青い脂 (河出文庫 ソ 2-1)

  • 河出書房新社
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  • / ISBN・EAN: 9784309464244

感想・レビュー・書評

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  • 1999年に出版された
    ロシアの作家ウラジーミル・ソローキンの長編SF小説。

    2068年、酷寒の地に建つ遺伝子研(GENLABI)18に、
    七人の文学者のクローン体が運び込まれた。
    クローンたちは新作を書き上げると
    焼け焦げて仮死状態に陥り、
    超絶縁体の《青脂》――青い脂――を体内に蓄積させる。
    研究所員の一人、
    言語促進学者ボリス・グローゲル曰く、
    防衛省が月面にピラミッド型をした不変エネルギーの
    反応器を造っており、
    その原料になるのが第五世代の超伝導体と《青脂》で、
    それは軍事用ではなく、毒性もなく、
    分解可能だが燃えることもない――。

    物語の鍵を握る謎の物体が
    次から次へと人の手に渡っていく様は
    さながら河竹黙阿弥『三人吉三廓初買』のようだと
    思いつつ、ニヤニヤしながら読み進めたが、
    次第にボルヘスの名言が頭を擡げ出した。

     > 長大な作品を物するのは、
     > 数分間で語りつくせる着想を
     > 五百ページにわたって展開するのは、
     > 労のみ多くて功少ない狂気の沙汰である。

     ※『八岐の園』~「プロローグ」
      (岩波文庫『伝奇集』p.12)

    様々なテクストを織り込んで諷刺を利かせているのは
    理解できたが、
    後半のエログロ描写ですっかりお腹いっぱいに(笑)。
    ただ、《青脂》が製造される2068年のロシアに
    中国語・中国文化が浸透しているらしい叙述について、
    解説(p.604)には、

     > すでに疲弊した西洋に代わって中国が勢力を増し、
     > やがてその文化が
     > ロシア文化を侵食するだろうという
     > ソローキン独自の未来予測

    とあり、中国のパワーが増大して、
    ロシアに限らず世界中を席巻している現状を鑑みるに、
    前世紀末時点での作者の予見は
    的中していたと言えるのでは……と、
    その点には深く頷かされた。

    • 本ぶらさん
      >中国のパワーが増大して、ロシアに限らず世界中を席巻している現状を鑑みるに

      中国が(今のアメリカのような)世界標準になって、世界中の人...
      >中国のパワーが増大して、ロシアに限らず世界中を席巻している現状を鑑みるに

      中国が(今のアメリカのような)世界標準になって、世界中の人が中国のカルチャーに憧れ、それこそ京劇みたいなメイクが流行る、なんてこと起こるんだろうか?
      その想像がつかないからこそ、起こる可能性の高い未来とも言えるんでしょうけど、とはいえ今のキンペーさんが長期政権しそうなだけに、その後ガタガタっと行きそうな気もしますよね。
      とはいえ、ガタガタっと行った後、今の共産党の重しがとれた中国(カルチャー)は思いっきりハッチャケるのかな?
      2021/02/23
    • 深川夏眠さん
      ITと経済面での躍進は今後も続きそうな雰囲気ですよね。
      現状の「重し」が取れたとしたら、その後、
      カルチャー、サブカルチャー方面は
      ど...
      ITと経済面での躍進は今後も続きそうな雰囲気ですよね。
      現状の「重し」が取れたとしたら、その後、
      カルチャー、サブカルチャー方面は
      どうなるのかなぁ。
      なんとなく、日本のコミック・アニメ等の
      パチモンっぽいのが乱立しそうな気が……
      なんて言ったらどこかから怒られそうですね(笑)。
      2021/02/23
  • 2068年。シベリアの遺伝子研18に所属するボリスは、かつての恋人へ猥語だらけの手紙をクローン伝書鳩で送りつける。その文面から明らかになるのは、ロシアの偉大な文学者のクローンを造り、彼らが作品を書いたあとに体内で生成される反エントロピー物質〈青脂〉を取りだすという計画。だが全てのクローンから青脂を採取した日、パーティー中の遺伝子研をシベリアの地下に拠点を持つカルト教団のゲリラが襲う。未来のインテリが操る中国語とロシア語のチャンポン言葉、プログラム言語のような猥語、クローンが書いた文体模写小説、歴史改変された1950年代ロシアの狂乱などで組み上げられた、鮮烈なヴィジョンと嗤いの書。


    なーんもわからん(笑)。ボリスの手紙に始まり、受取人の姿が明らかになって閉じる構造は美しいのだが、そのあいだには全く違う物語が語られるので、読後はカタルシスというよりポカーンとしてしまった。でもソローキンを読むのは初めてだけど、"この人にしか書けない"という強烈な個性を持つ書き手なのはよくわかった。
    造語まみれの手紙からスタートするのはかなりハードルが高いけど、登場人物の言葉遣いから未来の世界像を明らかにしていくSFは、小説が言語芸術であることに正面から向き合っているので好きだ。同性愛者であるらしいボリスが駆使する猥語と罵倒語だらけの文章はロシア語と中国語と英語のチャンポンで、わかりそうでわからないところが好奇心を唆られる。原文は中国語を音に変換したロシア語で書かれているらしいけど、こうして翻訳されたものを読んでいると、〈漢字表記にルビ〉という必殺技を持たない言語でこの小説が書けるなんて不思議だ。
    本作には場面転換で何度も驚かされたが、最初のビックリは遺伝子研が襲われ、視点が地下のカルトに移る場面。私はこのパートが一番面白かった。ゲリラ兵は末端なので青脂について何も知らず、神秘の物質がリレーのように手渡されて地下深くへ進んでいくのがオカルティズムそのもののパロディになっている。(ところで、青脂=精子で童子=同志?とか思ったけど、これは日本語読者の穿ち過ぎ?)
    2番目のビックリは、なんとこの教団がタイムマシンを持っていること。しかも青脂と技術的な関係はない。なんなんだ(笑)。まさかの展開で物語は1954年のソ連へ移るが、そこはスターリンが独裁を続け、ヒトラーの第三帝国と手を組んでヨーロッパを牛耳っているパラレルワールド。
    このパートは私が近現代のロシア(ソ連)史に無知すぎるので、注釈と名前を照らし合わせるだけで目が回ってしまった。スターリン政権は徹底的にカリカチュアライズされ、非スターリン政策を進めたはずのフルシチョフはスターリンと非常に親密な愛人関係になっている。それ自体は強烈なブラックユーモアなんだけど、二人のベッドシーンは意外と愛に溢れていて困惑。
    歴史パートと同じく、クローンが書いた設定のロシア文学パロディ小説も、ナボコフくらいしか読んだことのない私には充分に味わいきれていないと思う。でも決まり文句やそれっぽいメタファーを繰り返す文体模写のスタイルは、「AIのべりすと」に書かせた小説に近いものを感じて面白かった。クローン作の設定ではないけど、「水上人文字」が一番好き。と思ったらこれは独立した短篇としても発表された作品だそう。
    結局青脂はマクガフィンで、スターリンも使い道を知らず、カルト教団パートをなぞり直すような情報リレーは秘密結社や陰謀論のカリカチュアめいていくが、そこから衝撃のラストを迎える。スターリンの脳が世界の半分を潰していく描写は映像的だが、前半にさりげなくボルヘスへの言及があるし、もしや「アレフ」のオマージュ? 平和の象徴である鳩が最後に殺されるのも示唆的だけど、こういう解釈学をこそ嗤っている小説なんだよな。

  • 未来から過去へ、そしてまた未来へ戻る時系列に少々体力を使った。
    ソ連時代の社会的リアリズムと実在したあらゆる人物たちが、ドストエフスキーよりも多く出てくる。
    注釈でロシアの歴史の勉強になった。
    歴史や人物などかなり詳しく書かれていた。
    エロ・グロ・ナンセンスなので、サド的要素があり好みが別れると思うけど、愛が好きなので大変楽しみながら読めた。

  • アブラボウズの脂のように消化できないままケツから出てきそう。

  • 太宰治3号や、夏目漱石2号にも書かせてみたいぞ、なんてのんきに考えていたら、
    スターリンとフルシチョフのくんずほぐれずな濡れ場の登場に、私のLハーモニーやMバランスは崩壊しました。

    前半パートを読んでいる間、ついつい日常的に「リプス・小便!」とか口に出してしまいそうになりますが、確実に変な人に思われるから皆さん気を付けよう。

  • 最初の1ページですでに、何言ってるのかわからないよこれ!と混乱をきたすあまりなぜか面白くなってくる(笑)極寒の近未来ロシア、遺伝子研究所らしきとこに赴任してきたボリスという男が男の恋人に送る手紙という体裁で日記のように綴られる文章は、ところどころに中国語やその他の言語、造語、略語などが入り乱れ支離滅裂。理解できない単語で躓いていると前に進まないので取りあえず無視して読み進めているうちに、なんとなく輪郭は掴めてくる。中国語についてはまあ、漢字なのでだいたい意味はわかるし。

    どうやらその研究所では人工孵化された文豪の「再構築物(リコンストラクト)」(純然たるクローンともちょっと違うっぽい、文字通り死体から再構築されたのか、見た目は大変グロテスク)に執筆させることで分泌される「青い脂」の採取を行っている。それがなんの役に立つのかはよくわからない。

    トルストイ4号、チェーホフ3号、ナボコフ7号、パステルナーク1号、ドストエフスキー2号、アフマートワ2号、プラトーノフ3号らが施設に届けられ、彼らの数人が執筆した作品も読めるのだけど、これがなんともまあ本編以上にキテレツで、なんのこっちゃわからない(でもなんか面白い)一応チェーホフだけは戯曲になってるし、もともとの本人の性格が良い(?)せいか、この中ではわりとまともだったかも。

    これが600頁ずっと続くのかなあ?とちょっとしんどくなってきた200頁あたりで、しかし突然謎の組織が研究所に乱入。あららボリスくんは主役じゃなかったの!?と、うろたえてるうちに強奪された「青脂」を持って逃げた男のその上司のそのまた上司のそのまた上役の・・・なんかよくわからないけど謎のゾロアスター系宗教組織みたいな大地と交合するとか言ってる変な団体が出てきて、どうやら近未来ロシアは二つの派閥にわかれて争っているらしい。そんなわけでどうやら敵対派閥であるボリスたちのいた研究所から奪って来た「青脂」入りのトランクを持った巨大な童子が1954年のモスクワにタイムスリップ。

    ここからメインは1954年のスターリン時代(実在の人物がぞろぞろ出てくるが年代や年齢はかなりパラレル)に。氷漬けになってボリショイ劇場に現れた、青脂入りトランクを持った巨人をスターリンと仲間たちは解凍する。どうやら大地交合団体は過去すでに二度、変なものを送りつけていたらしく、スターリンも閣僚たちもあまり驚かない。(ここまででも本筋とは関係なさそうないくつもの小説内小説あるのだけれど、だんだんその支離滅裂っぷりが面白くなってくる。慣れって怖い)

    スターリンの家庭の事情、未来では再構築されていた女流詩人アンナ・アンドレエヴナ・アフマートヴァ=AAAのよくわからない卵出産のエピソード(当時のロシア文壇事情に超詳しかったら楽しめたのだろうか)、さらにスターリンとおホモだちのフルシチョフの無駄に具体的な「坊やとおじちゃんプレイ」などを経て、スターリン一行はなんとナチスドイツのヒトラーのもとへ。

    狐と狸の化かし合い的なすったもんだがあって最終的にスターリンは青脂を脳に注射、宇宙規模にまで肥大した脳が世界を覆いつくし・・・

    いったいなにが起こってどうなったのかわからないまま不思議なエンディングを迎え、呆然。おそらくロシアの社会情勢や文壇事情にもっと詳しければニヤリとできる部分もたくさんあるのだろうけど、でもそういうの全部知らなくても、とりあえず「なんかすごいもん読まされた」感。わけのわからないパワーに圧倒されてしまう。理解できたわけではないのに読後変な充実感があって、悪い気はしなかった。ソローキン、もっと他の作品も読んでみたいな。

    • yamaitsuさん
      淳水堂さんこんにちは!

      これ文庫本でもかなり通勤で持ち歩くのは重たかったですが、単行本ならさらに重かったのでは(@_@;)
      しかも内...
      淳水堂さんこんにちは!

      これ文庫本でもかなり通勤で持ち歩くのは重たかったですが、単行本ならさらに重かったのでは(@_@;)
      しかも内容もアレですし(苦笑)

      淳水堂さんの感想も読ませていただきました~!
      これほんとに、どうストーリーを要約したものか困りますよね。「よくわかんないけど面白かった!」的な感想だけでも良いのだけれど、自分の脳内を整理するためにはやっぱりあらすじを辿らざるをえず・・・

      いやはやすごい本でした。
      2017/10/19
    • 淳水堂さん
      私は「絶対読み返さないから、ブクログにはちゃんと書き残さないと将来思い出せない」と気合い入れて要約(になってないけど)しましたよw

      こ...
      私は「絶対読み返さないから、ブクログにはちゃんと書き残さないと将来思い出せない」と気合い入れて要約(になってないけど)しましたよw

      この作品発表時には、作者がおちょくった登場人物でまだ存命だった人がいるらしく(フルシチョフの娘だっけな)よく作者無事だったなあ、さすがに存命者の性描写はマズくないか?と思いましたが。
      2017/10/19
    • yamaitsuさん
      淳水堂さん

      >>ちゃんと書き残さないと将来思い出せない

      これすごくわかります(笑)この本を何度も再読するとは思えませんもんね。
      ...
      淳水堂さん

      >>ちゃんと書き残さないと将来思い出せない

      これすごくわかります(笑)この本を何度も再読するとは思えませんもんね。

      確かに実在の人物存命中は、下手したら名誉棄損で訴えられたりしないのかしらと読んでるこちらがハラハラするかも。
      私は最近だとウェルベックの「服従」読みながら心配になりました(苦笑)
      2017/10/20
  • ストーリーがある分『テルリア』よりスリリングに読めるが、ロシア文学史に疎いので作品の価値の半分も味わえてない気がする。昨今の生成AIの問題にも通じるテーマ。

  • リプス・你妈的・大便

  • ■ヒトは脳の一部が事故や病気で毀損された場合、残された脳が部分的に本来の役割を変えてまで、生じた機能上の欠陥を埋め合わせようとしたり、脳全体が異状なりにも一丸となってその個体のアイデンティティーを保持しようと懸命に努力する(ラマチャンドラン著『脳の中の幽霊』参照)。
    脳に物理的に重篤なダメージを負ったとしても人間は、その人間であることだけは絶対に諦めようとはしないのだ、最後の最後、死んでしまうまで。しかし我々は、一個の人間が哀れにも生きながらにして崩壊してしまった事例をいくつか知っている。………全ての人から神のように崇められ、何を望もうとすぐ手に入り、どんな悪行もし放題で、誰を何人殺そうと許され、そして最愛の家族には去られる………こんな条件のもとでなら、人間はいとも簡単にかつ確実に、壊れるのだ。
    ■スターリンは暗殺されることを恐れて鋼鉄でできた複数の寝室を用意し、毎夜その中からひとつランダムに選んで就寝していたという。結局最後に彼は毒を盛られ、翌日鋼鉄の寝室に据えられたベッドの上で冷たくなっているのが発見されるわけだが、本書『青い脂』の内容こそは、スターリンが死ぬ直前に昏睡状態の中で見た彼の最後の長い悪夢そのものだったのではないか――ぼくにはそう思えてしかたがないのだが、どうだろうか?

  • ロシア発エログロナンセンス問題小説。一部の人に熱狂的支持を受けるタイプの本。ロシア文豪をクローン化(全然似てない)したり、謎宗教団体が大地と性交したり、スターリンとフルシチョフが性交する。

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著者プロフィール

1955年ロシア生まれ。83年『行列』でデビュー。「現代ロシアのモンスター」と呼ばれる。2010年『氷』でゴーリキー賞受賞。主な著書に『青い脂』『マリーナの三十番目の恋』『氷三部作』『テルリア』など。

「2023年 『吹雪』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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