ニッポンの書評 (光文社新書)

著者 :
  • 光文社
3.37
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本棚登録 : 554
レビュー : 122
  • Amazon.co.jp ・本 (230ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334036195

作品紹介・あらすじ

いい書評とダメな書評の違いは?書評の役割、成り立ちとは?一億総書評家時代の必読書。

感想・レビュー・書評

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  • 『文学賞ぶった斬り!』で有名なブックレビュアー、豊崎由美さんが日本、そして海外の書評について書いた新書。

    ブクログで「感想」を書き始めた頃にその気になって買ってしまった。

    読んだ感想は「うう、ごめんなさい、ごめんなさい、こんな×××レビューばかりかいてごめんなさい社長!」というものでした。

    豊崎さんが思う上手い書評、上手くない書評には納得。
    特にネタバレはいかんでしょう!って自分もやってるかもですが。

    特にネットの匿名素人レビュアーさんについての苦言には耳が痛い。
    「あなたたちは守られているけど批評された作家さんたちは逃げも隠れもできないんだよ」

    表に出てる目立った人をサンドバックにするようなことは書かないように「書ける範囲で愛情を持って」書こうと思った。

    絲山秋子『ばかもの』
    カズオ・イシグロ『日の名残り』
    ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
    村上春樹『1Q84』

    のネタバレがあります。

  • 著者豊崎氏のプロとしての書評感を海外との比較、ネタばらしの範囲、粗筋紹介、書評の読み比べといった切り口で展開。かなり過激で危ない論調もありハラハラしながら読んだ。後半には我々素人に対する厳しい指摘も用意されている。自分が理解できていないだけなのにつまらないと断じる自分の頭と感性が鈍いだけの劣悪な書評ブロガーの文章がネット上に多々存在する。批判は返り血を浴びる覚悟があって初めて成立するのであって浅薄なだけの悪意ダダ漏れの感想文は誰の心にも届かない。著者への冒涜と営業妨害以外の何物でもない。どうしても書きたいというのなら愛情をもって紹介できる本だけに限定すべきである。思わず本に向かって「はい」と返事をしてしまった。言辞は辛辣まことに耳に痛いが本というものに対するこのうえない温かな愛情も感じた。

  • 本について書かれたものを読むのは楽しい。本についてあれこれ言ったり書いたりするのも、これまた楽しい。そういうシロート感覚と、プロの考えていることは(当然ながら)ずいぶん違うものだなあと思った。我ながら間抜けな感想だけど。

    自分が「書評」をどんな風に読んでいるか振り返ってみると、次の3パターンあるようだ。
    1.ブック・ガイドとして。
    2.読み物として。
    3.読み終わった本について評を確認。

    もちろん1が本来のあり方なのだろうが、書評って読むこと自体が楽しいものだ。特に私は3が大好きで、たなぞうでも他の方の感想を必ず読む。同感できる感想を見つけると「おお、同志よ!」と嬉しくなってしまう。

    豊崎さんが言うように、特にネット上の評には、悪意ダダモレだったり、自分の賢さをひけらかすだけのイヤーなものもある。でも「人口の少ない多民族国家」である本の国の住人にとって、身近で話の通じる人を見つけるのはなかなか難しいのだ。

    私は「本の雑誌」本誌の全体に流れる「本が好きだ!」という雰囲気をこよなく愛しているし、それがある程度反映していると思うから「たなぞう」を使わせてもらっている。好きな書評家さんは何人かいるけれど、そのおすすめ本をいつもいつも面白いと思うわけじゃあない。それは当然のことだろう。それでも書評を読むのは楽しみなことなのだ。

  •  私なんかもよく、本を読んだ後にブログで感想文なんかを書いています。あくまでもそれは“感想文”であって、書評とは言えないようです。
     
    “感想文”と“書評”との間には大きな壁があるようです。
     今後軽々しく
    「ブログで書評を書いている」
    なんて言えません。言ったことないけど。言わなくて良かった。ああ恥ずかしい。
     
     そして今後は単なる“感想文”を“書評”レベルに近づけたくなりました。できるかのう?
     
     さて、私も返り血を浴びる覚悟で言わせてもらいます。
      
    【書評とアフィリエイト】 
      http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20110820/p1
      

  • 『優れた書評とはどういうものか?』
    『書評として存在するために、何を備えておくべきか?』を説く。

    以下は本書から抜き取った著者が考える書評の定義。列挙し、通読すると、一種の箴言としても成立している。

    ◎面白い書評はあっても、正しい書評なんてない。

    ◎いくら自分の“読み”の深さを誇示したくても、それが作品のネタばらしにあたる箇所と関係があるのなら、断念せざるを得ない。

    ◎書評にとって、まず優先されるべきは読者にとっての読書の快感であり、その効果を狙って書いたであろう作者の意図なのです。

    ◎与えられている字数が少ない、締切まで間がない、ネタばらしが許されない、書評はずいぶんと窮屈な文芸ジャンルです。

    ◎書評、つまり長さなんて問題ではないのです。問われるべきは密度なのです、深さなのです。制約の多い書評だからこそ発揮できる芸もある。

    ◎粗筋と引用だけで成立していて、自分の読解をまったく書かない原稿があったとしても、その内容と方法と文章が見事でありさえすれば、立派な書評だと考えている。

    ◎削りに削った末に残った粗筋と引用。それは立派な批評です。逆に言えばその彫刻を経ていない粗筋紹介なぞウンコです。

    ◎自分の知識や頭の良さをひけらかすために、対象書籍を利用するような「オレ様」書評は品性下劣。

    ◎贈与としての書評は読者の信頼を失うので自殺行為。

    ◎書評は読者に向かって書かなければならない。

    ◎書評と言うのは、まず何より取り上げた本の魅力を伝える文章であって欲しい。読者が「この本読んでみたい」という気持ちにさせられる内容で
    あって欲しい。

    ◎レビュアーはこれからその本を読む人の読書の興を削いではならない。勘所を明かさないで、その本の魅力を伝えるのがレビュアーの芸である。

    ◎プロの書評には「背景」があるということです。本を読む度に蓄積してきた知識や語彙や物語のパターン認識、個々の本が持っている様々な要素他の本と関連づけ、いわば本の星座のようなものを作り上げる力。


    僕が一番腑に落ちたのは、最後の定義。
    <書評家の真贋は、『背景』があるかどうか。>
    書評家はその背景を武器にこの本がいかに面白いかを訴える。これは、出版・広告と言った表現に関わる仕事はもちろんのこと、営業職も然り。要するに常にアウトプット作業を求められるすべての者が持っていなければならないものである。ひとつのことを訴えるには、複数の知識をもってのアプローチが求められる。換言すれば「知識を有さない、知識を関連づけられない者は、その任についてはいけない」ということですな。良質なアウトプットは豊富なインプットから成る。

    という結論めいたものを引き出してみた。はたして、このワタシのブックレビューを読まれて、本書を是非読みたいと思ってもらえたかどうか・・・。それを知りたいような知りたくないような。

  • 実は再読なんですが、読んだのがまだこのブログを始める前で、恐らく5年以上は経っているかも。だからという訳ではないけど、内容はあらかた忘れていました(寧ろ記憶力の問題)。前回のときは、書物の中で新書の占める位置もろくに知らなかったし、活字を読む機会も今より圧倒的に少なかったし、まして書評を積極的に読む習慣もなかったから、今回とは随分違った感想を持ったと思うし、書かれている内容もあまり理解出来ていなかった気がする(今回でも完全に把握し切れた訳ではないだろうし)。読んでいて心苦しかったのは、自分がこのブログの中で結構好き放題書いてしまっていることだけど、書評っていうつもりは更々なくて、あくまで個人的読書録のつもりですので(って、誰に対する言い訳か分からんけど)。それはさておき、人に紹介するときに心掛ける点とか書き方とか、あとやっちゃいけないこととか、そのあたりに関する学びは多かったです。あと、この先しばらくはここでの採点も甘くなると思います(笑)

  • 自分が読書の参考にする書評はまず置いて、書評を読むという楽しさを味わった一冊でした。良い書評も、良くない書評も読むことが出来て面白かったです。特に、絲山秋子「ばかもの」の書評の3作読み比べは最高でした。豊崎さんが参ったという平田俊子さんの書評には私も感動しました。短い枠内での見事な書評に平田さんの知性とセンスに震えそうになります。しかし良くない書評というのは、こうも胸クソ悪くなるものなんですね。貶し、作品を貶め、自分の知識を披瀝する輩には近寄らないように気をつけないと…。精神衛生に悪い。読者の身になってのレビュー、作品の後押しをするようなレビュー、と矜持を保っている豊崎さん。文字数や媒体の制限や厳しい環境の中、書評を書くというのは大変なお仕事ですね。豊崎さんパワフルです。文学賞滅多斬りのお名前はきいていましたが、雑誌をあまり読まないので、豊崎さんの文章を読んだのは初めてでした。自分の意見をきっちり述べられるので、敵を作ってしまうことがあるかもしれません。戦っていかねばならないのが大変そうです。のほほんと好きな本を読んでいればいい自分は気楽です。

  • 本書の価値は次の一文に集約される。

    批判は返り血を浴びる覚悟があって初めて成立するんです。的外れなけなし書評を書けば、プロなら「読めないヤツ」という致命的な大恥をかきます。でも、匿名のブロガーは?言っておきますが、作家はそんな卑怯な”感想文”を今後の執筆活動や姿勢の参考になんて絶対にしませんよ。そういう人がやっていることは、だから単なる営業妨害です。

    まあ、そういうことです。

  • 書評と批評の違いに対して、「読む前に求められるのが書評、読んだ後に求められるのが批評」という定義はお見事。著者は「批評〉書評」と見られがちな日本の傾向を指摘して、多数の書評で知られる自身が批評を書くことへの嫌悪を明らかにするが、著者の批評を一ファンとして読みたいと思うのは僕だけではないと思う。

  • だれもがこうやって1人でも手軽にオナニーできる時代になったからこそ、プロの書評、いや、プロの評論家はこれからより一層質の高さを求められるし、ポジショニングもより奥深いものになる。

    楽しみ。

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