憤死 (河出文庫 わ 1-4)

著者 :
  • 河出書房新社
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感想 : 120
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  • Amazon.co.jp ・本 (185ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309413549

感想・レビュー・書評

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  • 『激怒したからと言って、人は死ねるのだろうか。怒ったとたん、血管が切れるか心臓が止まるかして、急死するのだろうか』
    …『憤死とはどのような死に方だろう』

    悔しかったですよね、無念でしたよね。ミチザネさんのお気持ちはどんなに長い時間が経ってもみんな知ってますよ。でもね、ミチザネさんが無念の死を遂げられて1100年の年月が流れても、カイシャという組織の中では未だミチザネさんが巻き込まれたのと同じようなことが繰り返されているんですよ。
    …数年前に訪れた太宰府天満宮。身内に入試祈願が必要な人がいなかったこともあって、御本殿の前で学問とは何ら関係のないそんなことを考えながらお参りをしている私がそこにいました。

    『憤死とはどのような死に方だろう』と考えを巡らせる主人公。『晩年に敗戦や家臣の裏切りなど不遇の目に遭い、そのまま巻き返せずに、世を恨みながら死んで』いくことをいうのだろうか、菅原道真のように…と考える主人公。そして『だれが見ても悔しくて失意のうちに死んでいった人物を、憤死扱いにするらしい』、と考えるもののどうしても納得のできる答えにはなかなか行き当たりません。そんな中、主人公の身近に、とても身近に起こったある出来事をきっかけに『憤死』とは何かという納得の結論に至るその結末。そう、〈憤死〉という、この短編を含む4編から構成されるこの作品は綿矢さんの芥川賞受賞十年後に出された短編集です。

    長いもの、短いもの、長短が極端な4編の作品から構成されているこの短編集。どの短編も甲乙つけがたい不思議な魅力をまとっています。特に長い2編はホラー小説っぽい雰囲気が漂うこと、そして書名の「憤死」という響きからも、作品自体とても暗いものという印象を受けますが、読後は人生の奥深さを感じる豊潤な余韻が残ります。

    まずは、〈トイレの懺悔〉という作品ですが、
    こ・れ・は、こ・わ・い
    です。結末に向かってどんどん背筋がひんやりしていくのを感じる恐怖の読書。そんなこの短編は主人公視点で展開していきます。『小学生のころの夏休みの思い出といえば、やっぱりあれだな、地蔵盆』という主人公。『小学校六年生の地蔵盆の思い出は奇妙だ』というその日。『おまえらこんなとこで遊んでないで、数珠廻しに参加しろ』と親父に声をかけられます。『親父といっても公園の近所に住んでいる赤の他人、妙な男だった。いつも昼間から酒臭くて、険しい目は赤くゆがみ、煙草の臭いが服にしみついてた』というその人物を『おれは好きだった』という主人公。数珠廻しが終わったあと『おまえら、年はいくつになった』と親父に問いかけられる主人公たちは、11歳、12歳と答えます。それに対して『よし。じゃあそろそろ、洗礼の時期だな』という親父。『ちんこの皮をむくんだろ』と冗談を返すも『情けねえ奴らだな、洗礼も知らないとは』。そんな親父は主人公たちを自宅に招きます。『みすぼらしい家の並ぶエリアだった。踏むと割れた音の鳴るトタンの橋を渡り、親父が鍵を開けた家に入る』主人公たち。そして、今度は『おまえらは懺悔を知っているか。犯した罪を告白して神に赦しを乞う、キリスト教の儀式だ』と言い出す親父。『トイレの壁際にある椅子に来い。おれはトイレのなかに入り、顔を直接見ずに開けた窓から聞こえてくる声を聞く』、それが懺悔だという親父。『正直に話せば神様はおまえたちが大人になるまえに、その罪を全部赦してくれる』という親父。『罪を話すってどういうことなんだろう』と思いつつも『多分これが罪って言うんだろうなという事柄』がすぐに思いついて息苦しくなる主人公。そして、そんな主人公の順番がやってきた…と展開していきますが、冒頭の『地蔵盆』を取り上げるどこかノスタルジックささえ感じる描写が、後半になって、一気に緊迫感を帯びていきます。『懺悔』という日本人には少し縁遠い響きのこの言葉。しかし、これを『相談』と置き換えれば一気に身近なものになります。『懺悔』の場も『相談』の場も基本的には一対一。そしてその『相談』の場を『普通、悩み相談は!相談される側が得をする』というまったく想像もできなかった考え方が、ある人物によって唐突に提起される後半。私には『洗脳(この言葉は出てきません)』という言葉がふっと浮かび上がるとともに、ゾクッとするまさかの結末への展開にとても恐怖を感じました。
    こ・れ・は、こ・わ・い。

    そして、最後の〈人生ゲーム〉。これは、最近はやる人も少なくなってきたかもしれませんが、ある世代より上の方はその大半が子供時代に必ず遊ばれたはずのあのゲームが鍵を握る作品です。『人生はゲームみたいなものなのさ、どれだけシンケンに生きても、結局は運しだい。ゲームと変わらないほどにばかばかしいのさ』、と語るのはこの作品の鍵を握る謎の『人物?』。人は長く生きれば生きるほどに、このある意味での『結局は運しだい』を感じるのではないでしょうか。『本物の人生はリフジンだらけで、どれだけ真面目にやっても、叶わない願いがあれば、どうでもいいと思ってちゃらちゃらやっていたのに、意外と良い結果に終わることもある』という、もう誰もが日々感じるこの『人生』というものの捉えようのなさ。そんな『人生』をゲームにしてしまった『人生ゲーム』。『このゲームは早くゴールについた人間ではなく、誰よりも多く金を稼げたプレイヤーが勝ちだ』というそのルール=人生の結果論から私たちが思うこと、考えること、そして学ぶこと。この作品もある種のホラー小説と感じる方もいるかもしれませんが、私にはどちらかというと大河小説を読んだかのような充実した印象の読後感を迎えました。そして、一見繋がりのない4つの短編をなんだかこの作品が全て包み込んで、一つの作品として感じられるような、そんな奥深さも感じました。

    綿矢さんの短編集は初めてでしたが、短編集にありがちな無理筋の展開やそれによる消化不良はまったくなく、また、それぞれの短編は、まったく別の場で発表されたものであるにもかかわらず、〈人生ゲーム〉という最後の作品が存在することで、本全体としてひとつのまとまり感があるようにも感じられました。

    なんだか短い時間の中でいろんなことを考えさせてくれた作品。人生ってそうだね、そうだよね、そんなものかもしれない、という思いに包まれた読後感。「憤死」。書名自体にはギョッ!とさせられますが、とても印象深く、そして読み応えのある逸品でした。

  • どれも面白かった!

    文庫表紙の女子感あるピンクのデザインを見て、勝手に恋愛ありつつ、笑えるところありつつの楽しい話だと思っていたのに、全部こわいやつでした。
    お化けがでてぎゃーとかではなくて、部屋の温度がすっと下がるようなやつ。

    トイレの懺悔室は現実に起こる可能性もあるし、言葉が通じて同じ過去の思い出を持つ者同士なのに、全く理解しあえないだろう怖さ。

    個人的に一番怖かったのは人生ゲームの後半。
    昔幼馴染2人とやった人生ゲームのルーレットを一人で回し、黒い丸で囲んだマスに辿り着いた時のチャイムの音。
    言葉も態度もあんなに剽軽なのに、“彼”があの時と変わらない姿で入ってきて、牛乳を飲み出すあのシーン。

    その場を想像するだけで、心臓をぎゅっと掴まれるみたいに怖かった。
    ひんやりしたい時に読むといいかもしれない!

  • 再読。綿矢りささんの作品はなんとなく苦手だったんだけど、これを読んだ当時すごくハマったのを思い出した。
    ちょっとだけ怖くてめちゃめちゃおもしろい。ページをめくらずにはいられない感覚。「人生ゲーム」が一番好き。

  • 初めて読んだ綿矢りささんの本。
    Kindleunlimitedで読ませていただきました。
    うーんすごく好きかも。感覚が似ている。
    子供の感覚を残して大人になった自分と。
    小学校の頃のこと、すごく記憶に残ってる。

    表題作はすごく素敵な話だったし、
    他の話も全部良かった。ちょっと怖い感じが最高です。

    他にもこういう話書いているのかな?
    他の本も読んでみます。

  • 短編全部がおもしろかった!
    解説で森見登美彦が言ってたけど、どれも続々して続きが気になってどんどん読めちゃう。
    よかった

  • ホラー系な感じが多かった。憤死が1番好きだった。怒りが原因で死ぬってすごく面白い。
    ・「人生はゲームみたいなものなのさ、どれだけシンケンに生きても、結局運しだい。ゲームと変わらないほどにバカバカしいのさ」

  • 数ページ読んだだけで「綿矢りさ、恐るべし…。」ってなった。
    すごく若く芥川賞取って話題になってたから名前は知ってたけど、著書読むのは初めてで。
    文章が、めちゃくちゃ饒舌でもの凄く上手い。不思議とすんなり飲み込めるというか、似たような経験した訳でもないのに何故か分かる。とても分かる。

    この短編集、ぞっとする話ばかりですごく好み。トイレの懺悔室なんてヤバいよ(←語彙力 笑)

    で、この表紙はウケ狙いかなにか?
    こんなに本の内容を表現してない表紙も珍しいな。可愛いもの散りばめてピンクの丸ゴシック体で「憤死」って…‼︎


    2021.5.28 読了 備忘録
    この後、綿矢りささんの著書を何冊か読んでこの本は綿矢りさ的には異色の本なんだと気付いたけど、私の中ではいまだに綿矢りさの最高傑作はこれだと思ってる。今のところ。

  • 憤死
    (和書)2013年08月02日 16:11
    綿矢 りさ 河出書房新社 2013年3月8日


    久しぶりに図書館で綿矢りささんを検索したら読んでない本をみつけた。それで借りてみました。

    最近、他者性と哲学の関係を考察していて面白いことに気づいた。他者性によってしか見いだせないものがある。それが弱者であり最下位の存在である。そういった最下位の存在につくことが哲学である。最下位の存在である弱者への姿勢が哲学の根幹でそれは人間の自然状態において弱者へつく姿勢であり、その自然状態が抑圧された文明において抑圧された自然状態が回復することを意味している。高次元に回復したという意味で哲学と云われる。

    小説とか文学は哲学がなければ存在意義はないと思う。レトリック・追従・弁論術が駆使される小説において哲学がなければ全て愚作である。

    綿矢りささんの小説は読みやすい。小気味良く琴線に触れるレトリックもある。そこで哲学があるかどうか考えてみたい。弱者を描いていることは確かだ。そして最悪の状態もよく描いている。最下位につく姿勢である。しかしこの作品集では哲学を感じなかった。なんだか軽すぎるテーマのように感じる。これで哲学足りえるのだろうか?

    でも僕は綿矢りささんの作品が好きだから他の作品も読んでいきたい。

  • 少しヒヤッとするこわい短編集が4作入っています。
    トイレの懺悔は一人で夜に見ていたのでヒヤッとしました。
    憤死は主人公の友達が自殺未遂をしたという話でしたが、最後はクスッと笑ってしまうようなお話でした。
    人生ゲームは、友人が次々と亡くなってしまい暗い話なのかなと思いましたが、最後は人生についてすごく考えさせられる、ウルッと来るお話でした。

  • この作品もとても面白かった。綿矢りさの作品は今作で5冊目だが、ハズレなし。どの作品もとても面白く、引き込まれる。今回の中では「人生ゲーム」が特に良かった。なんだが本当にありそうな話だもんね。

著者プロフィール

小説家

「2023年 『ベスト・エッセイ2023』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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