愛するということ 新訳版

制作 : Erich Fromm  鈴木 晶 
  • 紀伊國屋書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784314005586

感想・レビュー・書評

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  • 愛するということはどういうことか。宗教や社会といった広い観点からの深い考察が得られる一冊。折に触れて読み返したい。

  • 「愛は技術だ」
    愛の理論、愛する対象による愛の種類、愛の技術の習練…人を愛するというのはどういうことか、考えさせられる本。

    愛は能動的な活動であり、受動的な感情ではない。そのなかに「落ちる」ものではなく、「みずから踏み込む」ものである。愛の能動的な性格を、わかりやすい言い方で表現すれば、愛は何よりも与えることであり、もらうことではない、と言うことができよう。(p42)

    そう、してくれるからしてあげる、じゃない。好きっていってくれるなら好きっていうのは、違う。受動的だったり、打算的だったりするのは、愛じゃない。
    自分が相手を好きって気持ち、能動的な気持ちが愛だ。

    愛は異性に向けるものだけじゃない。
    兄弟愛、母性愛、自己愛、神への愛…。
    (大体、こういう類いの西洋の本は宗教的なことも書かれていて、例に漏れず神について書かれている)
    ちゃんと、愛、したい。能動的に、愛したいな。

  • 愛することは誰にでもできることではなく、修練を積んで身につける技術だと説いている。それと、1人を愛するということは、他の人を愛することにも繋がると書いてあったな。よかったけど、あまり覚えていない。

  • 「愛は技術」であるという主張を元に、人を愛するということはどういうことなのかという理論、愛することが出来るようになるまでの修練について書かれた本です。これを読むと、人を愛することがいかに難しいことであるかを痛感します。特に、愛を身につける修練の項目では、「自分や他人を信じる」「勇気を持つ」「客観性を育みナルシズムから脱却する」というように、ありきたりで口に出すのは簡単だけれども、身に付けるのは大変難しいことばかりだと感じました。人生の節目節目で、何度も繰り返し読みたい本です。

  • 「生きることが技術であるのとまったく同じように、愛が技術であることを知るべきである」というフロムの言葉に考えさせられました。
    愛とは単なる内面的な「想い」にとどまらない。

    「もし、ある婦人が花を愛していると口ではいっても、その花に水をやるのを忘れているのを見たとするならば、われわれは彼女が花を愛しているということを信じないであろう。
    愛とは愛するものの生命と成長に積極的に関係することなのである。」

    愛とは、行為を伴って、そしてまた、愛するものは自立していなければならないということを学びました。

  • 1956年に初版が出版されたということだが、現代においても色あせない名著である。
    まず「愛するということ」を「技術」であるといっているその意図は、それが自然発生的な概念ではなく、自発的行為であるという趣旨の強調だと感じる。そしてそれは東洋哲学的な思考に基づいた一種の悟りであるように思える。
    このような哲学は、前野隆司氏の「思考脳力のつくり方」に見られる利他の概念、「システム思想」にも見て取れるし、経験からしか得られないという点にも類似を見ることができる。
    また、4章以降の実践における論述においては、ナルシシズムを通して物事を見ている、また信念と勇気をもって行為を行うという内容は、スティーブンコヴィーの「7つの習慣」におけるパラダイムなどと類似点をみることができる。
    つまり、人間としての幸福を追求する中で表現は違えど、同じ真理を求めているものと考えることができ、半世紀も前にすでにそれだけの形式知のようなものが構成されており、今なお形を変えて論じられているということを認識するにいたった。
    個人的には、それを「愛する」と呼んだフロムの提案が好きである。

  • ここで扱っている「愛」という言葉は、普段われわれが使う(普段は使わないかw) 愛という言葉とは若干異なるようです。どちらかというと、アガペーみたいな感じか。精神分析的観点や宗教的観点(神学+東洋思想)から愛を考察している一冊。

    正しく「愛する」ということは、なかなかに難しいことらしい。
    また、資本主義社会という現代の社会構造も、「愛」とは背反するようだ。
    ただ、自己肯定し、自分に素直に生きて、素朴な感性を保持することが、よりよく生きる(≒愛する?)ことにつながるのかな?と思いました。

  • 現代における愛は、交換原則に則ったもので資本主義的であり、「私がこれだけ与えましたから、貴方も対価に値するようなモノを、同じだけ授けてくださいね」という、市場的価値観の支配下にあるという。それは愛の本来の姿ではなく、つまり現代の愛は崩壊の危機にあると警鐘を鳴らしている。愛することは「技術」であり、それは大工仕事と同じで、修練が必要である。そこでは「規律(それは自らが自らに課し、苦痛ではなく、少しずつでも快感を味わえるものでなくてはならない)」と、「集中力」と、「忍耐」を必要とする。それらを修練の礎として、「与えること」を出発点にして、能動的に他者に関わらなくてはならない。それが愛することの原則で、兄弟愛、親子愛、異性愛のすべてにおいて、生産的な関わり合いこそが、本当の愛を創り上げる。

    つまり、愛することの本質を理解し、自分が資本論に陥りそうになっているとき、注意深く心の変調を確認して、自己欺瞞から解放され、他者に対して「勇気」を持って関わって行くことが肝要である。

    というようなメッセージを受け取りましたが、勇気を持って他者に関与していくことは難しい。

    また、ここでいう「兄弟愛」とは、聖書の「汝の隣人を愛せ」という「人類愛」を指しており、ただ関心のある特定の1人を愛するだけでは、本来の愛の姿にはたどり着けない、とも説いている。

    自分にはまだまだ高いハードルだと思いました。

    語られていることは、真実だと思いましたが、星を一個減らしたのは自分の心の弱さゆえ。

    名著だと思いました。

  • 愛することは技術である。ぼくはこの論旨に全面的に同意する。
    同時に、愛することは単に対象の問題であるという一般的に広く受け入れられてるこの誤解(本書でも指摘されている)をいちはやく脱却するために、身の周りの大切な人には一読してもらいたい。そう思える本だ。

    技術であるからには当然、習練によっておさめることができる。
    フロムはこの習練に不可欠な要素、「規律」「集中」「忍耐」「技術の習得に最高の関心を抱くこと」を上げている。

    フロムは現代社会では「規律」を守ることよりも「集中」するほうが困難だと指摘する。そのうえで「一人でいられること」こそ、より「集中」することであり愛することには欠かせないという。
    冒頭の文章を振り返る。
    「人間のもっとも強い欲求とは、孤立を克服し、孤独の牢獄を抜け出したいという欲求である。」

    なんという逆説。孤独から逃れたいと思い、人を「愛したい」という想いが生れる。しかし人を愛するためには「一人でいられる」ことが絶対条件である。や、わかっちゃいるんだ。わかっちゃ。

    「行動「能動」「創造的行為」「与える」

  •  愛するという行動の基になる理念について述べている本.
     愛についての分類と定義が丁寧にされており,精神疾患の症例とその分類された愛との因果関係を説明している.
     自身が精神的に独立し,客観的に自分や周りを認識でき,行動に責任を持てるようになって,人を愛せるようになる,ということですかね.

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著者プロフィール

エーリッヒ・フロム (Erich From)
1900年ドイツ・フランクフルト生まれ。フロイト理論にマルクスやヴェーバーを接合して精神分析に社会的視点をもたらし、いわゆる「新フロイト派」の代表的存在とされた。また、真に人間的な生活を可能にする社会的条件を終生にわたって追求したヒューマニストとしても有名である。しだいに、禅や東洋思想へも関心を深めた。
著書に、『愛するということ』『悪について』『生きるということ』『フロイトを超えて』『希望の革命』『反抗と自由』『人生と愛』『破壊』(以上、紀伊國屋書店)ほか多数。1980年歿。

「2016年 『ワイマールからヒトラーへ〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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