アレクサンドリア四重奏 4 クレア

制作 : 高松 雄一 
  • 河出書房新社
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レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (340ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309623047

感想・レビュー・書評

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  • 「アレキサンドリア四重奏」最終巻。
    冒頭は、1.2冊目と同様地中海の島でネッシムとメリッサとの間の娘と暮らしているダーリーの語りで始まる。
    ダーリーの元に、ネッシムからアレキサンドリアに戻ってくるようにとの手紙が届いたのだ。
    ダーリーがアレキサンドリアを離れてどのくらいの年月がたっているのかは明らかにされていないが、人間関係は大きく変わっていた。

    ❐ネッシムとジュスティーヌの計画の失敗
    ネッシムとジュスティーヌは、パレスチナからのエジプトにおける民族解放活動が破れて財産を失ったという。
    ジュスティーヌは屋敷でほぼ監禁状態。ネッシムは週に数日の外出許可を得るため危険な任務に就き負傷している。
    ダーリーは、娘を二人に引き渡すため、そして自分の止まった時間をまた動かすためにアレキサンドリアに向う。

    ❐ジュスティーヌとの再会
    ダーリーが自分の記憶を再構築させ、前に進むためにはジュスティーヌとの再会が不可欠だった。
    しかし目的を失ったジュスティーヌからはかつての輝きを感じられなくなっていた。

    ❐バルタザール
    男色家バルタザールは、ある男との愁嘆場により負傷して町での名誉も落としていた。
    バルタザールの名誉回復のため、彼の知人が尽力する。
    その甲斐あってバルタザールは以前の気力を取り戻す。

    ❐クレア
    ダーリーを歓迎したのはクレアだ。
    そして空襲のアレキサンドリアで二人は抱き合う。

     …あれれ、うまくやったなダーリー。
    人は良いが単純な男と称され、政治的恋愛的に「蚊帳の外」だった男がうまい展開に乗ったな(笑)
    その後もダーリーとクレアの恋愛キラキラ描写があちらこちらに(笑)

    ❐パースヴォーデンとライザ
    二人は兄妹であり、恋人であり、ほぼ夫婦だった。
    パースヴォーデンは、ライザの前に「見知らぬ男」が現れることを予告していた。
    そしてライザと運命の恋に落ちた相手はマウントオリーブだった。
    ライザは、兄の自殺は自分との決別の為だったという。
    ダーリーは、ライザからの依頼でパースヴォーデンの手紙、手記を読み、その心触れる。

    パースヴォーデンの自殺、ジュスティーヌの心がどこにあったのか、ということが、この4冊の間に色々な見方が示される。それらはすべて違うがおそらくすべて正しい。
    ある一つの事柄に、二つ以上の答えが示され、すべてが正しいということ。
    「もし、人間の単一の行為の説明が二つ以上あって、そのどれもが同じように適切なら、行為とは幻想でなくてなんだろう」(P228)
    「ぼくはまた、真の「虚構(フィクション)」はアルノーティのページにも、パースヴォーデンのにも―ぼく自身のさえにも存在していないことを知り始めた。人生そのものが虚構なのだ―ぼくたちはみな、自分の才能と性質に応じて人生を理解し、それぞれのやり方で叙述しているのだ」(P229)

    ❐マウントオリーブ、ボンパル、カポディストリア、ムネムジヤン
    彼らの時間も動いている。
    マントオリーブ:エジプトから赴任先を変えたがっていたが、戦争により職務凍結。ネッシムの計画が倒れたことにより、彼らの友情は絶たれた。パースヴォーデンの妹の盲目のライザに求愛している。
    ボンパル:フランス大使として順調に昇格中。女遊びに興じていた彼だが、真剣な相手が現れた。夫が戦争に出ている妊娠中の妻フォスカ。しかしフォスカは消え去る。
    カポディストリア:本当に死んだのか?という疑問は1巻から示されていたが、正式に「ネッシムの計画のために死を装っていた。本人は元気で外国で暮らしている」ということが明らかになる。
    ムネムジヤン:情報屋の床屋ムネムジヤンは、資産家の女との結婚によりアレキサンドリア一の金持ち床屋に。

    ❐三人の作家と三人の女
    「ぼくたちは神話的な都会に委託された三人の作家だ。アルノーティ、パースヴォーデン、ダーリー。まるで、過去形、現在形、未来形みたいに!(…)
    そうしてぼく自身の生活の場では、三人の女が「愛する」といい偉大な動詞の叙法を代表するかのように並んでいる。メリッサ、ジュスティーヌ、そしてクレア」(P229)

    ❐医師アマリルと、貞淑なセミラ
    3巻4巻に渡って彼らの印象的な恋愛描写されていた。
    陽気で人好きのする医師アマリルは、復活祭の時に顔を隠した女性に熱烈な恋をする。
    分かっているのは彼女の右手だけ。
    1年後の復活祭で再会したアマリルは強引にその顔を暴き…
    彼女は病気により鼻が崩れ去っていた。
    医師のアマリルと、画家のクレアは、その女性セミラのために新しい鼻を作る。
    アマリルは、男として愛するだけでなく、医師として一つの作品を完成させたのだ。

    ❐海での事故
    ダーリーとクレアとの交際に陰りが見えてきた。彼女はこの恋に飽きたのだろうか。
    だんだん神経質にヒステリックになるクレアに、ダーリーはしばしアレキサンドリアから離れることを決める。
    ダーリーは冷静になるためのしばしの別離だというが、人々はダーリーに言う。「君はきっともうアレキサンドリアには帰ってこない」たしかにダーリー本人にもその予感はあった。
    バルタザール、クレア、ダーリーは、別れの前に海に船を出す。
    ダーリーとクレアが泳ぎ戯れた波間、かつてクレアを愛していたナルーズ・ホスナニが一人で過ごした小島、海中に水葬された兵士たちが眠る海…

    そこに一瞬の事故が起こる。

    ❐ネッシムとジュスティーヌの復活
    ネッシムの母のレイラは死んだ。
    レイラがマウントオリーブに会おうとしなかったのは、パースヴォーデンに「見知らぬ女」が現れることを怯えていたからだ。かつてパースヴォーデンがライザに「見知らぬ男」が現れることを怯えそしてそれが現実になったために自殺したように、強い心を持っていたレイラは、その心の病で死に向かう。

    そのレイラの死はネッシムとジュスティーヌを自由にさせた。
    彼らはエジプト実力者との取引により、スイスへの脱出と、新たな活動を見つけた。
    また同じ使命をもった二人は、以前の輝き、完璧な夫婦の彫刻の姿を取り戻した。

    ❐その後の便り
    ダーリーは予定通りアレキサンドリアを去る。
    アレキサンドリアに戻るか、ロンドンに戻るか。

    迷うダーリーは手紙を受け取り、アレキサンドリアの人々のその後を知る。
    そしてダーリーは、世界が自分に示した親しさを感じ、作家として、人間として、新たな人生の出発を予感する…


    ***
    4冊の小説群ということでしたが、確かに次の巻を読み始めた時に「今度はこういう構成なのか?!」と驚くことしきり。
    アレキサンドリアでの人間模様を多角的に書くことにより、一つの事でも見方も答えもいくつもあるということが顕われてきます。
    私が現実でのイギリス統治のエジプトの様子、ユダヤ人種の民族解放運動、パレスチナ問題などをわかっていないので、歴史的な理解はできていないのですが…

    最初の頃は恋愛心理描写かと思っていたら、殺人は起こる、国家間陰謀は起こるで、
    政情も人間関係も深刻になり、明るい結末が見いだせないのではないかと思っていったのですが、
    しかし小説としては案外明るさが見える結末に向ったので、むしろ驚いた。

  • アレクサンドリアの都市を舞台に、ある物語が三者三様の視点から語られる(ジュスティーヌ、バルタザール、マウントオリーブ)。4巻目(クレア)は先行する3冊の後日譚である。現代劇でありながら無時代的なところが魅力的で、4巻目に描かれる第2次世界大戦の空爆が、非常に異質性を主張する。
    片手に余る人種、ギリシャ神話とヨーロッパ、アジアの混淆などなど、様々なものが折り重なる。雑多で背徳的、好みによるが、何の感慨も持たずに読み終えることはできないと思う。
    通して読み終えて、あらためて1・2巻目を読み返してみると、クレアの手紙が重しを成していることに気づく。確固たるものがない世界で、クレアの手紙に落とされた心は、印象的。

  • 四重奏も最後の一冊では再度ダーリーが主人公になり、一周廻って愛の物語に戻ってきた。この人が語ると話がつまらなくなるというのもあるのだが…しかも退屈で凡庸な男扱いだったダーリーが人気者のクレアとも付き合うのかと(苦笑)
    それにしても独特の小説だった。文字通り四重奏、一冊ごとに様相を変え、人物やその運命の過去と現在に違う光が当てられ、同時に未来についても時間の経過とともに緩やかに、または劇的に変化も遂げる。
    本書で終わったからにはダーリーの愛の遍歴が主軸といえるのだが、ダレルが一番雄弁に芸術や人生を語らせているのは陰の主役的なパースウォーデンであり、クレアもマウントオリーヴもそれぞれにドラマを抱える群像劇だ。他方、アレクサンドリアという謎めいた都市を舞台とした奇談集という要素もある。奇妙な事件が起きるし、とにかく大勢人が死ぬ。まったく、殺しすぎだし死ぬ理由や死に様が派手すぎだろうとつっこみたくなるくらい。都合よくオチを付けられすぎたエピソードもあれば、完全に回収されずに終わった事件もいくつかある。
    渾然とした物語が耽美、絵画的な文章で綴られる。文章の華やかさもこのカルテットの個性であり魅力だろう。正直言って、同時に読みにくさ、分かりにくさでもあるのだが。
    語り手が変わると違うものが見える、という手法は今では珍しいわけではなく、奇抜な事件を繰り返す繋ぎ方(クレアの最後の事件など象徴的)が「うまい」わけではないが、刺激的な読書体験だった。種明かしされたところでジュスティーヌに戻ってみたいし、アヴィニョン五重奏を読みたくもなる。

  • 「こうして、都会はふたたびぼくを取り戻した――同じ都会ではあるが、それは時間のなかで生じた新しい転移のせいで、いまはなぜかむかしほど痛切でもなく、恐ろしくもない都会だ。古い織物のどこかが擦り切れたとすれば、また別な部分が修復されたのである。」

    主人公のダーリーは、都会の生活に疲れ、恋愛沙汰に明け暮れた日々を顧みるため一時的に避難していた島から、アレクサンドリアへ帰還する。養育している少女の父親である旧友ネッシムからの招待を受けたからだが、ようやくあの都会に対峙することができるだけの成熟を遂げたからでもある。

    最終巻の基調色は思いの外明るい。それはクレアの故郷であるギリシアから来るエーゲ海的明るさにほかならない。もともと美しかった彼女は成熟し、より輝きを増している。季節に喩えるならば夏、時なら真昼。祝祭的な明るさに溢れた第二次世界大戦末期のアレクサンドリアで、このロマネスクは円環を閉じようとしている。

    それぞれの巻にひときわ印象的な場面が用意されている『アレクサンドリア四重奏』だが、第1巻の未明の鴨猟の緊迫感に優るとも劣らないのが、アレクサンドリアの夏の初めの一日、海面からほんのわずか突き出た花崗岩の島で起きる不可思議な事件の顛末。祝祭的な場面が一気に悲劇的な様相に転落し、やがて穏やかな恢復を見せる結末に至る。全巻を通して白眉ともいえるその展開に息を呑んだ。

    第4部は、最終巻である。すべての謎がここで解かれなければならない。宙ぶらりんになっている恋の顛末や、掛け違ったボタンのような人々の思いが、それぞれところを得て落ち着くところに落ち着くことで大団円を迎えることができる。松岡正剛がこの作品を歌舞伎に喩えていたが、たしかに、因果応報、御都合主義まるだしで強引に決着をつけながら祝祭的雰囲気のなかで幕が引かれるあのバロック的演劇の終末になんと似通っていることだろう。

    全巻を読み終えてあらためて思うのは、政治的陰謀や変死事件等様々な要素が介在し、つねにあらゆる方向に逸脱し続けるように見えながらも、この小説はひとりの作家志望の青年が、挫折を乗り越え人格的に成熟を遂げる人格形成小説(ビルドゥングスロマン)として描かれている。その視点から見るとき、自殺したパースウォーデンをはじめ、彼を取り巻く女性や友人たちの繰り返す恋愛沙汰や事件のすべてが、彼の成長を促すためにあったような気がしてくる。

    そういう意味では、若い頃に出会いたかった。未来への不安と期待に胸がひりつくような焦燥感のなかで読むことができたら、きっと今とはちがった読後感を得ることができたただろう。特に、全編に撒き散らされた詩的な、否ほとんど詩そのものと言っていい文章は青春の真っ只中にある者だけがひたすら酔いつつ飲み干すことのできる美酒であろう。

    美しい絵というものがある。美しい音楽というものもある。あなたにとって何が世界一美しい絵かと問われたら少し迷う。音楽も然り。しかし、世界一美しい小説は、と問われたなら、少し考えたあげく、おずおずと『アレクサンドリア四重奏』と答えることだろう。

  • 4部作の完結編だが、なにかオチがつくというか着地する感じではない。これまでに増して難解な独白や情景描写が多かった。

    とても豊穣で、絢爛で、余白の多い、簡単に説明のつかない小説だった。その気にさえなれば何度でも読み返せそうだが、実際にそうするかは別。

  • 最終巻では再びダーリーの視点から。3巻目での大展開からまた普通(ではないか)の恋愛小説に戻った感じだ。
    それにしても、複雑な人間関係も戦争が一挙に違ったものにしてしまう。そこまでのモチーフをダレルは最初から持っていたようだ。恐れ入る。

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著者プロフィール

1912~1990。イギリス系植民者の息子としてインドに生まれ、イギリスで育つ。小説『黒い本』『アレクサンドリア四重奏』『アヴィニョン五重奏』、紀行『苦いレモン』、詩集『私だけの国』他。

「2014年 『アヴィニョン五重奏V クインクス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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