なめらかな社会とその敵

著者 :
  • 勁草書房
3.68
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本棚登録 : 811
レビュー : 56
  • Amazon.co.jp ・本 (276ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784326602476

作品紹介・あらすじ

「なめらかな社会」が近代をメジャーバージョンアップする。近代民主主義が前提としている個人(individual)という仮構が解き放たれ、いまや分人(dividual)の時代がはじまろうとしている。人間の矛盾を許容して、分人によって構成される新しい民主主義、分人民主主義(Divicracy=dividual democracy)を提唱する。

感想・レビュー・書評

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  • 本書のタイトル『なめらかな社会とその敵』は、カール・ポパーの『開かれた社会とその敵』を意識して付けられたことは明らかであろう。同書は、大戦時に書かれ「開かれた社会」= 自由主義に対して、全体主義・共産主義をその敵とみなして批判し、そのルーツを当時影響力を持っていたプラトン、ヘーゲル、マルクスに見たものである。ポパーによる著作が書かれた当時の、開かれた社会への移行とその後の成功を、自身の提唱する「なめらかな社会」への移行に重ね合わせようとしているのだろう。
    ポパーは、ある理論が科学として成立条件として反証可能性を掲げたことで有名である。著者は、本書で構築した自身の理論を反証可能性をもつものとみなしているのだろうか。ポパーの著作のタイトルをなぞったことからも、そうだと想像できる。著者がそう考えている節は「数学的に形式的で、実行可能な方法として、人々にとって想像できるかたちとして提示した」ことを本書の特徴としていることからもわかる。ただ、読了後にまったくそれとは正反対の感想をいだくことになった。

    タイトルにもある「なめらかな社会」とは、著者によると複雑なものを複雑なまま受容する社会である。有限の認知能力のままでそれを可能とするためのシステムとして現実化する試みと捉えることができよう。著者は、「ここに近代のメジャーバージョンアップとして、なめらかな社会という概念を提案することにしたい」との意気込みを見せる。「この複雑な世界を複雑なまま生きることは、いかにして可能か。本書はこの問題を対象としている」のだ。一方で、「なめらかな社会の構想を批判することは容易だろう。なぜならば、これほどの大きなパラダイムの変化であるから、現実的な問題がいくらでも思いつくであろうからである。こうした問題のすべてに解決策を用意しうることは、著者の能力をはるかに超えている」ということで批判に対して予防線を張る。ただ、問題は構想実現への現実的な問題ではなく、そもそもの議論の入り口にあるような気がする。

    導入部にあたる第一章で、【膜】を"資源の囲い込み"、【核】を"中央集権的な組織"、のメタファーとして、生物と社会の相似をそこに見る語り口は、知的作業として面白いと感じる。また、生体と社会双方における反応ネットワークの役割を強調し、オートポイエーシス=自己維持性、を生命システムの説明原理にもってきて、社会システムに敷衍するのはひとつの見識だ。リベットの自由意志に関する実験、ラマチャンドランの自我に関する認知心理学、ミラーニューロンなど最新の脳神経生理学にもきちんと目配せをしているし、行動経済学の理論にも正当に言及している。

    一方で、本書の抱える最大の問題(と自分には思えるもの)は、数式上だけで何かをもてあそんでいるかのようなテクニックに走り、おそらくは著者の意図に反して、そのために現実感がなくなっているということである。さらに、「なめらか」を説明するための数学的な道具立てとして不必要にシグモイド関数を持ちだしてしまうところは、ますます著者が脆い論拠立てに走る傾向を示しているように思う。全体として少なくとも技巧に走って魂とも言うべきものが抜け落ちている印象を与えている。
    ネットは革命的であろうし、そこではNothing is impossibleだと正しく言いつのることもできる。ただ論理的に正しいことが、その正しさを何ら保証もしないということは論理的にも当然である。数学的モデルの整合性に腐心し、導入に向けてのプランや必然性が見えない。著者が主張するシステムに移行するためのインセンティブが見いだせないがために、現実感が伴わないのだ。

    以上やや批判的な調子で取り上げてきたが、本書でうたわれている"理論的"成果は、新しい流通貨幣としてのPICSYと新しい投票システム(評価システム)としての伝播委任投票システムであろう。以下、それぞれを見ていく。

    【PICSY】
    価値が伝播するという興味深い性質を持った貨幣システムとして、伝播投資貨幣PICSYが提案される。貨幣を経済システムにおける血液、資本をその流れのよどみとして資本を棄却する試みであるように見える。
    行列をこんな風に使うのかとある意味で感心する。確かにマルコフ過程として理論上は成立するのかもしれないが、各イベント結果の波及到達に時間差があり、相互依存もある中で現実的に成立しないのではないかと思う。このミクロの解析から、マクロが成立すると信じることができないのである。

    なお著者は、地域通貨のロジックとして、2000年刊行の『NAM生成』にも寄稿している。"NAM"はNew Associationist Movementの略で、柄谷行人が2000年初頭に主宰した「運動」である。理論を実践に移す場であろうとしたが、現実社会において大きな流れになることなく、数年で解散している。
    NAMの運動では、LETS(地域通過)による価値交換が模索されていた。その関連で『NAM生成』には著者による「ネットコミュニティ通貨の玉手箱」というタイトルの42ページほどの作品が収められている。今再読すると、本書に収められているネット通貨論の多くがすでにほとんどそのままの形で提案されている。著者にとって地域通貨の問題はずっと温め続けていた案なのだ。

    一方、実際の世界における中央銀行を持たないネット通貨としてbitcoinがすでに一定量流通している。現実の通貨との為替レートも変動相場制となっており、投機目的の売買も中にはあるようである。
    https://www.weusecoins.com/ja/
    ネットの世界では理論よりも実践が好まれる例だろう。

    【分人民主主義】
    新しい考案である伝播委任投票システム (Propagational Proxy Voting System)を提示し、「ネットは民主主義を再発明できるか」を世に問う。
    分人民主主義(divicracy)や伝播社会契約についての議論に対しては、近代民主主義システムを疑い、現在の仕組みが技術的制約からの帰結でもありネットワークを活用することで変革をするべきであるところは同意できる。ただ、またそこから数式をあえて使ってややこしい理論構築に走っているのはいただけない。

    伝播委任投票システムについては、投票権を他人に分割して委託することに関する、不正防止についての仕組み(インセンティブ)が必要であろう。
    これらの論点については、東浩紀の『一般意志2.0』とともに読まれるべきだと考える。

    先に述べたNAMが、最後はくじ引きでリーダーを決めるなど、投票システムにおいても共同体構築の実験の場であったことが思い起こされる。ここまで見ても柄谷が起こした運動と、具体的解決策は違えども問題空間を共有していることがわかる。

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    その理論の目指す射程は広いが、実際にその弾の届くであろう範囲はごくせまいと言わざるをえない。このままだと頭がいい人が何か言っている、ということに留まりかねない。何がよくなるのかが説明されないと何人も説得され得ない。

    著者からするとそんなことはわかっているし君が読みこめていない分も含めて考慮済みだと言われそうだが、本書に書かれた内容の社会的受容という面に関しては大きく間違っていないようにも思う。残念ながら「閉ざされた社会」での議論に留まり、そこからの発展的な現実性が見えてこない。

    もちろん、ネットによって経済と政治が変わるのは確実ではある。本書がターゲットとする時期がいつを想定しているのか不明であり、それによって本書の評価は違ってくるべきかもしれない。



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    P.28でオートポイエーシスが興味深い4つの理由がある、としながら3つしか書かれていなかったりする...あらさがしですが。

  •  勁草書房では浅田彰「構造と力」以来の売れ行きだそうで。有名ブロガーも取り上げていて、けっこう話題になっている。
     ちょうど今年は浅田彰の「構造と力」が出版されてから30年、それを受けた東浩紀の「存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて」から15年目という節目で、本作はまさに浅田彰的な80年代ニューアカ思想と東浩紀的なゼロ年代情報社会論の両方を架橋する内容になっている。
     まず、前半部において、鈴木の提唱す”なめらかな社会”の基礎理念の・理論が提唱されるが、これは極めてニューアカ的。”なめらかな社会”を「いたるところ微分可能」と表現しているが、この微分という思想はまんまドゥルーズだし、マトゥラーナ=バレーラの提唱した生命システム論であるオートポイエーシスをその議論の基礎づけに用いているのもいかにもそれっぽい(彼らの著作「知恵の樹」は浅田彰が解説書いていた)。鈴木自身も柄谷行人の「NAM生成」にも参加しており、そこでの議論が本作のベースになっているそう。このあたりの位置づけを考えるなら80年代ニューアカの正統な後継といっていい。
     その一方で、中盤以降にかけては、なめらかな社会を実現するためのシステム実装に話題が及ぶが、ここではニューアカから一線を画した具体性を帯びてくる。鈴木が実装の中心に据えるのは、伝播投資貨幣PICSY、文人民主主義、構成的社会契約論(具体的なモジュールとしてはPICSY、伝播委任投票、伝播社会契約、伝播軍事同盟)であるが、これはいずれも情報技術によって環境そのものを設計し制御しようというシステム。こちらは、GLOCOMのisedや東京財団のVCASIあたりの制度設計に関する学際研究と繋がる。こういう実装にかかる思想は、ゼロ年代の思想シーンの成果と言える。
     理念としてのニューアカと実装としての情報社会論という組み合わせで、極めて射程の広い、遠大な論考が展開される。数式は出てくるわ、大量の参照はあるわで、読みきるのにはなかなかな骨が折れるが、そのぶん頭をフル回転させて読むととてもエキサイティングな内容。まあ、とりあえず、評価経済がどうの言ってる人らはこれくらい考えてからものを言ってくださいと。
     しかし、理念も実装もその可能性を感じることができるのだが、それにもかかわらず”なめらかな社会”が実現したとして、どういう世界になるのかがいまひとつイメージできない。”なめらか”という言葉は美しいけれど、どうにも全体主義的な印象を拭い切れない。マトリックスな世界でもビッグ・ブラザーな世界でもうまいこと制御してそれで平穏で快適でなめらかならいいじゃんとさえ言っているように思える。もっと泥臭く地を這うようにして実現される自由があるんじゃないかと思うのだが。

  • 非常に難しい本だったが、面白い!

  • 2018年5月④

  • 細胞と身体の皮膚と国家に共通して膜があるとし、生命のあり方から国家までを考えた労作だが、なめらかな社会は実現しないだろうなぁと思うだけだった。生命は結局のところ自己維持するネットワークに過ぎないというのは事実の一つではあるだろうが、理系の人は所詮、試験管の中でしかものを考えられないのだと思う。生命とは調和であり、全にして個、個にして全なのだ。生態系から外れた人類は、生態系に戻るしか調和することはできない。科学で生命を理解したような気にならず、生態系から学ぶことを著者にはオススメしたい。

  • レビュー省略

  • 戦争や貧困、なぜ世界に不条理がうまれるのか。
    世界のしくみを「核と膜」という生物学的な視点でとらえ、この複雑な世界を複雑なまま生きることは果たして可能なのか、を問う。
    理論を打ち立てるだけでなく、第2部以降ではその実践方法も提案している。

    人間は世界の複雑さを飼いならし、自分たちが使えるレベルに単純化するために、核と膜をつくって社会のシステムとした。
    そして、築き上げたシステムを維持するために、そのシステム自体を自己根拠としてしまう負の連鎖が起こっている、と。

    生命システム とは、
    =オートポイエーシス
    つまり、自分自身を維持するシステム であり、
    自分自身のルールを書き換える存在である。と。

    世界の圧倒的多数のシステムは、核と膜の考え方の上に成立している。たとえば企業は、膜と膜内部のシステムをどれだけオリジナルでつくれるかを競い、その競争に勝利した企業が利益を上げる仕組みになっている。
    大きな変革を起こすには、この世界を構築している大きなシステムである政治、貨幣、社会システムを変えなければいけない、と。

    うーんむずかしい…

    ざっくり言ってしまうと、インターネット系の人の考え方だな、と思った。
    インターネットの世界では、オープンソース、機能の分散、権限の移譲、といった考え方が浸透している。
    そのルーツは、1960~70年代のアメリカで管理社会からの自由をめざしたヒッピーカルチャーにたどり着く。たとえばアップル。

    とくにインターネット系の企業では、ホラクラシーといわれる命令系統が存在しなくても成り立つ会社が存在するのは事実。この本で提唱されている新しい世界のシステムのあり方が、部分的には実現されている。

    今は机上の空論で夢物語のように思える理論でも、300年後は当たり前になっているのかもしれないし、なっていないかもしれない。既存のシステムと新しいシステムが混在する世界になっているのかもしれない。

    それにしてもむずかしい本です。
    第1部だけかろうじて読み終えてヘトヘト。第2部以降はまたいずれ…。

  • 最近、社会のあり方って「個人」を前提とした社会しかありえないのだろうか…?とぼんやりと思っていたので、似たようなことを考えている人がいて、すかっとした。数式は全然わからないが。

  • 「なめらかな社会」ってのがイマイチわからないまま読了。あと5回くらいノート取りながら読み続ければある程度までは理解できるかなぁ。
    ただゲームが色々と使えそうだってのはヒントになった。
    とりまjavaとjava scriptとC#と英語の勉強しようと思います。
    また読んだらリライトします。

  • ある種のSF、思考実験なんだろうけど、PICSYの所は着いていけませんでした。

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