愛するということ 新訳版

制作 : Erich Fromm  鈴木 晶 
  • 紀伊國屋書店
4.12
  • (409)
  • (304)
  • (218)
  • (21)
  • (11)
本棚登録 : 3599
レビュー : 358
  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784314005586

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 友人が大学生の頃指定図書として読んだと聞き、読んでみた。

    「愛」と一言で言っても、色々な形が存在する。
    家族愛、異性愛。隣人への愛、自分への愛。
    それらを独自に考えるのではなく、全てが関連していると捉えること。
    そして自分を受け入れること。
    それが他人を愛する第一歩だと思う。

    他人に愛されることだけを望む人、相手の気持ちを無視して自分の愛を押し付ける人、自分のことが好きになれない/自分のことを認められない人。
    そんな、自分の周りにいる大好きな友人たちに、是非読んでもらいたいと思った。
    でも、この本は心をオープンにしていないと何も響かないと思う。
    文体も小説とは違うし、哲学者たちの知識も時代背景もわからない状態で1回読んだだけでは理解が難しい。

    それでも、読んでよかったと思えた。
    日々学習していければと思った。
    だから、薦めたいと思った。
    この気持ちが届いてくれるといい。。。

  • この本、ある人に勧められて2ヶ月前に入手しました。
    が、2ヶ月かかって読みました。
    すごくすごくいい本ですね。ズーンときました。
    始めの方は親子、兄弟、異性、自己愛、神への愛など、いろいろな愛の形などが理論的にかかれていて、わかるような、わからないような感じで、中断しまくりました。
    でも、中盤を過ぎてからフムフムとどんどん面白くなりました。

    人を愛するって大変。
    リベラルに相手に興味をもって接する鍛錬が必要だと思いました。
    最後の方で、「愛」の話が「信念」に変わってゆきます。しかも根拠のない信念から、理にかなった信念とはという話になってくる。
    この本に書いてあることは、一生反芻していかないといけないんでしょうね。
    理解できることも、理解しきれないこともあり、また後で読むと理解度が違ってくる気がします。

    以下、抜粋&要約。私のノートです。
    ネタバレします。でも、結局意味は、この本を読まないとわからないと思います。
    『愛の習練には、
    ①規律
    ②集中
    ③忍耐
    ④技術の習練に最高の関心を抱く
    しかし、重要なのは外から押し付けられた規則か何かのように習練を積むのではなく、規律が自分自身の表現となり、楽しいと感じられ、ある種の行動に少しずつ慣れてゆき、ついにはそれをやめると物足りなく感じられるようになること』

    『現代では集中力を身につけるのは難しい。集中力の習得においていちばん重要なステップは、一人でじっとしていられるようになることだ。・・・集中するとは、いまここで、全身で現在を生きることである。・・・』

    『人を愛するためには、ある程度ナルシシズムから抜け出ていることが必要』

    『人は無意識の上では愛されないことを恐れているが、ほんとうは、無意識のなかで、愛することを恐れているのである。』

    『公平の倫理は、黄金律の倫理とよく混同される。「人にしてもらいたいと思うことは人にもしなさい」という黄金律は、「人となにかを交換するときは、公平であれ」という意味だとも解釈できる。だが、黄金律はもともと、「汝自身を愛するように、何時の隣人を愛せ」という聖書の言葉をもっと一般的にしたものである。・・・公平の倫理とは、責任も一体感もおぼえず、自分は隣人とは遠く離れており、隔絶していると感じることであって、隣人の権利を尊重することではあるが、隣人を愛することではない。・・・公平と愛のちがいを知らなければならない。』

  • ふわふわした気持ちの良い言葉が並ぶ愛の指南書のようなタイトルだが、フロムが書いているわけなので、れっきとした心理学の本だ。売れすぎにも思うけど、今売れる理由も分かる。昔の僕が読んでいたら、また違った感想だっただろうか。
    悪について、と対局を為すのかもしれない。悪は破滅的なネクロフィリアの傾向にあり、愛は生産的なバイオフィリアだ。その愛にはどのようなものがあるのか。愛することは技術であり、それを学ばねばならない。自分自身も親兄弟、恋人、家族、友人、そして人類を、生産的に愛さなければならない。
    この本が書かれた当時の西洋社会へのメッセージも面白い(今の時代にも当てはまる)。人間の心の成長として考えると、キリスト教西洋社会がどれだけ未熟な段階にあるかという批判。対して東洋の宗教の方が高次元にあるという。もちろん、今の日本も東洋社会が、愛のある社会だとは思わないけれど。
    この本を読んだおかげで、、愛という言葉を使うことが、今までよりも恥ずかしくなくなった気がする。まあ普段は決して言わないけど。

  • ふるーい本だけど、良かったです。
    個人的には、私は、最近久しぶりに授乳するようになって、女は結婚すると、せっせとご飯を作り、子どもを産むと、今度は自分がご飯になるんだなーと思っていたところだったので、「与えることが愛」という文脈の中で、母は授乳することで自分を与える、と書かれていたところに激しくうなずいた。
    あと、真実は逆説的なことが多い、というのも、いつか自分で文章に書いてみたいと思っていたけれど、ちっともまとまらないところだったけど、本にも同じことが書かれていて、私の発見はちっとも目新しくないことが分かったり・・・。
    最後の章、愛の修練では、愛するためには、今に集中すること、何もしないで一人でいられるようになること(本当の自立)など書いてあって、なるほどなーと思った。

  • 50年くらい前に書かれた本だが、精神分析学者の著者が愛と言うことについて、書いている。
    あくまで、愛であり恋ではない。また愛も一般に言われる異性愛だけでなく、兄弟愛、親子愛、人類愛にまで話は及ぶ。
    またここでいう愛の特質柄、キリスト教との結び付きが強く、途中かなり宗教チックな話になるのがしんどかった。

    たださすが精神分析学者といったところで、現代の人間性や社会の問題は鋭く分析されている。

    なるほどねーとおもった考え
    私達は愛されるためには必死に考えるが、愛するための技術には無頓着で、勝手になんとかなるだろうと思っているが、それも技術の一つであり学ぶ事ができる(結局その技術の内容は煙がかかってるようによくわからんまま終わりますが)

    孤立するということは人間が根底から恐れる恐怖である


    愛するためには人格が発達していなければならない
    その要素 配慮、責任、尊重、知

    人を愛するとはナルシシズムから抜けること。自分、周りを客観的にみること。被害者ぶらないこと。

    映画とかで描かれる愛は偶像崇拝的なものである。
    相手のなかに自分を探すのではなくて、確固たる自己を持つこと

    技術の修練には規律、集中、忍耐、最高の関心が必要

    自分に対して敏感になる

    昔は傑出した精神的特質を備えた人が評価された。今はみんなから見られる立場にいる人。

    客観的に考える力、それは理性である。理性の基盤は感情面の姿勢の謙虚さである。

    根拠のない(他人本意的な)信念でなく、理にかなった(自ら考え、判断した)信念を持つ。自分自身を信じている者が他人に対しても誠実になれる。

    愛される、そして愛するには勇気が必要だ。あるじぶんが最重要と思う価値に対して、全てをかけて踏み込む事だからだ。

  • (p.176)
    ナルシシズムの反対の極にあるのが客観性である。これは、人間や事物をありのままに見て、その客観的なイメージを、自分の欲望と恐怖によって作り上げたイメージと区別する能力である。

    (p.179)
     他人とその行動について自分が抱いているイメージ、すなわちナルシシズムによって歪められたイメージと、こちらの関心や要求とを区別できるようにならなければならない。

    (p.183)
     他人を「信じる」ということは、その人の根本的な態度や人格の核心部分や愛が、信頼に値し、変化しないものだと確信することである。

  • 原題は「The Art Of Loving」直訳して「愛することの技術」というもの。訳者も言っているが、そういわれてもいまいちピンとこない。しかし読んでみて気づいたのは、自分の愛に対する甘えだった。愛は無条件であり皆が平等に受けて当たり前だとは思っていなかったか。しかしそうではない。本当に誰かを愛そうと思ったら、忍耐強く習練を積み、まず自分を愛することが大切なのだ。根底に流れるのは「汝を愛するように、汝の隣人を愛せ」というキリスト教の根本的な教え。その言葉の真意をずっと説明している本とも言える。

  • 読む前に思ってたより良かった。無意識に実践してることも多いが、改めて分析されると、うーんなるほど。読む人の年齢とか性別とか、哲学の知識の有無とか既婚か未婚かとか、置かれてる状況によっていろいろな読み方ができるでしょう。また、ここで言われている「愛する」ことができない人たち(発達障害やパーソナリティ障害の人など)は何が苦手なのか、ということも、著者の主張を裏返せばわかってきます。個人的には、一人の人を愛することを通じて人類全体を愛する、という箇所が響いた。あ、それでいいんだよね、やっぱ。

  • 愛は能動的に与えるもの。
    市場原理に基づき、お買い得品と感じた対象に出会った時、恋に落ちたと錯覚するけれど、それは愛ではない。
    愛は技術。
    修練が必要。でも現代では、エネルギーを費やす対象として捉えられてない。

    人間の最も強い欲求は、孤立を克服すること。人間的成熟度によって克服の仕方は異なる。
    祝祭的興奮状態
    同調に基づく合一
    想像的活動
    『人間同士の一体化、すなわち愛』

    逆説的哲学
    神は否定の否定
    思考は無知

    自分をしっかりともち
    他者を尊重できて初めて
    生産的な愛を営むことができる。

  • 愛するということはどういうことか。宗教や社会といった広い観点からの深い考察が得られる一冊。折に触れて読み返したい。

全358件中 31 - 40件を表示

著者プロフィール

エーリッヒ・フロム (Erich From)
1900年ドイツ・フランクフルト生まれ。フロイト理論にマルクスやヴェーバーを接合して精神分析に社会的視点をもたらし、いわゆる「新フロイト派」の代表的存在とされた。また、真に人間的な生活を可能にする社会的条件を終生にわたって追求したヒューマニストとしても有名である。しだいに、禅や東洋思想へも関心を深めた。
著書に、『愛するということ』『悪について』『生きるということ』『フロイトを超えて』『希望の革命』『反抗と自由』『人生と愛』『破壊』(以上、紀伊國屋書店)ほか多数。1980年歿。

「2016年 『ワイマールからヒトラーへ〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

愛するということ 新訳版のその他の作品

愛するということ 新訳版 Kindle版 愛するということ 新訳版 エーリッヒ・フロム

エーリッヒ・フロムの作品

ツイートする