須賀敦子全集 第4巻 (河出文庫 す 4-5)

著者 :
  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (624ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309420547

作品紹介・あらすじ

人生のいくつかの場面で、私を支えてくれた、書物というかけがえのない友人たち。「遠い朝の本たち」-幼年期からの読書体験をたどり、自己形成の原風景を描く。「本に読まれて」-当代無比の読書家であった著者の書評を集大成。「書評・映画評」-書物や映画にまつわるエッセイ33篇。

感想・レビュー・書評

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  • 『遠い朝の本たち』を読もうと思ったのは、須賀敦子さんがアン・モロー・リンドバーグの『翼よ、北に』から「サヨナラ」のエッセイを取り上げていると知ったからなのだけれど、読んでみるとそれだけでなく、須賀さんがリンドバーグ夫妻が不時着した国後島での出来事を描いた「漁師の小屋」のアンの文章に惹かれたことも綴っておられた。

    “やがて自分がものを書くときは、こんなふうにまやかしのない言葉の束を通して自分の周囲を表現できるようになるといい、そういったつよいあこがれのようなものが、あのとき私の中で生まれたような気もする。”

    本人も気づかないまま、もの書きとなる運命が動きだした瞬間だったのだろう。そのきっかけとなったアンの文章に須賀さんが出会ったのは、中学生になったばかり、戦争が少しずつ身近に迫ってきていた頃のことだった。

    またこのエッセイには、とても印象に残る人物がいた。須賀さんの小学校からの同級生「しげちゃん」だ。女学校4年生のとき、しげちゃんがデュマの『三銃士』を須賀さんに貸してくれたことから、本好きのふたりはたちまち親しくなる。
    色白で小柄、幼な顔のしげちゃんは、黙って須賀さんの傍に立っていたら、周囲からはおとなしい妹のような存在に見えたかもしれない。けれどもしげちゃんは周囲の誰よりも、円熟した精神の持ち主だったように思う。
    それは真剣に人生や戦争や宗教の話をしていた頃の、15歳のしげちゃんが須賀さんのバースデイ・ブックに書いた言葉にも表れている。

    「個性を失ふといふ事は、何を失ふのにも増して淋しいもの。今のままのあなたで!」

    大学の卒業が間近になっても、将来に不安を覚え現実から逃げていた須賀さんに、しげちゃんは、どうして、そんなに反抗ばかりするのかなと問いかける。私もわからないと答える須賀さんに、しげちゃんは言う。
    「でも、だいじょうぶよ。私はあなたを信頼してる。ちょっと、ふらふらしてて心配だけど、いずれはきっとうまくいくよ、なにもかも。」
    そしてしげちゃんは、卒業したら修道院にはいることを須賀さんに伝えた。
    「だれか祈ることにかまける人間がいてもいいんじゃないかと思って」
    しげちゃんは、学生時代に結核を患ったからなのだろうか、生と死が誰よりも身近で、そのことについてひっそりと深く考え続けている、そんな女の子のようにも思う。
    そんなしげちゃんを思うたびに私は、暖かい日差しが降り注ぐ、透きとおった硝子の核のようなものが思い浮かぶのだ。

    『本に読まれて』のなかでは、一年前に亡くなられたご主人のことを切々と思い出す須賀さんと、川端康成とのやり取りが印象的だった。
    川端が須賀さんに掛けた言葉は、須賀さんをもっても驚くものであったのだけれど、その真意は須賀さん自身も、ものを書くようになってから気づくことになる。
    そこから須賀さんはさらりとではあるけれど、川端の『雪国』のトンネルについて触れる。それは私には『雪国』の印象が変わるほどの衝撃的なもので、もう一度じっくりと『雪国』を読んでみようと思った。
    しかしながら、わたしがこのふたりのやり取りで心を奪われたのは、実のところ川端の仕草である。
    あの大きな目で一瞬、須賀さんをにらむように見つめたかと思うと(これは川端の癖ですね)、ふいと視線をそらせ、まるで周囲の森にむかっていいきかせるように、須賀さんへの言葉を口に出す。
    その川端の姿を想像すると、なぜだか胸の奥が疼いて堪らなくなってしまうのだ。

    収録作品
    「遠い朝の本たち」
    「本に読まれて」
    「書評・映画評」

    • まことさん
      地球っこさん。こんばんは!

      実は、私も今、この本を手元に置いています。
      ずっと昔、一度読んだのですが、また、読みたくなって。
      地球っこさん...
      地球っこさん。こんばんは!

      実は、私も今、この本を手元に置いています。
      ずっと昔、一度読んだのですが、また、読みたくなって。
      地球っこさんのレビューを拝見して、ああ、そんなことが、書かれていた本だったっけ。
      と、わずかながら思い出しました。
      この本は、もう付箋だらけで、私もたぶん読みたい本に付箋をいっぱい貼ったんだと思います。
      地球っこさんの、すぐ後で、レビューする勇気はないので、また、しばらくしたら、読んでみようと思います(*^^*)。
      2021/11/30
    • 地球っこさん
      まことさん、こんばんは!

      同じ本を読んでも、いろんな感想があるところが読書の面白いところだし、それを読めるのがブクログの楽しみなところです...
      まことさん、こんばんは!

      同じ本を読んでも、いろんな感想があるところが読書の面白いところだし、それを読めるのがブクログの楽しみなところですよね。
      ぜひぜひ、読まれたらレビューしてくださいね!
      楽しみにしてます。

      まことさんは、読みたい本に付箋をいっぱい貼られたということなので、「本に読まれて」と「書評・映画評」のエッセイが心に残っておられるのかもしれませんね。

      私も読んだことのない本ばかりだったのですが、ちょっと難しそうだったので(笑)、チェックしたのは3,4冊ほどでした……f(^_^;
      2021/11/30
  • 須賀敦子全集の第4巻には、3編が収められている。文庫本の裏表紙の説明も借りながら、内容を下記する。

    【遠い朝の本たち】
    幼年期からの読書体験をたどり、自己形成の原風景を描く。
    「国語通信」「ちくま」に連載されていたもの。それをまとめた単行本として発行されたのは1998年。
    【本に読まれて】
    当代無比の読書家であった著者の書評を集大成。
    毎日新聞の書評委員を務められていた時の書評など。これも、「本に読まれて」という題名で1998年に単行本として刊行されている。
    【書評・映画評】
    1991年から1997年にかけて発表された、書評を中心とした単行本未収録作品を、発表順に収録したという説明がなされている。

    書評の多くはヨーロッパの詩や純文学や評論など。ヨーロッパの文芸についてのある一定の教養がないと読みこなせそうにない作品が多く紹介されている。私は、読む本を選ぶのに、書評を使うことが多いが、この須賀敦子の書評はハードルが高すぎて、読もうという気になったものは、ほとんどなかった。

  • ○君は人生に意義を求めているが、人生の意義とは自分自身になることだ。
    ○大切なのは、どこかを指して行くことなので、到着することではないのだ、というのも、死、以外に到着というものはあり得ないのだから
    ○我々が一人でいる時というのは、我々の一生のうちで極めて重要な役割を果たすものなのである。ある種の力は、我々が一人でいる時だけにしか湧いてこないものであって、芸術家は創造するために、文筆家は考えを練るために、音楽家は作曲するために、そして聖者は祈るために一人でいなければならない。
    ○詩―それはひとつの息の転換なのかもしれません。おそらく詩は道をー芸術の道をもーこうした息の転換のために進むのではないでしょうか。

  • 須賀敦子さんのブックレビュー本。
    とても魅力的に紹介されるので、あれもこれも読みたくなって、読了後は本がポストイットでいっぱいになった。
    各本数ページの紹介ながら、内容についてとてもディープな考察がなされており、実際に本を読んだような気持ちになった。非常に密度の濃い読書体験であった。

    池澤夏樹氏を絶賛しておられ、今まであまり注目していなかったが、ちゃんと読んでみようかなと思った。

  • ミッション系スクールへ通いながら軍需生産に従事した戦争中の学生時代から大学、大学院、イタリア留学、夫との死別と帰国。阪神大震災。

    深い人生経験に裏打ちされヨーロッパと日本を見つめる目線と言葉。さまざまなヨーロッパや日本の近現代の作家の作品の書評と随想。

    心に残る言葉
     なにかに到ろうとすることが孤独な作業だということ
     
     思想がない建物
     
     そこから小説が始まるんです
     
    あとがきも秀逸

     日本人は、じぶんたちの国が、世界の中で確実に精神の後進国であることを真剣に考えずにはいられなくなった。いったい、なにを忘れてきたのだろう、なにをないがしろにしてきたのだろうと、私たちは苦しい自問をくり返している。だが、答えは、たぶん、簡単には見つからないだろう。強いていえば、この国では、手早い答を見つけることが競争に勝つことだと、そんなくだらないことだばかりに力を入れてきたのだから。
     人が生きるのは、答をみつけるためでもないし、だれかと、なにかと、競争するためなどでは、けっしてありえない。ひたすらそれぞれが信じる方向に向けて、じぶんを充実させる、そのことを、私たちは根本のところで忘れて走ってきたのではないだろうか。

    読みたい本
    「シカゴ育ち」 スチュアート・ダイベック
    「地中海世界」 フェルナン・ブローデル
    「緑の家」   バルガス・リョサ
    「パウル・ツェラン全詩集」
    「記憶の形象 都市と建築との間で」 槙 文彦
    「南仏プロヴァンスの12か月」 ピーター・メイル
    「美しき日本の残像」 アレックスカー
    「野火」 大岡昇平
    「肌寒き島国 近代日本の夢を歩く」 松山巌
    「抱きしめる、東京―町とわたし」 森まゆみ
    「Salvatore Quasimodo 古代の冬」
     シモーヌ・ヴェイユ
    「ヴェネツィア暮らし」矢島翠
    「告白」アウグスティヌスー 神は私の中にいる 


    見たい映画
     「シェルタリング・スカイ」 ポール・ボウズ

  • p.2021/6/25

  • 前半は「遠い朝の本たち」。作者の主に少女時代を読書遍歴に託して描く。中井久夫氏の解説によると父との和解が隠れた主題らしいが一読ではそこまで読み取れず。また氏の指摘する無常観は、回想ゆえというところもあるが、確かに言えている。

    後半は「本に読まれて」。このタイトルは前半に登場する、作者の祖母の言葉より取られている(ボクも子供の頃はそんな感じだったかも)。こちらは書評集。毎日新聞にも書評を寄せていた時があったとは知らなかった。知らない本がほとんどである。。。

  • 第4巻は『遠い朝の本たち』『本に読まれて』『書評・映画評ほか』を収録し、本、書評を纏めた1冊となっている。『遠い朝の本たち』だけが本に絡めた自伝的エッセイで、それ以外は評論集。
    紹介されている本を読みたくなるというよりは、須賀敦子が取り上げた本をどう読んだか、どう評したかが気になる内容。矢張り海外文学が多い。

  • 遠い朝の本たち  本に読まれて

    本が好きな人の、本の記憶は楽しい。
    私も本を読むのではなく、本に読まれている。:)

    大阪は水の都。この本を読んで、空の向こうの故郷を思った。

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著者プロフィール

1929年兵庫県生まれ。著書に『ミラノ 霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』『ヴェネツィアの宿』『トリエステの坂道』『ユルスナールの靴』『須賀敦子全集(全8巻・別巻1)』など。1998年没。

「2010年 『須賀敦子全集【文庫版 全8巻】セット』 で使われていた紹介文から引用しています。」

須賀敦子の作品

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