わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)

著者 :
  • 光文社
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本棚登録 : 1983
レビュー : 241
  • Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334033224

作品紹介・あらすじ

「わからない」ことよりも、「わかったつもり」でいることの方がはるかに問題だ!理解力・読解力を磨くための一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 読解に限らず、人とのやりとりでも、
    「もうちょっと考えたら本当の意味、わかったのに…。オレの馬鹿」と自己嫌悪に陥ることはよくある。

    もうちょっと考えないのは、決して時間がなかったわけではなく、その時点では、分かっていたから。

    その辺の心の落とし穴を国語教材を通して
    明らかにしてくれる好著。

  • まさか、小学校の教科書をテキストに文章の奥深さを解説されるとは思わなかったよ。簡単だからといって見逃してはいけないサインが必ずあるし、理解にはそれまでに蓄積された知識が使われることも分かった。
    分かった=停滞状態、のままにするのではなく、その先に何があるかを考えることが大事、ということ。

    • 双竜さん
      裏を読み取るのはビジネスも一緒。それが小学校の教科書で学べるんだから、すごいよね。
      裏を読み取るのはビジネスも一緒。それが小学校の教科書で学べるんだから、すごいよね。
      2012/01/07
  • 「この本は、文章をよりよく読むためにはどうすればよいのかを述べたのものです。実は、よりよく読もうとするさいに、私たち読み手にとって最大の障害になるのが、自分自身の『わかった』という状態です。」

    とあるとおり、この本は文章をよりよく読むためにはどうすればよいのかを述べた本で、読書術の本といえるでしょう。
    この本では、その「わかったという状態」、つまり「わかったつもり」の事例を紹介して、よりよく読むためには、その「わかったつもり」を壊し、「文脈」を精査しながら読み進めることが重要性であると解いています。
    考えてとしてはわかる。
    しかし、事例紹介に重きを置いて、具体的な方法論の記載に乏しく、実際の行動につながりにくいのは残念である。

  • 本書は哲学書ではない。純粋な文章読解力の向上を目指した本である。(最終的にセンター国語の問題を解いたりする。)

    本を読む時に私たちが表層的な理解をするのみに留まってしまうのは、文章の内容が『わからない』からだと思われがちである。しかし実際には『わからないところがない』文章ほど深い理解が出来ないものである。(文中では、小学校の教科書で扱われるような簡単な文章が引用されている。)

    『わかったつもり』という安定状態に落ち着いてしまうと、私たちはそこからそれ以上に情報を受け取ろうとしなくなってしまう。常に『わかったつもり』という悪魔が私たちを支配しているということを忘れてはいけない。

    作者は色々なパターンの『わかったつもり』を挙げている。
    ・結果、結末を知っている
    ・「いろいろ」で片付けられる
    ・読み手が前提知識をもっている
    ・「勧善懲悪」のような既知の文脈
    等である。それぞれについて、読み間違えしやすい典型的な文章が、説明のために用いられており、たいへん読みやすかった。

    皮肉なようだが、僕はこの本の内容を「わかったつもり」になってないと、自信を持って言うことができない。

  • これでブクログでのレビュー200件目になるらしい。
    2005年刊行。
    半年で4刷出ているから、結構話題の本だったようだ。

    一言で言えば、文章の読解がなぜ難しいかを明らかにした本。
    ブクログでの評価がそれほど高くないのでびっくりしているけれど、私には大変有益な本だと思われる。
    平野啓一郎さんのスローリーディングにはあまり感銘を受けなかったけれど、西林さんのように、読みが深まらないメカニズムをきちんと説明されると納得できる。
    細部をきちんと読まないといけないことも、素直に了解できる。

    読むというプロセスは、文脈がスキーマ(その話題についての一般的な常識)を喚起し、両者の情報により、部分と部分の結合が緊密になることだという。
    そして、読みの深化を妨げるのが「わかったつもり」だという。
    具体的には文章構成から、あるいはスキーマから影響されるのだとか。

    そして、誤った読みと正しい読みの関係も、すっきり整理される。
    本文の情報との整合性がない読みは、誤った読み。
    整合性に問題を引き起こさない仮定や、常識を介入させた読みは、妥当な読み、可能な読みとなる。
    正しい読みという言い方はやめれば?というところに、激しく同意。

  • 何が何だかわからない文章を読んだ場合、我々の気持ちは安定してはいない。その場合、我々はわかろうと努力する。
    怖いのは、わかったつもりになることだ。わかったつもりになると、それが不十分であろうと、間違っていようと一応、我々の気持ちは安定している。
    安定しているのだから、この状態を壊すのは、難しい。

    著者の西林克彦さんは教育学の教授。「わかる」ことに関する著書が数冊ある。
    「まず 、自分は 『わかっている 』と思っているけれど 、 『わかったつもり 』の状態にあるのだ 、と明確に認識しておくことが必要です 」。
    この認識は難しい。本書の素晴らしい点は、多数の教材を読者に与え、「わかったつもり」を実感させてくれる。まずは、「もしもし電話」という小学低学年の読むテキストで、不十分な「わかったつもり」が実感でき、「正倉院とシルクロード」というミスリードの罠、満載のテキストで間違った「わかったつもり」が実感できる。

    「こうした 『わかったつもり 』の状態は 、壊すのにかなりの努力を要します 。それを実感していただければ 、本章の目的は果たせたかと思います 」とあるとおり、仕掛けの豊富な良書と思う。

    個人的には、おっちょこちょいで、簡単に「わかったつもり」になる。やはり、「わかったつもり」は避けた方が良い。本そのものも、面白い。おすすめの★4つ。

  • お薦めされて読了。
    とても、「わかりやすい」一冊だと思う。

    文章を読めることと、その文章を分かっているかどうかというのはベツモノだと思う。
    ただ、初読がいかに「わかったつもり」な状況であっても、そこで得る感動は他に代えられない。
    同じく、結果・結論によるミスリーディングが起こり得るとしても、一読してみなければ俯瞰的に文章を見つめることは出来ないだろう。
    つまり、「わかったつもり」であることは意識すべきだけれど、未然に防ごうとはしなくて良いということだ。

    「読み」を深めるためには、結局何度も文章に立ち返り、スパイラルに理解を続けていくしかないのだと私は思う。
    そして、そのスパイラルの過程で各々が「わかったつもり」から抜け出していく。一つの作品から、沢山の論文が生まれるのは、決して一つが正しくて、後は間違った読みをしているわけではない。
    どの方向へ認識を持っていくかというのも、その人の経験則やひらめきに左右される。もちろん、それは文を離れてはいけないのだけれど。

    そこでは、書き手の、読み手への配慮も本当なら必要だろう。スムーズな理解を促す文章ではない作品は、幾らでもある。
    また、わかっていないことと知らないことにも隔たりはある。書き手が明示しなかった情報で、我々が路頭に迷うことだってあるだろう。

    「わかったつもり」が「わかった」になる瞬間の満足。
    今迄に気づかなかった伏線から、思いもよらない道が拓けた時の高揚感。
    「読み」を深めることは、読書を楽しむ者にとって一つの目的である。非常に良かった!

  • 部分はわかったつもりだけど、全体が見えなくなる物語、たまにある。この本のメソッドで解決できるのかな。

  • 自分が気づいていない間に陥っていたいけないことに気づけた。ただ最後のセンターの問題はいらなかった気がする。そこの部分だけしっくりこなかった

  • 内容とは別に書かれ方の問題だと思うが、かなり読みづらい本だった。

    思った以上に "わかったつもり" という状態に簡単になるんだな、と正直に思った。
    特に「いろいろ」として片付ける場合が自分は非常に多いので、少し怖くなった半面これから気を付けていけるのかという気付きは大きいかなと。
    読解するときに "スキーマ" (用語から関連する文言のクラスタみたいなもの)がかなり大きく作用するので、やっぱり知識量が増えれば増える程読解力が上がるというのは間違いなさそう。これは読書のモチベ維持になる。

    終盤で国語教育に対する振り返りがあった。読解は多様な解釈が存在するのに解を1つに絞らされる違和感。スッキリする説だが、それもまた1つの解釈なんだと思うとやはり自分で思考して結論を出す力の重要性が必要だと思う。

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