禁忌習俗事典: タブーの民俗学手帳 (河出文庫)

著者 :
  • 河出書房新社
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感想 : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309418049

感想・レビュー・書評

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  • 面白かった事例をメモするとキリがないので、我が郷土に関する部分だけを記録する。いつか、話のタネになるかもしれない。

    〈忌を守る法〉
    ・「金忌(カナイミ)」阿哲。春分に近い戊(つちのえ)の日を地神の祭日とし、農耕は休み、鋤鎌などの金物を一切使用せず。
    ・備中真鍋島では、忌小屋に女が入ることを山上がりと謂う。村は浜にあり、小屋はいずれも高い所に設けるからである。

    〈忌の害〉
    「産負け(サンマケ)」備前和気。
    産の火に負けること。赤子祝い以前の家の者が漁の仲間に入ると、産負けして怪我をしたり、漁が当たらなかったりして人から忌まれる。故にこの祝いを早くすませて、世間を広くするという。

    〈土地の忌〉
    ‥‥今までは産血の忌が多かったが、ここではバラエティ様々。ホラー小説アイデアの宝庫(^^;)。
    「袖もぎさん(ソデモギサン)」
    薬師の辻堂のある処で、そこで倒れたら草履を捨てるか、または片袖をちぎって帰らぬと死ぬともいう(佐用)。
    「縄目の筋(ナワメノスジ)」
    岡山県では主にこの筋にあたる土地に家普請をすることを忌むが、或いはここで転ぶと病気になると言って、近寄らぬ様にしている処もある(佐用)。
    この筋にあたる山々や尾根通りに、所々目立って大きな松があり、天狗が夜中に松から松へ飛び回る。これを天狗の羽音という。(備中吉備郡)。
    普請するには何よりも先にこの筋にかかっておらぬか否かを確かめる(岡山歴史地理)。
    「ナメラ筋」
    縄目の筋を備前東部では魔筋、昔魔の通った跡という(邑久)
    或いはナマムメスジまたは、ナメラスジといい、作州でもナマメスジ(久米)もしくは魔物筋という(苫田)。家作がこの筋にかかっていると病人が絶えぬといい、新たに建築する者は十分に警戒するのみでなく、単に通り合わせただけでも気分が悪くなることがあるといい、また化け物の出る処だと思っている者さえある。和気郡のそこの魔筋では、火の玉が通るともいう(岡山文化資料)。
    「池鏡(イケカガミ)」
    家の影が水に映る地形をいう。従ってまた川鏡も忌まれる。「神の正面・仏のまじり」という諺もこの地方にはあるという。仏のまじりとは墓場の後のことである(美作苫田)。

    「物の忌」
    ‥‥これもまた、バラエティ豊か。
    「片目黒(カタメグロ)」
    猫の一方の目のまわりは毛が白く、一方の目のあたりに色毛のあるものを飼うことを忌んだ(岡山方言)。

    「忌まる行為」‥‥葬礼に関する忌が多い。つまり、葬礼には様々な作法があり、反対に平日ではその作法を絶対行わない様にした。そうやって、人びとは死の忌から注意深く逃れようとしてきたのである。
    「一杓子飯(ヒトサジメシ)」
    サジは飯杓子のこと。ヒトサジで盛った飯を食えば様々な悪いこと(継子にかかる‥‥つまり家族の何人か死ぬ等々)に遭うということ。此処で岡山の例は無いが、私はこれを一生涯守っている。ヒトサジメシは、お葬式だけにするもので、普段は必ず2回以上で盛らなくてはならない。と教わった。コレはいまだご飯を盛るという行為が無くならない限りは、日本全国で行われている言い伝えだろうと確信する。だよね?みんなしてるよね?
    「一本箸」「一本花」
    これも、お葬式の作法なので、平日は現代でも忌むのが普通。ただし、花を一本だけ立てるのは霊をこれに憑らしめる方式であって、古くは必ずしも葬礼の日だけに限らなかったのである。


    岡山県に関する忌だけでも、ここまでで本書の約半分にあたる。書き出せばキリがないので此処で終わりにする。本書に選ばれた忌は多いが、それでもおそらく全国の忌行為の一部だろうと思える(箸の忌行為は多いが、此処には殆ど載っていない)。そのほとんどは、今は失われている。多くが、道具が無くなったり生産行為をしなくなったり又は科学的知識によって不要になったからである。反対に、新たな忌行為が出現している気がする。
    「ラインにすぐ返事しないと悪いことが起きる」
    「‥‥の家は祟られている」
    「‥‥の道を一人で歩いてはいけない」
    「‥‥をするとハゲる」
    と、一部地域では言われている気がする。
    100年前にはなかった忌は、ホントに、もっともっとたくさんあるだろう。

    この100年で、
    人の生活は大きく変わった。
    人の気持ちは少しも変わらない。
    だから、この本は3月に発行されて、決して安くはないのに10日で忽ち重版出来した。私もつい買ってしまった。

  • 日本各地の「忌」を集めたタブーの事典。
    葬式と出産という正反対のことが不浄のものとして2大タブー視されているのが面白いと思った。とにかく血に関することは穢れとして遠ざけられていたらしい。月経中の女性が家とは別の小屋に軟禁されていたというのもかなり闇深い。その他、忌まれる場所、忌まれる方角、忌まれる日時、忌み言葉などなど、由来は忘れ去られてるけど風習や迷信として今も残っているものもあるんだろうなぁ。
    興味深い一冊でした。

  • 忌むもの多い。女性の月のものの嫌われっぷりがすごい。山に血の臭いをさせながら入ると獣に襲われやすいから、みたいなそれっぽい理由もあるんだろうけどそれにしても忌みすぎる。最近になってやっと「そういうものです」みたいな理解が広がりつつあるけど、この本読むだけでもこれだけ嫌がられてた過去があって、それが割と近い昔なのだから、まだ難しいんだろうなあとも思った。

  • 忌(いみ)について、日本各地の風習、奇習を集めた事典。
    ところどころ、拾い読みをしていると、現世とは別の不思議な世界へと誘われるような気分になる。一つ、拾い読んで見る。

    「首切り石」以下抜粋
    伊勢の三重郡では、縞の入った石を首切り石というのは、形から思い付いた名のように思われるが、これを拾うと首が切られるという。知らずに拾ったらそっと首を三度撫でてから捨てよともいう(郷土石号)。

    その石を拾った情景が浮かんできたり、どうしてそんな風習が生まれたのか気になってしまう。

    人間は、コレクションしたがるものだが、忌をテーマに集めた柳田国男さんって、どんな人物だったのかも気になってしまう。

  • 昔の人間は生きるのに必死だったんだなと。不作になれば死ぬし、怪我しても死ぬし、病気になれば原因不明で死ぬ。お産も命懸けだったし。
    科学のなかった時代に、死という現象にあれこれ理由と原因を考えて試行錯誤した努力が垣間見える。

    火の禁忌が面白かった。
    火というより竈門で煮炊きしたものへの禁忌?はよもつへぐいが連想される。
    お産・月経への禁忌も目立つ。血の穢れという意味の他に、出産自体がなんだかよくわからなくて怖い、という感情があったのではないか、「彼岸から此岸への橋渡し」→「彼岸に近い」感覚があったのではとか勝手に想像する。
    死人・病人が出た家人との食事を控えるのは、感染症対策としては意外と理に適った面があったのでは。昨今の状況ともリンクする。

    山言葉・沖言葉・正月言葉…今じゃあ馴染みがない不思議な慣習…だが、忌まわしい言葉を避ける感覚は健在?
    受験生の前では「落ちる」に類似した言葉を避けるなんてことも、文化的には根が深いのかも。

  • 「忌む」とはどういう感情か。ここに死穢と差別の根原がある。日本各地からタブーに関する不気味な言葉、恐ろしい言葉、不思議な言葉、奇妙な言葉を集め、解説した読める民俗事典。全集未収録。(アマゾン紹介文)

    紹介はなんだかおどろおどろしいし、そういう目的で読み始めたんだけど、さすがは柳田翁、からっからに渇いていらっしゃる。それはそれで良し。
    とはいえ資料として使えるかって言われると、うーん…。使われていた地域も明記されているから、興味を持ったらそういう調べ方ができるのは面白そうかな。

  • どのあたりでの禁忌なのかがイメージできなくて、読みづらい。

  • 摂南大学図書館OPACへ⇒
    https://opac2.lib.setsunan.ac.jp/webopac/BB50241690

  • まさにthe柳田国男仕事って感じだな…
    よくもまあこんなに縁起悪いもの集めたもんだ…みたいな

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著者プロフィール

1875年兵庫県生まれ。農商務省勤務、貴族院書記官長を経て、1930年代以降は民俗学の著作に専念し、研究会や雑誌を主宰した。おもな著書に、『遠野物語』『木綿以前の事』『海上の道』など。1962年没。

「2021年 『葬送習俗事典 死穢の民俗学手帳』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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