巨匠とマルガリータ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)

  • 河出書房新社
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感想 : 59
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  • Amazon.co.jp ・本 (607ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309709451

感想・レビュー・書評

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  • ★★★
    モスクワに現れた悪魔の一味。ご主人、斜視の小男、しゃべる猫、裸の女。彼らは手始めに作家会議長の首を飛ばせ、詩人の気を狂わせると劇場に乗り込む。ばら撒かれた札束は偽物に代わり、与えられた服を着た女性は素っ裸で街へ出て、モスクワを混乱に陥れる。
    悪魔一味は謎を突き止めようとした劇場関係者を遠方に飛ばし、首を引っこ抜いたりくっ付けたり、偽札を握らせ連行させたり、姿を消させたりとやりたい放題。

    ここでやっと我らが主人公”巨匠”登場。

    巨匠は秘密の恋人との隠れ家で、哲学者ヨシュア(イエス・キリストのヘブライ発音)とローマ提督ポンティウス・ピラトゥスの物語を書いていたが、その作品は作家協会からは締め出され、密告により行き場がなくなり原稿を燃やして精神病院に収容されていた。

    悪魔は語る。私はまさにキリストとピラトの語りのその場にいたんですよ。

    悪魔一味は更にモスクワを弄び、我々読者は第二章に導かれ、やっとヒロインマルガリータとご対面。

    マルガリータはあらゆる恩恵の元に生まれ育っていたが、ブルジョワの退屈さと消えた秘密の恋人の消息に心を悩ませていた。悪魔たちがマルガリータのもとに現れ取引が成立し、自由奔放かつ強靭で情に溢れた魅惑の魔女となったマルガリータを女主人とした悪魔の大宴会が行われる。

    悪魔たちがマルガリータに真の望みを聞いたとき、その望みはかなえられ、灰の中から巨匠の原稿が復活する。

    巨匠の作品が完成された時、悪魔たちは真の姿を取り戻し、待ち続けた男の元に安息が訪れる。
    ★★★

    旧ソ連では評価されなかった作者が死後評価され刊行された作品。
    あとがきの作者の再評価と、復活した巨匠の物語が重なり合って興味深いです。
    中盤までは悪魔たちが目的も見せずただ気まぐれに人を弄び関わった人間たちは生活も精神も狂わされ人知を超えた悪魔の不気味さを味わっていたのが、中盤での悪魔パーティの荒唐無稽さは難しいこといいからとにかく楽しもうという奔放さに乗っかって読書の楽しみを味わい、終盤では悪魔たちにも目的があったのかと驚きつつ展開の巧みさがお見事です。
    巨匠の小説でありどうやら真実であったイエスとピラトの物語も人も人の情が深い。展開がわからないうちは時代背景と合わせた風刺的で息苦しく説教臭い話なのかと思いきや、待ち続けた男のもとに許しが訪れるという解放のお話であったとさ。ラストの充足感とちょっとした物哀さが心地よい読後です。


    <<以下ネタバレ>>
    疑問が一つ。
    巨匠とマルガリータが毒酒を飲まされた場面は、その後の失踪の辻褄合わせのために身代わり死体が用意されたということかと思ったんですがどうなんでしょう?精神病院の隣の患者は原因不明の死を遂げたとされ、マルガリータはメイドの名を呼びながら息絶えた描写がある。これで「二人は現実の世界としては死んだことになったのか」と思った。
    しかし終盤で二人はそれぞれ謎の失踪となっている。
    あれ?毒酒で死んだのを目撃されたのでは?
    もし「失踪」なら、あの毒酒で死んだことを確認された云々はなんだったんでしょう。

    • マヤ@文学淑女さん
      はじめまして。この池澤夏樹さんの世界文学全集をちびちび読んでいますが、たまたま最近読んだ二作品のレビューの先頭がどちらも淳水堂さんで、たのし...
      はじめまして。この池澤夏樹さんの世界文学全集をちびちび読んでいますが、たまたま最近読んだ二作品のレビューの先頭がどちらも淳水堂さんで、たのしく読ませていただきました♪
      文学好きなので本棚やレビューなど参考にしたく、ぜひフォローさせてください(^^)
      2017/09/26
  • 面白い、面白いとは聞いていたが、こんなに面白いとは思わなかった。
    いや、ホントに面白いったら面白いィィィ!

    ロシア文学なんてお固いんでしょ、しかめっ面でしょ、という思い込みを打ち砕く奇想小説。

    モスクワに悪魔とその一味がやってきてとにかく馬鹿騒ぎをする。
    評論家は電車に轢かれて首を切断し、詩人は気が狂い、劇場では偽札が舞い、女たちは下着姿になる。
    劇場支配人はヤルタに飛ばされ、猫が拳銃を抜き、シャンデリアの上を飛び回り、そりゃもう大騒ぎ!
    裸エプロンのメイドも、裸で空を飛ぶ魔女も出てきます!

    どこに連れていかれるかと思いきやどこにも連れていかれずひたすら悪ふざけのファンタジー、でも最後はなんかハッピーエンド…。

    革命後、スターリン政権下のソ連で、出版される見込みもないまま、10年に渡り書き続けたということだが、ブルガーコフにとって書くことが楽しかったんではないだろうか? 社会批判というより現実逃避の物語。
    ただ、キリスト教の素養がないため、巨匠の書く、キリストを処刑したピラトゥスの物語がどうもわかりにくい。

    ちなみに、この小説のインスピレーションを受けて出来たのががストーンズの「悪魔を憐れむ歌」。ミック・ジャガーに読むように薦めたのは、当時付き合っていたマリアンヌ・フェイスフル。
    パティ・スミスの最新作「バンガ」も、小説の中でピラトゥスが飼っていた犬の名前。

    いやいや、驚くような読書体験でした。

  • これぞ読書の醍醐味。
    もう充実過ぎるほどの至福の時間をいただきました。
    始めこの分厚さに慄き、えっと、これ読めるのかな?と心配でしたけれども、読み始めましたらば気難しそうな印象は気持ち良く払拭。

    とある日の春のモスクワの公園、悪魔の一味の降臨にてその事件が勃発。
    作家協会議長ベルリオーズとペンネーム<宿なし>の詩人・イワンがキリストの実在性について論じていると第三の男が登場し、不吉な予言を言い放つ。「ベルリオーズの首が切断される」と。その予言通りちょん切られ転がるベルリオーズの頭。
    衝撃的な展開に目が離せなくなりまして、そのグロでファンタスティックな世界にすっかり魅了されてしまいました。
    その後のめくるめく展開…ローマ総督ポンティウス・ピラトゥスの物語、黒魔術、しゃべる黒猫(シュールで可愛い)、魔女、大舞踏会、悪魔の圧倒的な存在感。
    これらの放つ魔力が強烈。

    とにかく様々なジャンル盛り沢山で次々に現れる登場人物たち、彼らに降りかかる奇想天外な事件たち、次は一体何が起きるのか、物語の着地がどうなってしまうのか続きが読みたくてもう止まりません。

    こんなにも面白い奇想小説ですが、実際にはソビエト時代では長きにわたって刊行禁止だったそうです。禁書によって文壇から葬られてしまった巨匠、それはブルガーコフ本人であったのかもしれません。
    自分の書いた作品が公にされることなく葬られることの無念さ、作品が活字になることへの切なる願いが、巨匠の物語が灰の中から奇跡的に蘇るというところに切々と感じてしまって切なくなってしまいました。
    好きな書物を何ら制限なく読める奇跡とも呼べる幸せ、こんなにも恵まれていることに感謝せねば、と強く思ったのでした。

    好きな書物を何ら制限なく読める奇跡、幸せ、こんなにも恵まれていることに感謝。

  • 革命直後のロシアで文学活動を開始し、やがて発表の場を奪われ失意の中で生涯を終えたブルガーコフの、発表の当てもなく書かれた晩年の長編小説。
    1930年代のモスクワを舞台にした、“悪魔”の一味により日常が非日常の混乱へとすりかわっていく一種の不条理小説だが、ヒロインの名前からも明らかなように、「ファウスト」の世界がベースの一つとして取り上げられており、登場する“悪魔”もメフィストフェレス的な強烈な個性を持っている。しかし、ファウストの魂がメフィストフェレスの手から逃れ、マルガレーテの祈りによって救済されたのに対し、この物語では巨匠とマルガリータは、社会に居場所を得ている人々を破滅させ、笑い物にする悪魔・ヴォランドによって、庇護と救いを与えられる。
    悪魔による救済。それは、「人が人を支配する」社会によって抹消されようとしていたブルガーコフ自身が求めたものなのかもしれない、と思うと切ない。だが、巨匠の小説として描かれるピラト(ピラトゥス)の物語においては、ドストエフスキーの「大審問官」におけるキリストのように、“教え”と切り離されたイエス(ヨシュア)が、“教え”と切り離されてもなお、救いを与えうる存在として期待の眼差しを集めている。ただ、ピラトをイエスの待つ道へ進む“赦し”を与えるのが、悪魔によって解き放たれた(そしてその解放は“神”の側に在るはずのマタイから依頼される)巨匠なのである。
    …というような個人的に興味をそそられた部分を別にしても、内包するものの重さとは裏腹に、現実世界をシニカルにこき下ろすブラックユーモア的な作品としてもとても面白く、勢いのある作品。悪魔一味のキャラクターの立ち方が半端なく、古さを全く感じないドライな筆致、明快な読みやすさにブルガーコフという“巨匠”の力を感じる。

  • 巨匠は原稿燃やしまくってるけど、悪魔ヴォランドに「原稿は燃えない」と言われて原稿を差し出される。原稿は、ひょっとすると悪魔が巨匠に書かせたのかもしれない。狂気と現実の関係や、劇中劇、色んな多様な要素を考えさせられる重要な作品に感じた。『エンドレス・ポエトリー』という映画に似たものを感じた。

  • 分厚いしロシア製だし、買ったはいいけど手を出しそびれていました。そしたら文庫版が出てしまって、なんだか損した気分になっちゃいました。それにめげずに読んでみました。かなり軽妙な物語で、楽しく読めました。解説に当時の状況やこの作品の狙いなどがうまくまとめられていて、参考になりました。(2015年6月28日読了)

  • あらすじにまとめてしまうと魅力がいまいち言い表せない小説ってあると思うのだけど、これはまさにそれ。読んでみて?とりあえず読んでみて?と言いたくなる。宮沢賢治の童話や不思議の国のアリスが好きな人はすっと世界に入っていける気がする。そんなちょっと童話チックな物語。想像力の玉手箱から飛び出した、発想のごった煮奇想天外小説といった印象。
    初っ端から訳もなく人が死ぬので、なになに?どこへ向かっていくの、と不安になるが、悪魔が活躍し狂人が増えていく展開から何かへの腹いせまたは復讐か?と気づく。
    巨匠の小説とこの小説の二重構造も面白く、ラストで巨匠が主人公を解放する場面は感動的だった。「臆病がもっとも重い罪」という言葉が印象に残る。弱い私は、臆病は身を守ろうとする本能だ、と反論したくなる。信仰じゃ生き残れないのだから本能に従うしか生きる道はないじゃない、と。
    ヴォランドの手下たちの悪ふざけや悪魔と魔女の賑やかな舞踏会は話の筋など関係なしに読んでいて楽しい。なんだか意味のわからない悪夢をよく見るので、自分の夢を読んでいるような感覚だった。実際自分もジャーナリズムに騙されている観客のような気もするし。ソ連だけの話ですかねっていう。
    作家じゃないのでわからないけど、マルガリータのような読者が一人でもいるならばその作品を書いた甲斐はあったんじゃないのかな。純粋に作品を愛してくれる読者。読書好きとして、マルガリータのような読み方に憧れる。カルヴィーノの「冬の夜ひとりの旅人が」に出てくるルドミッラのような。

  • ロシアにこのような作家がいたことは知らなかった。しかしこの文学全集を思い切って購入し、この作品を読むことができて良かった。著者ブルガーコフはまさに天才だと思う。着想が奇想天外で、それでいて文学の価値である批評精神に立脚しているところが素晴らしい。主人公のひとりである巨匠は著者の心情のメタファーに違いないと思うが、著者の人生を合わせて読むと、著者の求めていた世界の象徴がマルガリータであったことに気付く。
    個人的には、カラマゾフの兄弟を超える面白さだった。

  • クソみたいな現実をあざ笑うような悪というほど壮大でもないいたずらを仕掛けては現世に介入してくる悪魔。
    と現実からつまはじきにされたあげくに、悪魔によってしか救われない巨匠とマルガリータの愛の物語。
    シュールで滑稽なドタバタ劇と、ずずんと重い鉄球が足かせについているようなロシア的暗さがごくごく当たり前に共存しているような世界観、とでもいいましょうか。
    人は人の手によっては救われることはない。より高次のものに救いを求めるしかないし、それに気づかないものは夜中に不安に苛まれながら月を眺めるだけ、というなんだか残酷な物語でもある。

    悪魔の舞踏会で繰り広げられる華々しくも重々しい鮮烈な場面の描写とか、なんだかとてもロシア的な重厚さがあって素敵。

  • ブルガーコフが生きた時代のソ連とキリスト教についての知識が足りなくて、頭の中で個々のピースがカチッとはまらず、あまりきちんと読めた感じがしない。ただ、読後感に独特の感じがあったので読んでよかったと思う。以下、ネタバレしつつとりとめのない感想。

    - マルガリータが魔女になって月夜を飛ぶシーンがとても良い。辛かったね、ハッピーになってね、という気持ち。
    - ヴォランドたちが本当の姿に戻るシーンもかっこいい(道化キャラが好きじゃないのかも)。猫がイケメンの若者だったとは。
    - 偏頭痛持ちというだけでピラトゥスに感情移入してしまった。二千年も座り続ける真摯さと孤独に感じ入った。
    - 巨匠とマルガリータが安らぎを得るためにはこの世から出ていかなくてはならないのが、『指輪物語』のフロドのようで悲しかった。イワンも損なわれてしまった。そしてわたしたちには西の海はない。

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