ハックルベリー・フィンの冒けん

制作 : 柴田 元幸 
  • 研究社
4.27
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本棚登録 : 183
レビュー : 13
  • Amazon.co.jp ・本 (558ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784327492014

作品紹介・あらすじ

★柴田元幸氏がいちばん訳したかったあの名作、ついに翻訳刊行。
 ●オリジナル・イラスト174点収録
 ●訳者 柴田元幸氏の作品解題付き(2017年、第6回早稲田大学坪内逍遙大賞受賞)


「トム・ソーヤーの冒けん」てゆう本をよんでない人はおれのこと知らないわけだけど、それはべつにかまわない。あれはマーク・トウェインさんてゆう人がつくった本で、まあだいたいはホントのことが書いてある。ところどころこちょうしたとこもあるけど、だいたいはホントのことが書いてある。べつにそれくらいなんでもない。だれだってどこかで、一どや二どはウソつくものだから。まあポリーおばさんとか未ぼう人とか、それとメアリなんかはべつかもしれないけど。ポリーおばさん、つまりトムのポリーおばさん、あとメアリやダグラス未ぼう人のことも、みんなその本に書いてある。で、その本は、だいたいはホントのことが書いてあるんだ、さっき言ったとおり、ところどころこちょうもあるんだけど。
それで、その本はどんなふうにおわるかってゆうと、こうだ。トムとおれとで、盗ぞくたちが洞くつにかくしたカネを見つけて、おれたちはカネもちになった。それぞれ六千ドルずつ、ぜんぶ金(きん)かで。つみあげたらすごいながめだった。で、サッチャー判じがそいつをあずかって、利しがつくようにしてくれて、おれもトムも、一年じゅう毎日(まいんち)一ドルずつもらえることになった。そんな大金、どうしたらいいかわかんないよな。それで、ダグラス未ぼう人が、おれをむすことしてひきとって、きちんとしつけてやるとか言いだした。だけど、いつもいつも家のなかにいるってのは、しんどいのなんのって、なにしろ未ぼう人ときたら、なにをやるにも、すごくきちんとして上ひんなんだ。それでおれはもうガマンできなくなって、逃げだした。またまえのボロ着を着てサトウだるにもどって、のんびり気ままにくつろいでた。ところが、トム・ソーヤーがおれをさがしにきて、盗ぞく団をはじめるんだ、未ぼう人のところへかえってちゃんとくらしたらおまえも入れてやるぞって言われた。で、おれはかえったわけで。
——マーク・トウェイン著/柴田元幸訳『ハックルベリー・フィンの冒けん』より

感想・レビュー・書評

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  • これを初めて読んだのは小学生のころでしたが、当時は『トム・ソーヤの冒険』が圧倒的な人気で、続編のようなイメージをもたれた本作はかなりマイナーな存在だったのをよく覚えています。私は本作が断然好きで独りはしゃぎ、で、それをしゃべる同級生がいなかったのはちと寂しかったな~なんてことをつらつら思い出して懐かしくなりました。

    今回、柴田元幸さんの新訳が出たのを機に、彼の翻訳の『トムソーヤ』&『ハック』をあらためて読んでみると、大人になったいまでもやっぱりわくわくして愉しい♪

    著者の回想録のような雰囲気で書かれた『トム・ソーヤの冒険』の語り手は大人。ということでしっかり大人の視点から小気味よくユーモア満載で、面白い作品に仕上がっています。
    それに対して、本作の語り手は浮浪少年ハック。そのたどたどしい語りはやっぱりまだ子どもらしくて愛らしい。
    そんなトウェインの労作を伝えようと柴田元幸さんがいい仕事をしていますね。あえてひらがなで訳していく徹底ぶりにもびっくり仰天。また174点の挿画は躍動感にみちていてうっとり見惚れてしまい、思わず塗り絵をしたくなるような素晴らしさ。しかも章の冒頭にはオリジナルの文章も掲載しています。トウェインの優しい雰囲気が伝わってきて、二倍、三倍と楽しめる素敵な本に仕上がっています。

    当時のアメリカ南部、とくに奴隷制度の残る田舎まちで育ったハックは、彼らを逃がしたり匿ったりすることは大罪になることをよく知っています。でもハックは逃亡奴隷のジムを一人の人間として、そして友人としてともに自由を求めながらミシシッピ川を小さなな筏で旅していきます。そんなハックの苦悩や少年らしい朴訥とした心のありように感動します。またジムの素っ頓狂な迷信やまじないの可笑しさ、大人の滑稽さ、ユーモア、人種を超えた人としての優しさや家族・友人を慕う豊かな人間性……壮大な珍道中にトウェインのさまざまな思いがこめられているようで泣けてしまいます。

    そしてなんといってもこの作品を貫く雄大なミシシッピ川の描写が素晴らしい。ゆったり優しくときに激しく荒れ狂う流れのように、時とともに移りゆく人間の営みのはかなさや寂寥感や郷愁さえもその大河とともに流れ去っていくようです(ちなみにトウェインはミシシッピ沿岸で幼少期を過ごしています)。
    こんな感覚は子どものころにはなかったよな~やっぱりいい本は大人になって再読してみるものね~としみじみ思いました。

    この作品を見るたびに相まって思い出すのは、この本が人種差別をひどく助長するという理由でアメリカの公立図書館から撤収されたという報道。それを学生のころに耳にしたときは、アメリカの人種差別の根深さに唖然としたものです。

    それからもうだいぶ時が経ちましたが、自由を標榜するアメリカで、はたして本作を読めるようになったのだろうか? 皮肉なことに日本ではアメリカの文豪の作品が昔もいまも自由に読める、それは幸せなことかもしれないな……そんなことをふと想いながら、表紙のかわいいハックをしげしげと見つめたのでした。

  • 日本では「ハックの冒険」より「トムソーヤーの冒険」の方が有名ではないだろうか? にもかかわらず,オールタイムベストの類に選ばれているのは,かならず「ハックの冒険」の方である.この認知度(日本での)と評価のずれは,一体何なのだろう? とかねてから不思議に思っていたのだが,そこに鳴り物入りで柴田元幸訳の本書が登場したので,読んでみた.
    ハックはまともに教育も受けていない,なかば浮浪児であるが,そのハックが自分で書いたという設定が絶妙で,ハックのたどたどしい文章を通じて,彼の冒険の数々が生き生きと浮かび上がる,また冒険の道連れとなった逃亡奴隷のジムも当然ながら無学で,この二人が様々なトラブルに巻き込まれる道中が,そしてそれに対する二人の心からの反応が,彼らの周りの一見立派な世の中の矛盾を浮き彫りにする.
    あとがきによればヘミングウェイは最後の10章分は読まなくていいと言ったというが,まあ,ここは必要でしょう.
    で,最後になったが,何よりも翻訳が素晴らしい.本書の魅力はハックが書いたという設定の,誤字だらけで平易な単語しか使っていない文章にある.それを平仮名ばかりで「読みにくいの一歩手前」で訳した翻訳者の力量は,本当にすごいと思う.

  • 長くてどうなることかと思ったけど、無事読み終わりました。柴田さんによる新訳は素晴らしい試みであり、これがアメリカ文学の源流であることはわかるのだけれど、最初の150ページくらいは肝心の物語が正直そこまで面白いと思えず困惑した。でも、「王と公しゃく」のインチキコンビが出てきたあたりから俄然面白くなってきて、終盤またちょっと飽きながらも、最後は読んでよかったと思えた。柴田さんの解説によれば、ラストのトムの茶番劇をヘミングウェイは「読まなくていい」と否定したという。私がこの茶番劇を読みながら思い浮かべたのは、先週観てきたばかりの「二月大歌舞伎」。「仮名手本忠臣蔵」のお軽(菊之助)と平右衛門(海老蔵)兄妹の掛け合いがやたらと長く、面白いし芸も見事だとわかっていながら「うわあ、これいつ終わるの…?」とお尻がモゾモゾしたものだ(一緒に観た友人たちも同じだったらしい)。でも、もしかしたら、昔は時間はもっとゆったりと流れていて、現代ではくどいと思える描写ものんびり楽しんでいたんじゃないかな(それか、私の教養が足りず、楽しむべきポイントを逃してるって可能性も高い)。柴田さんの解説には、ライ麦畑で「all of sudden」が頻出する(せわしなさを表す)のに対し、ハックでは「by and by」が悠然と使われる、と書かれていたこともヒントになるかな。「何が語られているか」も大事だけど、この小説の場合「どう語られているか」はとりわけ大事、というのもすとんと納得。柴田さんの朗読でのんびり聴いてみたいなあと思った。それと、公しゃくの偽名の「ビルジウォーター(船底にたまる汚水、みたいな意味)」だけど、『ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ』で、ヘドウィグのバンドがどさ回りするダッサいクラブの名前も「ビルジウォーター」だったよね。これって引用だったりするのかなあ、とぼんやり思ったり。

  •  あいかわらず、引っかかりがなくスルスルと入ってくる訳文だ。
     難しい漢字が全てひらがなになっている。これは原作の文章の雰囲気を日本語的表現で反映しようとしたためとのことだが、ちょっと読みにくい(原作のスペルミスだらけの英語を読むときのネイティブも、同じように感じるのだろうか)。
     ハックの大冒険の物語の詳細よりも、印象深く残っているのは風景の描写だ。筏で迎える川の夜明け、あらし、夜更けの航行の様子は、どれも目の前でハックの目線で見ているような気になった。どんな豪華な食べ物も衣服も、自由と空と川と森の美しさには勝てないのだろう、ハックにとっては。

  • なんてこってしょ!

    ハックとトムの物語が、こんなに魅力溢れる本だったとは知らなかった!

    子どもの頃から何かのおりに、トム・ソーヤーや、ハックルベリー・フィンの名は聞いていて、そうか、男の子のロマンなのかな?くらいにしか思っていなかったし、2人が友だち?悪友?だったって事も知らなかった。

    柴田元幸さんの肝入りの翻訳というのと、この素敵な装丁に惹かれて読んだのだけど、とんでもない冒険しちまったよ!ってな感じ。

    ハックは、現代ならば、DV親父の下で暮らす貧困児童。
    でも、彼らの時代はそんな言葉はなく、ハックの自由さに驚くばかり。
    父親がダメなこともよくわかってるし、関わりたくないのだけど、善良な叔母さんたちに躾られるのも真平ごめん!

    そして、巧みな、男の子らしい計画によって、島を抜け出し、いかだに乗って自由な旅に出る。でも、図らずも自分の叔母さんのニガーと出会い、叔母さんのニガーを盗むなんて、いけない事だと思いながらも、ニガーのジムを大切な友人として2人で自由へと冒険して行く。

    フィンの目的はただの冒険と自由でなく、とりあえずはジムを自由にしてやる事に変わってゆき、ユーモアたっぷり、冒険たっぷり、いろんな大人たちに巻き込まれながらミシシッピ川を下ってゆく…

    おかしな公爵だか王だかというペテン師と旅しても、ハックは誰よりも分別があり、知らずに身についた信仰もあり、本当に素敵な男の子の振る舞いをしてゆく。ジムのハックへの愛も素晴らしい。子どもの冒険を守るべく大人の存在として、愛のかたまりみたいだ。

    そして、トムが現れる!トムがやって来てからのこの子たちのほんとにバカみたいな男の子の様子が、お腹を抱えるほどおかしくておかしくて…

    でも、時々本当に切ない。
    奴隷制度廃止運動が起こり始めたアメリカの社会を子どもの目を通して描かれている。白人たちはそれぞれにニガーを所有しているけれど、本当に奴隷として扱っているかというと、まるで家族のように暮らしていたりする。
    ニガーたちの身分の低さが悲しいのだけど、ちゃんと愛も描かれていて、子どもの文学って素晴らしいなと思わせる。

    どういう意図でマーク・トウェインがこの物語を書いたかは、柴田元幸さんが解説で詳しく書いている。ニガーという言葉に対しても。

    そういう背景はともかく、本当にこのフィンの冒険を読めば、全て体感できる気がする。何が正しくて、何が悲しいのか。そして自由の身でありたいハックルベリー・フィンだけど、ちゃんと素晴らしい大人が周りにいて、行きて帰りし物語、子どもが読むにふさわしい物語だと私なんかは安心してしまった。

    また、アメリカの男の子たちの無邪気なおバカさの原点も見た気がするかなー。私、ハリウッド映画が大の苦手なんだけどw

  • 柴田元幸|トークショー&サイン会|HMV&BOOKS SHIBUYA|インストアイベント
    http://www.hmv.co.jp/st/event/31524/

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    柴田元幸がいちばん訳したかったあの名作、ついに翻訳刊行。
    ●オリジナル・イラスト174点収録
    ●訳者 柴田元幸氏(2017年、第6回早稲田大学坪内逍遙大賞受賞)の作品解題付き
    http://books.kenkyusha.co.jp/book/978-4-327-49201-4.html

  • 新訳、と聞いて読んでみたが普通に読みづらかったので断念。気が向いたら旧訳に挑戦予定。

  • 訳も自然で読みやすいし、解説も分かりやすいし、イラストも当時のままを載せているとのことで、すごく良かったです!ハックっていい子だね。

    ジムが娘のエリザベスを誤解から叩いてしまってひどく後悔している逸話が印象的だった。150年くらい前の話だけど、人間ってそう変わるもんじゃないんだね。

  • 愛溢れる訳業です。
    ハックの素朴な語り口がたまりません。善悪ってなんだろう。自己評価は低いがハックは教えられたとおり鵜呑みにするのではなく、自分の頭で考える。またアウトローなハックの視線は私たちからするとはっとするような示唆を富む。ハックは自分のため、それからジムのため、いかだで川下りの冒険をする。
    クズな父に育てられたハックはクズの大人の対処法を心得ているが、ジムを勝手に売った彼らを捨てる、ここがこの物語の彼の転換点かと思います。
    31章でハックが自分の利己的な悪に打ちのめされ、善にすがろうとするも、ジムのことを思い「地ごくに行こう」と決心するシーンはなかなか胸を打ちます。サウスパークのギャリソン先生的にはここらへんがゲイなのかしら。。。揶揄抜きに、ハックとジムの関係は独特の思いやりがあり温かです。
    最後はトム・ソーヤーがでっぱって彼の力技で締めるのも面白かった。この訳で読めてよかった。

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著者プロフィール

マーク・トウェイン 1835年ミズーリ州フロリダに生まれる。4歳のとき、ミシシッピ川沿いの村に移り住み、自然に恵まれた少年時代を過ごす。12歳で父親を亡くし、生活のために印刷工、蒸気船の水先案内人、新聞記者など様々な職業についたが、やがて『トム・ソーヤーの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』『王子と乞食』など多くのすぐれた作品を世に送り出し、アメリカの国民的作家となった。

「2019年 『さらわれたオレオマーガリン王子』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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