- Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309413884
感想・レビュー・書評
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福永武彦にしては珍しい王朝もの伝奇ロマン。「今昔物語」のいくつかのエピソードを素材にして繋ぎ合わせたらしい。
信濃の若侍・大伴の次郎信親(のぶちか)は、叔母の嫁ぎ先のつてを頼り京へ上る道中で、あやしい陰陽師・智円法師と、気さくな笛師・喜仁と出会う。京で彼らは再会することになるが、喜仁の娘・楓は次郎に恋し、次郎のほうは従妹にあたる三條の中納言の西の姫に恋し、しかし姫君は一度だけ夜這いをしてきた二條の左大臣の嫡男・安麻呂に夢中、一応ここは両想いだけれど安麻呂は女たらしのうえ両家はライバル関係というロミジュリ展開の四角関係。さらに不動丸という都をさわがす盗賊の首領も姫に恋して攫おうと狙っている。
とにかく面白くでぐいぐい読んでしまったのだけれど、登場人物がことごとく恋に一途で、しかしこれは裏をかえすと相手の気持ちを全く考えず己れの欲望のみをつらぬく自己中タイプ、しかも全員が(笑)これでは上手くゆく恋もそうはいかない。読んでるほうはただひたすらハラハラしどおし。
主人公の次郎は、生真面目で冗談の通じないタイプ、つまり主人公らしく真っ直ぐなのだけれど、その正義感ゆえの融通の利かなさにはハラハラを通り越してたまにイライラ、突然逆ギレ暴走をしてなにもかもぶちこわしてしまったりする困ったちゃんだし、彼のせいで罪のない忠義の部下たちが死んじゃって可哀想だし、それを苦にして変に自虐に走るのも真面目ゆえ仕方ないとはいえ意外とどんくさい。
そんな次郎を想う楓の一途さも健気を通り越して気持ちの押しつけ、次郎の気もしらず安麻呂に夢中な姫の男を見る目もイマイチで、ああみんなもっと他に良い人みつけたほうが幸せになれるのにと余計な世話をやきたくなってしまう。悪役の不動丸のほうがまたしも、悪役なんだから自己中でも許せる感じ。覆面の不動丸の正体は、読者には簡単に見抜ける。
そんなわけでラストは当然、シェイクスピアかギリシャ悲劇かという勢いで人が死にますが、豪華絢爛王朝絵巻な世界観だけでもうっとり、最後まで飽きさせないのはさすがでした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
叔母の忘れ形見の姫を恋い慕う若者。蔵人の少将に惹かれる姫。若者を好う笛師の娘。都を跋扈する盗賊。法術を操る陰陽師。綾なす恋の行方は……今昔物語に材を得た王朝ロマンの名作。
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☆4.2
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今昔物語に題をとった群像恋愛小説。
安麻呂と想い合う萩姫を慕う次郎信親に恋をした楓…と、連鎖する片思い。更に、暗躍する陰陽師と萩姫を狙う盗賊まで。各々が自分の思惑で動き、事態はのっぴきならぬところまで転がっていきます。
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文章の美しさと展開の早さで、するすると読めました。
しかしこの小説、登場人物誰ひとり幸せにならない…!これだけ登場人物がいにも関わらず、1人として幸せにならない…!!!
ラストまで読むと、「風のかたみ」というタイトルが切なく感じられます。 -
平安期、無常のお話。
作者の名に見覚えがあると思ったら、国文学者さんでいらしたんですね。
お話の構成も、内容も、平成を随分すぎた今ではなかなか見つからないものと思われます。
ひょいと出てくる登場人物が、メインキャラクターの一人だったり。帯にあった「命を懸けて恋をした」発言はお前かよ!みたいな。
陰陽師、引っ掻き回すばっかりで何がやりたいのかわからないのも
いや、ここでこの人達退場? な事態も
この期に及んでこの展開!? も
最後の最後でまとまってる。そういうわけでこうだったのねって。
「風のかたみ」の「かたみ」ってそういうわけかい!って。
ひらがなだったので、どう解釈すればいいのがずっと考えていましたよ。
もっと自分に古典の教養があれば、より深く楽しめたろうと残念です。
しばしば出てくる今はつかわれない言葉が、なんだかとても素敵でした。 -
福永武彦は、“意識の流れ”を用いたり、表現手法に工夫を凝らした作家ですが、本作は異色の平安期もののためか、文章や構造は素直で、サクサク読めます。貴族・武士・盗賊・陰陽師と多彩な登場人物が、ままならぬ恋に翻弄されます。「風のかたみ」とは“風=時間の経過、かたみ=風に吹き抜ける笛の音”でしょうか?余韻は無常ですね。