リフレクティブ・マネジャー 一流はつねに内省する (光文社新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334035280

作品紹介・あらすじ

「マネジャーは大変だ」「マネジャーになんかなりたくない」そんな「上司拒否。」とでも呼ぶべき気分が、若手の間で広がっている。たしかに、マネジャーは組織の中であらゆる難題を一身に背負わされており、疲弊気味だ。しかし、実はそんなマネジャーとその予備軍にこそ、「学び」と「成長」のチャンスが秘められている。本書は、世代(50代、30代)と専門(経営学、教育学)の異なる気鋭の研究者の共同作業によって、あなたの仕事を「学びのきっかけに満ちた仕事」にするためのヒントを提供する。経験をくぐり、対話をおこない、仕事を振り返るという内省(リフレクティブ)行為によって、大人も成長し続けるのだ。

感想・レビュー・書評

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  • 20190501
    コーチエィの青木さんが教えてくれた本書は、学びに満ちている。「リーダーシップの旅」から、時を経てここに辿り着いた。いつの日も柔軟に学び続ける姿勢を大事にしたい。持論を更新し、フィードバックに感謝し、命が尽きる瞬間まで発達出来る大人で在りたい。そして何よりも、人が学び発達し成長出来る「場」を創り出すことの出来る人間で在りたい、そう強く思った。

    ーリフレクションを生かすには、ふたつのことが肝要だ。ひとつには、アクションとつながっていることであり、もうひとつは、節目にそれをおこなうというタイミングだ。

    ーハムレットは、リフレクションばかりしている間に、友人がいなくなり、恋人も自殺し、決断もアクションも起こせなかった。ドン・キホーテは、騎士道を信じて旅に出て、イマジネーション豊富でアクションの連続だが、自分のやっていることの意味についてのリフレクションが足りない。

    ー内省的実践家(reflective practitioner): 能書き(うわべの、あるいはタテマエの持論espoused theory)でなく、アクションにつながるコツ(実際に使用している、あるいはホンネの持論theory-in-use)を、リフレクションと対話の結果、もつようになった人。

    ー内省機会は、持論をしばしば改訂することも要求する。それが、学び、成長を促し、次のステップで、よりスケールの大きいアクションができたら、すばらしい。

    ー今のマネージャーには、部下に組織に適応してもらうこと、部下を「その気」にさせることが求められ、カウンセラーとしての役割が重要性を増している。

    ーhidden curriculum: 教える側が、自分が教えたいと思う内容とは別に無意識かつ暗黙のうちに学習者に伝達してしまう価値観、行動様式、知識などのこと(Phillip Jackson)

    ーマネジメントの古典的定義は、「他の人々を通じて事を成し遂げる(getting things done through others)」(H・クーンツ、C・オドンネル)

    ー「マネージャーの仕事」(ミンツバーグ)は1. 対人関係に関連するもの(フィギュアヘッド、リーダー、リエゾン)、2. 情報伝達を扱うもの(モニター、周知伝達役、スポークスマン)、3. 意思決定に関わるもの(企業家、障害処理者、資源配分者、交渉者)

    ー忙しいから大きな絵が描けないのではなく、絵が描けていないからひたすら振り回され忙しく感じる(中略)優れたマネージャーほどアクションを通じてのアジェンダ構築がうまく、頭の中が整理されていて、より遠くを見ている。だから一つひとつの指示や決定に迷いや誤りがなく、それらはちゃんとアジェンダにそって決められている。その姿は、見かけ上は無慈悲なほど目まぐるしくても、本人は自分の意思でそうしているのだとコッターは主張する。「ビジネス・リーダー論」

    ーlearning by teaching(教えることを通して学ぶ)「上手は下手の手本、下手は上手の手本なり」(世阿弥「風姿花伝」)

    ー業務支援、内省支援、精神的支援

    ー「学ぶ」の語源は「まねぶ」、模倣することであり、他者からまねび、他者に助けられ、、勇気づけられ、ときには厳しくいさめられながら、人は一人前になっていく。

    ー「人間の学習には他者が必要である」(レフ・ヴィゴツキー)(中略)「発達とはそもそも協同的である」

    ーモデリング(modeling ): 観察学習(observational learning )に伴い行動変容が起こること(社会学習理論/アルバート・バンデューラ)

    ー防衛的ルーティン(defensive routines): 過去のやり方を意図せずに固守し続ける人たちの態度(クリス・アージリス)

    ーフィードバック源を大切にする努力をしなかったら、偉くなるほど学びのためのフィードバックは減っていく

    ーローストポーク・プロブレム(ロザベス・M・カンター): 昔々、中国の村で火事が起き、ある家で飼っていたブタが丸焼けになった。火が消えた後、村人たちが、かわいそうなブタを食べたら、ほどよい焼き加減で、すばらしくおいしかった。村の長老たちは話し合った。「さて、次はどこの家を焼こうか」と

    ー大切なのは、フォーマルセオリーとフォークセオリーの間に「良好な緊張関係」が存在することだ。どちらか片方に肩入れしてしまうと、二つの理論のうちの一つから学ぶ可能性が失われる。自らの知性が(中略)両方に開かれている必要がある。

    ー「真実の教育はすべて、経験を通して生じる」「何よりも重要なことは、もたれる経験の質にかかっている」(米哲学者・教育学者/ジョン・デューイ)連続性の原理、相互作用の原理、そして個人と環境のインターフェースにあるのが、反省的思考(リフレクション)にほかならない。

    ー経験学習モデル(コルブ): 経験concrete experiences → 省察reflective observation → 概念化abstract conceptualization → 実践active experimentation → 経験、、、

    ーリーダーシップ発揮に有益なのは経験が70%、上司や顧客・取引先の経営者との関係を通じた薫陶が20%、研修やセミナーはせいぜい10%(米調査会社ロミンガー社)

    ー「人は40歳になったら自分の顔に責任を持たなくてはいけない」(第16代アメリカ大統領/アブラハム・リンカーン)

    ー持論は、つねに環境の変化に対して開かれていなければならない。時間がたてば、持論は、いつか必ず新たな現実との間に葛藤を起こす。だから、持論は環境変化に応じて、繰り返し作り上げられ、また壊される必要がある。その意味では、持論は完成されることはけっしてない。(中略)持論は本質的に揺らぎの中に存在するものであり、いつかはアンラーンされなければならない論、「棄論」でもある。大人の学びがときに痛みをともなうのもそのためだが、「学びほぐし」のない持論は、ややもすれば「陳腐な格言」「オヤジの説教」と化す(中略)組織内で制度化され、ルーティンとして蓄積された知も、時代に沿って少しずつ更新され、通用しなくなったものは棄却される必要がある。

    ー「適応が適応力を阻害するadaptation precludes adaptability」(カール・ワイク) 他者に開かれていなくて反証可能性のない持論は危険であり、「持論が持論の更新を阻害する」。

    ー安定とは不安定のこと。不安定とは安定のこと。

    ーNever give in, never, never, never(けっして屈するな、けっして、けっして、けっして)ウィンストン・チャーチル

    ーRedemption: 苦境をポジティブに転じる超挽回。苦境をへて身につく発想、思いやり、勇気、そして恐れが、その人を磨くということ。艱難汝を玉にす。

    ー「私は人間を弱者と強者、成功者と失敗者には分けない。学ぼうとする人としない人に分ける」(ドゥエック)

    ー「マインドセットを変えるなどということは、教育ではできない」「できるのは、マインドセットを変えたいと願う人たちの場をつくることぐらいではないか」(上田信行)

    ー正統的周辺参加(legitinate peripheral participation): 「リベリアの仕立屋」徒弟はボタン付けから始め、縫製、裁断等の前工程に製造ステップとは逆の順番で学習する。新人はプロダクトや工程の全体像を見渡せる仕事に最初に従事させられる。

    ー実践共同体community of practice: 「教育者」としてのマネージャーの役割は、自分ひとりで部下たちに手とり足とり教え込もうとすることではなく、部下たちの学びの順序を最適化し、メンバーが相互に先生役になれるような職場をつくり、職場そのものを学習の場にすることだろう。

    ーeducationはラテン語の語源に遡れば「引き出す」という意味だから、本来の教育とは学習者の能力を引き出すこと(中略)教育には、学習者を鋳型にはめる面と学習者の力を引き出す面の両方がある。(中略)段階に応じて、前者から後者へと教え方のウエイトが移っていくのだ。

    ー対話の本質は話すことよりむしろ聴くことにある。聴き手になるというのは、相手の話にじっくり耳を傾ける役割を担う積極的かつ意図的な行為でもある。相手の話を聴いていて、何かを即断、即答したくなってもいったんそれらを留保し、しっかり聴き取ることを重視する。

    ー対話は、雑談とも議論とも違う。雑談は「自由なムードの中でのたわむれのおしゃべり」であり、議論は「緊迫したムードの中での真剣な話し合い」だ。これに対し、対話は「自由なムード」の中での「真剣な話し合い」であり、真面目なテーマについての話し合いを真剣に楽しむserious funなスタンスをとる。

    ーやる気はアップダウンするものだし、ダウンしそうになったときは、持論があるおかげで自己調整できる

    ー会社は、社員一人ひとりに理念を浸透させたいと言うが、社員は誰も、理念を浸透させてほしいなんて思っていない

    ー「わが社には人事部はいらない」(デイビッド・パッカード)必要な人材を雇うのも、その人に仕事を与えるのも、挑戦を通してレベルアップしてもらうのも、評価するのも、要するに人事全般は経営者の仕事であり、と同時にラインマネージャーの仕事だ

    ーCEOの仕事の8〜9割は、人に関する問題だ(中略)ラインマネージャーこそが、リーダーを育てるリーダーにならないといけない。経営者は次世代経営者を育てなければならない。イノベーターは、イノベーターを育てるイノベーターでなければならない(GE/ジャック・ウェルチ)

    ー自分がいるおかげで何がもたらされるか(deriverable)の発想で人事部門の役割を捉える: 1. 傾聴(社内外の大事な声を積極的に聴く)、2. 共感(社員の声を傍観者としてではなく共感的に聴く)、3. 癒やし(施策で人を疲弊させ傷つけるのではなく、世話をする)、4. 気づき(従業員の意識を高め、倫理観・価値観に気づかせる)、5. 説得(新施策について、その理由や効果をしっかり納得させる)、6. 概念化(経営者とともに大きな夢を掲げ、わかりやすい言葉で浸透させる)、7. 予見(変化の担い手として、将来を予見、構想する)、8. 執事役(執事のように信頼され、目立たぬように日々の支え役となる)、9. 人々の成長への関与(人間尊重に加えて人間成長をたえざるテーマとする)、10. コミュニティづくり(社内の人々がお互いを気にかける共同体をつくる)

    ー成果志向で多様性の小さいコミュニティに対し、非成果志向で多様性の大きいコミュニティを「ゆるコミュ」の定義。出入りも活動内容も自由なコミュニティでは、参加者は、自分はなぜここにいるのか、何をめざしてここに来ているのかを考えざるをえないからだそうだ。何をしてもいいコミュニティだからこそ、何をしたいのか、本当にそれをしたいのかが参加者自身に突きつけられる。そうした自問自答が内省を呼び起こし、その人が、仕事のあり方や自身のキャリア、あるいは生きていく方向性を見定める機会となる。

    ーラーニングバーは、1. 聞く、2. 聞く、3. 聞く、4. 帰るという場ではなく、1. 聞く、2. 考える、3. 対話する、4. 気づく、5. バーの外で語る

    ー茶道のおもてなしでは、主人は準備をし、空間を演出し、客を待つ。これを「用意」という。しかし、おもてなしの本質は、主人の側にのみあるのではなく、主人と客がともに、すなわち「主客一体」となって機転を利かせ合い、場の構成に関わることにある。これが「卒意」に当たる。

    ー文脈横断学習learning across contexts: 越境することによる学習

    ー「学ぶとは取り戻すこと、再創造すること、書き直すことだ」(パウロ・フレイレ)組織の中で奮闘しつつ、時に組織を越境しつつ、自らを取り戻し、新しい物事を再創造する

    ー「自分が相手によって変えられるということに私が開かれているのでなければ、相手を変えたいなどと望む権利はない」(マルティン・ブーバー)

    ーThe test of a first-rate intelligence is the ability to hold two opposed ideas in the mind at the same time, and still retain the ability to function. by Scott Fitzgerald
    優れた知性とは、二つの対立する概念を同時に抱きながら、その機能をどちらも充分に発揮させることができる、ということだ(スコット・フィッツジェラルド)(訳・村上春樹)

    ー生存できるなら、生きている間ずっと、成長の足音、発達のメロディー、熟達の音感、ある年齢層以降はリーダーシップの唄が聞こえるような生き方がいいと思う(金井壽宏)

  • 自分もプレイングで精一杯で、とてもマネジメントができる環境になく日々ストレスを感じていた。いかに自分がマネジメントのみできるような環境を作り上げていくか、永遠の課題だと思う。

  • 『リフレクティブ・マネージャー』(著:中原淳/金井壽宏)

    付箋部分を抜粋します

    ・今のマネージャーには、部下に組織に適応してもらうこと、部下を「その気」にさせることが求められ、カウンセラーとしての
     役割が重要性を増している(p36)

    ・マネジメントの古典的定義は、H・クーンツとC・オドンネルによる「他の人々を通じて事を成し遂げる」だ。ポイントは
     「他の人々を通じて」ということだ(p41)

    ・ミドルの役割は単に上の考え方を下に垂れ流したり、現場からの要求や突き上げを上層部に具申することではない(p46)

    ・問題には「個人」の力で乗り越えられるものと、そうでないものがある。しかし、往々にして、組織は「組織が組織として
     取り組まなければ課題」を「個人が乗り越えなければならない課題」にすり替えがちである(p79)

    ・他者からの「内省支援」を受けていればいるほど成長感が高くなる傾向がある(p91)

    ・「働く大人は、職場にいる異なる人々とのかかわりと支援を通じて、さまざまなことを学び、仕事をこなせるようになっている」こと
     簡単に言うと「人はけっしてひとりで一人前になれるわけではない」ことをあらためて私たちに教えてくれる(p101)

    ・学びの機会は、いつもインプロビゼーション(即興)の中にあるのだ。働く大人にとって本当に重要なことは、詰まるところ
     インシチュ(本来の場)でしか教えられないし、学べないのかもしれない(p116)

    ・「行為の後の内省」はときに痛みをともないもする。経験の中には手痛い失敗もあるだろうし、失敗経験を内省することは
     ときに葛藤を引き起こしたり、それまで当たり前だと信じていた知識や仮説や前提を問い直すことにもつながりうるからだ(p122)

    ・学習とは知識を受動的におぼえて応用することではなく、「自らの経験から独自の知見(マイセオリー)を紡ぎだすことを
     意味する(p137)

    ・「現場の経験」をしっかりとリフレクションする機会をもつこと、内省によって経験を知恵に結実させることだと思う(p141)

    ・内省は、自己のあり方や行動を「誰か」を相手にして語るとき、自らの語りに対して「誰か」が応答してくれるときに
     促進されやすい(p144)

    ・重要なことは「仕事」と「学び」を分けて考えないことだ。私たちが追求すべきは「ワーク」だけでも「ラーニング」だけでもなく
     「ラーニングフル・ワーク」である(p172)

    ・働く大人が学ぶこと、ときに学び直すことは当たり前であって、わざわざ「社会人」を頭に付けなくても大学院はそういう場所
     だからだ(p174)

    ・いくつになってもチャレンジできる。いくつになっても遅くはない(p174)

    ・個人が組織で働きながら貫くもの、それが「キャリアアンカー」だとシャイン教授は見抜いた(p213)

    ・「なんとなく階層別」で「なんとなく一斉講義」で「なんとなく結果もよかった」と片付けれられる「なんとなく研修」が
     読者のみなさんの勤める会社や組織では実施されていないだろうか(p232)

    ・「オフィス環境の見直しで重要なことは、人の働き方を変え、人の行動を変え、人の学び方を変えること、そのための環境を
     準備することだ」(p261)

    ・自主勉強会に参加する人は、多種多様な人々に出会うことによって、自分の仕事を説明したり、自社の常識を相対化する
     機会を得やすく、そのため、自分の現在や将来を問い直す内省が促され、キャリア確立が進みやすいのだという(p282)

    ・大人の学びには「面白さ」とともに、軽薄な意味ではない「カッコよさ」が必要だと私は考える・・・中略・・・カッコいい場で
     最先端のトピックスについて面白く学び、そこで得たものを人にもうまく発信できて、職場をよくし、よりしあわせな生き方が
     できる大人はカッコいい(p297)

    ・「越境」は、内省や洞察を生み出す。自社の中ではアタリマエだと思っていたことでも、ひとたび組織を離れれば
     アタリマエではないことに気づかせてくれる(p305)

    ・企業人材育成とは、究極のところ「企業の利潤追求のため」に存在する。経営という視点で見れば、人材育成は「経営資源」の
     ひとつであり、成果を増大させるための手段である(p320)

    ・真の対話とは「違いを覆い隠すこと」ではなく、「違いを愉しむこと」にある(p326)

  • ミドルママネージャーがなぜ魅力なくなってきたのか。
    マネージャーの役割は何か。
    成長するためには、何が必要なのか。
    大人の学びについても深く解説されています。
    学び続けることの重要性を、ひしひしと感じました。
    以下の部分は、自戒を込めて引用。

    世の中でさんざん叩かれている学校教育には、一応、教員免許制度があり、学校内で教師の教育技術を改善するための校内研修がある。教育技術学、教育方法学、教師教育学などの領域も、万全とは言えないものの研究されている。私自身は、現在の教員免許制度で学ばれている内容はけっして十分ではないと思っているが、まがりなりにも原理に基づいた仕組みが存在し、制度化されている。
    これに対し、人材教育に関わる講師の人たちに資格は必要ない。教える内容のアップデートは、本人次第か、本人がベンダーなどの組織に所属している場合はその組織に任されている。では、講師たちは、教壇に立った後で、どのように自分の教え方を振り返り、改善しているのだろうか。組織として講師を抱える場合は、どうやって講師の「品質保証」をしているのだろうか。そのための仕組みはあるのだろうか。あるとしたら、どのような原理で保証を成り立たせる仕組みなのだろうか。そこに教育学の知見は活かされているのだろうか。 ー 241ページ

  • この2人の共著で学びがない訳がない...。部下の育成(発達)支援に関わる者にはとても示唆に富んだ内容でした。

  • 経営学者の金井さんと、教育学の立場から「大人の
    学び」について研究している中原さんが、往復書簡の
    ような形で綴っている一冊。

    内省することの意義と、効果のある内省の仕方に
    ついて、それぞれの立場で語っている。
    現場のことを丹念に調べてあげていることが随所に
    伺われ、示唆に富んでいて、説得力も十分。

    マネージャ・クラスだけの本にしておくのはもったい
    ない。
    むしろ、これから管理職になる中堅社員が読むのが
    いいかもしれない。


    以下、気になった箇所を抜粋:

    "他者からの「内省支援」を受けていればいるほど
    成長感が高くなる傾向がある。"

    "プレイしながら部下が育つ環境を整備しなければ
    ならないマネジャーには同情する一方で、マネジャー
    がプレイングの状態は、「部下育成のよい契機」に
    なりえるのではないかと思っている。"

    "「なぜ、そういうやり方をするのですか」と聞かれた
    とき、「とにかく俺のする通りにやれ」と言って模倣を
    強要するベテランは、単一ループ学習を押しつけて
    いることになる。"

    "二重ループ学習の大切さがわかっているベテラン
    だったら、模倣を強いるのではなく、自分がやって
    いる仕事の真の意味や、特定のやり方をしている
    理由を、自らも内省しながら教える。その過程に
    おいて、今までのやり方で本当に正しいのかという
    深いレベルでの学習が生まれる。"

    "エンドロールで内省する"
    "自分の顔を鏡に映し出すのも内省のよい方法に
    なりうる"

    "研修の締めくくりに「正しい答え」が必ず述べられ
    るのも、問題だと思う。

    "「企業人材育成のあり方」と「働く大人の学びの
    あり方」が時にコンフリクトをおこしてしまう"

  • 内容は、西岡常一さんの引用以外特に読むところなし。しかもタイトルと内容も食い違い大きく、うーん、どうなんでしょう?という感じ。

  • 仕事ができるようになることと成長することとは微妙に違う、なるほど。

    [more]<blockquote>5つの症状
    「一皮むける痛み」
    「時間的・金銭的不利」
    「現場を離れる寂しさ」
    「管理そのものが持つネガティブなイメージ」
    「他者に依存する不安」

    人々が持つ成長感6つの因子
    「業務能力の向上」
    「他部門理解の促進」
    「部門間調整力の向上」
    「視野の拡大」
    「自己理解の促進」
    「タフネスの向上」

    ”仕事ができること”と”成長すること”が微妙に違うこと、そして成長には内省がいかに大きく貢献しているかということ。

    P96 ”かかわり先”が職場と社外の両方にある方が、本人にとってプラスになる

    P109 裏マネジメント=リーダー的マネジャーの機能
    マネジメントの基本(=表マネジメント)だけでは対応できない場合のマネジメント
    表 自分ではなく他の人々に動いてもらう
    裏 みんなでなんとかやってみよう
    表 権限の人
    裏 議論のリーダー
    表 組織に溜まった知識の利用
    裏 活動やネットワークを通じて生み出される知識
    表 「権限と責任の一致」の原則を守る
    裏 原則を生み出せるような能力

    P127 人が偉くなっていくのは、残念ながら、フィードバックが減っていくプロセスでもある。

    P133 経験だけから学ぶ危険性=”ローストポーク・プロブレム”
    理論に背を向けて自己流に留まるのではなく、経験からの内省によって自らつくり出した持論を、研究者によって検証された抽象度の高い理論とうまくつき合わせ自分なりの裏付けをとってほしいということだ。

    P136 大切なのは、フォーマルセオリーとフォークセオリーの間に「良好な緊張関係」が存在することだ。

    P152 人が変化するように迫られた時に感じる心理的な安心感の程度=「心理的安全」心理的安全が低いとき、人は変化するのをためらう、

    P162 持論は、常に環境の変化に対して開かれていなければならない。【中略】学びほぐしのない持論は、ややもすれば「陳腐な格言」「おやじの説教」と化す。
    「持論は棄論でなくてはならない」

    P278 サーバントリーダーシップは、一見リーダーっぽくない、むしろその対極のようなサーバントが、実現を望むミッションを奉仕の名の下に掲げ、自分についてくる人たち(フォロワー)に尽くす形をとる。

    P324 優れた知性とは、二つの対立する概念を同時に抱きながら、その機能をどちらも十分に発揮させることができる、ということだ。</blockquote>

  • サブタイトルは一流はつねに内省する。

    タイトルだけみると、マネージャー論の本に見える。というか、マネージャー論の本である。しかし、そこから一歩踏みでて社会人としての学びとはという点にまで考察が及んでいるのが現代風である。

    マネージャー論としては、私の価値観に非常に近いものがあり、共感できるところは多い。

    以下引用
    p195196
    上司が引き受けるべき役割はやはり、ひとりで職場のメンバーにてとり足とり教え込むことではない。むしろ上司には、職場に社会的な関係を作りだし、あとは職場メンバーの協調学習に委ねる、という形でのリーダーシップが求められている。

  • 金井先生の本ということで一読。
    冒頭の課長格昇進試験のリアリティな感覚が、我が社とそっくりでビックリ。
    「持論」と「理論」 「フォークセオリー」と「フォーマルセオリー」 「経験」と「知識」
    確かに二項対立ではなく、状況に応じて両者の比率バランスを考えて全体最適する必要性を強く感じました。

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著者プロフィール

中原 淳(なかはら じゅん) ................... 監修者
日本のリーダーシップ教育の「夜明け前」である
立教大学経営学部教授。東京大学教育学部卒。大阪大学大学院人間科学研究科,メディア教育開発センター(現・放送大学),MIT客員研究員,東京大学講師・准教授等をへて,2018年より現職。企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。

「2018年 『リーダーシップ教育のフロンティア【実践編】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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