アレクサンドリア四重奏 3 マウントオリーブ

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (380ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309623030

感想・レビュー・書評

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  • 「アレキサンドリア四重奏」4部作の3冊目。
    この巻の「マウントオリーブ」は、1.2冊目に至るまでの過去の話となります。
    1.2冊目は“ぼく”の語りでしたが、
    この3冊目はマウントオリーブと、部分的にはパースヴォーデンの目線で語られる三人称目線。

    ❐マウントオリーブとホスナニ家
    イギリス人外交官研修生のデイヴィット・マウントオリーブは、正式な赴任先が決まる前の研修先としてエジプトに赴く。
    滞在先は名家で富豪のホスナニ家。
    60歳を超える家長は身体も衰え車椅子生活。家同士の結婚で妻となったレイラは40代の女盛り。長男ネッシムは事業を継ぎ、口蓋病の次男ナルーズは地主として家にいた。
    マウントオリーブは、ネッシムと友情を結び、そしてレイラとは家長公認の恋人となった。
    マウントオリーブがホスナニ家に滞在したのは数か月だ。
    その後外交官として世界を回りながら、レイラとの文通を続ける。
    彼らの仲は、会わないからこその心の繋がりを深めていった。

    ❐パースヴォーデンとライザ
    マウントオリーブがパースヴォーデンと知り合ったのは、レイラが彼の詩作を読んだからだ。
    パースヴォーデンと連絡を取ると、彼もイギリス外務省職員だと知る。
    パースヴォーデンには盲目の妹、ライザがいる。


    ❐ホスナニ家の疑惑
    エジプトへの赴任が決まったマウントオリーブとパースヴォーデン。
    しかしホスナニ家には国家転覆結社の中心人物という疑惑があった。

    ❐ネッシムとジュスティーヌ夫妻
    1.2巻で、“運命の女”として描かれているジュスティーヌだが、ネッシムの求婚を受けたのは、彼が信条を告白したからだった。
    エジプトを自分たちに取り返す結社と自分たちがやらねばならないこと。
    ジュスティーヌは愛ではなく、その人生の基盤である信念を打ち明けられたことによりネッシムを一人の男として認めたのだ―「これは、女の名に値するものなら誰にだって拒絶しがたい契約だ」(P261)
    「受け入れるつもりだどなかったのに。わたしは自分を信じてくれる人の為だけに生きているということをどうして知ったの?」(P265)
    全ての巻を通してのヒロインであるジュスティーヌは、1.2巻では「生まれながらの娼婦の性質」のような描かれ方だったが3巻ではかなり現実的。ネッシムと「完璧な夫婦の彫刻のよう」と言われるのは愛ではなく信念を差し出されたから。そしてそれにより自分が現実的に行うべきことに沿って行動している。

    ❐“ぼく”はどうみられていたか。
    1.2冊目では“ぼく”としてアレキサンドリアにおける人間関係の複雑な絡み合いを語っていた作家のダーリーについて、客観的な目線で語られる。
    第三者からみたダーリーは、人は良いが単純な男のようだ。
    エジプト現地の情報源を欲しがっているイギリス外務省としても、彼はスパイとしてはちょっとどうかなあ…という感じ。
    ジュスティーヌの恋人として名前が挙がっていて、ネッシムとジュスティーヌにとっても計画の隠れ蓑としては格好の相手だったようだ。

    一人称で恋を謳っていたダーリーだが、アレキサンドリアにおける恋愛模様、政治的情報合戦の基盤ができている中に入り込んできた立場だったようだ…。

    ❐バルタザール、カポディストリア、メリッサ、クレア
    1.2巻で出てきた彼らもまた顔を出す。
    バルタザールは、医者でカバラ結社の一員。ネッシム達の表向きはカバラ結社だが内実国家転覆の結社とは違い、純粋にカバラ研究の実をしている様子?
    カポディストリアはネッシムの結社とも繋がりがあり、1巻で語られた彼の死は計画を守るための偽装であると示唆される。
    メリッサは、過去に愛人だった老人により、ホスナニ家の陰謀を知っていると書かれている。それがパースヴォーデンが遺産を遺した理由、そしてこの後メリッサがネッシムの子供を産むということにつながるのか。
    クレアはやはり魅力的な独身女性として現れる。すべての人の良き語り相手だが、ナルーズには「勝手に恋されて迷惑」と困惑する。

    ❐ネッシムとナルーズ
    人前にはあまり出ないナルーズだが、ある時結社で(表向きはカバラ結社)の演説により、そのカリスマを垣間見せる。
    ネッシムとは違う自我に目覚めたナルーズ。

    ❐パースヴォーデンの自殺
    パースヴォーデンの自殺については1.2巻でも語られた。
    3巻で語られる真相は、友人ネッシムがエジプト転覆の結社の中心人物だと確信したことだった。
    彼の自殺により、ネッシムたちの計画は方向転換を迫られる。
    パースヴォーデンは誰かに伝えたのか?他にどこまで知られている?誰を味方にするべきか?
    2巻でバルタザールにより「ジュスティーヌが本当に愛しているたのはパースヴォーデンだ」と言われたが、3巻ではジュスティーヌは、パースヴォーデンがどこまで知っているかを探るために近づいた程度の関係として書かれている。

    ❐マウントオリーブとアレキサンドリア
    マウントオリーブは、エジプト語を話すイギリス大使、エジプトの中の有名な外国人としてアレキサンドリアに赴任していた。
    しかしマウントオリーブにとって、自分のエジプトが完成されるのはレイラとの再会によってだった。
    しかし彼女は癩病によって崩れた顔を理由に彼との面会を断る。

    レイラがマウントオリーブの前に姿を現したのは、ネッシムが国家転覆結社の中心だとの証拠が挙がり、イギリス本国、そしてエジプトの議員たちのとの駆け引きが繰り広げられる中だった。
    この陰謀にレイラも加担しているのか?そもそも彼女が息子を動かしているのか?

    数年ぶりにレイラに再開したマウントオリーブは戸惑いを隠せない。それは一目でレイラとわかった、だが彼女ではない別人のようだったのだ。
    レイラは、ネッシムの考えを全く知らなかった、自分はジュスティーヌと外国へ逃れると言い残す。

    夜のアレキサンドリアを彷徨うマウントオリーブは、児童売春宿に連れ込まれる。
    アレキサンドリアの裏の、そして真の姿。自分の求めたアレキサンドリアとはこれだったのか。

    ❐ホスナニは二人いる。
    エジプト国家転覆結社の中心人物としてネッシムの名前が挙がったため、結社はもう一人のホスナニであるナルーズを身代わりに立てる。
    彼が死んだ日、それはいつもの冬の日となんの変りもなかったのだ。
    銃声を聞いたネッシムとバルタザールが駆け付け、兄の腕のなかでナルーズは「クレアに会いたい」と繰り返す…

    …この終盤、エジプトのお屋敷の昼の情景から、襲撃、一人の死が始まり、そこからエジプトの狂乱のような葬儀につながる…その描写の筆力がかなりの迫力です。


    さて。
    1巻は“ぼく”(ダーリー)によるロマンチックな回想で文体はどこか非現実的、
    2巻では1巻で語られたことを別の目線で構築し直し、それにより漂うような失恋物語に現実の殺人やアレキサンドリアの裏側が見え隠れし、3巻ではそうなる基盤まで遡っている。
    3巻はかなり現実的…というか国と国の駆け引きも加わっています。
    エジプトにおいてイギリス人たちはどうもお行儀が良いというか…雑多で卑猥なアレキサンドリアという都市に呑みこまれているような印象。
    1巻では恋愛小説を読んでるかと思ったら、2巻ではちょっとミステリー?になり、3巻では国家間陰謀か!
    最終巻は「クレア」。
    彼女から語られるまた新たな目線があるのか。

  • 前2巻とはすこし趣が変わって国際謀略小説風味になる。新たな事実が明かされ、プロットはますますこみいってくる。

    特にイギリス外務省を描いた部分が他よりもリアルで散文調だと思ったら、ダレルは実際に外交官をやっていた時期があった。まさにパースウォーデンだ。

    パースウォーデンがメリッサから秘密を聞かされるところが印象深い。それまで神秘的ですらあったメリッサが急に下卑て見えてくる。夢から醒めたような感じが出ている。街灯に照らされて現れては隠れる二人の影にマスキリンを見出す。次の章に入ると、もうマウントオリーヴがパースウォーデンの死を知らされるシーン。鮮やかな場面転換。

  • 「バルタザール」でもちょっとしか出てこない「マウントオリーヴ」がなぜタイトルに付くのかと思っていたが、外交官という立場によって政治と社会情勢がフォーカスされ、恋愛話と見えた物語がまったく思いもよらない展開となる。冒頭のジュスティーヌは氷山の一角で、裏に様々な思惑、政治、極秘プロジェクト、共謀が隠されていたことがわかる。耽美な文章も陰をひそめ、ぐいぐいと話は進んでいく。恋愛関係にしろ人間関係にしろ、「ジュスティーヌ」「バルタザール」の前提、仮説が片っ端から裏切られる。果たして最後の「クレア」で、ダレルは何を見せてくれるのだろうか?これは面白い、確かに名だたる傑作だけある。もはやダーリーとジュスティーヌの恋愛は末端のサイドストーリーでしかない。
    それにしても多くの人が死ぬ。本書の最後までお気に入りのキャラだったナルーズまで死んでしまった。

  • 四重奏も、いよいよ第Ⅲ部。文体や視点の移動は第Ⅱ部からそのまま引き継いでいる。ただし、時代は逆上り、狂言回し役を務める英国人外交官マウントオリーブがアラビア語に磨きをかける目的で、アレクサンドリア近郊にあるホスナニ家の領地を訪れるところから始まる。

    ホスナニ家には、病人の当主と年の離れた妻レイラ、それにオックスフォード在学中のネッシムとその弟ナルーズの兄弟が暮らしていた。若い頃その美貌からアレクサンドリア社交界で「黒い燕」と呼ばれたレイラは、カイロで勉学を積み、ヨーロッパで医者になる希望を持っていたが、当時のエジプト人社会の慣行に従い、親の決めた結婚を受け容れざるを得なかった。

    かつて憧れたヨーロッパからの来訪者は、レイラの心に火をつけ、二人は道ならぬ恋に墜ちる。短い滞在期間が過ぎ、別れた後も二人は長い手紙を交換する仲となる。若い外交官は、レイラからの手紙でヨーロッパの芸術や知性に目を開かれ、教育される。エジプトを離れられないレイラは、外交官の目を通してヨーロッパ事情に精通するという理想的な関係が結ばれたのだ。

    第Ⅲ部は、外交官マウントオリーブを核として描かれるため、その舞台もアレクサンドリアを遠く離れ、ロシア、ベルリン、ロンドンと転々とする。物語も必然的に政治的な色彩が濃くなる。第Ⅰ部では、作家として登場したパースウォーデンさえ、ここでは有能な外交官として、国際的な陰謀を調査する役目を負わされている。あれほど錯綜した恋愛関係の縺れを解きほぐそうとしていた『アレクサンドリア四重奏』が、ここにきてがらっとその印象を変えてみせる。男女間の恋愛感情は物語の背景に追いやられ、表舞台には国際的な緊張関係を孕んだ政治的陰謀が登場してくるのだ。

    パースウォーデンがマウントオリーブに送った手紙で、自殺の真相がついに明らかになるが、驚いたことに第Ⅱ部で、ジュスティーヌが本当に愛していたのはパースウォーデンで、ダーリー(「ぼく」の名前がここではじめて明かされる)は、ネッシムの嫉妬の目から彼を守るための囮だったというバルタザールの「行間解説」もまた、一つの解釈でしかなかったことを読者は知らされる。それどころか、ネッシムとジュスティーヌの夫婦は、ここでは二人の間に何の秘密もない共犯者として絶妙のコンビネーションを見せて動き回るのである。

    男女間の恋愛も、男同士の友情も、親子兄弟間の愛情もすべてを呑み込んでしまうのが、政治的信条というものなのだろうか。かつての統治国イギリスと被統治国エジプトの持つ微妙な力関係、イスラム化したエジプトの中にあって、キリスト教世界との繋がりを持つコプト人社会の複雑な位置、それにパレスチナ問題までが絡んできて事態は複雑な様相を呈する。

    時間は人を変える。ナイトの称号を授かり、エジプト大使して颯爽と着任したマウントオリーブだったが、新興実業家ネッシムの精力的な動きが陰謀の疑惑を生み、ともに友人であるパースウォーデンとマウントオリーブは、窮地に陥る。最後までレイラの力を頼みにするマウントオリーブだが、かつての恋人は天然痘による面貌の崩壊以上に人格面において変貌を遂げていた。トルコ帽と黒眼鏡で変装し、アレクサンドリアのアラブ人街を蹣跚と歩く失意のマウントオリーブの姿は哀切極まりない。

    自殺するパースウォーデンはもとより、最愛の弟を死なせてしまうネッシム、あれほど愛したエジプトとともにレイラの思い出も喪ってしまうマウントオリーブと、人間の愛情など一顧だにしようとしない非情な国際政治に翻弄される男たちの姿を描いた第Ⅲ部は挫折と徒労の色が濃く、読後を遅う喪失感は救いようがない。第Ⅳ部においてダレルは、どんな結末を用意しているのだろうか。

  • 前の巻において、これまでに出会ったことのない構成に驚かされたのだが、まさか本巻で更にこのような展開になるとか思いもしなかった。事実には様々な見方がある、ということをフィクションの世界で再現しているかのようだ。最終巻でもまた驚かされることになるのだろうか。

  • 全四巻読了。

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著者プロフィール

1912~1990。イギリス系植民者の息子としてインドに生まれ、イギリスで育つ。小説『黒い本』『アレクサンドリア四重奏』『アヴィニョン五重奏』、紀行『苦いレモン』、詩集『私だけの国』他。

「2014年 『アヴィニョン五重奏V クインクス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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