口訳万葉集/百人一首/新々百人一首 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集02)

  • 河出書房新社
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レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309728728

作品紹介・あらすじ

解説=池澤夏樹
解題=口訳万葉集 岡野弘彦
     百人一首 渡部泰明
月報=穂村弘・今日マチ子
帯作品=mina perhonen

感想・レビュー・書評

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  • 「口訳万葉集」折口信夫
    日本最古の歌集を、昭和の鬼才折口信夫が訳していた。しかも、口述筆記。3人の友人がテキストだけで辞書も持っていない折口から書き取るという形で、4500首ほどの訳を書き写したという。しかも漢字の割り振りは独特、句読点をつける等々、鬼才ならではのテキストになっている。

    その中から池澤夏樹は203首を抜き取る。広く知られた歌が多いが、読んで行くと柿本人麻呂の歌が抜きん出て多い。何故か、は結局解説では展開されないが、池澤の私淑する丸谷才一の人麻呂評(359p)を読むと納得できるのである。

    その中から更にわたしは35首かを選んで元歌と訳に対する感想を記したが、字数の関係でここでは展開出来ない。記さざるを得ないほど、多くのことを思った。思うに、技巧の少ないこの歌に、人の気持ちのほぼ全てがあるやに感じるからである。

    「百人一首 」小池昌代訳
    百人一首を訳するに当たって、現代訳にこだわるあまりに詩篇の体裁を採ったように思えた。正直、成功しているようには思えなかった。もちろん詩篇となれば、大幅に文字を増やすことは可能だ。または、順番を変えて、大きく変更も出来ただろう。しかし、どうしても説明的な詩が多い。やはり井伏鱒二のような「意訳」ぐらい迄行かないと「詩」への変換は無理なのかもしれない。

    百首なので、枚数が多いわりにはサクサク読める。訳・解説を読んで私的に発見があったのは16首、訳を素晴らしいと思ったのはたった1首である。

    「新々百人一首」丸谷才一
    冒頭の「鳥に泪を流させるのは、日本のみで、しかも平安期に限った流行であった」という丸谷の説明は説得力があったと思う。「近い将来、この伝統的で超現実主義的なイメージが優れた詩人によってよみがえる」(263p)という予言は、まだ実現されていない。それはおそらく、優れた詩が出来上がるだけではダメで、例えば人面魚が広く世に流布したような、「鳥の泪」が流布するような「事件」が起きなければならないとも思う。歌の言霊機能或いは古代的呪術性を重視すべき事を、この批評を読みながらわたしも再確認した。

    人生の総てを歌を詠むことにかけるような世界。歌の下の恐ろしいまでの寓意の数々。それを表現するには、私などは、このような「文学評論」を作るよりも、小説にする方が、或いは21世紀の現在では映像表現にする方が、よほど表し易いように思われるのだが、残念ながら、日本にはそれは現れてはいない(と思う)。平安期の心理小説などは、ホントは私も読みたくはない。でも、そこに人間の営みの曼陀羅のような真実があるのだとしたら、観たいと思う。(今ふと思ったけど、だから源氏物語の現代訳が繰り返し繰り返し作られるし、この全集でも作られるのか!俊成・定家父子が「最も熱心な『源氏』読み」(341p)であったのだから、定家を日本文学史の最大の「支配者」(359p)と見なす丸谷を文学の師と仰ぐ池澤夏樹が、一方で日本人の心理を描くことを目指した本・日本文学全集を新しい『源氏物語』で終わらすのは、理の当然なのかもしれない)

    池澤夏樹は、ひとつの歌を「ここまで深く読めるのか」堪能して欲しい、と書く(257p)。吉田健一は知らず、丸谷才一は上記の意味でわかりやすかった。

    ひとつ。「新々百人一首」を「さんま坂百人一首」とすべきと言う池澤夏樹の提案には反対である。現代人はこの「さんま」という言葉に「タレント」という「言霊(イメージ)」しか感じない。もし場所で云うならば「目黒百人一首」だろう。それならば「小倉百人一首」と対になる。

    2018年4月読了

  • いずれの作品は情緒がある。季節の折々と恋の和歌が良かった。『新々百人一首』は訳がないこともあり、読み進めるのが正直につらかった。

  • 防人の歌
    さきもりに いくはたがせと とふひとを みるがともしさ ものもふもせず

    ちちははが かしらかきなで さくあれて いひしけとばぜ わすれかねつる

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784309728728

  • かるたとりの趣味もなく、普段和歌に触れることなく数十年生きてきたが、本書で、大げさかもしれないが歌に少しばかり親しみを持てたような気がする。
    それにしても折口信夫は天才だ。「死者の書」でも度胆を抜かれたが、この作品も口述筆記で作られたとか。どのような頭の構造をしたいたのだろうか。古代人の生まれかわりではないかと真面目に思ったりする。

  • 折口信夫の「万葉集」と小池昌代訳の「百人一首」
    はどちらも、少し難解というか、その良さがすべて理解
    できたわけではありませんが豪華な内容だったと
    思います。万葉集や百人一首をここまで深く読んだ
    ことは初めてかと思います。
    百人一首は、昔覚えた記憶があるのですが、割と
    忘れているもので、半分以下しか覚えていません。
    でも、かけ言葉や謎、背景、意味がここまで
    詳しく読めたのは初めてかもしれません。
    『新々百人一首』は中にはいい句もあるのでしょうが
    個人的に丸谷氏の旧態のかなづかいがどうしても
    気持ち悪くて、読む気になりません。
    なんで旧かなづかいをわざわざする必要があるので
    しょうか???
    現代の人に伝えよう、聞いてもらおうという思いが
    どうしても感じられないし、それをわざわざ読む
    ことがどうしても気持ち悪くて私にとっては
    耐えられません。

  • ・池澤夏樹=個人編集「日本文学全集 02」(河出書房新社)は 池澤が「初学者に向けた和歌入門のつもりで編集した。」(池澤夏樹「解説」419頁)書である。折口信夫「口訳万葉集」、小池昌代訳「百人一首」、丸谷才 一「新々百人一首」の三作を収める。和歌入門といふだけあつて万葉集から勅撰集までといふ、正に和歌といふにふさはしい時代と作品を扱つてゐる。実際に歌 を詠まないのならば、これで十分である。折口のはいささかぶつきらぼうであるが、他は丁寧に解説し、小池はすべてをきちんと訳す。丸谷は必ずしも訳すこと をしないが、その内容は多岐にわたる。そこから自然にその歌の意味も見えてくる仕掛けである。ただし、折口と丸谷は抄本である。丸谷のはその全体を知ることができない。大部の書なのであらうから、ここに収めることができないのであらう。これが残念な点である。
    ・折口「口訳万葉集」の訳を読みながら思つたことがある。助動詞の訳し方である。例へば有名な大伴家持「酒を讃める歌」の「しるしなく物思はずは」の最後 を折口はかう訳す。「飲んだ方がよいにきまっている。」(34頁)この部分は「飲むべかるらし」である。「らし」は(根拠のある)推量の助動詞である。その前に当然の「べし」がある。そこから「きまっている」となつたのであらう。ところが、これも有名な持統天皇「春過ぎて夏来たるらし。」(19頁)は「今夏が来ついたに違いない。」と訳す。ここに「べし」はない。ただし、下の句の「衣乾したり」が「らし」の根拠としてある。これで「違いない」となつたのであらう。同様のは、舒明天皇「夕されば、小倉の山に」(52頁)の最後「寝ねにけらしも」がある。ここでは「今宵は鳴かず」がその根拠としてあるから、 「もう寝てしもうたのに違いない。」となる。他にもあるが、「らし」はすべてこのやうに訳されてゐる。つまり推量であるより、根拠があるゆゑに、当然の物事として確信を持つ意の訳になつてゐるのである。これは文法的にはまちがひと言ふべきであらう。たとへまちがひとしなくとも訳しすぎとは言へる。折口の学者としてよりは、詩人、歌人としての感性の為せる業なのであらう。万葉集に句読点を導入してゐるのも歌人として読んでゐるからであらうか。簡潔、明瞭、いささかの古めかしさが折口らしさを際立たせる。抄出であつてもおもしろい。これに対して丸谷のは丸谷オリジナル選である。「新々」と付される所以である。 解説は長短様々、実に丁寧に説明する歌もある。ここはその5分の1、20首を採る。私はまともに勅撰集を読んだことがないから、これだけでも知らない歌ば かりである。完成に20年かかつた(257頁)といふから、丸谷はよほど読み込んだに違ひない。例へば二条后「雪のうちに春はきにけりうぐひすの氷れる泪いまやとくらむ」(258頁)は20頁以上にわたつて解説が続く。その間に引用された和歌は何首あるのか。これだけでも大変である。最初のこの歌の基本的事項を記す。収められる歌集や使はれてゐる技巧等についてである。これは教科書的な必要事項であらう。そしてその先が長い。延々と続く。勅撰集等をよほど読み込んでこれを書いたに違ひない。「○○のうちに」に始まり、「うぐひすの泪」に移る。これが契沖の説から始まつて、「おそらく鳥の泪は平安初期の歌人たちの発明にかかる。」(262頁)となつたところから更に続いていく。一体どこまで続くのか、限り知られずといふ趣である。それだけにこれもおもしろい。このやうな和歌入門編である。本当の初学者はホントに大変な覚悟で読み進める必要があるかもしれないと思ふ。

  • 新着図書コーナー展示は、2週間です。通常の配架場所は、2階開架 請求記号:918//N77//2

  • 小池昌代の訳詩と鑑賞で和歌の世界へと誘う新訳「百人一首」を中心に、折口信夫の個性が光る「口訳万葉集」と丸谷才一の豊かな和歌の解釈を楽しむ「新々百人一首」をそれぞれ厳選し収録。

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著者プロフィール

1887年~1953年。国文学者、民俗学者、歌人、詩人。歌人としての名は「釈迢空」。大阪府木津村生まれ。天王寺中学卒業後、國學院大学に進み、国学者三矢重松から恩顧を受ける。國學院大学教授を経て、慶応義塾大学教授となり、終生教壇に立った。古代研究に基を置き、国文学、民俗学の域に捉われることなく学問研究を続けた。代表作に『古代研究』『口訳万葉集』『死者の書』、歌集に『海やまのあひだ』『倭をぐな』(角川ソフィア文庫『釈迢空全歌集』に収録)等がある。没後、全集にまとめられた功績により日本芸術院恩賜賞を受賞。

「2017年 『死者の書』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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