愛着障害 (光文社新書)

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  • 光文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334036430

感想・レビュー・書評

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  •  学校で、愛着障害じゃないかと疑われる子がいて、
     先日その子が廊下で、ものすごい勢いで女の子を追いかけていたものだから、

     「やめなさい」
     と前に立ちはだかったら、見事わたしと激突。
     ブチ切れられる。

     わたしの腕に殴りかかり、
     「ふざけんなよお前。お前なんか教員に向いてねーんだよ。教員辞めろよ。お前みたいなのが舐められんだよ。誰もお前の言うことなんか聞いてねーんだよ。クラス全員お前の言うことなんか聞いてねえじゃねえか。全員に舐められてるからだろうが。むいてねーんだよ。やめちまえ!」

     というようなことを言われる。

     あんまりの言われようだなぁ。でもそれ、本当だよなぁ。この子は衝動性が強いから、今思ったことを口走っているけど、普段思ってるけど口にしないだけで、そう思っているんだなぁ。あーツラ。

     そう思ったら、涙が出てきそうになる。

     それ、クラスの子が全員聞いていて、教室に入ったら、しーんとしていて、「先生、そんなことないよ。」とは言わなかったけれど、わらわらわたしの周りに集まってきては、(お弁当の時間だったので)「先生、卵焼きは砂糖と塩、どっちが好き?」とか、「先生、お弁当ちょっと分けてよ。」とか、普段絶対言わないことを言ってきた。

     翌日の日記に、「担任が先生でよかった。」と、わたしにしかできなかったことを、いっぱい書いてきてくれた子がいて、

     久しぶりに、堰を切ったように泣いた。



     「私は教員に向いていない。でも、今ここで働かせてもらっているのだから、わたしにできることを精一杯やろう。」


     そう思って、8年間教員をやってきました。

     でも「お前なんかお呼びでない」と言われ、
     8年間をすべて否定されるようなことを言われ、


     そうか、やっぱりそう思われているのか。わたしなんかいないほうがいいのだ。・・・でも私は、やめたところでいったいこれから、どこへ行ったらいいのだろう。

     そう思わされている今。


     わたしは、「担任が先生でよかった。」と、いってくれる子を支えに、頑張って行っていいものなのだろうか。



     分からない。



     愛着障害。


     この本の巻末に、愛着診断のチェックシートがあった。

     わたしは強い回避性愛着障害だった。

     思い当たる節はある。幼いころから、父親との関係が良くない。今も良くない。

     「この人は、子供なんかほしくなかったのだろう。」

     そう思って今を生きている。

     納得のいくストーリーを、そこからいくらでも作り出すことができる。


     そこになぞらえて言うのであれば、
     わたしは、人を育てるという職業を通して、

     自分を癒そうとしているのだろう。

     絵を描いたり、本を読んだりして、自分の世界を守ろうとしているのは、

     どこにも安全な基地が自分の中にないからだろう。


     男の人と、うまく関係を作れないのも、そこが原因なのかもしれない。


     そこから、自分を自分で育て、癒すきっかけを持てるのであれば、


     わたしは、この愛着障害と向き合うべきなのだろう。






     わたしを、


     私のすべてを否定する存在がいる場所でなお?



     来年度が始まる。

     がんばれる気力が今、


     大幅に損なわれている。


     回復できないまま、また私は自分を奮い立たせて1年を始めるのであろうか。





     誰か、助けてほしい。



     


     …きっと、わたしに食って掛かってきた子も、
     そう思っているのだろう。



     誰か、自分を救ってほしいと。






     でも今、わたしは沈没寸前の小さな船のようなもので、


     たくさんの人が救いを求めてきたら、

     自分がつぶれてしまいそうな気がする。






     誰か…






     半年だけ、頑張ってみよう。
     あと半年だけ、生きてみよう。
     できるだけ、人の役に立てるようにこの身を捧げてみよう。

     もしがんばれたら、もう一ヶ月だけ、生きてみよう。

     もし、だめだったら、そこまでだ。





     だれにも必要とされなくても、生きられるものかと思っていたけれど、



     だれか一人にでも否定されることが、生きる気力をこれほどまでに削がれるものなのかと思う。


     半年だけ。がんばって生きてみる。
     この痛みを忘れて、にこにこ笑って生きている自分を、心に描きながら、頑張る。

     「わたしなんて、生まれてこなければ良かった。」
     そう思うことが、どれほどつらいことか、分かって上げられる人間でいられますように。

     「あなたがいてくれてよかった。」
     一人でも多くそのことを伝えられる人間でいられますように。

    • よっちさん
      2015年に書かれたレビューなので・・・今お元気に過ごされていることを祈るばかりです。
      2015年に書かれたレビューなので・・・今お元気に過ごされていることを祈るばかりです。
      2024/02/04
    • Rinoさん
      今これを読んでいる私も救われています。今何よりもお辛いと思います。誰かに助けを求めてくださいね。あなたが生きていきたいと思える何かに出会える...
      今これを読んでいる私も救われています。今何よりもお辛いと思います。誰かに助けを求めてくださいね。あなたが生きていきたいと思える何かに出会えることを信じています。
      2024/04/11
  • <この本のよい点>
    ・光文社新書は、本文の紙がツルツルしていていい。
    ・明朝も美しい。
    →印刷屋さん、えらい。


    <内容について感想>
    「子供をいっぱいハグしてやりましょう。」
     は、まあいい、として。

    これで「愛着障害」なるものが存在するように語るのは、オカルトの域と変わらないように思った。
    近世までは、乳母や、姉、村の女性たちで育てられる子供は多かったのでは。核家族化した、ごく一時的な現代の家族像を起点で、人格形成総括して語るスタイルは、一面的過ぎるというか、ハチャメチャな様相。そりゃ、母=太陽で、理想的な日照時間を与えてくれればいいだろうけど、躓きの石がほとんどないツルツルなほうがレアなんではないだろうか。工場の品質管理のような徹底ぶりで、暗闇のない工業製品みたいな子供→人間をお望みか?

    偉人や有名人の例ばかり出したら、「愛着障害でよかった」とならないか。口あたりのよい有名人の話をいくつも出して、本として一般受け「あー本読んだな~と思わせりゃいい」という風なのは、いい加減過ぎやしないか。
    文学者に愛着障害が多い、と、よくありがち偏見から適当なこと書いてあるけど、作家は自分語りが生業なんだから、よく語りがちな人の半生が資料として残りやすいだろう。
    釈迦やムハンマドが愛着障害、まで出てくると、漫才でもみているのか、と。
    (ばかな私の悪いところは、どんなアホな話も最後まで聞いてしまうところである。アホかな思ったけど、ちがった、あーよかった、と思いたいのだ。こんなにひねくれてなお、まだ世界は善で溢れてると、どこかで信じてるのだ。。)

    ごく標準的な一般人にも「愛着障害」例はたくさんあるだろう。
    この本を、もう少しセンセーショナルに成り立たせるためには、有名人ではなく、無名のドロップアウトやアウトローの膨大な取材から導かれた例が多数必要だっただろう。

    自分や身近な人が抱える問題を、「愛着障害」に原因を委ね、転嫁してみて、リラックスしたい時にはいいのかもしれない。

  • 愛着の重要性や役割、具体的な症例と、愛着の傷つきを克服する方法をまとめた1冊です。本によれば3人に1人が愛着の問題を抱えているということなので、少しでも人との関わりに悩みがある方は読んでみてほしいです。

  • 勉強のため、自分の中では学術的な位置付けで読了。
    有名人のエピソード部分もあり読みやすかった。

    愛着障害克服のためには
    ●安全基地となる存在が必要。安全感の保証、感受性、応答性、安定性、何でも話せることが条件。
    ●傷の修復の過程で、子どものころの不足を取り戻すことがある。
    ●役割と責任を持つことで、愛着行動にばかり神経を傾けることから救ってくれ、心の安定につながる。否定的な認知から脱するために、小さなことでも自分の役割を持ち、果たす。
    ●自分にもできることがある、と肯定的な気持ちを持つ。

  • 愛着障害とは、簡単に言うと「この人がいるから私は大丈夫、生きていける」と思える存在が脆く、不確かで、それによって生きづらさを感じたり、情緒や対人関係に支障が出てる状態

    これまで愛着の問題は、子どもの問題、それも特殊で悲惨な家庭環境で育った子どもの問題として扱われることが多かった。
    しかし、近年は、一般の子どもにも当てはまるだけでなく、大人にも広く見られる問題だと考えられるようになっている。

    大学生のうちにこの本に出会えてよかった
    自分の人生の原点を作ってくれたものの1つになると思う

    ✏症状となって表れた段階を「疾患」として捉えるのが、現在の診断体系であるが、最終段階を云々するだけでは、そのはるか手前から始まっている病的なプロセスを防ぐことにはならない

    ✏創造する者にとって、愛着障害はほとんど不可欠な原動力であり、愛着障害をもたないものが、偉大な創造を行った例は、むしろ稀と言っても差し支えないだろう
    破壊的な創造など、安定した愛着に恵まれた人にとって、命を懸けるまでには必要性をもたないからである。

    ✏愛着障害を克服するということは、一人の人間として自立するということである。
    ここでいう自立とは、独立独歩で人に頼らないという意味ではない。必要なときには人に頼ることができ、だからといって、相手に従属するのではなく、対等な人間関係をもつことができるということである。

  • 自らが愛着障害なのではないかと苛まれ、図書館にて貸出。通ずるものが数多くあり、毎晩涙を流しながら読んだ。そしてわかったことは、自らは回避型を持ちつつ不安型であり、常に回避型の人間に恋愛感情を抱くことだ。

    ただ解決の策がいまいち思い付かない。安全基地になる人間を見出だせない。私自身著書に書かれていたように「子供らしい子供時代」を過ごしていない。少しでも早く大人になりたいと、子供らしいことを忌避していたのだ。そういったことを取り戻し、自らを親とし自らに声をかける。難しい。

    また今回様々な日本作家を取り上げられていて、そちらにも興味が湧いた。特に川端康成の『少年』。その一部に心惹かれた。「お前の指を、手を、腕を、胸を、頬を、瞼を、舌を、歯を、脚を愛着した。僕はお前を恋してゐた。」このフェティシズムとも呼ばれる情感を、私個人も抱く。それこそが「愛着不全を補償しようとして過剰に発達した、部分への執着」なのかもしれない。

    この本を読んで、改めて自ら苛まれるこの愛着障害について調べたいと思った。もう少し彼の著書を探っていきたい。

  • 今、小学校で愛着障害が問題になっている、という話を地域の方から聞いて、関心を持って読んでみました。
    前半はフムフム、なるほど、なんて思いながら読むも。
    中盤、あれ?私も愛着障害??と思うところがあり。多かれ少なかれ多くの人が持っているであろうことと、愛着障害との境界が曖昧でその線引が難しいのだろうとは思いつつも。
    中盤以降、過去の偉人が愛着障害だったであろう、という話が延々と続き、ちょっと消化不良でした。
    ただ、愛着障害は身近なものだとは理解できた。

  • ■ Before(本の選定理由)
    気を引くタイトル。
    虐待の連鎖、ということで無く「愛着」という子供が自然に求めるものに障害の言葉がつくのが恐い。

    ■ 気づき
    共感はできるが、あの有名人もほら!愛着障害!という論理展開は途中から嫌な感じがした。
    たまたま、最近夏目漱石の半生小説を読んだので、愛着障害といわれると一面的にはそうだけど、、と反論したくなった。

    ■ Todo
    もっと体系的に知りたいし、自分の子供にはそうした感情をもってほしくない。私は何ができるだろう。

  • 愛着障害について、これ一冊に凝縮されている。
    紙幅をうまく使い、論じてある点は、医師であり作家としても活躍する筆者ならでは。
    教育にかかわる者すべてが読むべき書だと思います。

    愛着障害とは、しっかりと育ててもらえなかった者がなるもので、表面上は発達障害等として現れることが多い。怖いのは、世代間連鎖。
    克服するのはすごく大変であるが、きちんとした愛着関係を築ける人が周囲にいたり、自分がきちんと何かしらの役割を果たしているという自己肯定感、自己有用感を得たりすることで、回復していくケースが多い。そのために、本人も、思い切りをもって物事に挑戦していく姿勢をもつことが大切である。
    全ては、将来の子どものために!!

  • Amazonでの評価が高かったことと,著者の既刊である『パーソナリティ障害』が良書だったため,期待して読んでみたが,その期待は,本書においては裏切られた。

    「愛着」とは,子どもと養育者との間に形成される情緒的な絆のことを言う。
    心理学を専攻している立場からしても,愛着が幼少期において適切に形成されることの重要性は否定しない。

    しかし,本書によれば,うつ病から不登校,小児性愛に至るまで,ありとあらゆる不適応は,人生初期の愛着の形成不全の問題であるとしている。
    他にも環境的な要因や,本人の遺伝的な要因が考えられるのに,このような見方はいかがなものだろうか。

    また,著者の指摘によれば,愛着には“臨界期”が存在し,“臨界期”である3歳くらいまでは,母親がしっかり養育しないと,その子は後々,様々な不適応を起こすという。

    だが,こうした“臨界期”の概念は心理学では否定され始めている。人には,一度損なわれた機能があっても,他の機能がそれを補うという可塑性が存在するのである。
    だから,よっぽどのダメージがない限り,人は回復するし,復活するようにできている。

    また,「3歳までは母の手で育てないと後々大変なことになる」という,いわゆる「3歳児神話」は,科学的な検証の末,瓦解した。
    にも関わらず,科学的な根拠も一切示さず,引用もなく,全ての問題は,その子が小さかった時の親の育て方のせいとも読める前時代的な理論(というより,思想)を述べるスタイルには違和感を持った。

    このような書き方では,もし子育て中の母親が読んだら混乱を招いてしまう危険がある。加えて,その人の個性から思考のクセから,何から何まで「障害」と命名してしまうのは,レッテルを張ることになり,危険である。

    確かに,著者は精神医療の臨床現場で治療に当たっていて,愛着に問題を持つ人が多いという感覚は正しいのだろう。ただ,それは,何かしらの不適応を示した人だけを見ている臨床家によくある落とし穴である。

    どんな人でも,問題の一つや二つは持っている。誰だって,親子関係の“ギシギシ”の一つや二つは探せば出てくる。しかし,多くの人は,そうした問題を可塑性によって克服しているのだ。

    人は,そこまでやわに出来ていない。そのことだけは強調しておきたい。

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著者プロフィール

岡田尊司(おかだ・たかし)
1960年香川県生まれ。精神科医、作家。東京大学文学部哲学科中退。京都大学医学部卒業。同大学院医学研究科修了。医学博士。京都医療少年院勤務などを経て、2013年より岡田クリニック(大阪府枚方市)院長。日本心理教育センター顧問。パーソナリティ障害、発達障害、愛着障害を専門とし、治療とケアの最前線で現代人の心の問題に向き合う。著書『悲しみの子どもたち』(集英社新書)、『愛着障害』『愛着障害の克服』(いずれも光文社新書)、『愛着アプローチ』(角川選書)、『母という病』(ポプラ新書)、『母親を失うということ』(光文社)など多数。

「2022年 『病める母親とその子どもたち』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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