見えない都市 (河出文庫)

制作 : Italo Calvino  米川 良夫 
  • 河出書房新社
3.69
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本棚登録 : 717
レビュー : 78
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309462295

作品紹介・あらすじ

現代イタリア文学を代表し、今も世界的に注目され続けるカルヴィーノの名作。ヴェネツィア生まれの商人の子マルコ・ポーロがフビライ汗の寵臣となって、さまざまな空想都市の奇妙で不思議な報告を行なう。七十の丸屋根が輝くおとぎ話の世界そのままの都や、オアシスの都市、現代の巨大都市を思わせる連続都市、無形都市など、どこにもない国を描く幻想小説。

感想・レビュー・書評

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  • イタロ・カルヴィーノ1972年の作。ネタバレを回避してあらすじを書くのが不可能な作品ともいえるし、話の展開のようなものがなく、なにを書いてもネタバレにならないともいえる。いずれにしても、おそらく、何通りもの読み方ができる不思議な書。

    フビライ汗に気に入られた(もしくは取り入った)マルコ・ポーロが旅行中に訪問した55の都市をひとつひとつ、フビライの前で話して聞かせるかたちになっている。ひとつひとつの都市の話は短く、また都市と都市の間につながりはない。小篇の集合といってよい。

    読んでいるうちにわかるが、話に出てくるのはすべて架空の都市で、フビライやマルコが生きていた時代には存在しないようなものも出てくる。どの都市も特徴的なのに、その特徴はどんな都市も持っているようなありふれたもので、大変矛盾している。でも、人が「これは独自だ」とか「特徴的だ」というときのそれはたいていユニークだとは感じられないことから考えると、べつに矛盾していないのかもしれない。とにかく、現代社会が抱える──といってもこれが書かれたのは45年以上前だがいまでもほぼ当てはまる──さまざまな問題を細かく分解して、そのひとつひとつから発想を広げて構築した想像上の都市が、次から次に披露される。

    マルコがフビライに報告するというかたちで一応物語は進む。が、登場するのが別にフビライとマルコである必要はなく、また登場人物と紹介される都市の間にもこれといった関係性はない。つまり、登場人物を置き換えても、取り上げる都市がどんなものであっても「見えない都市」は成り立つ。出てくるものはすべて、ほぼ、名前がついているだけの置物という印象だ。

    そのことから、この物語は、話者が短い話を語って聞かせるという構造だけが決まっていて、その上で展開されるストーリーはモジュール化され、それぞれが独立していて、どうとでも入れ替えられるように見える。むしろ、「物語とは、土台と交換可能な表面によって構築されている」ということを強調するかのような作りになっていて、小説というジャンルを挑発しているように思える。

    というのがわたしの読み。読み方によっては取り上げられた都市が抱える社会問題にフォーカスして掘り下げることもできるだろうし、全体に語り口が抽象的で「鑑賞者が解釈して完成させる」作品として捉えることもできるだろう。楽しみ方はいろいろあると思う。

  • 山尾悠子やダンセイニが描く知らない街は面白がれるのに、カルヴィーノには構えてしまうのは、メタ的なしくみが何かあるの?ただぼんやり読んでちゃダメなの?街の話をしているていで文学の話をしているの?って警戒してしまうから。マルコ・ポーロの口ぶりもとにかくはっきりしなくて、あいまいさを反芻しながらぼんやり考える余裕がないわたし向きの本ではなかった。おもしろいものの描写じゃなくて、おもしろいお話が読みたいんだもの。

    最終的には「これ、面白い人には面白いんだろうな」から「これ、もしかして面白いんでは?」まできた。泊まるたびに宿から見える顔が増える街って、水木しげるぽくないですか?

  • マルコ・ポーロがフビライ汗に語る体裁で淡々と綴られるさまざまな架空の都市の断片。合間に挿入されるマルコとフビライの問答が哲学的。どの都市も不思議で独特で、語られる言葉の中にしか実在しないのだろうけど、だからこそどこかに存在するのかも、と思わされる。

    ただ読んでいて楽しいかというと、意外と退屈で、まあ起承転結のある話ではないし、都市の内容もファンタスティックで素敵、住みたい!みたいな場所ではなくて暗喩というかトリッキーで観念的なものがほとんど。ボルヘスっぽいけど、ボルヘスほど奇想天外さを感じなかったのは、ちょっと理屈っぽいからかな。誰かが具現化してくれたイラストとかあれば面白そうなのにと思った。

  • その都市はいったいどこにあるのか。強大な力を持って果てしなく領土を広げゆくフビライと、地の果てまでひとり行くマルコ・ポーロが、それでもまだ知ることのできない都市と、どこかで見た都市を巡って時を過ごす。見知ったようなそれでいて遠い世界のお伽話が、電車で向かう仕事先とさえ重なり合う重畳された時間の流れの中で、じわじわと響きあう。やがて、読者である自分自身がその都市のひととなった。

    電車の中にあって片手をあげて寄り添う人々は、誰ひとり言葉を発せず、互いに隣には誰ひとりいないようにふるまっている。たとえあなたがそこで何を目にしようがそれはあなたの脳が見た景色であって、隣で光る板を睨みながら首を捻じ曲げた若者がそこにいたとは限らない。なぜならその若者にはあなたが見えていないからである。それがトキオの慣わしなのだ。あなたがどれほど信じたとしても、時折電車がゆれて黒びかりするバッグが脇腹を押したとしても、それはあなたが感じていると信じる何かではあっても、存在している証明ではない。その若者がようやく次の駅で降りてあなたのとなりに呼吸する空間が出来たとしても、その若者はあなたの存在を微塵も覚えていない。あなたは存在すらしないのだ。あなたが通り過ぎたトキオの街が本当にあったのかすら怪しい。なぜならトキオの住人は誰一人あなたのことを覚えていないのだから。それでもトキオはそこにある。征服されざる街として。

  • その世界は、中心から放射状に同じ模様を繰り返し広げていく曼荼羅の様相を呈している。人間の頭脳は合同、相似、そして移動、回転、といったパターンを繰り返す。自分の頭脳で考えたものだけで空間を埋め尽くし、それらを純粋で理想的なものと認識する傾向にあるそうだ。その種の脳の欲望をシンボライズしたものが曼荼羅だといわれている。つまり、模様の一つ一つを言語化したものが〈見えない都市〉であると私は解釈した。
    私の記憶の中に、耳の中にのみ存在する。
    でも実際は、都市というのは共有はできても、個人で所有することはできない。

  • 本書は、マルコ・ポーロが、皇帝フビライ・ハーンに、旅の途上で出会った数々の不思議な都市の数々について語り聞かせるという体裁を取る。本書を読むと、なぜ本書が現代アメリカ文学の担い手たちの霊感をここまで刺激してやまないのかがわかる。今まさに崩壊しようとする、人類史上最大の版図を誇ったかつてのモンゴル帝国は、世界の覇者たるアメリカ帝国の姿そのもの。衰退し始める絶頂で、頂点からは多くの光景が見える。そしてその光景の荒寥さ。この書を開く者は、本書を起点(ターミナル)に、たえずどこでもないどこかに連れて行かれる。夢の中のような、時さえも止まってしまった、荒れ地へ。不思議なことに、それは自分の生まれ育った馴染みの深い土地にも思えるし、いつか伝え聞いただけの遠い外国の小都市にも見える。どこかとどこか似ていて、どことも似ていず、どこでもない。または、人生の分岐点で、自分が辿らなかったもう一つの道の先に蜃気楼のように現れる都市。そして、本書の迷路のような構造。本をあとがきから読む読者は少なくないが、本書のように早く後ろから読まれたくてうずうずしている本は多くない。本書の伝える55の都市の中に、あなたが探し求める都市はない。藁の山の中に探し当てるべき針はない。都市は、なつかしさとあこがれの対象、永遠に欠落し、永遠に追い求むべき対象なのだ。

  • 若手建築家がおすすめの本ということで手に取りました

    イタリアの作家さんの小説です。

    あまり自分からは手に取らないたぐいの小説だったのですが、読み始めるとその独特の世界観にいっきに引きこまれてしまいました。

    マルコポーロがフビライ汗に彼が訪れた(と思われる)幻想的な都市の様子を語る。という体裁で話は進んでいきます。

    11の都市について語られるのですが、その語られ方がとても面白い。

    短いパラグラフでそれぞれの都市がバラバラに語られているのですが、それぞれのパラグラフがまるで散文詩のような雰囲気を持っています。

    その美しい文体が薄く引き伸ばされたようにレイヤー状に重ね合わされて、その総体として「見えない都市」というひとつの小説になっている。

    こんな感じの印象です。

    うーん、うまく説明できないのですが、とにかく文章が美しいんです!

    とにかく今まであまり体験したことのない読書体験でした。

    そして、たくさんのインスピレーションに満ちた本でもありました。

    もし、、、もし可能なら、、、

    映画化してほしい!しかも3Dで!

    そんな希望が湧いてしまう本でした。

  • モンゴルの皇帝とマルコ・ポーロ。この組み合わせだけでも読む価値があるというもんだ。カルヴィーノは言葉しか信じないが、われわれ凡人は実在を期待してしまうので、永遠に届かない世界を「あるんじゃないか?」と期待しながら、むなしく空回りしてしまう。

  • 文学

  • 薄い本なのに、ようやく読み終えた。初イタロ・カルヴィーノ。延々と続くマルコ・ポーロのホラ話?詭弁?に付き合わされて、ワクワク、ドキドキ、ハラハラなんてしない。どこから面白くなるんだ、これ?って感じで終わっちゃったジャン。俺には高尚過ぎたようだ。(T.T)

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著者プロフィール

1923年キューバ生まれ。両親とともにイタリアに戻り、トリノ大学農学部に入学。43年、反ファシズム運動に参加、パルチザンとなる。47年、その体験を元に長篇『くもの巣の小道』を発表、ネオ・リアリズモ文学の傑作と称される。その前後から雑誌・機関誌に短篇を執筆し、49年短篇集『最後に鴉がやってくる』を刊行。エイナウディ社で編集に携わりつつ作品を発表、一作ごとに主題と方法を変えながら現代イタリア文学の最前線に立ち続ける。主な長篇に『まっぷたつの子爵』(52年)『木のぼり男爵』(57年)『不在の騎士』(59年)『見えない都市』(72年)『冬の夜ひとりの旅人が』(79年)などがある。85年没。

「2018年 『最後に鴉がやってくる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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