わたしは英国王に給仕した (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (261ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309709659

作品紹介・あらすじ

いつか百万長者になることを夢見て、ホテルの給仕見習いとなったチェコ人の若者。まず支配人に言われたことは、「おまえはここで、何も見ないし、何も耳にしない。しかし同時に、すべてを見て、すべてに耳を傾けなければならない」。この教えを守って、若者は給仕見習いから一人前の給仕人となり、富豪たちが集う高級ホテルを転々としつつ、夢に向かって突き進む。そしてついには、ナチスによって同国の人々が処刑されていくのを横目で見ながらドイツ人の女性と結婚。ナチスの施設で給仕をつとめ、妻がユダヤ人から奪った高額な切手で大金を手に入れる-中欧を代表する作家が、18日間で一気に書き上げたという、エロティックでユーモラス、シュールでグロテスク、ほとんどほら話のような奇想天外なエピソード満載の大傑作。映画『英国給仕人に乾杯!』原作。

感想・レビュー・書評

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  • これからする話を聞いてほしいんだ。

    元ホテルの給仕長の語る半生の物語。
    読みながら頭に浮かんだ映像は賑やかなミュージカルでした。(グランドホテルな感じでどうでしょう)
    ホテルのレストランに集まるセールスマンの繰り広げる喧噪、娼家での取引、個性的なホテルマン達。そんな中をスポットライトを浴びて主人公ヤンが渡っていく。初めに貯めた貯金の元は、ソーセージ売りの料金をごまかしたもの。ホテルを移り給仕長へ。彼の夢は百万長者として認めれホテルを所有する事。第二次世界大戦前後の政治情勢にもまれ、ヤンは確かに本当の望みへと向かう。

    なぜそんなことができたかって?なぜなら私は、英国王に給仕したスクシーヴァネク給仕長の真の弟子であり、エチオピア皇帝に給仕して勲章を授かったことがあるのですから。
    (↑つまり”わたし”のヤンは英国王に給仕していない!)
    ===

    主人公の人生は、事実だけ並べればなかなかグロテスクな面もあるのですが、すいすいと人波を通り抜けるような語り口で、重さも悲惨さも薄れています。
    百万長者になるために主人公の撮った手段はつり銭ごまかしから略奪品の取得。それでも上流社会に認められず、どうしても彼らに自分を認めさせたい彼は逆説的な行動に出たり。
    そんなこんなを通り抜け、あらゆるものを置いてきて、心の望みへとたどり着きます。
    それにしても終盤の文章力はお見事。現実的描写も、主人公の心の中までもが映像として頭に浮かびました。

    ≪わたしは自分の墓のことを喜んで説明してあげた。
    「もしここで死んで、噛まれずに残った骨が一部しか、頭蓋骨の一部しかなくても、あの小さい丘の上にある墓地に埋葬してほしいと思っています。分水嶺の真上に私の棺を置き、時間がたって棺が崩れ落ちた後、分解された私の残余物が雨で流れだし、世界の二つの方向に流れていくようにして欲しいんです。その水とともに私の体の一部が一方ではチェコの小川に流れていき、もう一方では国境の有刺鉄線を超えてドナウに続く小川に流れ着いてほしいんですよ。つまり死んだ後も世界市民であり続けたいんです。一方がヴルタヴァ川そしてラべ川を経由して北海にたどり着き、他方ではドナウ経由で黒海へ流れていく。その二つの身から太平洋へと注いでいく…」居酒屋の常連客達は静まり返り、私の方をただ眺めるばかりだった≫

  • 食べ物はおいしく女の子はかわいい、の生きる喜びがいっぱいな序盤から、意地以外に依って立てるものがない砂をかむような後半。まとめ方によっては説教くさい本になってしまうなあ、と危ぶみながら読んでいたのだけれど、さみしいながらも絶望的ではない終わり方で、よかった。年を取るまでの生き方がどんなものであっても、独居老人になったらああいうふうな心持ちで過ごすものなのかもしれない。それにしても男の人は負の感情を語らないよなあ、と思う。後半の「無」な文章、ヤンには辛すぎたってことなんだろう。でも、折れなくて偉かったよ。わたしもがんばる。

    カラフルなほら話と歴史に翻弄される個人の苦しみが描かれているという点で『族長の秋』みたいだなあと思いながら読んでいた。あんまり辛いからつい盛っちゃうという点で、マジックリアリズムの要素があり、そういうのが好きな人には特におすすめ。

  • ミラン・クンデラとならびチェコの代表的な作家であるボフミル・フラバルの代表作が、池澤夏樹が一枚噛んでついに邦訳!(老人版ライ麦畑のようなぶっ飛んだ名著「あまりにも騒々しい孤独」に次いで2作目)
    本作はイジー・メンツェルにより映画化もされており(こちらは「英国王給仕人に乾杯!」という邦題、なんで違うんだよ)、邦訳が一部の人の待望となっていた。多分500人ぐらいだろ。まぁ、良い。
    そういうわけで映画→騒々しい孤独→本作という経路で私は今これを書いている。

    給仕見習いからスタートした小人ヤン・ジーチェが第2次大戦の中で百万長者になり、没落し、最後は孤独の中で何を想うかというところまでを描くヤンジーチェ半生記。
    「これからする話を聞いてほしいんだ」で始まりヤンジーチェの語りという体裁で描かれる戦争・お金・色欲に翻弄される人々。
    冒頭にて彼はホテル黄金の都プラハの支配人からこう告げられる。

    お前はまだここじゃ給仕見習いだから、よく心得ておくんだ!お前は何も見ないし、なにも耳にしない。でも胸に刻んでおくんだ。お前はありとあらゆるものを見なきゃならないし、ありとあらゆるものに耳を傾けなければならない。

    という、あまりにも魅力的な導入で始まるヤンジーチェの半生は確かにそのようになる。
    ホテルを転々とし、その度にさまざまな人の助力と妨害に遭い、ひとつの奇怪なホテルのオーナーとなり、投獄され、富は没収され、最後は山の中で一人自分と向き合う。その中で彼は何も見ていないように何もかもを見、何も聞いていないように何もかもを聞く。
    そのため物語は脱線を繰り返すが、挿入される逸話の何と豊かなこと。

    激動の中のどんな状況においても私たちは結局ドロドロで滑稽である。目的は金と名誉と女だ。何が悪い。
    舗道に投げられた小銭を一心不乱に拾う人々、我関せずな顔で売春宿「天国館」に通う老人たち、給仕長はかつて英国王に給仕したことを得意げに語り、太ったビジネスマンは稼いだ金を部屋の床に敷き詰めて悦に浸る。
    一見残酷な描きかたにも思えるが嫌みのないところはヴォネガットにも共通しているだろう。
    ドロドロで滑稽な部分も含めて、そのすべてが私たちの姿であり、そしてその姿のままで私たちは十分に美しいのだということを知っているのだ。
    こういう人たちのユーモアが私は大好きだし、こういう風に世界を見れれば世界は、人間は、何て素晴らしいんだろう(と少しの間は)思える。

    ちなみにフラバルはケルアックに倣い本作を18日間で書き上げたという。これは、ものすごいスピードで書くことによって私たちがものを書くときに自然としてしまう自分内編集をなくし、意識の流れを描こうという試みである。
    そのためか、ケルアックや、同様のやり方をしたトマス・ウルフを読んだときに感じた文章の瑞々しさと豊かさはこの方法によるところもあるのだろうと思った。

    ちなみに映画もとても良かったです。是非。

    とか書いてきてあれなんだけどさ、この本のブクログでの評価が意外と低いんで残念ですね。というかなんか悔しい。
    作品を★で評価するのってどうなのよ、という気持ちもあり、評価の星は一切付けていなかったんだけど、今回はつけます。
    もちろん5つです。

  • 正直、一読目は、世界名作ねぇ
    そんなに好きではないかもなどと思ってしまいました。
    ところがですね、気づけば二読目 三読目
    と、短期間に何度も手に取っている自分がおりまして。
    じわじわとボディーブローがきいてくる本です。
    お話自体は、第二次大戦を生き延びた、戦地に行かなかった男の一代記となります。
    読んでいて、これは男性作家らしい文章だなと思います。
    女性の腹の曲線の美しさについて、延々書けるというか、美を感じるって男性ならではの感性というかエロティックな表現ですよね。実際、主人公は女性の腹に花をのせることに執心する様子が書かれています。
    小男で如才なく立ち回り、狂気の時代でありながら一財産築き上げ、それを惜しげなく放り出した男の物語。
    ユーモアもあれば悲劇もありで、淡々と骨太の文章です。
    タイトルは主人公のことでないというのも、ひねりがきいています。
    実はこのせりふ、主人公が憧れる上司の決め台詞なのですが、結局この上司のプライドを主人公は刺激してしまい、疎まれてしまいます。
    そんな実際にあるような、ないような話。気づけばすっかり引き込まれていて、やっぱり名作だなぁと思いました。
    最後の場面が、雪のふる情景なので、寒い季節に読まれると、盛り上がるかもしれません。

  • 池澤夏樹世界文学全集。

    「これからする話を聞いてほしいんだ」
    その一言から始まる物語は

    ソーセージ売りから給仕長、そしてホテルオーナーへ・・・。
    めまぐるしくあふれ出る滑稽かつセクシーなエピソードにのって、小さな給仕人が歩むチェコの近現代。

    時に笑い、時にセンチに。
    人生はまったく摩訶不思議。

  • ある男の一生を描いた本。波乱に満ちた男の一生が、骨太な文章で語られている。面白かった。

  • 「これからする話を聞いてほしいんだ。」 のっけからこの一文でノックアウト。これからずっと読み続けるだろうという直感は読後も変わらなかった。世の中にある対極なことを当然のように盛り込み、その2つを移動し、つまり人生を書いてるからおもしろいんだ。

  • 221029*読了
    この世界文学全集の中では、一番薄い本なはず。
    鈍器?くらい分厚い本も多い中で、一般的な単行本くらいの厚さ。

    「わたしは英国王に給仕した」というタイトルをなぜか昔から知っているような気がしていて。
    しかも、映画のタイトルだったような気がしていたのだけれど、確かに映画化されているものの、日本では「英国王給仕人に乾杯!」なんだよなぁ。
    わたしの勘違いなのだろうか。

    イギリス好きのため、このタイトルが気になって、早く読みたかったのだけれど、いざ読んでみると、英国王出てこないやないかーい。笑
    主人公自身はエチオピア皇に給仕したのに、師であった給仕長の経験である、「英国王に給仕した」の方をタイトルにするっていうのも、なかなか考えつかないよなぁ。

    給仕見習いから給仕人に、ホテルを移って、給仕長になり、ついには自らがホテルの支配人となる。
    そんなサクセスストーリーかと思いきや、世情により、というか自ら進んで凋落の道を歩き出す。
    最後には山奥深くでひっそりと道路工夫になってしまうという、大きな山を描くような人生。
    他の長編に比べるとまとまっていながらも、ガツンと来る。滔々と流れるように語られる人生、人生は流れるけれど合間合間のスパイスが強い。
    フラバル氏の著作ってほとんど和訳されていないみたいなので、もったいないなぁ。おもしろいのに。

    そして、エロティックな場面も時々あったし、どんな映画になっているのだろう、というのが読みながら気になりました。
    映画は見たいような見たくないような。笑

  • 金持ちになることを夢見る給仕人の少年。英国王ではなくエチオピア皇帝に給仕して貰った勲章を大切にして激動のチェコを生きる。天国館やドイツ人のリーザとの結婚など女性遍歴もそれなりにあって、感受性豊かに彩る。
    最後孤独に人生を振り返る主人公の回想という形の物語だが、この難しい時代のチェコスロバキアを描いた物語ともいえて、興味深いシーンが多く中身のギュッと詰まったたくさんの物語を読んだ印象です。

  • 一人の人生航路と、チェコの歴史とが重なる絵巻のような物語。これは読書中の実感としては、場面が段々と変わっていくのだが、最後は一人の人生としてまとまりが見えてきた、という感じである。

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著者プロフィール

20世紀後半のチェコ文学を代表する作家。
モラヴィア地方の町ブルノに生まれ、ビール醸造所で幼少期を過ごす。
プラハ・カレル大学修了後、いくつもの職業を転々としつつ創作を続けていた。
1963年、短編集『水底の真珠』でデビュー、高い評価を得る。その後も、躍動感あふれる語りが特徴的な作品群で、当代随一の作家と評された。
1968年の「プラハの春」挫折後の「正常化」時代には国内での作品発表ができなくなり、その後部分的な出版が許されるようになるものの、1989年の「ビロード革命」までは多くの作品が地下出版や外国の亡命出版社で刊行された。
代表作に『あまりにも騒がしい孤独』(邦訳:松籟社)、『わたしは英国王に給仕した』(同:河出書房新社)などがある。

「2022年 『十一月の嵐』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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