論より詭弁 反論理的思考のすすめ (光文社新書)

  • 光文社 (2007年2月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (200ページ) / ISBN・EAN: 9784334033903

感想・レビュー・書評

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  • いわゆる「正論」というものが極めて限定された条件においてのみ有効であるということからスタートして、実際の人間関係などを踏まえた上での「詭弁」の有効性・重要さについて書いてある本。いわゆる「詭弁」というとちょっと強烈な感じがするが、ここでは実践的なレトリックのお話であると捉えておけば良いと理解した。

    正論、あるいは論理的に辻褄が合っていることが説得力に直結するわけではないという場面はけっこう多いと思います。なんつうか、子どもや動物と戯れるとよく分かる感覚というか。実際、議論のうまい人(あるいは主張を通すのがうまい人)というのは論理的な筋の通し方と同様に、著者の言うところの詭弁の技法にも長けていたりします。公平さを謳いながら次の瞬間にはジェンダーをタテに主張しだす人とかは典型でしょうか。でも確かに説得力はあるのだから面白いものです。
    筆者も書いていますが、人の発言がその人を離れたところには無いというところに尽きます。同じ内容の発言でも言う人によって説得力は恐らく変わるであろうと。こういう視点は読んでいてとても参考になって良かった。

    いわゆるロジカルな考え方に関心のある人はこういうのも読んでみると政治力含みの総合力がついたりするのではないでしょうか。もっとも、そこまで大袈裟な話はこの書中ではなされていないので注意が必要ですが。考え方に関する本なんですよね、あくまで。

  • ・「議論においては、責めるよりも守る方がはるかに難しい」(p.174)
    ・「議論においては、何かを主張した側に、それを論証する責任がまず課せられる(=立証責任)」(p.174)
    ∴「議論において絶対にやってはならないミスは、相手方に立証責任があるときに、勘違いしてこちらがそれを引き受けてしまうことだ……それは議論の最も強力な武器を放棄し、無防備なまま相手方の攻撃さらされることを意味する」(p.174-5)

    この「立証責任」というのが、本書全体を通底するテーマである。

    ある議論を支配するためには、立証責任を負う相手方の説明に対し、こちらが好きなだけ反論するという方法を取ることが最も有効である。そして、こちら側が立証責任を負わされそうになった場合には、論点を移行して、巧みにそれを相手方に転換させることが必要となる。

    こうして、著者は、相手方からの「定義要求」や「お前も同じ」型の議論、「不当予断の問い」に対する対処法を指南する。

    議論を吹っ掛けられた際に、その主導権を相手方に奪われないための護身術として、本書は役に立つ。

  • 目から鱗がてんこ盛りに落ちていきました。おもしろかった。
    日頃から「いかにも正論じみて聞こえるのになんだかもやもやと納得できない」と感じる言葉のやりとりも、こう考えることでなるほど、と納得させられます。

  • 言葉はすでに表現された時点で言い手の解釈を含んでいる。
    ディベートはそもそも同じ立場で成り立つことがない
    政治や社会のニュースでよく目にする記者会見などの質問は質問者の解釈がすでに含まれていて聞きたい方向へ流れているのだろう。
    その背景を理解した上で意見を眺めなければなと

  • 251111〜251119

  • 議論の中で、最も大切に思える要素である“論理”が現実社会においてはいかに無力であるかを教えてくれる一冊。

    これを使って有利に立とうと思わない人でも、こういう攻め方がある、こう“言わされてしまう”トラップがある。ということを知っているだけで心を強く保てるはずだ。

  • 普段、無意識に行なっている反論理的思考を言語化したような本だった。例えば「ゴミをポイ捨てした奴が他の人へポイ捨ての注意をしても...」は反論理的で詭弁だが間違いではない。
    個人的には各章の終盤に「もしこう言われたらこう反論すれば良い」が役に立ち、面白いと感じた。

  • おすすめ。
    #興味深い #教養 #レトリック

    書評 https://naniwoyomu.com/32122/

  • 論理的思考力や議論力など、所詮は弱者の当てにならない護身術である。所謂「頭のいい」人たちが陥る「失敗」について述べられている点が興味深い。

  • 議論の場で論理的な説明と、巧みなレトリック、はたまた詭弁のせめぎ合いを、俯瞰的な視点で見る様な一冊。

  • 修辞学を専門とする著者が、実社会において、有意義な議論を行うための課題を提起する内容で、学術的に詭弁と分類されるケースが多い論法を詭弁と切り捨てていけない場合があることを注意喚起するものです。

    書籍内の主な主張を以下に列挙します。
    ・論理的な説明を尽くせば相手に通じるなんて甘い考えは捨てろ。(自己決定権をもつ強者に論理を受け入れる必然性はない)
    ・事実と意見を完全に分けられると思ってるの?(発表者の価値判断が事実提示の順序やタイミングに出るじゃん)
    ・論点をすり替えて何が悪いの?(前提が間違っていれば論点も変わるっしょ?)

    上記内容を表面的に解釈するとヤバい人が書いたヤバい書籍に思われるがそんなことはなく、著者の論理の盲点を突く視野の広さと深さ、あるべき姿へ変容させるための熱意を感じ取り、勝手に好感を持ってしまいました。
    ちなみに、当書籍内で紹介されている循環論法は進次郎構文だと思い、勝手にワクワクしてしまいました。

    言葉遊びに興味のある方は、楽しく読めると思います。

  • 淳良さを欠いた著者が、無菌室で純粋培養された非形式論理学の弱点を徹底攻撃する。

    論理学の素養がある人は、例示された詭弁が著者によって市民権を与えられるのをどう捉えるのだろうか。それでもより広い視点ではその論法がやはり詭弁であるとして打ち棄てるのか。そのあたりの感覚があればもっと面白く読めそう。

    面白かった点を何点か。

    事実と主張の区別は難しい。いかなる客観的な陳述も、それが陳述の対象として選択されている時点で、価値判断であることから逃れることはできない。あるものが「ない」という陳述は果たして常に事実でありうるか。

    人に訴える議論が犯す、論点のすり替えという虚偽は日常によく見られる。論理学はアレルギー反応を起こしてそれを糾弾するが、すべての議論で論点を移行させてはいけない道理はない。発話の内容ではなく、発話者がその内容を発話する資格があるのか、そっちを先に決着させたっていい(そういう議論も当然ある) 。

    「この章題を見て、中身がないので気を衒った題をつけ、せめて読者の関心を惹こうとしていると勘繰る人がいるかもしれないが、実はそのとおりである」

  • 定義を聞かれたときは、明確に答えず「あなたが普段使っているものと同じです」など、実際に使える用法も多いものの、ほとんどは煙に巻かれたような感じのまま読み終わってしまった。

  • 香西秀信著『論より詭弁:反論理的思考のすすめ (光文社新書)』(光文社)
    2007.2.20発行

    2016.11.4読了
     論理学の立場から詭弁と断罪されていた技法をレトリック(正しさの証明ではなく可能な説得手段を見つけ出すことを目的とする)の立場から批判的に検討するというのが本書の内容。
     本書では、人に訴える議論や不両立な根拠の提示などがトピックとして詳しく解説されており、単純に面白いだけでなく勉強になる。式の展開方法を理解できれば、相手が同じ技法を使ってきた時に相手の思考まで推量できるようになるのではないかと思う。

    URL:https://id.ndl.go.jp/bib/000008449043

  • 言葉の黒魔術に触れる話。
    新書らしく軽快で言葉から事実や意見から詭弁を読み解く。
    順序の違いまで気を配ると人と論は切り離せないものだという視点が見えてくる。
    レトリックの話が好きな人向け。

  • 昨今のメディア(特にインターネット)では「論理的であること」がブームであると感じる。論破力を売りにしている配信者や、科学的に正しいライフハックを喋る配信者などだ。そんな時代だからこそ「論理的であること」を再考する必要がある。確かに科学や学問は論理的に進めていくものだ。しかしそれは日常のコミュニケーションや特定の議論の場で用いると揚げ足どりに終始してしまったり全体が見えなくなってしまったりということが起きる。このような事に気付かせてくれる一冊。

  • 詭弁を知ることで、相手の詭弁に気付くことが可能になるし、それに対処することができる。そういう意味で一読の価値あり。

  • 論理と議論とは違う.著者はこの手の著書で有名な香西秀信.
    論理だけでは議論に勝てないのだが,論理を無視した議論も,また困ったものである.もう少し深い考察が欲しいところである.

  • 言葉を使う限り、その言葉には話し手の価値観や考えが反映されるので「事実」は表現できないと理解した。
    でも、だからこそ言葉選びに慎重になる必要があったりすると思う。

    相手に立証責任を負わせるような反論上手になりたいものだ。そのためにも「なぜ?」を常に意識したい。

  • アリストテレスの考え方が秀逸
    詭弁と言わず、表現の工夫
    正にその通り
    修辞学者リチャード・ウィーバーの言
    言葉に独自のスタイルを待っている人間は内容でなくスタイルで強く印象付けられる

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著者プロフィール

1958年香川県生まれ、筑波大学第一学群人文学類卒業。同大学院博士課程教育学研究科単位修了、琉球大学助手を経て、現在、宇都宮大学教育学部教授。専攻は修辞学(レトリック)と国語科教育学。著書に『反論の技術』『議論の技を学ぶ論法集』『修辞的思考』『論争と「詭弁」』『議論術速成法』『論より詭弁』『論理病をなおす! 』など。

「2010年 『レトリックと詭弁 禁断の議論術講座』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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