原発と原爆---「核」の戦後精神史 (河出ブックス)

著者 :
  • 河出書房新社
3.36
  • (3)
  • (1)
  • (5)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 47
感想 : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (219ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309624341

作品紹介・あらすじ

戦後の日本が世界中の人々に本当に伝えるべきこと、それは、被爆=被曝の体験から生まれた文化、原子力による被害の文化である-。ゴジラと放射能恐怖映画から、鉄腕アトム、広瀬隆『東京に原発を!』、吉本隆明『「反核」異論』、黒澤映画『生きものの記録』、『はだしのゲン』、『長崎の鐘』、『風の谷のナウシカ』、『AKIRA』、「原発文学」の数々まで、さまざまな文化現象を世相に重ね合わせながら読み解き、原発と原爆(=「核」)をめぐる時代精神を浮き彫りにする。3・11の破局にいたるまで、私たちはいったい何をしていたのだろうか…。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • P191
    原発関係者は放射能を閉じ込めるということを強調するのだが
    それは実は原発の全ての情報を閉じ込めることであり、
    原発に関する論議、討議を密室化し、その実情を決して明らかにしないということにある

    P195
    発電の方法はいくらでもある。
    コスト、環境悪化、持続可能性、終末処理、社会的リスクの
    どの面においても原子力発電はもっとも劣悪な選択枠であることは
    すでに明らかとなっている。
    誰かが犠牲にならなければならないという
    エネルギー政策は根本的に間違っているのだ。


    ★読んでみたい本、見て見たい映画がたくさん紹介されていた。
     川村 湊さんの本も、もっと読んでみたい。

  • 原発

  • 借りたもの。
    サブタイトルの通り核と関わってきた日本人の精神面をフォーカスしたもの。
    それは原爆から原発、そして原発事故に至るまでの日本人の考え方の変化も読み取れるものだった。
    日本人の“唯一の被爆国”(表向きに唯一実戦投入されたのは事実だが)という考えに釘を差し、アレルギー並みの嫌悪感を抱きながら原発の誘致を進めた矛盾を細かく切り刻んでゆく。
    結局、安全神話は迷信であり、原子力ムラというより“原子力マフィア”ともいうべき一部の利権を得られる人々に、扱いきれない代物を金によって盲目にされた人々が受け入れてしまった、という話だった。
    「原発の必要性」は欺瞞であると。

    何よりこの本は、文学やサブカルチャーに見る「核」との関わり方にフォーカスしている部分は非常に興味深かった。
    『ゴジラ』に始まり、『AKIRA』『風の谷のナウシカ』まで。(冲方丁『シュピーゲル・シリーズ』や井上智徳『COPPELION』はどうした!?)
    日本人にとって原爆の被害が、台風や地震と同じ未曾有の大災害と似た形で受け止められていた事、他所から来た未知の力、“マレビト”に例えている事が言い得て妙だった。(そうでなければゴジラも腐海も生まれなかっただろう)
    斜め読みだが、村上隆『リトルボーイ―爆発する日本のサブカルチャー・アート』にも同じような思想があったかも知れない。今度こそしっかり読みなおしてみようと思う。
    若干駆け足で、要素がしっかり繋がっていないような気もするが……史実だけではなく人の精神史について書かれたものはまだ少ないと思うので、良い本だと思う。

  • 戦後の「核」政策の歴史と、戦後文化史を結びつけるような本の題名ですが、有り体に言えば、原子力政策の展開に筆者が知っているサブカルを半ば無理矢理に結びつけている印象を受けました。

    「ゴジラ」や「はだしのゲン」あたりはそもそも作品内で直接的に言及されているからさておいても、「風の谷のナウシカ」や「AKIRA」を原子力に対する批判が薄まったような事例として挙げているのはだいぶ我田引水な印象を感じました。

    「日本の原子力反対運動は失敗した、精神文化的な面からの批判もどんどん弱くなった」という主張をしたいように思えますが、そこではより一般的に露出がであろう文壇における大江・三島・福田あたりのやり取りや新聞を中心としたマスメディアに関しての記述が殆どないのは片手落ちと云うべきでしょう。

  • タイムリーなネタで面白かった。
    「読み比べといったところで、私にその両者の主張を科学的に吟味するだけの能力があるわけではない。私は、その内容というよりは、両者の著書が持つ説得性や論理的な説明の…」
    そう!それが私の言いたかった事。
    今、皆そのレベルの作業をしてる。
    いろんな「専門家」がバラバラの説明をする中、
    どの説明に自分が納得させられるニュアンスが感じられるか…。
    それだけなんだけどね(^^;
    って謙虚さが大事なんだよね~。

  • 小説のみならずアニメやマンガを通して、日本人の核のイメージを描いている。
    これだけ核を意識しているのに、どうして事故が起きたんだろう?

    【長崎大学】ペンネーム:フクちゃん

  • 1110923onTV?                                 央寺
    ---
    3・11から逆に照らし出された戦後日本のすがた。ゴジラと放射能恐怖映画から、「原発文学」の数々まで、さまざまな文化現象をとりあげながら、原発と原爆をめぐる時代精神を浮き彫りにする。

    著者紹介 
    1951年北海道生まれ。文芸評論家。法政大学国際文化学部教授。「補陀落」で伊藤整文学賞、「牛頭天王と蘇民将来伝説」で読売文学賞、「南洋・樺太の日本文学」で平林たい子文学賞受賞。

    戦後の日本が世界中の人々に本当に伝えるべきこと、それは、被爆=被曝の体験から生まれた文化、原子力による被害の文化である―。ゴジラと放射能恐怖映画から、鉄腕アトム、広瀬隆『東京に原発を!』、吉本隆明『「反核」異論』、黒澤映画『生きものの記録』、『はだしのゲン』、『長崎の鐘』、『風の谷のナウシカ』、『AKIRA』、「原発文学」の数々まで、さまざまな文化現象を世相に重ね合わせながら読み解き、原発と原爆(=「核」)をめぐる時代精神を浮き彫りにする。3・11の破局にいたるまで、私たちはいったい何をしていたのだろうか…。

    内容   
    第1章 ゴジラと放射能の恐怖(集合的無意識としての怪獣ゴジラ;怪獣と放射能 ほか);
    第2章 アトムと原子力の平和利用(アトム・コバルト・ウラン;原子力の平和利用としての「アトム」 ほか);
    第3章 ナウシカとAKIRAの戦後世界(アトムを擁護する;戦後の原子力研究 ほか);
    第4章 「原発」の文学史(ゴジラの復活;ゴジラは二度死ぬ ほか)

  • 著者は文芸評論家。ゴジラ、アトム、風の谷のナウシカ、はだしのゲン、8月の狂詩曲などの文芸作品には原爆や核の恐ろしさを描かれている。文芸は核に対する警告や問題提起を行ってきたが、日本人の多くは唯一の被爆国でありながら文芸作品が放ってきたメッセージに鈍感だったと云う。ゴジラを悪のヒーロとしてきた自分はたしかにそのそしりを免れない。

  • 貴重な考察です。

全9件中 1 - 9件を表示

著者プロフィール

1951年2月、網走市に生まれる。文芸評論家。1981年「異様なるものをめぐって──徒然草論」で群像新人文学賞(評論部門)優秀作受賞。1993年から2009年まで、17年間にわたり毎日新聞で文芸時評を担当。木山捷平文学賞はじめ多くの文学賞の選考委員を務める。2017年から法政大学名誉教授。
『川村湊自撰集』全五巻(作品社、2015‒16年。第1巻 古典・近世文学編、第2巻 近代文学編、第3巻 現代文学編、第4巻 アジア・植民地文学編、第5巻 民俗・信仰・紀行編)。

「2022年 『架橋としての文学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

川村湊の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×