源氏物語 上 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集04)

著者 :
  • 河出書房新社
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本棚登録 : 962
感想 : 48
  • Amazon.co.jp ・本 (704ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309728742

感想・レビュー・書評

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  • あなたは「源氏物語」を知っているでしょうか?そして、そんな物語を読んだことはあるでしょうか?

    世界最古の小説とも言われ、世界の20数か国語に翻訳されてもいる小説、それが「源氏物語」です。とはいえ、”源氏物語=小説”という図式にはどこか違和感を感じないではありません。そこにはどうしても、古典・古文の授業風景が重なり見えてくるからです。私も「源氏物語」はもちろん知っています。しかし、その知識は作者が紫式部で、平安時代に書かれたもので、光源氏という人物が登場するらしい、ほぼその程度にとどまります。読書&レビューの日々を送っているとはいえ、私には読書の対象として「源氏物語」を捉えたことはこれまで一度もありませんでした。それが、2021年秋にブクログのプロフィールを修正して、”国内のすべての女性作家さんの小説を読み終えてブクログ卒業宣言をする”、と書いてしまったことで雲行きが怪しくなります。女性作家さんということは、清少納言、菅原高標女、そして紫式部が書いた作品も読むのか?と自問する日々がそこに生まれたからです。そんな中で、「源氏物語」ってそもそもどんな物語なのだろう、と調べ始めた結果、そこには予想外に興味深い世界が広がっていることに気付きました。しかし、一方で古典・古文の復習のようなことは絶対にしたくない、そんな思いも去来しましたが、調べてみると「源氏物語」にはきちんと現代語訳というものが存在し、多数の翻訳本が出版されていることを知りました。

    そんな中、角田光代さんが訳された翻訳本が存在することを知った私。角田さんというと、私が既に21冊を読了している大好きな作家さんでもあります。そんな翻訳本の中には角田さんのこんな言葉が記されていました。『長編小説として「源氏物語」を読もうとすると、なんとなく受験勉強臭がしてくる。でもきっと、長編小説というとらえかたでなければ浮かび上がってこないものがある』というその語り。『物語世界を駆け抜けるみたいに読んだほうが、つかまえやすいものもきっとある』、そのために『読みやすさをまず優先した』と続ける角田さん。そんな言葉を読んで私の心はついに固まりました。

    「源氏物語」を読もう!

    この作品は角田さんが五年以上もの歳月をかけて取り組まれた平安絵巻の物語。『光をまとって生まれた皇子』が平安の世を駆けていくのを見る物語。そしてそれは、一千年という時を経て紫式部が今を生きる私たちに、人の世を生きるということの意味を問いかける物語です。

    では、そんな天下の「源氏物語」の最初の第一帖(≒第一巻≒第一編)〈桐壺〉をいつもの さてさて流でご紹介しましょう。き、緊張するなあ…。

    『いつの帝(みかど)の御時だったでしょうか』という、その昔に『帝に深く愛されている女がい』ました。『帝の深い寵愛を受けたこの女は、高い家柄の出身ではなく』、『女御より劣る更衣』にも関わらず『桐壺(きりつぼ)』という部屋を与えられています。このことを『帝に仕える女御たちは』、『帝の愛を独り占めしている』として、桐壺のことを『目ざわりな者と妬み、蔑』みます。そうして『ほかの女たちの恨みと憎しみを一身に受け』た『桐壺は病気がちとなり、実家に下がって臥せることも多くな』ります。『そんな桐壺をあわれに思』った帝は『周囲の非難』を『意に介さず』『ますます執心し』ました。そんな中『帝と桐壺のあいだにかわいらしい皇子(みこ)が誕生し』ます。『この世のものとは思えないほどのうつくしさ』というその皇子。『帝は別格の配慮を持って、母なる「御息所(みやすどころ)」としてそれに似つかわしい待遇を』桐壺に施しますが、『最初の子を産んだ弘徽殿女御(こきでんのにょうご)は』『この若宮が東宮(皇太子)とされてしまうのではないかと』『不安を覚え』ます。『病弱で、後ろ盾もな』く、『帝に愛されれば愛されるだけ』『気苦労が増えていく』桐壺。帝のいる『清涼殿に向かう』と『通り道に汚物が撒き散らされる』など嫌がらせも絶えない桐壺。そんな桐壺を『不憫に思った帝は、清涼殿に近い』『後涼殿』を与えますがこれが『晴らしようもない恨み』を他の更衣に与えてしまいます。時は流れ、三歳になり『袴着の儀を行う』若宮。そんな若宮は『顔立ちも性質も、抜きん出てすばらし』く、『だれも憎めないの』みならず『ただ呆然と目をみはるばかり』の存在になっていました。一方で『ふたたび病にかかってしま』い、『急激に衰弱し』た桐壺は『若宮を宮中に置い』て『実家に』下がることになります。『意識も朦朧』、『今にも息絶えそうな』桐壺に『途方に暮れる』帝。桐壺が実家へと下がった後、『眠ることもでき』ない帝は使者を遣わせますが桐壺は『すでに息絶えてい』ました。使者から『それを聞いて』取り乱した帝は『部屋に閉じこもってしま』います。そんな中、『何が起きたのかまるでわから』ない様子の若宮を見て『人々の悲しみは掻き立て』られました。『悲しみに暮れ、今では朝の政務を怠ることもある』ようになった帝は『清涼殿での正式な昼食』に『見向きもしな』くなり『仕える者は、男も女もみな、「本当に困ったことです」とため息』をもらします。そして『月日は流れ、いよいよ若宮が参内することにな』りました。『成長したその姿は、今までにも増して気高く、いよいよこの世のものとは思えないうつくしさ』を感じさせる若宮。しかし、『後ろ盾』のいない若宮の将来を危惧する帝は立太子を隠します。そんな帝は『高麗人が来日した折に、よく当たる人相見』に若宮のことをひそかに占わせます。そして『皇族を離れさせて臣下とし、朝廷の補佐役に任ずるのが若宮の将来にはいちばん安心』という結論を得た帝は、『若宮を臣下に降し、源氏という姓を与えることに決め』ました。一方で『桐壺を忘れることはできな』い帝は『顔立ちも姿も、不思議なくらい亡き桐壺にうりふたつ』という『先帝の第四皇女である藤壺』に情を移し、源氏も『たったひとりのすばらしい人』と藤壺を慕うようになっていきます。そんな源氏は『輝くようなうつくしさはたとえようもなく、いかにも愛らしい』という姿に育ち、『やがて人々は』そんな源氏のことを『光君(ひかるきみ)』と呼ぶようになりました。そして、『元服の儀』を終え成人となった源氏。『光源氏』とも称されることになる光君の華やかな平安絵巻の物語が描かれていきます。

    さて、角田さんが訳された「源氏物語」の第一帖〈桐壺〉をかなり大胆に切り取ってみましたがいかがでしょうか?書いている本人が言うのもなんですが、主人公・光源氏という人物の誕生の経緯がなるほど、と現代の私たちの感覚でも理解できるような気がしてきます。もちろん、色んな登場人物を削って削ってなので「源氏物語」を愛されていらっしゃる方には単なる冒涜にすぎないとお怒りになられている、もしくは呆れ果てている方もいらっしゃるかとは思います。しかし、私のような読書歴二年の人間にはこの大作はこんな感覚で理解していかないと、そのあまりの頂の高さに目が眩むのも現実です。その一方で、「源氏物語」なんて読まない、もしくは読めないとおっしゃる方には、なんだそんな感じの物語なのか、と思っていただければ私としてはとても本望です。そう、このレビューの目的はいつもの さてさての考え方と同じです。一人でも多くの方に、この作品を”読みたい”に登録していただくこと、そう願ってこの大作に挑んでいく次第です。そのため、レビューの書き方もいつもの さてさて流で書いていきたいと思います。

    ということで、そんな上巻は、第一帖〈桐壺〉から第二十一帖〈少女〉までの二十一の帖から構成された連作短編の形式をとっています。そんな二十一の短編(帖)を三つの視点から見ていきたいと思います。まず一つ目は視点です。小説を読む時に読者が意識するのは、誰の視点で書かれたものかという点です。最初から最後まで一人の主人公の視点に固執するもの、短編ごとに視点の主が変わっていくものなど、その視点の位置によって読者が物語から受ける印象も異なります。そしてこの「源氏物語」では、そんな視点の主は主人公である光源氏でも、他の登場人物でもない第三者の視点で展開します。第二帖〈箒木〉の冒頭でそんな物語の視点を見てみたいと思います。『光源氏、というその名前だけは華々しいけれど、その名にも似ず、輝かしい行いばかりではなかったそうです』という文体からこの物語が光源氏視点でないことがまずわかります。それに続くのが『これからお話しするような色恋沙汰まで後々の世まで伝わり…本人が秘密にしていた話も、こうして語り伝えた人の、なんと性質の悪いこと…』という一文は、いや、伝えているのはこの物語を書いているあなたでしょう、とツッコミを入れたくなります。また、第三帖〈空蝉〉の中の一場面。光源氏が泊まった寝室の引き戸を開けて夕顔と共に庭を眺めるというシーンが『光君の住む広大な邸ではこんなに近くで聞いたことのないこおろぎが、まるで耳のすぐそばでやかましく鳴いているのが光君には珍しくて味わい深い』という風に描かれます。そしてその後こんな一文が差し込まれます。『女への愛の深さゆえ、なんでもかんでも味わい深くなってしまうのでしょうね』。えっ?あんた誰?といきなり登場する視点の人物にツッコミを入れたくもなります。そう、ここに顔を出す視点の人物が作者=紫式部です。私は女性作家さんの作品ばかり500冊近くを読んできましたがこんな第三者=作者の視点、かつ作者のコメント入り!という文体の作品に接したことはなく、とても興味深いものをそこに感じました。

    二つ目は本文の途中に山のように登場する和歌です。五七五七七の31文字を基本単位として歌われる短歌がこの上巻の二十一の帖には、なんと337首も登場します。読書に縁のなかった私は和歌となるともう完全に古典・古文の授業を思い出してしまって今まで一才の興味を持ってきませんでしたが、この作品を読んでなるほど、と頷かされるものがありました。それは元々短歌というものが、一定の決められた文字数の中でその場面の情景と、登場人物の心象を凝縮して存在するものという点に関連します。単発で短歌および訳を読んでも、その場面がイメージできないと今ひとつピンとこない思います。しかし、この作品では、そもそも本文で物語が展開する中に、その時の登場人物の心の内を相手に伝えるために短歌が詠まれます。こうなるとその短歌を無視しての読書は成り立ちません。また、本文中で触れられない登場人物の心象が短歌を通じて浮かび上がってくる効果も見事に発揮され、特に男女の語らいの場面ではその威力に圧倒されます。例えば第十三帖〈明石〉で入道の娘が住んでいる岡辺の家へと光源氏が赴いたシーン。なかなか気を許そうとしない入道の娘に対して光源氏はこんな歌を詠みます。

    『むつごとを語りあはせむ人もがな憂き世の夢もなかば覚むやと(睦言を語り合える相手がほしいのです。このつらい世の悲しい夢も、半分は覚めるかと思いまして)』

    それに対して入道の娘は、

    『明けぬ夜にやがてまどへる心にはいづれを夢とわきて語らむ(明けることのない夜の闇の中をさまよう私には、どちらを夢と分けてお話しできましょう)』

    こんな風に返します。気が動転する娘に対して無理強いをするでもなく大人に接していく光源氏という二人は結局『契りを交わし』ます。音楽をつければミュージカルのワンシーンにもなりそうなこのシーンに象徴されるように、この作品における和歌はその存在をもって男と女の心と心が呼応し合う様を演出し、物語をより奥深いものにしていきます。そしてまた、本文だけだとベタッとした印象を与えるところに上手くリズム感を作って、一本調子の物語でない変化のある読み味をつけて長文の物語をより魅力あるものにしているようにも思いました。

    そして、三つ目は”訳”です。ここまで『』で引用してきている本文は和歌の原文を除き全て角田光代さんの訳からの引用になります。私はこの作品の原文を読んだことはありません。もしかすると、中学・高校の古典・古文の授業で接したことはあったのかもしれませんが、古典・古文大嫌いだった身には一切の記憶はありません。そんな私にとって「源氏物語」を読むということは、どなたかが現代語に訳されたものを読むということと必然的にイコールになります。”女性作家さんの小説を読む”とプロフィールに謳っている私としてはその訳者も女性に絞られ、実のところ昨秋頃から誰の訳で読むかを随分と思い悩んできました。そんな私が角田さんの訳に決めたのは、小説を20冊以上読んできたことでの親和性と、〈あとがき〉でも触れられている『読みやすさをまず優先した』というその姿勢でした。せっかくですので、訳によって物語がどんな風に違って見えるのかを第一帖〈桐壺〉の中から『桐壺更衣が帝の愛を独り占めしている』と『ほかの女たちの恨みと憎しみを一身に受ける』ことになった状況について触れたシーンの一文で比較したいと思います。

    ・原文: いとまばゆき、人の御おぼえなり。唐土にも、かかる事ことの起りにこそ、世も乱れあしかりけれ

    → 与謝野晶子訳: 唐の国でもこの種類の寵姫、楊家の女の出現によって乱が醸されたなどと陰ではいわれる

    → 瀬戸内寂聴訳: 唐土でも、こういう後宮のことから天下が乱れ、禍々しい事件が起こったものだ

    → 中井和子訳: ほんまに、みてられへんようなご寵愛ぶりやなあ、きっとこないなことがもとで乱が起こり、困ったことになったんやがなぁ

    → 角田光代訳: 唐土でもこんなことから世の中が乱れ、たいへんな事態になったと言い合っている

    四人の女性作家さんの訳の相当箇所を並べてみましたがいかがでしょうか。与謝野さんの『寵姫、楊家の女の出現』は、原文でその後に続く『楊貴妃の例も引き出で』を一文にまとめているのでそれを差し引いていただく必要がありますが、訳者によって同じ内容にも関わらず受ける印象が随分と異なってくるのがよくわかります。特に冒頭の『いとまばゆき』をどう訳すかは古典・古文の試験にも出てきそうですが、『たいへんな事態』という角田さんの訳が私には一番しっくりきます。一方で”京ことば”に訳された中井和子さんの訳もこれはこれで面白そうです。いずれにしても訳に正解はないので、これから読まれる方はまずは誰の訳で読むか?に、それなりに時間をとられるのが、読み始めて後悔しない読書の第一歩かと思います。また、同じ文章がこれだけ変化すると考えると”読み比べ”という考え方も面白そうです。クラシック音楽は、同じベートーヴェンの交響曲第九番でも誰の演奏で聴くかで全く異なる顔を見せます。それは指揮者の楽譜の解釈に左右されるわけですが、古文の訳は指揮者が訳者となり、同じような楽しみがそこには待っているとも言えます。読書にもなんとも奥深い世界がまだまだありそう、この作品と出会ってそんな風にも感じました。

    そんなこの「源氏物語」の上巻は『輝くようなうつくしさはたとえようもなく』と言われる光源氏の誕生から三十五歳までの生き様を描いていきます。歴史上の実在人物である藤原道長をモデルにしたとも言われるその人物像は、読めば読むほどに強烈です。一つ例を挙げましょう。第八帖〈花宴〉の中で『桜の宴』が催され『夜がすっかり更けて、行事は終わった』という後のシーン。『あたりはひっそりと静まり』という中、『そのまま帰る気にはどうしてもなれな』い光源氏は、『清涼殿の宿直人ももう寝ているだろう』、『もしかしてちょっとした隙があるのではないか』と考えます。『女房の部屋が並んでいる細殿に立ち寄』り、『戸口が開いている』のを見つけた光源氏は『朧月夜に似るものぞなき』と口ずさみながらやってきた女の袖をいきなり掴みます。『あら、嫌だ、どなた』と怯える女に、『こわがることはありませんよ』と言いながら『抱き下ろし、扉を閉めてし』めてしまう光源氏。『がたがたと震え、「ここに人が」と声を上げ』る女に『私は何をしてもだれにも咎められませんから、人を呼んでもなんにもなりません』と言いのける光源氏。「源氏物語」とはどのような作品なのかと思って読み進める読者の前に迫るのは、現代の世であれば逮捕間違いなしの好き放題、やりたい放題な生き方をする光源氏の姿でした。”恋愛物語”の原点がここにあるともいえるのかもしれませんが、どんなに時代が変わっても男と女は好き合う生き物であって、そこにはどんな男女の組み合わせでもドラマが何かしら生まれ、同じ形のものは一つとしてない、ということを改めて感じました。しかし、この上巻では、光源氏のやりたい放題な人生がただただ列挙されているわけではありません。そこには、

    ①『光をまとっ』た皇子の誕生、桐壺帝の庇護下でやりたい放題の光源氏

    ②桐壺帝の崩御と、敵勢力ゆかりの朱雀帝の登場で、反対勢力により追い落とされる光源氏

    ③朱雀帝から攘夷を受けた冷泉帝の元で復権し、上りつめていく光源氏

    という大きな潮流の中でそれぞれの時代を一つの確立されたキャラクター・光源氏として駆け抜けていく、そんな一人の男の物語が描かれていました。そんな魅惑的な男に振り回される数多の女たち。そんな女たちの個性もさまざまです。『落ち着いた分別のある女君として、格別に信頼している』妻であるにも関わらず、どこか煙たがって遠ざける葵の上、『自分の理想通りに教育してみようと』幼い頃から身近において育て、大きくなってくると『そろそろ男女の契りを結んでも問題はないのではないか』という相手として見る紫の上、そして『ほかのことなど考えるゆとりもなく日が過ぎていく』と思いを募らす相手でもあり、そもそもは桐壺帝の妻で自分の母であるはずの藤壺、と描かれる女性の関係性も現代ドラマであってもドロドロの極みであり、それぞれが強い個性を放って読者を決して飽きさせません。平安絵巻の世にこのような強烈な個性の人物のモデルとなる人物が実在したのかどうかは分かりません。しかし、当時の人たちもここに描かれていく数多の登場人物たちの虜になったことは間違いありません。そう、私たちは一千年も前のこの国に暮らし、生きていた人たちと同じ物語を読んでハラハラドキドキ、一喜一憂しているのです。逆に言えば一千年も前の時代にその当時の人々が高く評価し、その後一千年もの長きに渡って読み継がれてきた、そんな物語をここに手にしているのです。そんな風に改めて考えると、なんとも感慨深い思いがよぎるとともに実際に読んでみて、なるほど、これは面白い、と古典・古文の授業から物語が飛び出して趣味の読書の世界に物語がやってきたのを実感しました。

    『作者の意図をはるかに超えて、勝手に力を蓄え、時代とともにその力を失うばかりかどんどんひとりでに蓄え続けていく、化けもののような物語』。訳者の角田さんがそんな風に語るこの物語には、二十一の連作短編の中をまさしく駆けていく光源氏の生き様が描かれていました。豪華な装丁と圧倒的な物量になかなか手を取るのを躊躇もしたこの作品。結局、三日間合計約10時間強で読み終えた物語の上巻には、平安の世にこの同じ国を生きた人々の暮らしが、恋愛が、そして人生が描かれていました。そしてそこにあったのは、いつの世も変わらぬ男と女の物語、愛し、愛され、そして愛し合うという今の私たちと何も変わらない”恋愛物語”でもありました。一千年の時の流れは幾ら角田さんの名訳をもってしてもある種の割り切りが必要な部分もあります。しかし、世界の20数か国語にも翻訳され世界的にも知られるこの作品を読まないのは日本人としてももったいないことだとも思います。世界最古の長編小説の傑作を、長編小説の名手でもある角田さんが『読みやすさをまず優先』に訳したこの作品。多くの方に是非この作品を手にしていただきたい、そう感じた日本文学の傑作だと思いました。


    では、中巻へと読み進めていきたいと思います!

    • 地球っこさん
      アテナイエさん、こんばんは。
      さてさてさん、お邪魔いたします。

      私宛にもコメントしてくださりありがとうございます!

      お返事がとても長くな...
      アテナイエさん、こんばんは。
      さてさてさん、お邪魔いたします。

      私宛にもコメントしてくださりありがとうございます!

      お返事がとても長くなりそうなので、コメントをアテナイエさんの「源氏物語」の方にさせていただきました♪
      ありがとうございます!
      2022/02/27
    • アテナイエさん
      こんばんは。さてさてさん、コメントありがとうございます。

      さてさてさんのレビューを拝見して圧倒されていたのですが、上巻を3日というペー...
      こんばんは。さてさてさん、コメントありがとうございます。

      さてさてさんのレビューを拝見して圧倒されていたのですが、上巻を3日というペースでお読みになっていたとは……すごすぎます。目がショボショボになってしまったとのこと、先がすこしありますので、どうぞいたわりながら楽しまれてくださいね。さてさてさんの裏事情(?)がわかって、ますます次のレビューを楽しみにしています♪
      2022/02/27
    • さてさてさん
      アテナイエさん
      読書を始めて二年ちょっとなので、人生で初めて、一冊の本を読むのに三日もかかってしまったというのが実際です。なのでストレスが...
      アテナイエさん
      読書を始めて二年ちょっとなので、人生で初めて、一冊の本を読むのに三日もかかってしまったというのが実際です。なのでストレスがたまりませんでした。まあ、これを一つの経験に一冊を複数日に分けて読むことも覚えないなと思った次第です。苦読をしても仕方ないですしね。
      色んな意味で良い経験ができている「源氏物語」の読書です。少し先になりますが、また続きのレビューをさせていただきます。
      ありがとうございました!
      2022/02/27
  • 訳者だというのに、「源氏物語を好きだとも嫌いだとも思ったことがなく、この物語自体に思うところも何もなかった。」そんな本音を、あとがきでさらりと告白している、小説家の角田光代さん。

    源氏物語といえば、日本人には少なからずお馴染み、

    「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。」

    そんな一文から始まる、ある一人の男「光君(ひかるきみ)」の一生と、彼を取り巻いた一族たちの約70年を綴った、54帖からなる壮大な物語。

    与謝野晶子や谷崎潤一郎、円地文子など、これまでにも日本の名だたる作家たちが、それぞれの思い入れと強調と個性によって訳し、ある意味では、常に描き直されてきた歴史的大著でもある。

    角田さん、とっても大胆発言です。

    そんな実にクールな立ち位置にいた彼女が訳すにあたって最も優先したのが「読みやすさ」。
    その言葉通り、実に平易かつ端的な現代の言葉で、リライトされています。
    例えば、古文では重要視される敬語や謙譲語等は敢えて無視し、そして反対に、省略されるはずの主語をたくさん挿し入れるなどされています。

    正直に言ってしまえば、これによって、源氏物語が本来持っている、無常観を基調にした情緒や風情、音律的な流麗さ、そして、主要な人物だけでなく端役に至るまで、それぞれの身分や置かれた状況、物語上の役割を勘案して語られる心理描写の絡まり合いが織りなすきめ細やかな美しさ等は、残念ながら零れ落ちてしまっていると思います。

    しかし、それを補うだけの利点がこの角田訳にあるのも確かです。

    まず第一に、ない主語や細かな敬語に頭を働かせて、誰の行為であるかを考えたり、つまづくことがない分、実にすらすら読めること。
    そしてそれ故に、源氏物語の小説としての魅力の土台の一つである、数ヶ月どころか、10年、20年、はたまた50年先にまで及ぶ無数の伏線が張り巡らされていることと、その伏線がきちんと回収されてさらに次の展開へと続く構成力と展開力の見事さが明確にわかる、立体的なつくりとなっている点です。

    これにより、本編ともいえる主軸展開の合間合間に、時間軸を同じくしながら本流に影響を与えない、今で言う「スピンオフ」的な帖が挟まれて、本編では展開の都合上描かれなかった主要人物たちの性格的個性を際立たせる役割を担っていたかと思えば、そのスピンオフ中に、後年本編に大きく影響する伏線的要素が実はしっかり語られていたり…という、源氏物語の長篇小説としての巧妙なつくりが際立っています。

    そして、各帖の初めに毎回挿入される、該当帖における主要な登場人物たちの相関図が、これまた、読者の頭をきちんと整理してくれて、とてもわかりやすい。

    ハードルが上がりがちな古典物語を、「異世界舞台の現代小説」であるかのように、フラットに読めるようにした角田さんの仕事は見事だと思います。

    今回刊行された上巻には、光君が誕生する第1帖の「桐壺」から、彼が権力争いの中で不遇をかこちながらも再起し、35歳で栄華を極めた第21帖の「少女」までが収められています。

    この段階で、既に回収された伏線も、回収されていないものもあります。はたまた、新たに張られたものもあります。

    他の作家さんの訳で源氏物語は読み終えているため、既に全ての展開も結末も知っている立場でも、次を読みたいと思える作品でした。

    • vilureefさん
      こんにちは。

      角田さん、大好きなんです。
      角田さんの小説だったら何はさておきいち早く読みたい性分ですが、この源氏については手にとれず...
      こんにちは。

      角田さん、大好きなんです。
      角田さんの小説だったら何はさておきいち早く読みたい性分ですが、この源氏については手にとれず・・・。

      何しろ厚い(-_-;)
      おまけに角田さんのオリジナルではない。
      源氏物語に時間をかけるのは惜しい、などの理由でまだ読んでいません。

      でもhotaruさんのレビュー読んでたら、ちょっと心が動きました!
      素敵な分かりやすいレビューで読みたくなりました。
      年内にチャレンジできるかな・・・(^_^;)
      2018/02/06
    • hotaruさん
      Vilureefさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

      角田さんのファンでいらっしゃるんですね。
      私は恥ずかしながら角田さんの小...
      Vilureefさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

      角田さんのファンでいらっしゃるんですね。
      私は恥ずかしながら角田さんの小説それ自体はまだ読んだことがないので(角田さんが担当された「失われた時を求めて」の抄訳だけ読みました)、この訳文に角田さんの小説が持つのと同じ個性や魅力が出ているかはまでは残念ながらわかりません。

      でも、数ある訳文の中でも特に読みやすいのは確かだと思います。

      新たな角田さんワールドを求めて、中・下巻まで刊行されたのちに、勢いで読むといいかもしれないですね。
      2018/02/06
  • コロナで講座を受ける機会がなくなったので、有志で集い源氏物語講座をしています。今、「少女」「花宴」を精読しているので、気になっていた角田版源氏の当該帖を読みました。スッキリしてわかりやすい。紫式部は物言いを曖昧にしたり、含みを持たせたり、省いたりするクセ強よの表現スタイルですが、角田版は微妙なところを断定したり言葉を添えたりしているので、細部まで明解になります。時代のニーズに応える現代語訳ですね。

    • しずくさん
      講師をされてるなんて凄い! 私らも最初は回り持ちでやってましたが、自分の番が近づくと重荷に感じられ、会員の元高校の先生に引き受けて戴きました...
      講師をされてるなんて凄い! 私らも最初は回り持ちでやってましたが、自分の番が近づくと重荷に感じられ、会員の元高校の先生に引き受けて戴きました。随分昔の話です。
      源氏ツァーが実現すると良いですね!
      2021/06/30
    • myjstyleさん
      そうですか、
      持ち回りでも大変でしたでしょう。

      月2回ペースの勉強会は、食事会を兼ねていたり、六種の薫物を薫せたりしてお気楽です。
      ...
      そうですか、
      持ち回りでも大変でしたでしょう。

      月2回ペースの勉強会は、食事会を兼ねていたり、六種の薫物を薫せたりしてお気楽です。
      講師の視線で源氏を読むのは、新たに見えてくるものもあり新鮮です。
      2021/06/30
    • しずくさん
      わぉっ、6種の薫物を薫せるとは素敵!
      そういうやり方もあったのか。。。現代的な切り込み方で愉しそうですね。
      わぉっ、6種の薫物を薫せるとは素敵!
      そういうやり方もあったのか。。。現代的な切り込み方で愉しそうですね。
      2021/07/01
  • 解説と一部の帖を読了。解説が読めてよかった。
    源氏物語を読んでいて、一点どうしても不快感を覚えるところがあった。それが本書の解説にある、これ→「光君のふるまいが(現代のあからさまな用語で言ってしまえば)強姦に近いことは少なくない。」
    しかし、解説にて「農業を基礎のする国家経営」の中での性愛の社会的位置付けが説明されていたことで、もう少し心穏やかに読むことができるようになった。
    ウェイリー版と一部読み比べてみたら、意味がかなり変わる部分があって驚いた。

    また、付録として源氏物語の現代語訳変遷のまとめと、その訳者の瀬戸内寂聴と大和和紀の寄稿があったのも面白く拝読した。源氏物語の作家を惹きつける魔力に恐れ慄いた。

  • 高校生の時、教科書で「若紫」を読み、これっておもしろいよなと思って古文読解テキストを購入。でも序盤で飽きて挫折。
    大学生の時、実家で母が買っていた瀬戸内寂聴訳を読むも雨夜の品定めあたりで頓挫。
    働き始めた頃ふと購入した文庫の円地文子訳も同様。
    嫁さんが持っている「あさきゆめみし」でさえ明石から先は読めず。

    こんなわけで多分生涯読み通せまいと思っていた「源氏」だが、角田光代の新訳を買おうかどうか逡巡。今回も読めるか分からないし、なにせ本にしては高額で・・・。

    しかし梅田の書店で角田さんのサイン本を見て、えいやと購入しました。彼女のコメント、「読みやすい訳を心掛けた」という言葉を信じました。

    結果は意外なほどすいすい読み進められました。
    尊敬語・謙譲語で身分関係を表すというこの小説の特徴をあえて無視したとのこと。
    角田さんの仕事は本当に素晴らしい。

    今まで読めなかった人もぜひ手にとって欲しいです。
    よく考えれば、上中下巻(既刊はこの上巻のみですが)全部買っても、新幹線の東京・大阪片道に及ばないくらいの額です(本って他のエンターテイメントに比べたらホントに廉価)。

    男だから光君の気持ちも分かると以前は思ってましたが、この小説に描かれている男女はそれぞれがそれぞれの地獄を抱えているように思えます。

    結局、簡単になびく女性には興味がなく、いろいろな理由から返事がなかったり会えなかったりする女性のことばかり考えて悶々としている源氏の姿がずっと描かれている。

    返歌がないと思い悩むのはLINEの既読スルーと変わらず、いつの世も変わらないのだなとも。

    ちょっと落ち着いたと思ったら事件が起こって、エンターテイメントとして完成されている作品のように思います。

    余談ですが、毎日通勤で通ってる道中に紫式部が住んでこの本を執筆していた場所(廬山寺)があることも最近知りました。

  • 2021年読みはじめ。
    初回封入限定の源氏かおり袋付き。
    なんか匂いと一緒に読めるって素敵よねー!

    角田光代が読みやすさを心掛けて書いたとあって、本当にするする読めて、面白い。
    しかし、それでも分厚くてなかなか大変。

    上巻は桐壺〜少女巻まで。
    あらためて読みながら思うのは、光源氏めっちゃ泣くやん!(笑)とにかく恋に落ちては泣き、相手にされずに泣き、秘密に泣き、もちろん大切な人の死には嘆き悲しむ。
    他の人も大概泣くけど、時代で感情表現の在り方ってどう変わるんだろうか。

    分からんなーと思うのは、藤壺や夕顔、紫の上とは結構強引に逢瀬を持っちゃって、最初は光源氏を恨みがましく思う。でも、いつの間にか慕っている描写に変わる。なんでなんだ。
    同じ女でありながら、分からない女心。
    紫の上なんて、幼少期からずっと戯れてきた兄?父?みたいな人が豹変して、最初はショック受けるわけなのに。いつしか正妻ポジで落ち着く。なぜ。

    そして、どんなにつれなくされても、気遣いを忘れず、ワンチャン狙いにいく光源氏。
    確かに見境ない所もあるけど、釣った魚を後生大事に餌をやる所は、なんというかこの時代の人もなかなか大変だよなと思う。

    元々の推しは明石の君だったけど、角田訳は、訳っぽい感じが残っていて、だからこそ温度の上下が少ない葵の上が好き。
    「はっ」て言って笑いそう。いいわ。

    さて。宇治十帖に辿り着くのはいつになるやら。

  • 池澤夏樹個人編集による日本文学全集。04は、54帖から成る世界最古の長篇小説「源氏物語」の「桐壺」から「少女」までを、角田光代による完全新訳で収録する。しおり付き。

    読みやすいけど、なかなか進まない。ようやく読み終えた。

  • めちゃめちゃさくさく読める。『あさきゆめみし』の次に読むのにおすすめです。ときどき挟まる平安時代のおもしろトピックがちゃんと笑えるって、角田さんの功績ですね。

    しかし21世紀の倫理観で読むと光君のは腹立たしいこと極まりない。浮気性なだけでなくて、決定的な部分で思いやりがない。権力があって顔がよくて人気があれば、こんなに他者に無頓着になれるんだな、という幻滅。そしてそういう人にかかわりあった場合に生じうる女の不幸カタログの壮観なこと! 恐怖に刺激されて(先がどうなるかわかっているのに)どんどん読んでしまう。『源氏物語』が千年間提示し続けるリアリティに、殴られっぱなしになった。

  • 源氏物語って読むの何回目だろう・・・。
    さんざん源氏物語はすごいといわれ(同時代人の日記とかにも出てくるし)、その刷り込みのまま、豪華絢爛な王朝絵巻を想像して、読むと、

    「源氏ってダメ男すぎる・・・」という一言に尽きる残念な感想になる。

    わかっている。現代人の物差しで測ってはダメなんだと。源氏物語の主題はおそらくそこにはないんだろうと。
    でも、思うわけですよ。
    女性がでてくるたびに、

    「で、ヤッ・・・・・いえいえ、いたしたの?」と。
    これは、「いたしたの?いたしてないの?」

    後朝の歌、出してるね。ってことはいたしたんですね。あら、無理やりとかやってんの?そんな手荒なことはしたくなかった?じゃあ、しなきゃいいじゃん。女がつれなさすぎてつい?・・・・おーまーえーはー!!!

    しかも、光源氏はこれでも、自分は遊んでないほう、なんていっている。じゃあ同時代人の男たちのいたしっぷりはどんな・・・・。

    思えば、ティーンエイジャーのころから、源氏を読むたびにそんなあいまいな境界線にイライラしてきた。
    いや、平凡なティーンエイジャーなので、とっかかりは、漫画ですが。「あさきゆめみし」とかは学校の図書室で読んだな・・・あれは置いておいてよかったのだろうか。

    「あさきゆめみし」おもしろかったけど、出てくるのは黒髪の女性ばかりでした。ものすごく不細工以外は、美人って描くバリエーションがあんまりないんだなと思ったな、そういえば。そういう意味では源氏物語は漫画には不向きなのかもしれません。女性の描き分け方って、原文では顔かたちよりは行動や物腰、雰囲気の世界だから。その描写を読むのも、おそらくは源氏物語の楽しみ方のひとつなんだろう。

    そうなんだろうけど、とてもそこまでの境地には至れないのでした・・・。

    ティーンエイジャーから成長してないわたし・・・。


    あ。これが源氏に初めて触れるという方。
    どうぞご心配なく。
    光源氏の報いはこれからですから。まだまだこれからですから(笑)

  • 光君に心奪われ、惑わされ、近づいたり、離れたり、そんな女性心理を角田光代風に鮮やかに読ませてくれるだろうと、首を長くして出版を待っていた本。

    とにかく読み易さを求めたと訳者は言っている。
    確かに他の訳本よりもストーリーテーリングな感じかして、ぐいぐいと引き込まれていく。
    しかしそれ以上に期待通り、女性達の微妙な心の動きがきちんと書かれているし、驚いたのは光君の心情までも丁寧に訳されていることだった。

    早く次作を読みたい!

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著者プロフィール

角田光代
1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸科卒業。90年「幸福な遊戯」でデビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で直木賞、07年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、11年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、12年には『かなたの子』で泉鏡花文学賞及び『紙の月』で柴田錬三郎賞を、14年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、21年『源氏物語』の完全新訳で読売文学賞を受賞。その他の著書に『月と雷』『坂の途中の家』『私はあなたの記憶のなかに』『銀の夜』、エッセイ集『世界は終わりそうにない』『わたしの容れもの』『月夜の散歩』などがある。

「2022年 『子どもお悩み相談会 作家7人の迷回答』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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