見えない都市 (河出文庫)

制作 : Italo Calvino  米川 良夫 
  • 河出書房新社
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本棚登録 : 739
レビュー : 78
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309462295

感想・レビュー・書評

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  • その都市はいったいどこにあるのか。強大な力を持って果てしなく領土を広げゆくフビライと、地の果てまでひとり行くマルコ・ポーロが、それでもまだ知ることのできない都市と、どこかで見た都市を巡って時を過ごす。見知ったようなそれでいて遠い世界のお伽話が、電車で向かう仕事先とさえ重なり合う重畳された時間の流れの中で、じわじわと響きあう。やがて、読者である自分自身がその都市のひととなった。

    電車の中にあって片手をあげて寄り添う人々は、誰ひとり言葉を発せず、互いに隣には誰ひとりいないようにふるまっている。たとえあなたがそこで何を目にしようがそれはあなたの脳が見た景色であって、隣で光る板を睨みながら首を捻じ曲げた若者がそこにいたとは限らない。なぜならその若者にはあなたが見えていないからである。それがトキオの慣わしなのだ。あなたがどれほど信じたとしても、時折電車がゆれて黒びかりするバッグが脇腹を押したとしても、それはあなたが感じていると信じる何かではあっても、存在している証明ではない。その若者がようやく次の駅で降りてあなたのとなりに呼吸する空間が出来たとしても、その若者はあなたの存在を微塵も覚えていない。あなたは存在すらしないのだ。あなたが通り過ぎたトキオの街が本当にあったのかすら怪しい。なぜならトキオの住人は誰一人あなたのことを覚えていないのだから。それでもトキオはそこにある。征服されざる街として。

  • 若手建築家がおすすめの本ということで手に取りました

    イタリアの作家さんの小説です。

    あまり自分からは手に取らないたぐいの小説だったのですが、読み始めるとその独特の世界観にいっきに引きこまれてしまいました。

    マルコポーロがフビライ汗に彼が訪れた(と思われる)幻想的な都市の様子を語る。という体裁で話は進んでいきます。

    11の都市について語られるのですが、その語られ方がとても面白い。

    短いパラグラフでそれぞれの都市がバラバラに語られているのですが、それぞれのパラグラフがまるで散文詩のような雰囲気を持っています。

    その美しい文体が薄く引き伸ばされたようにレイヤー状に重ね合わされて、その総体として「見えない都市」というひとつの小説になっている。

    こんな感じの印象です。

    うーん、うまく説明できないのですが、とにかく文章が美しいんです!

    とにかく今まであまり体験したことのない読書体験でした。

    そして、たくさんのインスピレーションに満ちた本でもありました。

    もし、、、もし可能なら、、、

    映画化してほしい!しかも3Dで!

    そんな希望が湧いてしまう本でした。

  • モンゴルの皇帝とマルコ・ポーロ。この組み合わせだけでも読む価値があるというもんだ。カルヴィーノは言葉しか信じないが、われわれ凡人は実在を期待してしまうので、永遠に届かない世界を「あるんじゃないか?」と期待しながら、むなしく空回りしてしまう。

  • この本の好きなところはどこかと聞かれるとすごく難しいけど、決して難しい理由じゃない。幻想小説はたいがい安易だけど、これはそうじゃなくてあるべき形ができてます。”物語”というやつがなくて、"詩"です。昔は疲れてほったらかしにしてたけど、良い本です。

  • 幻想的で個性のあるいくつもの都市が魅力的。
    カルヴィーノのベストだと思う。

  • 旅行がしたくなる一冊。マルコ・ポーロが訪れた諸都市の様子を、フビライ汗に語るお話。語られる都市が現実にあろうがなかろうが、絵も写真もないのに言葉だけで、聴いたフビライ汗はその諸都市を想像できる楽しみ。その楽しみを読者も疑似体験できます! ないと分かっていても楽める人間の想像力の力を体験いたしましょう!(感想人は無責任な人間です。でもこの本は楽しいですよ。いつか旅行してみたいなあ)

  • 経験すれど言葉にならない風景がある様に、言葉に表せども経験できない風景もまた存在する。フビライ・汗にマルコ・ポーロが語り聞かせる架空の都市はどれも奇妙かつ不可思議なものばかりだが、何も言葉通り受け取ろうと肩肘張る必要はない。マルコが言う通り、物語を支配するのは文字ではなくあなたの眼差しなのだから。ここに記された55の都市の風景は読み手によって伸縮し、その解釈の数だけ増殖する。間に挟まれる2人の会話は禅問答の様だが、全てが滅び行く現実の中でもなお留まろうとするものを肯定する着地点はニヒリズムを越えて行く。

  • フビライ汗に、マルコ・ポーロが帝国内の55の「都市」の様子を報告するという形式の小説。

    「都市」の姿は、そこで生活する人間の内面の反映である。フビライはマルコ・ポーロのさまざまな「都市」についての報告を通じて、「帝国」の姿を理解しようとするが、それはそのまま人間の精神を理解しようとする試みでもある。

    しかし、この「都市」。一体何なのだろう? マルコ・ポーロが語る「都市」は、いずれも異形の街ばかりであるが、その光景はどこかでみたことがあるような気分にもさせられる。そう、それは「記憶」のなかにある「都市」なのだ。「記憶」のなかにある、いわばすべての都市の雛形とでも言えるような、「最初の都市」とは? マルコ・ポーロは言う。「それはただ例外、禁止事項、矛盾、撞着、非条理のみによってできあがった都市でございます。」

    フビライは、マルコ・ポーロの報告から、さまざまな「都市」を支配する秩序を理解しようとするが、そこにあるのは理解を拒む「無限の異形性と不調和」ばかりであり、結局手にするのは「無」でしかない。

    フビライが知ろうとしているもの。そこに、この小説に込めた筆者の思いが込められているように思われる。フビライは言う、「朕がその方の声を通じて耳傾けておるのは、都市が生存し続けてきた目に見えぬ理由、またそれゆえにおそらくは滅んでもなお再生するであろう理由なのだ」。

    そして、最後のマルコ・ポーロの言葉。印象深いので、そのまま引用してみます。
    「生あるものの地獄とは未来における何事かではございません。もしも地獄が一つでも存在するものでございますなら、それはすでに今ここに存在しているもの、われわれが毎日そこに住んでおり、またわれわれがともにいることによって形づくっているこの地獄でございます。」
    「これに苦しまずにいる方法は二つございます。第一のものは多くの人々には容易いものでございます。すなわち地獄を受け容れその一部となってそれが目に入らなくなるようになることでございます。」
    「第二は危険なものであり不断の注意と明敏さを要求いたします。すなわち地獄のただ中にあってなおだれが、また何が地獄ではないか努めて見分けられるようになり、それを永続させ、それに拡がりを与えることができるようになることでございます」

    55の「都市」の話のなかでは、筆者が「永続させ」「拡がりを与え」ようとしているものが描かれていると見ることができるのでしょう。ひとつひとつの話が2ページほどしかないので、お酒のおつまみをちょっとずつつまんでいるような感覚で読める小説でした (笑)。

  • ようやく積読解消…! 

    あとがき読んで構成というか小説構造が整った作品なんだなと知りましたが、

    マルコ・ポーロの静かな語りで、奇妙な都市をめぐるものだと楽しんで読んだりしてました。

  • 言葉の選び方が秀逸。

著者プロフィール

1923年キューバ生まれ。両親とともにイタリアに戻り、トリノ大学農学部に入学。43年、反ファシズム運動に参加、パルチザンとなる。47年、その体験を元に長篇『くもの巣の小道』を発表、ネオ・リアリズモ文学の傑作と称される。その前後から雑誌・機関誌に短篇を執筆し、49年短篇集『最後に鴉がやってくる』を刊行。エイナウディ社で編集に携わりつつ作品を発表、一作ごとに主題と方法を変えながら現代イタリア文学の最前線に立ち続ける。主な長篇に『まっぷたつの子爵』(52年)『木のぼり男爵』(57年)『不在の騎士』(59年)『見えない都市』(72年)『冬の夜ひとりの旅人が』(79年)などがある。85年没。

「2018年 『最後に鴉がやってくる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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