クレイジー・ライク・アメリカ: 心の病はいかに輸出されたか

  • 紀伊國屋書店
3.75
  • (13)
  • (25)
  • (15)
  • (5)
  • (1)
本棚登録 : 279
感想 : 31
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (342ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784314011037

作品紹介・あらすじ

メガ・マーケット化する日本の「うつ病」<br>スリランカを襲った津波と「PTSD」<br>香港で大流行する「拒食症」<br>変わりゆくアフリカ・ザンジバルの「統合失調症」<br><br>科学的知識の普及か? 善意の支援か? <br>治療のための研究か? それとも金儲けか? <br>――アメリカ型の精神疾患の概念が流入して以後、<br>各国で発症率が急増し、<br>民族固有の多様な症候群や治療法が姿を消しはじめた……。<br>4つの国を舞台に、<br>精神疾患のグローバル化がそれぞれの文化に与えた衝撃と、その背景を追う。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • アメリカにルーツを持つ超国籍企業が世界中を席巻しているということは、改めて強調するような話でもないだろう。Apple、マクドナルド、Google、ハリウッド映画… 時代はまさに勝者総取りといった様相を呈している。しかしグローバル化の波が、製品やサービスのみならず、「心の在りよう」というフィールドにおいても猛威を振るっているとは思いもよらなかった。

    アメリカで認識されて社会に広められた精神疾患は、今や世界中へと伝染病のように広がっている。たとえば過去20年間で、特定の地域にしか見られなかった摂食障害がエリアを急速に広げ、PTSDは戦争や自然災害に遭遇した人の苦痛に関する共通語となり、さらにアメリカ型のうつは世界中で増加の一途を辿ってきた。

    時間や空間の制約から解き放たれて、グローバル化が加速する。その余波は、心の病という領域にも及んでいたのだ。そして一番の問題は、ただ広まったということだけではなく、その土地固有の風土に基づく精神疾患に、取って代わってしまったということにある。

    ジャーナリストでもある著者は、4つの異なる国で起きた事例を横断することで、文脈を形成していく。特徴的なのは、グローバル化以前の実態を丹念に取材することで、その変化を浮き彫りにしているという点だ。

    最初に紹介されているのは、アメリカ由来の拒食症が地元特有の拒食症を駆逐してしまったという香港のケース。一般的に、欧米の患者によく見られる拒食症の症状というのは、肥満への恐怖を抱き、痩せているのに太りすぎているという間違った思い込みが見られる傾向にある。

    しかし香港における患者の症状は、胃の膨満感こそ訴えるものの、自身の痩せた状態を正しく認識しており、食事の分量を気にすることも見られなかったのである。これはまさしく、精神疾患における「昨日までの世界」であった。

    ここに変化が訪れたのは、拒食症になった若い女性の死をめぐって、センセーショナルに報道されたことがきっかけであった。そもそも心因性の疾患とは、曖昧で言葉に置き換えづらい厄介な感情や心の中の葛藤を取り出し、苦痛のサインと認識されている症状へ変えようという、言わば表現手段の一種と見なされている。心の中の苦しみを認めてもらおう、正当化しようという潜在意識が、目的を達成できる症状へと引き寄せていくのだ。

    一人の若い女性の死によって欧米流の「拒食症」という概念が広く知られるようになったことは、この表現手段のバリエーションを広げるということに他ならなかった。少数の興味深い症例をもとに、医者が公表して議論を重ね、病的な行動を体系化する。新聞や学術誌などが欧米の専門家による医学的な分析を記事にする。そこへ一般女性が無意識にその行動を表して、助けを求めはじめる。そこには、まさに情報が病気を作り出すという構図が存在したのである。

    この他にも本書では、アフリカ・ザンジバル島における統合失調症の事例や、スリランカにおけるPTSDの話も紹介されている。ザンジバルでは治療において、憑霊信仰が生物医学的な解釈に次第に道を譲ることとなり、スリランカにおいては、人間の心に及ぼすトラウマの影響について、欧米的な確信に満ちたカウンセラーが後遺症を残した。

    安易な善意が事を荒立たせ、狂気を測るための手段が凶器になった可能性も否定できないということだ。そして最終章では、「心の風邪」というキャッチコピーとともにメガマーケット化してきた、日本のうつ病のケースなども紹介されている。

    本書の全体を通して意図されているのは、心の病という医学的なテーマを、文化人類学的な見地から分析しようとする試みだ。ここに本書の白眉がある。そして、その実装の有効性は、文化と精神が不可分な関係にあるということからも示されている。

    たとえば、統合失調症の患者が体験する妄想や幻覚。これは特定の文化で恐怖とされているものや、魅力があるとされているものを、歪んだ形で反映していることが少なくない。それでなくても多くの地域において、PTSDを誘発しそうな恐怖や暴力の体験というものは、土着の宗教や社会的なネットワーク、伝統的な葬送儀礼などに織り交ぜられていたのだ。つまりこれらの事例からは、単にグローバルVSローカルということだけでなく、科学VS文化人類学という争点をも見出すことができる。

    複雑な状況に直面したとき、とかく人はシンプルに現象を理解したいと願う。普遍性を見出し、パターン化して分類し、既知の内容と結びつける。それは必ずしも悪い結果をもたらすとは限らないのだが、そこには功と罪の両方が相並ぶ。普遍性から零れ落ちる多様性は、いつの時代にも必ず存在しているのだ。

    多様な世界を多様なままに受け止めるためには、多様なモノの見方が必要である。本書の背後に隠されたメッセージは、まさに読書の価値そのものを表わしていると思う。

  • つまみ読み。

  • 資本主義、個人主義、アメリカ。アメリカから薬だけでなく、精神病文化まで輸入されたという話。その国の文化の表れである心の不調も、アメリカ医学で診断される事により、その国独自の文化までもが、変容してしまうという。
    日本の精神医療はアメリカより20年遅れていると、最近心理カウンセラーに言われたなあ。でも、アメリカ精神医学を鵜呑みにして良いのか⁈
    自己実現の文化もアメリカから来て、自己責任の幅が広がったからね。病気に勝つとか負けるとか。日本では、巻き込まれ文化があるから、注意しないと、病気を悪化させる。
    パキシルを処方された人達は、今、無事でしょうか?今の日本は精神薬多剤投与で苦しんでいる人がいっぱいいる。減薬は苦しい。人生が変わる事があるのが、精神薬。薬が処方されるのは、頭があまり働いてない時っていうのが…。賢い消費者にならないと、搾取されるのか。

  • ざっくりまとめ:
    精神疾患はもともと文化や時代によって多様だった。心因性疾患とは、曖昧で言葉にできない感情を、その時代の文化の中で苦痛のサインとして認識されている症状や行動で表現すること。
    しかし、グローバリゼーションにより、精神疾患はアメリカの分類や治療法に塗り替えられ、画一化しつつある。アメリカ流精神疾患を世界に輸出した理由は、製薬会社の利益と科学の絶対的信仰。

    - そもそも人生の中で体験するストレスは欧米(自立の葛藤)とアジア(社会への服従)で異なる
    - トラウマからの回復のあり方は多様(個人の心の問題を解決するアメリカと、社会的関係性によって回復するスリランカ)

    刺さった文章
    - 欧米のメンタルヘルスの普及から、人間性に関する理論や、個性の定義、時間や記憶の感覚、道徳観など、欧米文化の根本的な要求が知られるようになった。このうちどれも普遍的ではない。

    感想
    心理学の研究の分野でも、研究の対象者がアメリカ人であることが多く、世界で多様に存在する認知方法への理解が足りないのでは、という指摘を見たことが気がする。そのことをメンタルヘルスの分野で証明するような印象に残る本だった。

  • 香港での拒食症流行の原因はメディアの報道なのだと思った。テレビを見なくなって5年位経ったかな。病気もしなくなったし、事件や事故とも無縁だし、特に困ったことが起きなくなった。テレビを見る事によって無意識に不幸を頭にインプットしちゃってたのかもしれない。
    拒食症にはなった事はないけれど、ダイエットして痩せたら幸せになれるんだと思ってた時期はあった。自分では少しぽっちゃりだと思っていたから。でも健康診断では低体重と書かれる。これ以上痩せる必要ないのに、ダイエット情報を聞くとやってみたくなる。食事は食べ物を胃に詰め込む作業なので基本的に美味しい不味いはあまり興味がない。そもそも子供の時に肉とか魚を食べると具合が悪くなるという謎の体質だったので、人前で食べる行為自体がストレスだったんだよね。吐くの我慢するの辛かったし、肉魚を食べられない事は理解してもらえないし。今は一人暮らしだから自由に食事が出来るので本当幸せ!
    拒食症に限らず病気は助けてのサイン。体の声を聞いて、実際に出ている症状と内面の状態を観察しながら行動を変えていけるようになりたい。病気の原因は分かりにくいけど、自分の事は自分で癒すよ。薬や医者は病気を治す為に利用するモノであって、治すのは自分自身。オレを治せるのはオレだけだ。
    トラウマって本当にあるのかな?被災で不便な経験したけど普段思い出す事はない。親の葬式思い出すと何となく涙が出てくるけど、悲しいのか寂しいのか切ないのかよく分からん。色んな感情を味わうために今生きてるんだと思ってるよ。自然災害は諦めて状況を受け入れるしかないよ。アメリカの価値観押し付けないでよ。オレはアメリカ人じゃねーよ。

  • 世界を"アメリカ流"にしようとするグローバリズムの流れのなかで、うつ/PTSDが製薬会社の陰謀によって世界に蔓延しているという主張の本。

    陰謀論、特に食品とか薬とかは疑い出したらきりが無いというか事実無根であっても、疑いだしたら健康を害してしまって、結果陰謀にはまったようになってしまう・・・ということで眉唾にみてるんだけど、事実としてうつ/PTSDが"グローバル化"と共に世界中に蔓延して、結果製薬会社の利益になっているというのは事実のようで。

    第4章が「うつのメガマーケット日本」という章なのだけれど、これは日本翻訳を前提にかかれたのかな? だとしても、巨大市場であるということには違いないんだろうな。

    内容が内容だけにいちいち
    疑って読んでしまった。
    <blockquote>「実際の病気がどんな内容なのかという医者の意見は、理論と実践によって時とともに移り変わるために、患者に現れる症状もまた変化する」「つまり、心因性疾患の歴史は、症状が医学的に形成されるという力学的特性を持つことになる」(P.39)</blockquote>
    グローバル化の中で宗教、科学、風俗といった多様性があったはずの狂気の多様性も失われている。各国、地域によって心因性の症状が異なるだけでなく、何を病気とみなすかもそれぞれだったのに、全て"アメリカ式"に染められようとしている。

    <blockquote>「うつ病病やづ案の臨床の表現は、患者の属する文化や民族的な背景だけでなく、自身の置かれたヘルスケアシステムの構造や、家族、友人、臨床医との会話や、メディアを通して知りえた診断分類や観念とも相関関係にある。」たとえば、こうした考え方はグローバル化する世界の中で、「民族や文化、国や階級などの壁を越えて、常に影響し合い変化を遂げている。この文脈からいえば、精神医学自体がどんな場所でも同じように阿他はまるわけではなく、患者個人の病気の体験を完全に把握しきれないままに、ひとつの分類を世界に押し付けているに過ぎないものだ、との認識が重要である。(P.235)</blockquote>
    先にも書いたように「製薬会社の陰謀がー」という意見には同意できないのだけれど、こういった症例、症状は1980年代から顕著になってきたというし、ハリウッド映画が隆盛となり、アメリカの価値観、アメリカが望むライフスタイルを宣伝してきたことも要因に挙げられるのではないかと思った。

    ハリウッド映画の中で、それぞれキャラクターは悩み、壁にぶつかり、それを乗り越えていくわけだけれど、映画に描く必要の無いコモンセンスは(アメリカ人がアメリカでつくっているのだから)アメリカのものになるわけで。多国籍展開が当たり前になっても、アメリカの常識の沿って作られているわけで、それを見た人はアメリカ文化に馴染んでいく。そこと実際に自分が属する社会との齟齬にウツウツとなる。等等・・・。

  • 日本のうつ病のところだけ読む。
    パキシル常用してるからねわたし、それはそれは興味深かったよ。
    これきっと事実で、なるほどよろしくないことは理解した。製薬会社ばかたれだよほんとどうしてくれるんだ。

    病人は商売道具なんだなあ。

    私はパキシルのんでてよくなったラクになった実感を持ってる、少数派の効果ありグループなのだろう。
    もしかしたらのまなくてもいいのかもしれんけど、断薬がきついのも経験済みで、今はパキシルに助けられて生きているので、
    今後もしかして処方できなくなるようなことになったら困るなあ…。
    まあよい金蔓かもしれんなあ。


    まあそのあたりは勝手にやってもらうとして、
    私たちは生きのびるために、情報を得るアンテナと判断する知恵がいるのだね。
    理不尽な気もするけど、消費者もかしこくならんといかんのだね。

  • 今や世界を席巻する超大国アメリカ。その影響力は他の国民たちの精神にも大きな影響を与えていた。香港で流行する拒食症・スリランカを襲った津波とPTSD・ザンジバルの統合失調症・日本のうつ病。世界中のさまざまな精神疾患をケーススタディとし、その原因に深くかかわる流行しすぎたアメリカ流超内的観・超個人主義を浮き彫りにしている。

    『、単にグローバルVSローカルということだけでなく、科学VS文化人類学という争点をも見出すことができる。』と評した内藤順さんのレビューは参考になった。

  • 学術的だし、医学も変わるのだなと思った。物事の捉え方が変わる。

  • 心理
    病気

全31件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

イーサン・ウォッターズ:『ニューヨークタイムズマガジン』『ディスカバー』など多数の雑誌に寄稿しているジャーナリスト。サンフランシスコに妻子と在住。

「2013年 『クレイジー・ライク・アメリカ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

阿部宏美の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×