- Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309463759
感想・レビュー・書評
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ドゥルーズ/ガタリの本については、興味はあるものの、あまり好きとは言えない。ガタリは単独の著書を一冊だけ読んだことがあるがつまらなかった。ドゥルーズの方がやはり面白いのだけれど、それでも、新奇なアイディアを説明なしにぽんぽん繰り出してくる彼の哲学は、珍妙な小道具大道具に満ちたSF小説のような面白さがあって、これがポストモダン時代の人々に受けたのだろう。
けれどもこの「面白さ」には地に足をつけてじっくり考えるという方向から身を引き剥がされるような感じがして、どうも苦手な面もあった。これは、スペクタクル志向の時代のための、スペクタクル哲学なのだ。
非常に頭がよく精密に考え抜かれているのはわかるものの、その言語空間はあくまでも<表層>をただようばかりで、読んでいてどうも身を浸しきれない。ドゥルーズを気に入ってよくその用語を引用する人もいるが、どうもファッションとしてやっているように見えてしまう。
彼らの『アンチ・オイディプス』も『千のプラトー』もケレン味がつよすぎて、かえってまともに考えるヒマを与えてくれない悔しさを感じたものだが、今回の『哲学とは何か』はそれらよりも良かった。
とりわけ最初の方はわかりやすくて、とても良く書かれた傑出した哲学書だと思った。「哲学は概念を生成する」「概念は対象ではなく、テリトリーであり、出来事である」という主張は納得できるし魅力を感じた。
それでも後半は、やはり説明ぬきで新たな用語を繰り出してくるので、混乱させられた。彼らの本を読む場合、こうしたタームを推理小説を読むように推測しながら、その過程をも楽しむというのが本来の読み方なのだろう。私はそういうペースにつきあいたくならないというだけの話だ。
最後の方、音楽に関する分析や脳に関する言説が展開されているが、このへんはどうも納得できなかった。この本、最初の方はとても面白かったのになあ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
哲学者が他の哲学者のコトバを語るとき、それが何を意味しているのか、という説明、概念、平面など、興味深い内容だった。ただ、科学と哲学の対比みたいなところになると、確かに批判されてもしようがないなあ、という感じの変な言い回しが目立つ。そりゃ、ソーカルじゃなくても突っ込むよ。
翻訳はわかりやすくて丁寧。というか、DGの文章はわかりやすくて丁寧。「である」「ではない」が連続しているだけで、小林秀雄の評論を思い出す。
文章というより、底に入り込む単語がわかりにくい。わかりにくすぎ。
芸術は、肉とともに始まるのではなく、家とともに始まる。それゆえ、建築が諸芸術の中で第一のものである。
感覚は、概念におとらず脳である。
なんて意味不明。というか、「それゆえ」の使い方も変。哲学者だからなんでもあり、、、でいいのかな。 -
2025年2月22日、YouTubeで「本を読むこととお金持ちになること」と検索して出たショート動画「保存必須!賢くなれる本3選」のコメ欄で、皆がおすすめしてた本。
コメ欄より:ドゥルーズ&ガタリの「哲学とはなにか」は高校生の時にチャレンジして衝撃受けた本だった。全然何言ってるか分からなくて、でも何かこの先の世界で生 きるための「生の哲学」をやってる気だけがぼんやりして、哲学を大学でやろうって決意させてくれ た。
https://youtu.be/zW1jx6LS4ko?si=EpTXRbzGwUm9u9fN -
文庫でない本を読んだ。大学生が読める訳になっていない。ポジティヴ、ネガティヴ、エレメント、テリトリー、マジョリティー、デフォルメ、ディスカッション、オピニオン、などカタカナのそのままでのオンパレードである。ターナーの金色の燃え立ち、とそのまま訳されても、何のことかわからないであろう。役に立つとすれば、ゼミで原文を読まされて、フランス語がよくわからないまま、時間がないときに、予めざっと読むことであろう。
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明確な《オピニオン》が序論で示され、続く各章で折り開かれて[説明されて]いく。これまでの共著でおこなわれていた思考(概念の創造)のように、進行中(中途)のうねりが最も少ない、落ち着いた晩年の作品。あちこち行きながらはっと驚くような箇所があるかとおもうと、ぐずぐずしている…というような、思考の変遷/変化・流れが魅力的で、掻き立てられる要素だったが、それらを多少犠牲にしながらもカフェでコーヒーを飲みながら熱く激しく語り合っていた私たちは場所を変え、落ち着いたほの暗い照明のバーで美味しいカクテルに酔う段階へ。
著者プロフィール
ジル・ドゥルーズの作品





