眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎

  • 紀伊國屋書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (358ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784314010344

作品紹介・あらすじ

ヴェネツィアのある高貴な貴族出身の一族は、謎の不眠症に苦しんでいた。この病気は中年期に発症し、異常発汗や頭部硬直、瞳孔収縮を引き起こし、やがて患者は不眠状態に陥って死んでしまう。この一族の数世紀に及ぶ物語を軸に話は展開、やがてこの病がクールー病、狂牛病と同じプリオン病だとわかる。プリオン病の起源を探るうちに、80万年前の食人習慣へとたどり着く。

感想・レビュー・書評

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  • 壮大な冒険をした読後感

    専門用語が多めだったので混乱するところもあり難しくもあった。イタリアの一族のことを思うと切ない、、

    昔、食人をしていたのでプリオン病にかかりやすい「ホモ接合体」が淘汰されて、かかりにくい「ヘテロ接合体」の割合が多くなったらしい。しかしそのせいで患者数が少なく治療法の研究に資金がでない。
    日本は「ホモ接合体」の人口がおおい。

    日本は食人する必要ないぐらい食物に恵まれてたんだろうな

  • 【本書の概要】
    イタリアのとある一族は、2世紀にわたって、致死性家族性不眠症(FFI)と呼ばれる遺伝性のプリオン病に蝕まれていた。この病気に発症すると眠れなくなり、身体が衰弱しつづけやがて死に至る。プリオン病はアルツハイマーや狂牛病(BSE)などと同じように、タンパク質を由来とする致死性の感染症である。
    プリオン病は、人間や牛がプリオンウイルスにかかった同族の死体を食べることで感染する。人類はおよそ50万年前から同族食いの習慣を絶ったとされ、そのころの人類は、プリオン病に罹患する恐れから人食いを禁忌と定めたのかもしれない。


    【本書の詳細】
    1 致死性家族性不眠症
    イタリアのある一族は、2世紀にわたって致死性家族性不眠症(FFI)と呼ばれる遺伝性のプリオン病(タンパク質由来の病気で、狂牛病もプリオン病の一種)に蝕まれていた。菌のキャリア―が50代に達した後発症するこの病気に、一族の2人に1人がかかり、衰弱し続け、やがて死に至っている。倒れる前には瞳孔が収縮し、汗が出てきて、頭が混乱し幻覚が起き始める。明らかな神経疾患であるが、それが続く結果何故死に至るかは不明のままである。

    プリオンが発見される前まで、タンパク質がウイルスやバクテリアのような感染性の物質であるとはみなされなかった。プリオンはタンパク質にすぎず、命が無く自己増殖欲求もない。ただ化学的な力に従って、引きつけ合ったり折りたたまれたりしているだけだ。プリオンは細胞に取り附くと、その細胞をごっそり取り除いてスカスカにしてしまう。

    この一族は1700年代後半からプリオン病に悩まされてきたが、当時の医療技術では成すすべがなく、みな時限爆弾の起動に怯えるだけであった。


    2 メリノ病
    18世紀後半のイギリスで増加する人口と食肉への欲求を満たすため、ベイクウェルという農夫が羊をより肉付きのよい個体を生み出すべく、意図的な交配によって遺伝的関与率を高める品種改良を行った。近親交配である。
    しかしじきに、羊が恐ろしいかゆみに襲われ、絶えず自分の身体をかきむしり、最後には死ぬ病気にかかった。農夫たちに「スクレイピー」と呼ばれた病気は、19世紀初期にイングランド全土を席巻した。

    いくつもの科学者が原因と治療法について検討したが、19世紀半ばという時代は科学的な検証の核が出来上がっていなかった。感染性病原体は生き物なのか。あらゆる感染性病原体が有害なのか。生き物が病気になったとき、厳密には何が死を引き起こすのか。それは侵入してくる勢力自体か、それとも勢力が身体に与える損害か。科学はまだ自然哲学から未分化であり、病原体は曖昧な概念だったのだ。

    この病気を払拭したのは、皮肉なことに牧羊業の壊滅によってだった。イギリスがオーストラリアを植民地にしてから、必死になって交配を促し利益を上げる必要がなくなったため、近親交配がされなくなったのだった。


    3 パプアニューギニアのフォレ族
    1950年代後半、ヨーロッパの医師たちは、フォレ族が「クール―」という病気に苦しんでいることを知る。クール―にかかった患者は、よろよろと歩き、斜視になり、震えが止まらず、微笑んだり金切り声を上げたり情緒不安定になる。特に子供と若い女がかかるのが特徴だ。そして、それがスクレイピーと関係があることを発見した。この時代には電子顕微鏡とX線結晶学があり、そのおかげでウイルスとたんぱく質の構造を見ることが出来たからだ。

    関係性はわかったものの、クールーの原因は長い間不明だった。現地の島に調査に行ったオーストラリア人もクール―の原因を解明することはできていない。現地住民――彼らはもっぱら呪術の仕業だと信じていた――に採血検査をしたり死者の臓器を解剖したりしても原因が特定できず、やみくもな調査が原因で現地住民と調査員との間に軋轢が生まれ始めてもいた。彼らの目から見れば、クール―の流行を防げないオーストラリア人の権威は失墜し始めていた。

    後に発覚したクール―の原因は、フォレ族の文化とその変化、そして食人行為にまつわるものだった。
    フォレ族は人肉を美味しいと感じており、食人を一種の埋葬の象徴だと見なしていた。病死者の死体をその妻や親族に均等に分配することで、族内の結束を保ち恩義を分かち合っていた。原因が発覚してから食人を辞めさせた結果クール―は収束した。

    その後、チンパンジーにクールーの罹病組織を接種し感染を確認する。クールーが遺伝性疾患ではなく、遅効性の感染性疾患であることを突き止めた。
    スクレイピー、クールー、ヤコブ病が何らかの新種ウイルスによるものだと発表したが、正直なところ何も分かっていなかった。スクレイピーの病原体は宿主の中以外では増殖せず、煮沸やアルコールや放射線でも死なない。自己増殖をせず、ただのタンパク質の塊であるため生き物とも言いづらい。今までのウイルスの常識が完全に通用しない未知の病原体であった。


    4 プリオンの発見
    1970-80年、この奇妙な病原体をスタンリー・プルジナーが研究し始め、いくつか漸進的な功績を残す。プルジナーは、そのいささか高慢なナルシストで名声の欲しい性格も相まって、その病原体を「プリオン」と名付けた。
    あろうことか、プリオンは宿主自身の体内で健康な遺伝子により形成される正常なタンパク質であることが分かった。正常なタンパク質が異常なタンパク質を作り、遺伝子が宿主自身の体内で感染を引き起こすという現象は、今までの医学の常識からは反していた。
    プリオンは2種類の形態(折りたたまれ方)があり、その一方の形のとき、プリオン病を引き起こす。病気を起こすプリオンが、接触したタンパク質の形を変化させ、それと近接するタンパク質を次々と変形させることで発生する、というのが当時のプリオンに対する有力な見解であった。これならば、プリオンに遺伝性、感染性、散発性(たまたま起こること)の3つの要因が見られる理由にもなる。


    5 狂牛病の蔓延
    1980年代後半にイギリスで蔓延し始めたBSE(狂牛病)は、飼料に他の家畜の肉を加えた高たんぱく濃厚飼料(肉骨粉)を牛に与えることが原因であった。BSEは羊のスクレイピーと同じプリオン病原体による病気であり、精製加工工程を生き延び、餌を通じて乳牛に感染していた。
    肉骨粉を牛に与えるようになったのは、羊と同じ理由からだ。つまり、生産性向上のために品種改良を行った牛からより多くのミルクを取るためのドーピングである。

    90年代に入っても、BSEの感染は止まらない。
    動物性たんぱく質配合の食物を食べているのは牛だけでない。ペット飼料にも動物性たんぱく質が配合されている。そして何といっても、牛の内臓も脳も脊髄の近くの肉片も一緒くたに混ぜ込んだミンチが、ハンバーガー等の人間用の食肉として流通しているのだ。国内に一気に不安が広がるも、イギリス政府の対応は遅かった。動物性たんぱく質配合の餌を使用禁止したのは、なんと発覚してから5年ほど経った96年のことだった。

    この背景には利益至上主義の食肉業界と、業界と癒着した政府当局の無責任・怠慢がある。
    殆どの食肉業者と政府は、経済・産業への打撃を恐れてBSEの本格的な対処に後ろ向きであった。精肉加工で出る副産物はサプリや化粧品にも使われていたため、悪影響の波及規模が計り知れないからだ。動物性たんぱく質の餌が禁止された後も、業者が費用削減のためにこっそりと使用し、また政府当局は市民に不安を与えないために情報を「提供しない」姿勢を貫いた。のちにアメリカの牛にBSEの感染が確認された後も、アメリカの食肉産業と政府はおおむねイギリスと同じ態度を取っている。
    そして恐れていたことが起こる。イギリス国内のティーンエイジャー数十人が狂牛病に感染したのだ。この報告を受けヨーロッパ各国はイギリスの牛肉の輸入を停止し、牛肉業界は大打撃を受けた。イギリス政府は莫大な補償を投じ生後30か月以上の牛の全処分を決定する。販売が再び開始したのは2004年の終わりだった。


    6 食人習慣
    イギリス人の中に狂牛病にかかる人とかからない人がいる理由を調べているうちに、人類がその歴史の初期に食人習慣を持っていたことが発覚した。
    人間は通常、一つの遺伝子が一つのたんぱく質を形成するが、まれに2つの遺伝子が同じタンパク質を形成するコードを持っていることがある。これらの変異種は「多型」と呼ばれる。イギリスのティーンエイジャーのクロイツフェルト・ヤコブ病(通称CJD、プリオン病の一種)患者を調べたところ、患者45人のうち40人がバリンというアミノ酸のコードにおいて多型遺伝子(ホモ接合体)を持っていた。

    ここで新たな疑問が生じる。現在の人類の大半の遺伝子はヘテロ結合体なのだ。過去から現在まで、人間の遺伝子の経路はどのような影響を受けヘテロ結合体に収束されていったのか?
    ヘテロ遺伝子が拡散した起源は50万年前と考えられている。当時は狩猟採集時代のため人口密度が低く、感染症の流行は遅効性のウイルスによるものであった。遅効性のウイルスが宿主の身体に住み着いて感染拡大するために有効だったのは肉であった。肉は病原体を人の身体に入れるために一番有効な経路であったからだ。肉に寄生するということは、胃酸や抗体からの攻撃に耐えられるぐらいの強度を持った病原体が必要になる。プリオン病原体が煮沸やアルコールでも死なない強靭な構造をしているのはこれが理由である。
    当時の原人に食人習慣があったことが認められるが、その理由は定かではない。飢えを凌ぐための同族食いだったかもしれないし、戦争で殺した敵を食べていたからかもしれない。いずれにせよ、食人をきっかけとして原人に病気が蔓延した結果、彼らは食人行為を禁忌としたのだ。そのおかげで私達の祖先からホモ接合体が淘汰されることになった。


    7 FFIへの医療的投資の少なさ
    FFIがどんなに悲惨な病気であっても、プリオン病にかかる患者は微々たるものであるため、製薬会社が新薬を研究開発するインセンティブがない。「10年の歳月と7億5000万ドルから10億ドルという経費がかかる」新薬開発は、とうてい採算が取れず、完全治療に関する道のりは長く険しい。
    FFIにかかった一族は、今も眠れないまま苦しんでいる。


    【感想】
    不眠症にかかった一族とプリオン病の歴史を解き明かすメディカルミステリー。
    フォレ族の「クールー」調査をめぐるガイジュシェックvsプルジナーの闘い、アメリカとイギリスにおける狂牛病のずさんな対応、そしてプリオン病原体を攻略すべく奮闘し続けた人類の歴史など、全ての話が膨大かつ濃密なデータによって詳細に綴られている。要約ではだいぶ省略したが、FFIに感染した一族に顕れた症状は、想像するだけで身震いがするほど凄惨なものであった。

    この恐ろしい病原体「プリオン」はアルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)を引き起こすが、現代医学をもってしても、これらに対する治療法はいまだ未確立である。予防できるのは感染性だけであり、遺伝性と散発性については、かかるかかからないかは運任せだ。
    長きに渡り人間を苦しめてきた難病が一日も早く根絶されることを願ってやまない。

  • 医療系のミステリ、人が死ぬもの、は生存本能がかきたてられるせいもあるのか非常に面白く読める。これを読むまで狂牛病って何が原因か全然わかっていなかったが(共食いが原因らしい、というのをニュースで読んだぐらい)イギリスの例を見るとベジタリアンが増えたのもわかるな、と思った。怖い、けど、面白い本。

  • 評判どおりの面白さでした。本書は、イタリアの眠れない一族と言われる家系を追うと、そこにはBSEやヤコブ病と同じプリオン系の病気があり、そのプリオンを発生させる原因には共食いの歴史が深く関係しているというようなメディカルミステリーです。
    人が未知の病を探るときの行動や思考を丹念に追って、プリオンとは何か、根本的な原因は何かを、研究者達が個人的な苦悩を抱えながらも徐々に解明していく姿には頼もしさを感じました。

    牛のBSEや鹿のCWD、羊のスクレイピー、人のヤコブ病など、それぞれの病名は聞いたことがありましたが、そこに致死性家族性不眠症FFIも含めて、その原因はウイルスでもバクテリアでもなくタンパク質といところに衝撃を受けました。

    久々に人に勧めたくなる本でした。

  • プリオン病にかかりやすいホモ接合体を、多くの日本人が持っているそうで、BSEが出た時になぜあそこまで厳しく拒絶したのか、ようやく納得がいった。

  • 名著である。間違いなく、名著である。
    この本を厚生労働省と農林水産省と、文部科学省の役人は全員読むべきだ。そして、できるだけ多くの日本人も。食肉輸入業者は特に。

    イタリアのある高貴な血筋の一族に見られる「眠れなくなる病気」に始まり、2人のノーベル賞受賞者のプリオン発見を巡る攻防。英国・米国の国益に絡んだ身勝手極まりない政策。そして、80万年前に遡る人類の食人習慣。どれも読む者の背筋を凍らせるに十分な事実の羅列である。本当に恐ろしい。

    私たちはBSEやプリオン、クロイツフェルト・ヤコブ病といった言葉を、メディアを通じて知ってはいるけれど、それがどういったものか、ということについては、理解しているとはいい難い。実のところ、本当のことは誰もよくわからないのだ、ということが、この本を読めばわかるのだが、だからといって暗澹たる気分になることもない。もっとも、希望がわいてくるということもないのだが。

    日本人としてひとつ気になるのは、日本人が「ホモ接合体」という、プリオン病に罹りやすい遺伝子型を持っている人が圧倒的に多い、という事実である。このことを知った以上、絶対にアメリカ産牛肉は口にしない、と心に誓った。(オーストラリアやニュージーランド産の牛にBSEは見つかっていない)。

    一日も早くプリオン病の治療方法が確立することを願わずにはいられません。

  • 正直もっと食人に関して扇情的に書かれているものを期待して読んだが、実際はプリオン病に関する研究書物といったよそおい。患者に関してや研究者に関してのことがかなり細かく記されていて、食人や病気そのものについて知りたかった僕としてはノイズが多く感じた。

    食人に関する記述は面白かった。

  • 健康が1番すぎ

    科学者とか研究者ってキャラ立ちしてる人ばっかだからこそいろんなアプローチ方法があっていろんなこと発見できるんだろうなぁすっげーなぁ
    でも足の引っ張り合いもえげつなくてこえー
    女もこわいけど男もこえー

    配座感化とか専門的な話掘り下げすぎてるとこはヘトヘトになるけど基本めっちゃ読みやすくてわかりやすくて勉強になる

    ただ「食人の痕跡と殺人タンパクの謎」っちゅーのは内容といまいち合ってないような?感じ

  • 一見バラバラの話がそれぞれ怖くて、狂牛病のこともこの本を読むまですっかり忘れていたけど、狂牛病がどういう結論で決着したのかさっぱり思い出せないのが何より怖かった。

  • 眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎。ダニエル T.マックス先生の著書。謎の不眠症、異常発汗や頭部硬直、瞳孔収縮。不眠症、異常発汗や頭部硬直、瞳孔収縮はプリオン病が原因。不眠症、異常発汗や頭部硬直、瞳孔収縮を引き起こしているプリオン病の原因はかつての食人習慣。現代社会で食人習慣が否定されるからといって、過去の社会で食人習慣があったことを否定できないことも事実なのかな。病気の解明をする優れた研究者の方たちがいるからこそ病気で苦しむ人たちが少しでも救われる。日夜努力を続ける研究者の方たちに感謝。

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