アルトゥーロの島/モンテ・フェルモの丘の家 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-12)

制作 : 中山 エツコ  須賀 敦子 
  • 河出書房新社
3.75
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本棚登録 : 94
レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (586ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309709529

作品紹介・あらすじ

『アルトゥーロの島』-ナポリ湾の小島で、自然を友とし野生児のように暮らす少年アルトゥーロ。不在がちな父の帰りを待ちわびる彼だったが、ある日突然、父が新妻を連れて島に戻ってくる。最愛の父に寄り添う彼女に少年は激しい反感を覚え、幸福な日々は軋れ出す-ストレーガ賞に輝いた傑作を新訳で。『モンテ=フェルモの丘の家』-モンテ・フェルモの館「マルゲリーテ」。そこはかつて若者たちが集う、不滅の友情の砦だった。しかし時は流れ、それぞれが求めた自由への道は、多くの関係を壊し、多くの絆を断ち切っていく。喪失の悲しみの中から、人はふたたび関係を紡いていくことができるのだろうか。ファシズム期イタリアの闇の時代をくぐり抜けた二人の女性作家の代表作を新訳と名訳でおくる。

感想・レビュー・書評

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  • イタリアの現代作家というのは殆どしらない。カルヴィーノは聞いたことがあるが、読んだことはない、その程度だった。
    本書は両作品とも素晴らしく、どちらも主人公(ギンスブルクのほうは誰が主人公とも言いがたいが、一応ジュゼッペとしておく)に感情移入しながら読んだ。
    前者はアルトゥーロの成長の物語。後者は大人になりきれない大人達の物語。どちらも皆なにがしかの共感を感じるのではないかと思う。

  • 「モンテ・フェルモの丘の家」
    最近読んだ須賀敦子さんのエッセイに出ていて興味を持ったので、図書館で借りた。須賀さんのエッセイはほとんど読んでいるつもりだが、翻訳されたものは初めて。

    あらすじはエッセイ「小説のなかの家族」に書かれていた。今読み返してみるとすごく詳しく書かれている。17ページくらい。書簡体小説。元愛人同士の男女を中心に、その夫や息子や友人たち10人くらいの輪の中での手紙のやり取り。そこからいろいろな事情がわかってきて、それがおもしろくどんどん読み進められる。
    2年半位の間なのだが、まあいろいろな事が起こる。小説だからと言ってしまえばそれまでだが、意外な展開にハッとしたり、そうかと思えば、「そうなることは誰の目にも明らかだよ」と思ってみたり。
    読者の自分も取り巻く人の一員になってるような・・・
    ハラハラしたり、応援したり。
    国も時代も違うのに。
    それだけ小説の中に入り込めて楽しめたということだろう。

    人と人とのつながりの話だったが、「時の流れ」というものをを非常に感じさせられた。否応なく時は流れ、状況が変わっていく。確かに自分の選択が導いた状況もあるだろうが、自分ではどうしようもないことの方が多い。結末に近づき、どんどん悲劇的なできごとが起こる。でもまた、時は流れていく、いつまでもその悪い状態も続かないだろうと思わせてくれるのだ。なぜか・・・

    須賀さんが訳されたギンズブルグのほかの小説もぜひ読んでみたい。


    「アルトゥーロの島」
    たまたま「モンテ・フェルモの丘の家」と1冊になっていたので、ついでに読む。
    特に難しい内容でもないのに、すごく読むのに時間がかかり、投げ出しそうになった。
    ナポリ湾に浮かぶ小島の少年が大人になる14歳から16歳までのお話。

  • 死の影。

  •  人はどんなにわかり合えた人でも時間と空間の密着がときに反重力のように働き、たがいを傷つけ、遠ざけてしまう。それは時に磁石のように近づくことを欲しながら、ぎりぎりの心理的に距離に達すると反発力をもつ。その一線を越えるには核融合を可能にするくらいの心理エネルギーを必要とするのだ。

     この反重力の如き人間関係をかろうじて維持出来るのは、住む場所のおかげであったりする。それが家であるかもしれないし、土地そのものであるかもしれない。その人間がどこまでを自分の住居空間とするかは分からない。しかし、所詮は他人同士である(親子、夫婦、友達であったとしても)人間が同じ住居空間の重なりを持つとき、薄く途切れがちな関係は何からの接着剤のように継続出来る。結びついているからの反発であり、反発出来るからこその関係でもある。

  • モランテ「アルトゥーロの島」読了。
    久々にフィクション読んだー、という感じです。
    神話的な父と、ナポリ近海の島での、少年アルトゥーロが青年へと成長する物語。少年期の神話的な幸福から目覚め、いわゆる思春期のぐちゃぐちゃした不幸(未承諾の不幸というべきか)を経て、自立していく典型的なビルドゥングスロマンと言えば、それまでですが、なかなか読ませませした。

    なぜか、ランボーのイリュミナシオン、「少年の日」を連想します。野蛮で神々しい少年の日々からの転落。

  • 池澤夏樹と須賀敦子の交差点。これはぜひとも読まねば。

  • 『アルトゥーロの島』
    ナポリの小島で自然と無邪気に遊んでいた少年の下に父は継母を連れてくる。
    その継母は若く少年と歳がほとんど変わらない。
    そんな継母に恋をしてしまう少年は思春期を迎え激しい葛藤から幸福な生活が崩壊していく。

    人はなぜこんなにも不器用なのか、胸が苦しくなる。
    まるでナポリにいるような情景描写も秀逸。

    『モンテ・フェルモの丘の家』
    モンテ・フェルモに住んでいた人々がその後の人生を手紙形式で表現した作品。
    すべてが手紙なのでとてもリアリズムに満ちています。
    人は誰かと繋がっていないと生きていけませんが、その関係は意外にあっさり切れてしまうもの。
    それでも感傷に浸っている時間はなくすぐに前を向いて進まなくてはいけません。
    みんな一緒にいればいいのに、なんて私も思ってしまうことがありますが前に進む強さも必要なのです。

  • 自分だけで完結していた少年時代から、
    継母という他者を得て大人になり始める。
    美しい痛みに満ちた成長物語。

    ナポリ湾に浮かぶ小さな島で過ごす
    一人きりの少年時代の描写が涙が出るほど美しい。

  • 底抜けに楽しい話では全くないけれど、読み終わってずっしりした感触が残っている。話の筋とは直接的に関係はないが、モランテ、ギンズブルグともに、戦争の時代を生きたイタリア人女性だった。

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著者プロフィール

1912年ローマ生まれ。幼時から詩や童話を書き、20歳頃から精力的に作品を発表する。41年、短編集『秘密の遊び』でデビュー。イタリアが内戦状態に陥った43年、夫アルベルト・モラヴィアと共に地方の農村に避難。解放後のローマで執筆を再開し、48年、長編『嘘と魔法』でヴィアレッジョ賞、57年、本書『アルトゥーロの島』でストレーガ賞を受賞し作家としての地位を確立する。63年、短編集『アンダルシアの肩掛け』刊行。74年、『歴史』(邦題『イーダの長い夜』)で幅広い読者層を獲得。戦後イタリア最大の女性作家とみなされている。

「2018年 『嘘と魔法 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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