ヴォイス 西のはての年代記Ⅱ (河出文庫)

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309463537

感想・レビュー・書評

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  • ギフトの物語からだいたい20年後の、アンサルという都市が舞台。交易で栄えたアンサルの人々は、長らく戦争をしておらず文字を持たず唯一神のアッスを信じるオルド人に攻め込まれて久しく、占領下の町で道の長に仕える少女が自分の存在と役割を理解し成長してゆくお話です。一作目『ギフト』に出てきたオレックとグライも出てきます。ルグウィンらしい静かな雰囲気の作品ですが、ダイナミックなドラマもあり、読みやすかったです。何度もじっくり読み込みたいお話。

  • ル=グウィンの「西のはての年代記」の第2巻。主人公は「西のはて」の最南に位置する都市アンサルの少女メマー。17歳になるまで、不自由な暮らしを迫られていた。というより、自由な暮らしを知らなかったとも言える。彼女の母は、砂漠近くの神聖国家アスダー国の侵入を受けた際、アスダーの兵士によって強姦され身ごもった。メマーは支配者と被支配者の血を引くことになるが、彼女は母が属したガルヴァマンドの一員として日々を過ごしていた。彼女は幼いとき母から教えられて秘密の部屋に入る事ができた。母を失ってから、秘密の部屋に入りそこに置かれている書物を文字を読めないまま、本に名付けをし、本に書かれている内容を想像していた。ガルヴァマンドの長「道の長(みちのおさ)」からやがて文字を習い「読み取ること」の喜びを知る。「道の長」はアスダーの兵士に捕らえられ、身体が不自由になっていた。

    メマーは、ある日、旅の詩人オレック(もちろん、「西のはての年代記」第1巻の主人公、「高地」をでて、20年近くも吟遊詩人として各地をめぐっていた)が朗唱をすることを知ってそれを聴きに「港市場」に出かける。街に出るときはいつも、男の子の服装をしていた。広場で、ハーフライオンに驚いた馬の暴走を抑える。それをきっかけにハーフライオンのシタールの飼い主のグライ(オレックの妻)と出会い、オレックとグライの馬を世話する場所として、自分の家のガルヴァマンドの厩に誘う。オレックとグライは、ハーフライオンのシタール、「高地」を出て以来ともに旅する2頭の馬とともに、ガルヴァマンドの館に住まうことになる。

    支配者アスダーの現地支配者としてイオラスは、オレックの吟唱を好んでいた。いっぽう、アンサルにあった大学と図書館を破壊し、すべての書物を捨て去ることを命じていた。メマーが秘密の部屋にこもって本を読まなければならないのは、そのせいだった。アンサルの人々は、そうした圧政に対して反乱をこころみるが、失敗に終わる。しかし、その事件をきっかけに火傷を負ったイオラスにかわって、その息子イドールと従う神官たちによるクーデタがおこる。しかし、イオラスは現地妻のティリオ・アクタモの力と部下の軍人たちの支援を得て、権力を奪還する。

    その事件の折、道の長とメマーは重要な役割を果たす。メマーの「ギフト」は、本からにじみ出るアンサルの精霊の言葉の「語り人」であり、道の長の「ギフト」は「読み人」であることがわかる。つまり、精霊に憑依されたメマーは精霊からのお告げを語り、道の長はそれを人々に伝えるのがその役割なのだ。

    タイトルの「ヴォイス」は実は複数形でなければならなかったと言えるだろう。原題は、実際「Voices」なのだから。オレックの朗唱(もとは彼の母の書き残した物語や昔語りの本を記憶しそれを朗唱すること)であり、メマーの「語り」もまた、本をもとにした言葉である。そうした語りを聴く人々が、それぞれの思いでその言葉を理解する。そうした物語となっている。

  • 「西の果ての年代記」の第二部、『ヴォイス』。
    これは名作だった。『ゲド戦記』を読んだときの感動がよみがえって、涙が出た。
    一神教の軍事国家に侵略された自然崇拝に近い多神教の国が舞台。
    文字が邪悪なものとされ、禁書の地となっている。

    ル=グウィンは、自身の問題意識をふんだんに盛り込みながら、ファンタジーとしての魅力を損なわずに空想の世界を描き出している。
    アンサルという都市で起きていることは、しかし、あきらかに現実の世界に存在する多くの矛盾を意識して書かれている。
    軍事に対する弁論の力。
    女性に対する理不尽な差別。
    一神教の強靭さと、多神教の柔軟さ。
    不可思議なものへの畏敬の念と、商業に携わる者たちの粘り強さ。

    ゲド戦記でもそうだったが、ル=グウィンのなかにある「英雄否定」のようなものが今回もしっかりと描かれている。
    「英雄否定」では不正確か。「スーパーマン否定」かな。
    この物語の最後は、無血革命だ。
    空想上の物語なんだから、どこまでだって劇的に仕上げることはできるし、はっきりいって、そのほうがおもしろい。
    しかし、ル=グウィンはそういうふうに物語を語らない。

    特殊な能力を祖先から受け継いだ人物も登場するが、それは真に物語を決定的な方向に導く要因にはならない。

    葛藤し、怖れ、悩む生身の人間たちの、ほんのすこしの勇気や、誠実なる心が本当の物語の決定要因だ。


    ゲド戦記以来、それが彼女の語りたい物語の大切な部分なのだろう。


    感心するのは、それにしても、話がおもしろいことだ。
    退屈なる純文学の雰囲気は、まったくない。
    緻密に描きこまれた世界観は魅力的で、めまぐるしく変転する物語の流れにはスピード感さえある。



    それと、この第二部『ヴォイス』は、本や詩や、物語や朗誦、朗読といったものも重要な登場物だ。
    本がまだ貴重品で、人々の重要な娯楽を吟遊詩人たちが提供していた時代。
    「読み手」「語り人」「創り人」といった言葉が出てきて、それはある種の神性を帯びた尊敬される人々のことを指す。

    活字離れが言われて久しい現代にあって、思い切り描きこまれた、本や文字、物語の大切さ、美しさに心を打たれた。1000年に渡って大切に保存される書物の存在、そこに書き込まれた詩の数々。


    物語の後半、二十年以上のときを経て、禁書が解かれたときに交わされた言葉をひとつ。
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    「今はもう本を隠す必要なんてないですよね? オレック、聴衆の前で朗読してくれませんか―そらで朗誦するのではなく。そうすれば、本は魔物ではなくて、わたしたちの歴史、わたしたちの心、わたしたちの自由が記されたものだとわかると思うんです」
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    本好きのひとりとして、本が失われ、再生される物語にも静かに感動した。




    そうそう。一神教と多神教についても、示唆に富んだセリフがあったなあ。
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    「オレック、あなたの言うように、彼らには強みがあります」道の長は行った。
    「ひとりの大王、唯一の神、ひとつの信仰をもつ彼らは、ひとつの心で行動することができます。だが、ひとつのものは割れる場合もあります。わたしたちの強みは、たくさんのものとうまくやれることです。ここはわたしたちの聖なる土地です。わたしたちはここで、地つきの神々や霊たちに混じって暮らしています。わたしたちはその方々とともに辛抱しています。わたしたちは傷つき、力をそがれ、奴隷にされました。しかし、オルド人たちがわたしたちの知恵を破壊しない限り、わたしたちは滅びないのです」
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  • グウィンの作品の中でどれが好き? という(ある意味とても酷で厄介な)問いを投げかけられたら、いまの私は「ゲド戦記」や「闇の左手」よりもこの本(「西のはて年代記」二巻)をえらんでしまうかもしれない。そのくらい気に入りで、また、わたしにはまだおぼろげにしかわからない深い霊性を湛えた本のように思う。物語そのものは、高い地位の生まれの母を持ちながら「侵略の落とし子」として生まれた少女メマーを主人公に、その目を通して進んでいく。メマーは豊かな感性の持ち主で、その考えのくるくる踊るところーーたとえば客人のための食材を用意したり、自分に半分血を入れた侵略者に強い憎しみを露わにしたり、そのひとりと「男の子」として話して憤慨したりーーに生き生きとしたこころの動きを見ることができる。そして、ゆえに、そのメマーが「語り手」として突き動かされた自分におびえること、メマーに語らせたものが何だったかについて、導き手たる「道の長」が解釈するところが気持ちに沁みる。前作に続いてオレックとグライが出てくるのもうれしい。

  • ・『ゲド戦記』の似姿
     『ギフト』でもうっすらと感じたことだが、『ヴォイス』ではさらに感じた。
     『ヴォイス』に対応する物語は『壊れた腕輪』であろう。喰らわれしものアルハは設定が完璧すぎて、テナーをお姫様にしてしまった。その反動が『帰還』で爆発し、それによって一部の読者はやっつけられてしまった。
     お姫様にならないための背景を与えられたメマーは、元気いっぱいに活躍する。しかし、怒りを秘めた内向的な若者として描写されていたにしては、ややご都合的ではある。

    ・一人称視点
     説明調である。朗読向けなのか。そんな印象を『ギフト』にもった。狙いはどうあれ、一人称視点による事物紹介は説明調になりやすいようである。
     事物紹介を一通り終えたあと、メマーが伸びゆくくだりにおいては非常に力強く働くが、メマーが不在である場面の語りや、先に述べた焦点がぼやける印象の場面では一転して弱い。

    ・すわりの悪さ
     注目を集めるキャラクターが多すぎるせいで焦点がぼやける印象があり、いちどきに順に焦点が移っていく場合には嫌気を覚えることがある。演劇のスポットライト的な演出のように見えるというか。この物語にもその気がある。

    ・総括
     物語よりも、設定に重きが置かれてしまった観がある。
     「ありきたりな悪役」を避けようと工夫した気配というか、曰く言い難い物語のよじれのようなものを感じる。小物すぎる人物がその座を占めることになり、カタルシスが弱い。
     日々は続いていく系のエンディングだが、物語に没頭できなかったためか、染みる感じはない。

  • 2020/7/4購入

  • 西のはての年代記Ⅱ

  • 主人公の成長が、街の解放と上手くリンクしていてストーリーを追うことで自然に納得できる
    多神教の方が文明的で、一神教が狂信的というのを翻訳で読むのはちょっと不思議な感じがした

  • 前作ギフトと同じく葛藤の中を生き抜く物語。神秘性は少ないが、人間社会に対する深い洞察がある。無血に近い革命、書き言葉の文化性、言葉の了解の深度、憎しみ、ジェンダーと色々なテーマが読み取れた。スリルや躍動感もあった。人に対する信頼を描いたのが名作の所以か。

  • 西のはての年代記Ⅱ~南のサル山を望む港町アンサルは東の砂漠から押し寄せたアスダーに占領され,多くの住民が殺され,書かれたものは悪だと多数あった書物を破棄され,17年が経過している。アンサルの実質的中心地のガルヴァマンドの主・道の長は悪魔の穴を教えなかったために拷問にかけられて両足を折られ不自由な生活で,館に住む人間も少ない。メマーはカルヴァ家の女性がオルド兵に乱暴された結果生まれた女の子だが,母から秘密の扉を開けて書庫に入る秘密を伝えられており,この書庫の存在を通じて道の長と館の秘密を共有し,文字の読み書きも習っている。オルドのガンドに招待され高名な詩人であるオレックがアンサルを訪れ,妻のグライが連れ歩くハーフ・ライオンを通じて,二人と一匹を館に宿泊させることになった。オレックは諸国を歩き,埋もれた詩や物語を集めている。文化が華開いたアンサルにも埋もれた書があるはずだとやってきたと打ち明けられるが,秘密は明かすことができない。自由の詩を著したオレックならば,オルドに支配されたアンサル市民を立ち上がらせることができると抵抗勢力があるが,元議事堂の前に設置された大テントに火を放ったが首謀者は殺害される。市民とオルド兵の間に緊張が走り,ガンドの息子はガンドを殺したとガルヴァマンドに兵を進めてきたが,ガンドの実質的妻であるアルサン女性のお付きから,ガンドと妻は大怪我をして息子に幽閉されていることが先に伝えられていた。一度,秘密の書庫に下がった道の長が表玄関に戻ってくると,枯れていたお告げの泉が復活し,お告げの書が人々に示され,幽閉されているガンドを開放するように人々は動く。解放されたガンドは兵に攻撃を禁止する命令を発し兵も従ったが,血気にはやる市民も存在する。解放されるために解放せよとお告げの書は伝えていたのかも知れないが,それは子ども向けの動物絵本だった。兵と市民の緊張が続く中,オルドからの小隊がアンサルに向かってくると聞いて,道の長はメマーを使者に立てて,ガンドと繋ぎをつけた。大王からの使者は,オルドに税を払えばオルドの被保護国にするという内容で,メマーは納得できないが,人々は大いに喜び,周辺からも使者が来て,交易が復活する模様だ。メマーは自分の読む力を超えたと判断した道の長は,読む力を更に身につけるため,オレック・グライと共に旅をすることを勧める~こうやって,第三部に続くんだねぇ。なるほど,なるほど。訳者のあとがきは当にそのことを書いているが,やっぱり読者は本編よりもあとがきを先に読むことを承知して「あとがき」を書いている。「あとがき」で「本編を是非読んで欲しい」って云っているもの。まあ,それは良いとして,このシリーズでこのⅡが平和主義で貫かれていて良い。暗い状況の中で明るい前向きな姿勢が安心させるからだろう。このシリーズは読み終えたが,ル=グウィンのSFも機会があったら読んでみようと思う

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著者プロフィール

1929年アメリカ生まれ。62年作家デビュー。ネビュラ賞、ヒューゴー賞など主要なSF賞をたびたび受賞。著書に『ゲド戦記』シリーズ、<西のはての年代記>3部作、『闇の左手』など。2018年没。

「2022年 『私と言葉たち』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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