〈わたし〉はどこにあるのか: ガザニガ脳科学講義

制作 : Michael S. Gazzaniga  藤井 留美 
  • 紀伊國屋書店
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レビュー : 38
  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784314011211

作品紹介・あらすじ

世界最高峰の学者だけが教壇に立てる「ギフォード講義」をもとにまとめられた本書で著者は、脳科学の足跡を辿りつつ、精神と脳の関係、自由意志と決定論、社会性と責任、法廷で使用されはじめた脳科学の成果の実態などを、やさしく語りかけるように論じる。行き過ぎた科学偏重主義に警鐘を鳴らし、人間の人間らしさを讃える一冊。

感想・レビュー・書評

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  •  2日前、ノーベル医学生理学賞の発表がニュースになっていた。「脳内のGPS(衛星利用測位システム)」がどのように働くのかを解明したとして3人の研究者に授与すると発表した。それだけ、脳は人間にとってまだ、未知なる領域が残っている。

     そんな脳に関して考えて行ったのが今回の本だ。脳とは何か、人間にとって脳はどういうものかを問い、解説している。

     脳の配線に関して、脳を制御しているのは一つのものではなく、いろいろ張り巡らされていてかつ、物事を認知する能力を持つ脳は分担が決まっていて特定の領域で処理すると言う2重構造になっているそうだ。

    そういえば、「脳は有り合わせで出来ている」と言うのを読んだことがある。本能に基づいて判断する「古い脳」に、今の人間が考えたり、行動するような複雑な「新しい脳」が重なる2重構造ならなっている。その影響で、食べ物を必要以上に蓄えようとして肥満になる人が出る。

     脳の構造がもっと明らかになってくれば、今話題になっている「イスラム国」のような邪悪な集団に加担しようという誘惑にかられずに済むような研究が出てくる可能性が出てくるかも知れない。

    http://www.sankei.com/life/news/141006/lif1410060055-n1.html

  • ガザニガの本のカバーはスキンヘッド率が高いな、しかも今回は乳首まで(笑)。内容はそれに輪をかけて刺激的。本書でくみ上げられる知見を評するのに、「トンカツ問題」に還元するお粗末な訳者あとがきは論外として、日本人にはどだい馴染みが薄い「自由意志」の議論に思い悩む必要もあるまい。翻訳タイトルの「<わたし>はどこにあるか?」旅に出てもわからないし、単体の脳をどれだけ探っても見つかるまい。原題の「責任者は誰か?」「責任感と自由が存在するのは、人間どうしのやりとり、つまり脳と脳の間の空間」で、社会的接触から生まれる。
    見返しには「私たちは人間であって、脳ではない」、あとがきにも「人間であることのすばらしさを、科学に奪われてなるものか」。認知神経科学の第一人者にして、まさに"アメリカの養老孟司"。「私たちは人間であって、脳ではないのだ。脳が作り出す精神が、他の脳と作用しあった時に生じる抽象作用、それが私たちだ」。読みながらずっと小林秀雄の言葉が思い浮かんだ。

  • 脳科学だけでなく、物理学、生物学、政治哲学まで幅広い分野を横断している素晴らしい書籍である。自由意思への解釈については、ネガティブなものからポジティブなものに変わった。時間をあけてもう一度じっくり読みたい。

  • ふむ

  • モジュール、創発、分離脳、インタープリターモジュール、
    ミラーニューロン、etc. 今まで読んできた「意識本」を
    総括するような内容。講義を元にした本なので、そう感じた
    のかも知れない。ホフスタッターの本を読んだ時に肝心な
    ところがよくわからない、エッシャーの絵のような印象を
    持ったのだが、それに比べればはるかに読みやすいこの本
    でも同じような手応えが残ったというのは、「わたし」が
    どこにあるのかは、まだよくわかっていないし、脳科学も
    まだまだこれからの分野ということだろうか。「自由意志」
    を単に一つの脳内の問題では無く、社会的な脳と脳との間に
    生じる問題だという指摘は興味深かった。

  • サイエンス

  • 〈わたし〉はどこにあるのか: ガザニガ脳科学講義

  • 読みやすい。そして少しわかりにくい。優れた一冊。

    自由意志は存在するのか、というテーマに絡めて「今自分がどこにいるのか?」といった認知に関する問いかけを連続して浴びせられる。

    そしてヒュームの「人間は自由にあるとともに、因果的に決定されている」というあたりに落ち着く。

  • <わたし>はどこにあるのか
    認知神経科学の父とも言われるガザニガによる脳科学の講義についてまとめたものである。脳科学の進歩によりどのように脳の機能が解明されてきたかを説明しながら、意識や自由意志、人間の社会的関連性や法律や文化について議論している。そしてそれらの影響と脳の関係についても議論していて議論の幅が広い。
    脳は脳細胞、脳神経からできており、さらに原子、分子からできているため物理法則から逃れることはできず、決定論から逃れることはできないと言う考え方がある。それに対しては、量子力学の確率的な可能性よりも複雑系の考え方をとり結果は予測できないとしている。しかし、どうもごまかしているように感じてならない。つまり予測することができないので意識は決定論では説明できない、あるいは決定論的ではないと言っているように思えるが、果たして正しいのだろうか。
    脳の基本的な配線は、生命の遺伝的プロセスと自然淘汰により作られており、DNAに書き込まれている。そして、脳は各部の脳神経組織による分散処理システムであり、左脳のインタープリターが見たり聞いたりした現象を説明していると言うことが示されている。そしてそれらは脳障害の事例や心理学的な実験を含めて説明されており興味深く、それらの機能の範疇でしか作動しないと言うことでもあり、人間あるいは個人の限界を感じざるを得ない。
    また、機械なら故障は修理すると言うことになるが、人間の行動の問題は脳の故障として直すのか、それとも自由意志の結果だとして罰を与えるのかという議論も興味深い。
    人間の行動に関しては脳が勝手にやったのか、自由意志による選択によって行動したのかと言うことは重要な問題であり、人間社会の法律判断、選択による自由などについて法廷でも脳科学が判断に使われ判決に影響している。
    興味を引く議論は多々あるが、やはり自分が自分をコントロールしていると言う感覚は存在している。それはどうやら各部の脳の活動のダイナミクスの中で生じている感覚を意識と呼んでいるだけではないのか。つまり、実際のところ何も存在しない、言ってみれば「空」なのかも知れない。

  • 脳科学の最先端(原書2012年)
    どんどん次が読みたくなる面白さ。
    脳に中心はない。あるのは入力を処理するたくさんのインタープレターだけ。

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