共同体に振り回されて苦悩に苛まれている。それでいて息子という家族だけは最も大切な存在である。男と女がお互いに必要なところだけを求め合い、それ以外は踏み込まない。男は常に女の問題を見ていることしかできず、女もそこには何も助けを求めない。
    彼ら男と女の、役割をきっちりした徹底ぶり、まさに演じ合い、演目をこなしている、ということで成立する。
    しかし男の恍惚が不意にそれらを壊す。男は共同体、血縁の蚊帳の外であるが、体の関係を女と重なるごとに女の真中を知りたいと思う。
    光子が共同体の複雑に悩んでいることをどうにかできないか、介入できないかと思ってしまう。
    畢竟、共同体,血縁というのは残酷なまでに排他的であり、それを知らない主人公は実に愚かな行為に走る。
    彼が包丁を向けた相手が、弱々しく予想と違ったというのは、まさに共同体をしらない発言に見える。光子の言葉のみで相手がどんなかを想像し、悪人か何かに思えたのだろう。共同体に正義はなく、互いの正義同士でぶつかり合う中で問題が生じる。それを知らない男は悪人と光子以外を決めつける。共同体、血縁、蚊帳の外のもの。与えられた場を演じる以外に存在意義はあり得ない。

    『補陀落』
    『一番はじめの出来事』の康二のその後の話。
    康二の家族は兄の死以降、生きている者らは変わっていった。
    姉から話をながながと聞かされる康二。
    兄という人物の片鱗が見えてくる。『一番はじめの出来事』を読んで予想していた人物像に近かった。やはり“戦後”の“男”というものに誰もが縛られていた時代。兄のいう大魔王はアメリカのことなのかもしれない。彼もまた演じることを義務付けられた存在だった。
    しかし、康二は家族の中で丁寧に育てられた故に、康二を正確に知る人物はやはりいない。これがとても可哀想に思えた。
    226頁の叫びは純真なる叫びではないか。
    家族が嫌いなわけではないが、やはり共同体の中の複雑さは困難が多い。これがある以上、役割が決められ、演じていがなければならない。時代が昔なら尚更である。
    でもやはり、兄の人物を知ると、愛おしくなる。辛かったんだろうな。それしかいえないけれど。

  •  
    ── 中上 健次《十九歳の地図 20150107 河出文庫》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4309413404
     
    (20240617)

  • 114pまでで断念。

  • 土や動物さらに排泄の臭いがまとわりつく生活空間に厭世観が漂う。若者、社会に抗う彼らの心情に時折共鳴するも隔絶も伴ってしまう。それは読者自身の俯瞰化なのか、登場人物への蔑みなのか、それとも言葉では明確化できない混沌した感情なのだと結論づけても物語は完結へと向かわない。筆者、中上健次は結末の道程を読者に投げつける。それは現在未来にどのような形で帰着するのか、それとも過去の悔恨に囚われるのか、放出される主題は “しこり” ではなく “余韻” として心に響く。

  • 短絡的に捉えたくはないが、19歳のやり場のない思いの吐け先、やり口
    言い訳が貧しさ 貧困が差別を生み暴力へと繋がるパターンはもういい
    そんな作品だった。

  • 表題作のみ読了。新聞配達をしながら予備校にも行かなくなってしまった主人公の鬱屈した感情のうねりが表現されているのだと思うが、かなり唐突感のある展開もあり、残念ながらあまり感情移入できなかった。ただ、1970年代の空気感はすごく伝わってくる。

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著者プロフィール

(なかがみ・けんじ)1946~1992年。小説家。『岬』で芥川賞。『枯木灘』(毎日出版文化賞)、『鳳仙花』、『千年の愉楽』、『地の果て 至上の時』、『日輪の翼』、『奇蹟』、『讃歌』、『異族』など。全集十五巻、発言集成六巻、全発言二巻、エッセイ撰集二巻がある。

「2022年 『現代小説の方法 増補改訂版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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