街場のメディア論 (光文社新書)

著者 :
  • 光文社
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本棚登録 : 3518
感想 : 466
  • Amazon.co.jp ・本 (211ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334035778

作品紹介・あらすじ

テレビ視聴率の低下、新聞部数の激減、出版の不調-、未曾有の危機の原因はどこにあるのか?「贈与と返礼」の人類学的地平からメディアの社会的存在意義を探り、危機の本質を見極める。内田樹が贈る、マニュアルのない未来を生き抜くすべての人に必要な「知」のレッスン。神戸女学院大学の人気講義を書籍化。

感想・レビュー・書評

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  • 本好きが本棚に並べているのは、いま読む必要がある本ではなく、いつか読めるようになることを希望している本である。という内容が印象に残った。たしかに私やお父さんを見ても、本棚にある本をすべて読んでいるわけではない。「この人は、こんな難しそうな本も読んでいるんだ」と思われたい、とまでは、私はまだ思っていないが、その考え方も面白かった。

    著作権についての話も、長く書いてあった。本そのものに価値が内在しているのではなく、受け取った人が「これには価値がある」と思ったときに初めて価値が生まれる、という話。本に限らずコミュニケーションや経済活動の根本はそのような様相らしい。よって、内田さんは本をタダ読みすることも否定しない。むしろ、それを否定する人たちを否定する。本を商品として、読者を消費者としてしか見ていないからこそ、そんな発想になるのだ、と。

    本が売れないようになったからと言って、本を読みたい人が減ったわけではないともある。これは、紙の本を守りたい私からしても、心強い言葉だ。しかし私も本をタダ読みすることへの抵抗感が若干あった。読ませてもらっておいて、払わないなんて、と。しかし無料で読書する人を、もう責めまい、と思った。払う必要があるかどうかは彼ら自身が決めて良いことなのだ、きっと。

  • 贈与で社会は成り立っているということと、"紙媒体の"本とを絡めた話が好きだった。

    (読んだか読んでないかは別として、そしてそれは必ずしも重要ではなく)自分の本棚が、自分や他人にどう思われたいか、どういう人間になりたいか、という主観ありきで作っていけるところ。買って、積んで、並べて見ること。が紙の本を買うことの醍醐味だなと思いました

  •  神戸女学院大学で2年生を対象に行われた「メディアと知」という連続入門講義を元にしたものだという。ゆえに、わかりやすい具体例がたくさん引かれたメディア論になっている。

     しかし、内容はたいへん深い。メディアの専門家が書くメディア論とは異なる、意表をつく論点が満載である。当然、過去の内田本と内容がかぶる面もあるのだが(著作権をめぐる論考など)、気にならない。

     とくに「目からウロコが落ちる」思いがしたのは、「第三講 メディアと『クレイマー』」「第四講 『正義』の暴走」「第五講 メディアと『変えないほうがよいもの』」というシークェンス。この部分はまさに傍目八目というか、メディア内部の者(大新聞の記者など)がけっして気づかない、いまのメディアの本質的弱点を鋭く衝いたものになっている。

     このうち第三講、第四講は、日本がクレイマー社会になってしまった責任の一端はメディアにある、という話。
     
    《医療崩壊、教育崩壊という事実にマスメディアは深くコミットしていました。メディアはこの事実について重大な責任を負っていると僕は思います。》

     なぜ医療崩壊、教育崩壊にマスメディアが深く関与しているのか? 著者はその理由を、“とりあえず弱者の側に立つ”というメディアの「推定正義」の「暴走」に求める。

    《裁判では「推定無罪」という法理があります。同じように、メディアは弱者と強者の利害対立に際しては、弱者に「推定正義」を適用する。これがメディアのルールです。(中略)個人が大企業を訴えたりする場合には、「理非の裁定がつくまで、メディアがとりあえず個人の側をサポートする」というのは社会的フェアネスを担保する上では絶対に必要なことです。でも、「推定無罪」が無罪そのものではないように、「推定正義」も正義そのものではありません。弱者に「推定正義」を認めるのは、あくまで「とりあえず」という限定を付けての話です。
    (中略)
     しかし、メディアはいったんある立場を「推定正義」として仮定すると、それが「推定」にすぎないということをすぐに忘れてしまう。》

     「第五講 メディアと『変えないほうがよいもの』」は、マスメディアの世論誤導の責任を衝いたもの。なぜマスメディアは世論を誤った方向に導いてしまうのか? その根本原因を、著者は「変化するのは無条件によいことだ」という考え方に求める。

     「社会制度の変化はよいことであるということはメディアにとって譲ることのできぬ根本命題」である。なぜなら、「社会が変化しないとメディアに対するニーズがなくなるから」。ゆえに、「劇的変化が、政治でも経済でも文化でも、どんな領域でもいいから、起こり続けること。メディアはそれを切望」する。それがよい変化であるか否かを、メディアは問わない。

     しかし、世の中には「変えないほうがよいもの」もたくさんある。メディアが「変化はよいこと」という基準を適用して煽ることによって、その領域にも劇的変化が強いられてしまう。そんな強いられた改革が、医療崩壊、教育崩壊に結びついている、というのが著者の見立てである。

     本書ではもっぱら医療崩壊、教育崩壊との関係が論じられるが、あらゆる分野の報道にあてはまる卓見だと思う。

  • 学での講義を再編集したもの。分かりやすい。メディアの信憑性、正義、方向性について語られている。マスメディアは誰のために存在しているのか?改めて考えさせられた。贈与と返礼、著者の考えはとても共感でき、好きである。

    召命 vocation(宗教用語)
    天職 Colling
    「他人のため」に働くとき、人間の能力は伸びる

    「一緒に革命できますか」という判断基準

    お客さま⇒クレーマーの増大

    自分が不足、誤ったことを考え直す機会。
    メディアの「とりあえず」の正義、、、もうなかったこと。

    戦争とメディアは絶妙の組み合わせである。ピュリッツァー&ハースト⇒イエロージャーナリズム。

    読書歴詐称という知的生活
    本棚=前未来形で書かれている。

    マスメディアvsミドルメディア

    反対給付と義務

  • 大学での講義が土台ということで、新書にコンパクトにまとめられていてとても面白かった。
    メディアに対するラディカルな議論である。
    消費者視点での議論や、贈与と反対給付の話は今までのメディア論とは一線を画す論点で興味深い。
    メディアの暴走やクレイマー問題、権利ばかり主張する風潮に憂いを感じ、衆愚と化した社会にはうんざりしていたので、大いに共感します。
    なるほど、このブクログも自分の「前未来形」でもあるわけですね。道理で安心すると思った。(笑)

  •  人が生きていく際、様々な人に出会い、いろいろな情報を見聞きし、そこで得た情報を処理して判断する。その過程で、その人個人の人間形成がなされる。これは、今に始まったことではないのだけれど、多量の情報を処理しなければならない現代では、その処理如何がその人の道程を決定づける要素になっているのではないだろうか。だからこそ、私も進路に悩み。社会との関わりについて深く考えてきたのだと思う。
     この本は、そんな私たちが普段からよく話題にしているメディアについて書かれている本である。文章は、普段使いの言葉から少しロジカルに、少し賢く考えてみよう。というスタンスで書かれていて読みやすい。それが内田樹さんの文章の特徴かな。

    ※気になったトピック&キーワード

    ・社会的共通資本
    ・市場原理こそ教育崩壊の主因
    ・「書棚」は「理想我」のなくてはならぬ基盤
    ・どうすれば生き延びられるのか、それについてのマニュアルやガイドラインはもうどこにもない。

     この情報化社会で私たち個人は、どういう立ち振る舞いをし、どういきていけばいいのか。そのマニュアルやガイドラインはもうないと最後の文で打ち明けられますが、この本の中にそのためのエセンスが散りばめられているように思いました。あることはよく知られている事で、あることは私自身非常によくあてはまっている事で、またあることはぜひともこれから意識していきたいと思うような事でした。
     そのなかでも第六講の「読者はどこにいるのか」に書かれている内容は、非常に印象的でした。電子書籍化やGoogle書籍の存在を知ると“本を読む人”が減少するのではないかと思いがちですが、実はそうでもないぞと書いてある。そのロジックは、読んでからのお楽しみということにしますが、一文だけ紹介します。

     “僕たちは書棚に「いつか読もうと思っている本」をならべ、家に来る人たちに向かって、いやだれよりも自分自身に向かって「これらの本を読破した私」を詐欺的に開示しています”p.155

     そういえば、私自身も実家にある本棚を眺め両親はこんなにも沢山の本を読んでいるのか。つまり、これだけの沢山の本を読まないと両親のようなおとなになれないのか。。と、勘違いをしたことがありました。その経験が、私を“よくわからないがこの本との出会いは、私への贈り物”ではないかと思わせてくれたのかも知れない。と、気づかせてくれた一文です。
     ということで、本が好きでも好きでなくても現代に生きる私たちにとって、今あるメディアとどう付き合っていけばよいかを考える良いきっかけになるのではないでしょうか。

    • kaizenさん
      手持ちの本,図書館で借りた本などの書評を1万冊書こうと思ったのは,子供たちに本だけ渡すのではなく,何を学んだかで,同じ必要があったときに手に...
      手持ちの本,図書館で借りた本などの書評を1万冊書こうと思ったのは,子供たちに本だけ渡すのではなく,何を学んだかで,同じ必要があったときに手に取ってもらおうと思ったためです。
      2011/10/04
  • ものの見方の新たな視点をもらえました。
    すごく刺激的でおもしろかったな。内田先生のファンになりました。

    第1講 キャリアは他人のためのもの
    人の潜在能力が開花するのは他人の懇請によりそれが必要になったときである。だから仕事について考えるとき、適正テストや「自分が何をしたいか」と問うことからスタートするキャリア教育には問題があるという主張にすごく納得した。
    いまの自分と向き合うヒントもらえました。

    第2講 マスメディアの嘘と演技
    テレビのキャスターが「遺憾です」「こんなことが許されて~」と語りかける場面がどうしても白々しく感じてしまう理由はここにあったんだと納得。
    問題が起こる前に報道の力で事態を未然に防ぐ力を持っていながら、また防げなくても予想できたかもしれないにそれをしなかったことについて、恥じるどころか「こんなことが起こるなんて信じられない」という言葉を責任逃れの常套句にしてしまっているメディア。報道を行う立場にある人や組織が「演技的無垢」により互いにもたれ合っている現状。
    テレビや新聞の存在意義を問う大問題だと思う。

    第3講 メディアと「クレイマー」
    給食のときに「いただきます」ということに抗議した親がいたという話のくだり部分が印象的だった。
    「人類史を振り返れば、そのような機会に恵まれた人類は全体の1%にも満たないでしょう。「給食を食べる」という現実は、食物の生産・流通システムの整備、公教育思想の普及、食文化の深まりといった無数の「前件」の結果、はじめて可能になったものです。その先人たちの積み重ねてきた努力の成果を享受している現実に対しては「ありがたいなあ」と思うのがふつうでしょう」
    おっしゃるとおりです。

    第4講 「正義」の暴走
    「患者さま」という呼称はあきらかに医療を商取引モデルで考える人間が思いついたものです。
    「患者さま」は消費者的にふるまうことを義務づけられる。
    「消費者的にふるまう」というのはひとことで言えば、「最低の代価で、最高の商品を手に入れること」をめざして行動するということです。

    メディアは弱者に「推定正義」を適用する。
    しかしメディアはいったんある立場を「推定正義」と仮定すると、それが「推定」にすぎないということをすぐに忘れてしまう。

    第5講 メディアと「変えないほうがよいもの」
    社会的共通資本は、わずかな入力差が大きな出力差を生み出すような種類のシステムに委ねてはならない。
    それにもかかわらず、社会的共通資本である医療制度や教育制度をメディアが変えようとするのは、社会が変化しないとメディアへのニーズがなくなるからという不可避な病理によるもの。だから絶えず現状をバッシングして変化を起こそうとしている。その内容はともかく、とにかく変わることが第一目的となっているという主張には目からうろこ。
    納得するとともに、でも新しいよりよいものを医療・教育に取り入れていく姿勢も必要だと思う。もちろんそこには内容の吟味が必要で、そこにはかならず現場の声がなければならない。メディアはその辺りをわきまえ、ある程度の距離をもって報道を行うまでがその使命ではないかと思った。

    第6講 読者はどこにいるのか
    まだ存在しない読者さえも読者として認知して、その利便性を配慮した。電子書籍がもたらした最大の衝撃はこのことにあったと僕は思います。
    そこにはたしかに読者に対するリスペクトが示されている。

    電子書籍の、紙媒体に対する最大の弱点は、電子書籍は「書棚を空間的にかたちづくることができない」ということ。
    とある。わたしもそう思う。書籍には知識欲の他に自己顕示欲を満たすという働きがあるということを見落とすべきではない。

    第7講 贈与経済と読書
    この章の内容についてはわかるようなわからないような、ちょっとぼんやりした感じ。
    でも「贈与者」は「贈り物をされた」と思った人が現れてはじめて「贈与者」になれるのだということについてはなるほどと思った。

    薄くて読みやすい本だったけど、内容盛りだくさんでした。

    ちなみに小飼がブログに書いてた本書のオビ↓
    さすが、うまいこといいますね。

    * 就活、婚活がなぜ間違っているかがわかります
    * マスメディアがなぜ年を追うごとに退屈になっているかがわかります
    * クレイマーが最も傷つけるのは自分自身であるのはなぜかがわかります
    * なぜ「正義」は「悪」より「悪い」のかがわかります
    * 市場原理がなぜ教育を崩壊させるのかがわかります
    * 電子書籍がなぜ「ヤバい」のか--いい意味にも悪い意味にも--がわかります
    * 価格(price)と価値(value)の違いがわかります
    * 明日は「分かる」ものではなく「活きる」ものだということがわかります

  • 内田樹の考え方すごいなぁって感じ
    武道やってるから思いつくのかな

    根本に相手との対話でしかなりたたん、相手がいるから成り立つみたいな話。

    他人をみーんな先生にして、自分より偉いから、なんでも吸収したろ!的な

    俺宛ではなくても俺宛なんだと勘違いする能力。
    責任はぜーんぶ自分が持ってて、色んな人が俺にプレゼントくれてる。

    みんなもらって大事にしてこう
    人によくわからんものを、自分にしか言えないであろうことをプレゼントして行こう

  • 【気になった場所】

    メディアの不調=視聴者の知性の不調

    仕事と適性の順番
    ◯仕事を通して自分の適性を見つける
    ×自分の適性に合った仕事を探す
    →能力は開発するもの

    人間の才能を開花させるのは、他人のために働くとき

    情報を評価する最優先の基準
    →その情報を得ることで世界の成り立ちについて理解が深まるかどうか

    各メディアの不調の原因
    ・テレビ→ジャーナリストの知的な劣化
    ・新聞→テレビの不調を指摘できない点

    ジャーナリストの知的な劣化の背景
    →なぜ弱者の味方をするかを自問してない
    →その思考停止が知的な劣化を招く

    テレビのシステムにも欠陥がある
    →ミスをしないことを優先し、何を放送するかは二の次になる結果、番組のクオリティが下がる

    ラジオは番組の制作コストが低い
    →挑戦的な番組を作っていける

    新聞は今のテレビメディアを批判すべき?
    ・言論の自由と営業妨害の観点でしていない
    ・強い影響力を持つテレビに対し、その構造の利点と欠点について言及すべき

    出版業界も思考停止している
    →出版業界の伸び悩みを、本を読みたい人が減っている、という外的要因だと思っている

    例)
    入学試験の現代文に採用されやすい要素
    →切り貼りしても著作権者から文句が出ないこと

    著作物は商品ではない
    →書き手から読み手への贈り物
    →贈与に対する感謝の気持ちが印税であり、貨幣を用いているだけ

  • 神戸女学院大学講座を、書籍化。
    大学講義が本で読めるなんて素晴らしいこと。

    生きにくい世の中。何事にも好奇心を持たねば…。

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著者プロフィール

1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒。東京都立大学大学院博士課程中退。神戸女学院大学文学部名誉教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。

「2022年 『下り坂のニッポンの幸福論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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