黄色い雨 (河出文庫)

  • 河出書房新社
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レビュー : 21
  • Amazon.co.jp ・本 (210ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309464350

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  • 百年の孤独の舞台マコンドを想起させられる。
    嵐のように畳み掛けるが如く滅び去るマコンドではなく、
    じりじりと時間を費やして滅ぶマコンド。

    時間を費やすというとうよりも
    無時間、時間感覚の不確かさ。
    男は、いつ死んだのか定かではない。
    生と死の境もあやふやであり、
    たしかなことは村が滅びること、家も人も土に帰ること。

    短い小説だが、言葉の密度と緊張感を徹頭徹尾、
    維持している事が素晴らしい。

  • 何と美しい退廃であろうか、と、読後に本を閉じたまま、暫し呆然としてしまった。

    まるで叙情詩のような手触りだったと思う。文章の流麗さということがまず一つ、その要因として挙げられるだろう。
    それから、語り手が自らの心象風景を一人称で独白する文体である、ということも効果的だと感じた。読み返して気付いたのだけれど、会話文のカギカッコが一つもない。語り手以外の人物のセリフというものがそもそも一つしかないのだけれど、それも語り手の内言語にいつしかすり替わって、その独白の一部になってしまう。つまり外言語を排除することで語り手の内面に焦点が向くように仕掛けられているのかもしれない。
    「彼ら」という言葉の暗喩的な響きや、次第に明かされていく「私」の正体、そして象徴的に繰り返される「黄色い雨」というフレーズが幻想さを強めている。それから段落ごとに一行空けて文頭を一文字上げるという独特なスタイルも、この文字列がただの小説ではないことを物語っているように見える。

    また、読中にアンナ・カヴァンの『氷』を思い浮かべた。あれを、私は「ヘロイン中毒患者の死際の幻覚」と解釈したのだけれど、それに似たものがあったように感じる。
    語り手である「私」が既に死んでいることは文中で次第に明らかにされるが、実際のところ「私」はまだ死の直後か、あるいはまさに死ぬその瞬間か、彼岸と此岸の境目のところを漂っている状態なのではないだろうか。
    死ぬ間際に見る幻覚、もしくは死の直後の意識、彼岸と此岸の境目で見る景色というのはこのようなものなのかもしれない。

  • 村人が去る。彼らを見送ることはしない。そして妻が厳冬の水車小屋で首を括る。ここには私と、一頭の雌犬だけが残された――。

    次々と住人たちが去り、廃墟と化す山村・アイニェーリェ村にひとり残り生活を続ける「私」。
    やがて水路は壊れ水がそこかしこに溢れ出す。家々の垣根は崩れ、垣根が奔放に生い茂り、隣家や往来との境界が曖昧になる。
    存在のすべてが静かに摩耗し、崩壊し、溶け合い、やがて時間や生死さえも混ざり合う。死者と生者が暖炉のそばにたたずみ、過去や現在の思い出が夢のように去来し、季節が巡り、黄色い雨が降り注ぐ――。

    長編小説『狼たちの月』で一躍注目を浴びたリャマサーレスの長編第二作。全編が死の気配に満ちた、静かな詩の連なりで作り上げられた冷たい世界観。そこでは思い出だけがあたたかい。邦訳が楽しみな作家のひとり。
    訳者・木村榮一氏による解説が一変のエッセイ風味で、これも静かな読み心地。

  • ★4.0
    段落が下がるのではなく上がり、序盤の「~だろう」の繰り返しに一抹の不安を覚えたものの、気付けばアイニェーリェ村に心を奪われていた。村人たちの離村と残った者たちに訪れる死、最終的に村を覆うのは瓦礫と孤独と黄色い雨。とてつもなく物悲しいのに文章が繊細で美しく、終盤の「~だろう」の再度の繰り返しには安堵さえ覚えた。軽くホラーちっくなところもあるけれど、恐怖や嫌悪はなく、ただただ美しい。短編「遮断機のない踏切」「不滅の小説」も面白く、「黄色い雨」を含めて何かに取り憑かれたかのように執着する男性が主人公。

  • 面白かった。「黄色い雨」は、全部読み終わった後にまた最初から読みたくなる。荒廃が進む村とそれを覆う雪、死を象徴するポプラの黄色い雨が幻想的な景色を創り出している。

  • おまけのユーモラスな短編2つがついてなかったら、暗黒のドン底で朽ち果てそうな怖ろしい小説だった…

  • スペインの僻地の過疎の村で、次々と住民が亡くなったり去ったりしてゆく中、最後に取り残された一人の老いた男。妻は首を吊り、そのロープを腰に巻きつけたまま、妻が育てた犬だけを伴侶に男は孤独に生き続ける。

    人間は、どのくらいの「孤独」になら耐えられるのかなと考えてしまった。そして人間はどのくらい「孤独」になると「狂気」を発症するのか。どのくらい孤独になると壊れてしまうのか。人間づきあいは煩わしい、放っておいて欲しいという気持ちもあるけれど、普通にご近所さんがいて、家族と暮らし、親を看取り、子供を育て、彼らが巣立ってゆき、というごく当たり前の人間の営みをしてきたこの老人にとって、周囲に誰もいなくなる状況というのはどのくらい過酷だろう。

    自分に置き換えてみても想像しきれない。衣食住にさえ困らなければ別に一人でも構わないような気もするし、でもそれもたとえば何らかの娯楽(読書でもテレビでもネットでも)があれば、という前提で、何もなければちょっとつらい。やっぱりじわじわと壊れていくだろう。結局自分が死んでいるか生きているかさえ、第三者の存在がないと曖昧になっていってしまうものかもしれない。そうして幽霊と暮らしているうちに自分自身も地縛霊のようなものになっていってしまうのだろう。

    舞台はスペインだというのに、しとしと雨ばかり降って雪も積もって寒くてひもじくて寂しい小説だった。犬が不憫。

    文庫化にあたり短編「遮断機のない踏切」「不滅の小説」も収録。鉄道が廃線になっても遮断機を降ろし続ける真面目な駅員の狂気、朽ちないまま発掘された曾祖母のことを小説に書いた男がモデルにした近隣住民からのプライバシー侵害告発を恐れるあまりとった狂気の行動。どちらの短編も、融通が利かず不器用にしか生きられない男の狂気と悲哀が感じられて、「黄色い雨」の老人と通じ合うものがありました。

  • 「遮断機のない踏切」「不滅の小説」のスバイス加味もあり、すぐ読める厚さながら、受けた衝撃はただならぬ初体験。

    男は生きてるか否か 定かでない。
    降りしきる黄色い雨がその境を作るわけでもない。

    境界はどうでもよくなり、存在を証明する物質の手触り、重量、臭い、色すら感覚としての埒外。

    ポフラの木は死の象徴とされるスペイン~そこからくる黄色。

    繰り返し、読み、自分の生きていることを確認させてくれるような気になった。

    マルケスの「百年の孤独」に似た空気感。中南米の作品はあまり読んで来なかっただけに、もっと読みたくなった。

  • すとん、と、心が落ちていきます。
    周囲にひたひたと、孤独が満ちていきます。
    黒い闇のようで、でもそれは黄色い雨です。
    スペインの山奥の棄てられつつある村で、最後の男はどこから、この世のものでは無くなったのかわかりません。
    自分の最期も、こんな風にひとりで、じわじわと彼方側との境がわからなくなるのかな。
    とてつもない空気でした。孤独と哀しみは、近いようでそうではない気がします。
    後編ふたつの狂気も好きでした。列車の通らなくなった線路で、踏切に遮断機をおろし続ける男。創作に没頭して妄執にかられる男。

    小説だけど詩のようでした。
    これからも読んでいきたい作家さんです。

  • 文学

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