精霊たちの家 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-7)

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (592ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309709598

作品紹介・あらすじ

不思議な予知能力をもつ美少女クラーラは、緑の髪をなびかせ人魚のように美しい姉ローサが毒殺され、その屍が密かに解剖されるのを目の当たりにしてから誰とも口をきかなくなる。9年の沈黙の後、クラーラは姉の婚約者と結婚。精霊たちが見守る館で始まった一族の物語は、やがて、身分ちがいの恋に引き裂かれるクラーラの娘ブランカ、恐怖政治下に生きる孫娘アルバへと引き継がれていく。アルバが血にまみれた不幸な時代を生きのびられたのは、祖母クラーラが残したノートのおかげだった-幻想と現実の間を自在に行き来しながら圧倒的な語りの力で紡がれ、ガルシア=マルケス『百年の孤独』と並び称されるラテンアメリカ文学の傑作。軍事クーデターによって暗殺されたアジェンデ大統領の姪が、軍政下で迫害にあいながらも、祖国への愛と共感をこめて描き上げた衝撃のデビュー作。

感想・レビュー・書評

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  • 祖父エステーバンが犯した罪を孫であるアルバが償わされるということなのか。
    「すべてのことは偶然の所産ではなく、生まれる前からすでに定められていた運命の図式にほかならない」のだとしたら、強姦された先住民の女性たちは一体何の罪を償わされているのかと考えずにはいられない。

  • 実在する具体的な地名は出てこないが、アジェンデの出身地であるチリを舞台、あるいはモデルにしていることは間違いない。
    物語の中心は、地主エステーバン・トゥルエバ(後に国会議員となる)と、クラーラ、ブランカ、アルバという母系一族だ。トゥルエバとクラーラは夫婦で、ブランカは二人の娘、アルバは孫にあたる。
    この家族がこの小説の核になるが、「家族の血縁=愛」という単純でチープな図式ではなく、フォークナーの『響きと怒り』のような血縁が生む憎悪だけを描いたような作品でもない。『精霊たちの家』は家族、そして周囲の同胞、縁者が愛と憎しみを生み、それらを交錯させる。
    ラテン・アメリカには、様々な混血人種がいて、人種表す言葉が百近く(多くの言葉は日本語には存在せず、翻訳不能)あると言われる。インディオ・黒人・白人・アジア移民の血が複雑に交じり合った人々が住む場所、それがラテン・アメリカだ。そこを舞台にした小説らしく、愛と憎悪を複雑に絡み合い、どんな物語なのかうまく説明できないけれども、読み終えたとき、とにかく面白かった、圧倒させた、という読後感が生まれる。
    愛と憎悪を激しく絡み合う舞台は何もラテン・アメリカに限ったことではない。現代日本でも、「肉親」であれ、何かの「共同体」であれ、衝突が全く起きないことはないし、その結果、対立し、憎悪が生まれることもある。しかし、同じように、「血縁」や「共同体」によって我々は救われる。「愛=プラス」「憎悪=マイナス」の結果、ゼロになるわけではなく、この小説のエピローグに記されているように、「それぞれの断片が収まるはずのジグソーパズル」となり、「それぞれの断片が意味を持ち、全体としては調和のとれたもの」となる。憎悪を嫌う故、対立を避ける「事なかれ主義」よりも、時間がかかったとしても「ジグソーパズル」を創る方がずっといい。我々は繋がりによって、時に忌み嫌い憎しみ合う。でも、繋がりによって救われることの方がずっと多いと思う。
    ミラン・クンデラは、彼の著書『出会い』の中で、西洋の偉大な古典小説の主人公には子供がいないと指摘している。小説は主人公を中心に回り、彼(あるいは彼女)の人生を物語の中で完結される。だから、主人公に子供がいないのだと。もし、主人公に子供がいれば、親の意思なり人生なりを引き伸ばし、小説を読者が読み終えてもなお、主人公は別の形で生き続けることになる。
    一方、ラテン・アメリカ文学(そして、それに影響された現代文学)が教えてくれることは、「注意の中心はもはや個人ではなくなり、諸個人の行列になってしまう。彼らは全員独特であり、模倣しがたいが、しかし彼らひとりひとりは、川のさざ波に映る太陽さながら、束の間の輝きにすぎない」ということ、つまり、「万物の基本」としての個人とはひとつの幻想にすぎないということだ。
    数多いラテン・アメリカ文学の中でも一際輝く傑作である。

  • 著者はチリ出身。サルバドール・アジェンデ大統領の姪にあたるが、ピノチェトによる軍事クーデターでアジェンダ大統領の暗殺後、海外へ亡命する。亡命先から祖国の祖父に一族の事を手紙に書いた。それが止まらなくなって小説になったのがこの作品。

    ===
    女系一族の三代にわたる年代記。霊感のあるクラーラは、姉の死後9年間口を効かずに過ごす。姉の婚約者と結婚したクラーラと精霊たちのもと、屋敷は栄える。
    クラーラの死後精霊たちは去り、一族は情勢不安に襲われる。
    クラーラの娘ブランカは身分違いの運命の恋に悩み、クラーラの孫娘アルバは政治活動の末投獄される。
    開放されたアルバは、恋人を待ちながら祖父と一族の物語を語り始める…。
    三人の女性の名は、クラーラ(明るい)、ブランカ(白)、アルバ(夜明け)と希望を感じさせるものとなっています。
    ===

    精霊たちの存在する幻惑的文章と、現実に翻弄されながらも強く前向きに進む人間の生命に引き込まれます。

    サルバドール・アジェンデ大統領の娘もイザベル・アジェンデ元議員なので検索してると混乱するんですが(苦笑)

  • 物語世界に非現実的事象と現実が共存している「マジック・リアリズム」の手法も共通しているが、『精霊たちの家』において印象的なのは、馬ほどある大きな犬や緑の髪の美女など、どんな非現実的存在の描写にしても必ず生々しく、肉感的であるところだろう。
    炭鉱夫から富農に、そして政治家にまでのし上がったエステーバン・トゥルエバ。物語は彼の人生を縦糸に、その妻クラーラと娘ブランカ、孫娘アルバの人生を横糸に織りなされる。それは一族の歴史のタペストリであり、アジェンデの叔父が大統領を務めた母国チリの現実の投影でもある。
    登場人物中、最も魅力を感じさせるのがクラーラだ。いつも夢見心地で、幼い頃から手を触れずに物を動かしたり、予言をするなどの超能力を発揮。精霊と話すこともできる浮世離れした女性だ。夫の農場が地震で大打撃を被ると、しっかり者のお母さんに変身する柔軟性もある。だが危険が過ぎるとまたうっとり、ぼんやりの日々。
    やがて台頭してきた社会主義の波はエステーバンの農場にも押し寄せる。その先鋒となる農場の青年とブランカの恋は破綻。二人の愛の結晶・アルバが成長した頃には、一族の守り神のような存在だったクラーラは既にない。クーデターにより政権を握った軍部が暴政を敷く中、ゲリラの若者を愛したアルバの選んだ道は……。
    クラーラからブランカ、アルバへと世代が移るに従って、一族を取り巻く神秘と不思議の色は薄まり、酷薄な現実の血の色に取って変わられる。それでも生命は彼女たちの胎に宿り、一族の誰かの何がしかを連綿とその身に受け継いでゆく。その繋がりにこそ作者は最大の神秘を見出しているのかもしれない。だとすればタイトルの『精霊たちの家』とは、女性そのものであるとも言えるのではないだろうか。 編者の池澤夏樹は、世界文学全集の一冊としてこの作品を選んだ理由に「(前略)一族の大きな物語は、読み始めたら最後のページまで進むしかない」と記す。その言葉通り、読み出したら止まらない吸引力をもった小説だ。

  • パールバックの「大地」の様な歴史大作。チリを舞台に19世紀末からチリクーデターの起こった1973年までを描いた物語。その中にクラーラの精霊と会話する不思議な能力の話も散りばめられて、物語を彩っている。

    日常をノートに書き留めたり、振り子を文字の上で振って意思疎通を図ったり、夢占いをしたり、何時間も三脚椅子でYES、NOを聞いたりする。

    ノートに綴る理由として…
    人間の記憶というのは儚いもので、人生は短くあっという間に過ぎ去ってしまう、だから私達は様々な事件を結び付けている関係を読み取ることが出来ず、行為の結果を推し量ることも出来ない。現在過去未来といった時間の虚構を信じているが、この世界においてあらゆる事が同時に起こる事もあり得るのだ。人間の記憶がいかにあやふやなものであるか知った上で、事態を真実の相の元でしっかり見つめようとしたからに他ならない。

    3.5センチの厚み分の大河ドラマ。
    人称が時々入れ替わる理由も、最後になるにつれて謎解きされる。

  • 初めて読了が参加条件の読書会に参加。
    その課題本。
    ラテンアメリカ文学、チリの話。
    マジックとリアリズムの間。
    女の系譜の上に物語が進められる。
    ローサという稀代の美女から話は始まり、その妹クラーラからブランカへ、そしてアルバへ。家を舞台に。
    なぜ、クラーラは、エステーバン・トゥルエバと結婚したのか。
    後に、第二次世界大戦後のチリの現実がでてくる。
    パブロ・ネルーダ詩人とサルバトーレ・アジェンデ大統領もあの人という形で登場する。
    三万人が殺され、数十万人が強制収容所に送られ、国民の10%が亡命したチリの事件を身近に描くために、アルバの2代前から 話は進む。

    個人的には、禁欲的で倹約家なハイメに憧れるので彼の死が辛かったな。

    • keisukekuさん
      ゆさんも倹約家ですもんね…
      ゆさんも倹約家ですもんね…
      2017/08/27
  • あまりに分厚く重く、通勤時に読めず、時間がかかってしまったが、ようやく読了。世評どおり、「物語」の魅力に満ち満ちた一冊であり、最後の部分は一気読み。精霊と会話し机を飛ばすクラーラ、革命家兼フォーク歌手と恋をするブランカ、政治弾圧の中、拷問を受け、物語を書くことになるアルバ。三世代の女達の生涯を軸としつつ、権力欲旺盛で国会議員にまでなり、強姦もものともしないが、クラーラには首ったけの夫エステバーン、ヨガ師と医師の双子の息子など、魅力的なキャラクターも満載である。徒に哲学的だったり、文学的だったりせず、奔放なところが好ましい。次に、「百年の孤独」を読んでみたい。

  • 評判が高いだけのことはあった。
    長大なエンターテイメント小説。登場人物のキャラが皆立っていて物語に力がある。

  • 素晴らしかった。男の一代記で、女の三代記。波瀾万丈で摩訶不思議、でもこれが南米のリアル。ガルシア=マルケス「百年の孤独」との類似を指摘する人もいるみたいだけど私はそうは思わない。似てるって言ったら桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」だわ。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「でもこれが南米のリアル」
      トンデモナイ挿話と、ゾッとする現実がミックスされて、身体が熱くなりました。。。
      「「赤朽葉家の伝説」だわ。 」
      ...
      「でもこれが南米のリアル」
      トンデモナイ挿話と、ゾッとする現実がミックスされて、身体が熱くなりました。。。
      「「赤朽葉家の伝説」だわ。 」
      と言うコトは、やっぱり「百年の孤独」とも繋がってるんですよ。。。
      2013/04/24
    • yurinippoさん
      nyancomaruさん
      確かに百年の孤独と同じマジックリアリズムの系譜ですよね!
      父系よりも母系の、つながりの濃さがそっくりだと思ったら、...
      nyancomaruさん
      確かに百年の孤独と同じマジックリアリズムの系譜ですよね!
      父系よりも母系の、つながりの濃さがそっくりだと思ったら、桜庭さんは精霊たちの家を読んで赤朽葉家を書いた事をあとから知りました。。
      2013/04/27
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「精霊たちの家を読んで赤朽葉家を」
      作家さん誰でも、ご自身の読書体験から、色々とインスパイアされて作品を生み出していくと思うのですが、読書日...
      「精霊たちの家を読んで赤朽葉家を」
      作家さん誰でも、ご自身の読書体験から、色々とインスパイアされて作品を生み出していくと思うのですが、読書日記を公開されている桜庭一樹は、創作の源を探るコトが出来るかも知れませんね。。。
      2013/05/13
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著者プロフィール

1942年、ペルーのリマで生まれる。生後まもなく父親が出奔、母親とともに両親の祖国チリに戻り祖父母の家で育つ。19歳で結婚後、雑誌記者となるが、1976年、アジェンデ政権が軍部クーデターで倒れるとベネズエラに亡命。82年、一族の歴史に想を得た小説第一作『精霊たちの家』(河出文庫)が世界的ベストセラーとなり、『エバ・ルーナ』(87)、『エバ・ルーナのお話』(89。以上白水Uブックス)など、物語性豊かな作品で人気を博した。88年、再婚を機にアメリカへ移住。その他の邦訳に『パウラ、水泡なすもろき命』(国書刊行会)、『天使の運命』(PHP研究所)、『神と野獣の都』(扶桑社)、『日本人の恋びと』(河出書房新社)など。

「2022年 『エバ・ルーナのお話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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