「当事者」の時代 (光文社新書)

著者 :
  • 光文社
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レビュー : 142
  • Amazon.co.jp ・本 (468ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334036720

作品紹介・あらすじ

いつから日本人の言論は、当事者性を失い、弱者や被害者の気持ちを勝手に代弁する<マイノリティ憑依>に陥ってしまったのか…
『2011年新聞・テレビ消滅』の続編に当たる作品。

感想・レビュー・書評

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  • マイノリティ馮依というモノに覆われている日本メディアの問題点、その状態に至った歴史(こういうのを系譜学って言えたりするのでしょうか?フーコー姐さん!!)を辿ってく本

    マイノリティ馮依が失効した現代は、各々が「当事者」として社会に相対してゆかなければならない時代が到来している。その相対の仕方は人それぞれで普遍的な解はないはず。宇野常寛さんの「ゼロ想」は当事者として生きて行くしか無くなった状況のへの原理的な理由の提示をしている点とそれに対する幾人かの比較的成功している回答を示している点でさらに優れている気がする。
    歴史的な経緯を辿っている点、(新聞テレビという)メディアというポストモダン状況を見えなくさせている装置でもその見えなくさせてきたマイノリティ馮依という機能が失効していることを書き出した点に価値があると思った

    ☆日本がドイツの様に戦後に戦争の清算が出来なかったのは冷戦状況の中国という共産圏に隣接していたという文脈がある(確かにパッチギ!にもそんなシーンがあった)。
    ☆マイノリティ馮依の問題、差別が無くなる(or意識が芽生える)という事はいいことだけれど、その視点に立つ事で自分も(潜在的な)加害者になることを綺麗に忘れてしまうことである
    当事者の時代とは加害者であると同時に被害者でもある(どっちか、又は第三者には誰も立てない)時代のことだと佐々木さんは言っている
    ☆総中流社会と馮依の蜜月関係

    この辺りはとても示唆的だった。問題の原理的なところまで深く突き詰めれてると思った。だから、似た様な問題も沢山あるし、似た間違いをしなくて済む

  • 新書にしては460ページと分厚いが、元新聞記者だけあって、ぐいぐいと読ませる本で、あっという間に読めた。現代のマスメディアの問題点、そして本当の意味での「当事者」「マイノリティ」に立つことの難しさ、について今後の新聞や報道を読む際に考えさせられた本である。

  • メディアの情報のあり様がたくさんの事例から書かれていて良い視座をもらいました。情報の出どころや発信者、受け手、様々な角度から見る意識を養えました。

  • 冒頭の「夜回り共同体」の話はやや冗長に感じたが、「<被害者=加害者>論」から「マイノリティ憑依」へという言論史の部分は面白かった。読んでよかったと思う。
    ただ「マイノリティ憑依」はマジックワードというか、気をつけたい用語ではある。被害者の代弁と白人の黒塗り芸が同じ「マイノリティ憑依」でよいのかどうか、また神社の構造との相似からの説明もやや違和感があった。

  • 【読書その84】以前「キュレーションの時代」を読んだことがあるジャーナリストの佐々木俊尚氏の著書。
    著者は、メディア空間は「マイノリティ憑依」というアウトサイドからの視点と、「夜回り共同体」というインサイドからの視点の両極端に断絶しているという。その構造を、記者の警察への夜周りから始まり、反戦運動、トーキー映画等から分析している。特に注目すべきは、「マイノリティ憑依」。メディアで語られる「少数派」「弱者」は本物の少数派、弱者ではなく、幻想。大事なのはインサイダーの共同体の中で生きるのではなく、幻想の弱者に憑依するのではなく、常に自分の立ち位置を確認し続けること。他者に当事者であることを求めることはできない。他者に当事者であることを求める前に、まず自分が当事者であることを求め続けることが大事。

  • ブクログにレビューを書き、ブログで仕上げるという流れが完成しているなぁ。

    と、まぁそんなことは置いといて本題に入ります。

    まず、当事者というのがキーワードではないことに驚きました。もちろん、筆者の言いたいことではあるだろうけど、後半になるまであまり出てくる機会はなかったし、結論として当事者になるためには的な議論はなかったからである。

    一方で、強烈な印象を受けたのは『マイノリティ憑依』である。主に極少数である被害者の目線に立って語ることで、加害者側だけでなく自分の立ち位置さえも見失ってしまうことで、これが生み出すのは何もない。憑依することは楽で、同情などの感情は湧くのかもしれないが、自分の立ち位置ではないので自分がどうするという考えが欠落しているわけである。

    つまり、当事者として向き合うにはどうすればいいのかを考えなければならない。
    しかしながら、この当事者というのは他人が語ることはできない。その時点で語る側は傍観者となるわけだから。自力で探すしかないのである。


    TwitterやFacebookといったソーシャルメディアが跋扈する中で、僕らは当事者としての立ち位置というものに常に触れ、考えていかなければならないと思う。

    ごめん、まとまらなかった。

  • いろいろ心にグッサグッサとくる部分が多くあり、おもしろかったです!
    でも「どこかで聞いたことのある正論を文章のうまさでうまくごまかして読み物にしている感じ」と思ったのは私が佐々木さんのフォロワーだからなのかジャーナリズム専攻だったから少しぐらいは話しの文脈がつかめているからなのか私も伝える仕事のはしくれをしているからなのか。

    壮大な展開の後に、最後がものすごく「THE・優等生」なオチで読後感がひどかった。「そんなこと誰でもわかってるんだよーー!」っていいたくなるような。なんかここまで壮大に話を広げて結論はオーマイニュースかよ?みたいな。

    頭のいい人は絶対に物事を単純化して語らない。その知性がものすごく憎たらしくなるのはこういうときだ。
    「物事を複雑なまま見るべき」って頭いい人がよくドヤ顔で言うけどそれって私を含め凡人にはすごくしんどい。。。

    当事者となった人々の全員が自ら発信するだけのリテラシーを持っているかってところは・・・・傲慢と思われるかもしれないけれど、個人的には疑問なんだけど・・・。

  • 約1年ぶりとなる佐々木 俊尚さんの新刊。事前に御本人から本書の執筆についてお話を聞かせていただく機会などもあり、非常に楽しみにしていた。新書で468ページはさすがに肩が凝ったのだが、歯を食いしばって一気読み。ただし歯を食いしばったのは、頁数の問題だけではなかったのだが・・・

    これまでの佐々木さんの著書というのは、「今」もしくは「時代の先端」を的確に切り取りながら、進むべき方向を示唆するというものが多かったと思う。つまり「これからの時代がどう変わるかを知りたい!」というニーズに応えるためのものであった。そこには多分にマーケティング的な意味合いも含まれていたのだろう。

    しかし本書には、その類の要素やソーシャルメディア周りの情報が少ししか登場しない。どちらかというと時代の潮流とは別に、自分自身の内部にある本当に書きたいものを書きましたという印象なのだ。

    本書を読まれるにあたっては、佐々木さんの過去のTweetが纏められた以下のtogetterを副音声 代わりに読まれると、非常に面白いと思う。話の文脈がよくわかる上に、佐々木さん自身の苛立ちもダイレクトに伝わってくる。当事者→トゥジッシャー→トゥギャッター。うん、語呂もいい!

    「弱者を勝手に代弁する人たち」について(2011/5/3)
    佐々木俊尚さん、心ないフォロワーに怒る(2011/5/24)
    「当事者性 VS ないものねだり論者」という対立軸(2011/8/29)
    さて本題だが、本書の大きな問題意識は昨今の言論に蔓延る「マイノリティ憑依」というものにある。上記のリンク内にも登場するのだが、マイノリティ憑依とは、例えば被災地以外のエリアに住む人が「被災者の前でそれが言えますか」などと被災者の立場を勝手に代弁して、反論してくることを指している。

    つまり当事者としてのインサイダーから一歩アウトサイダーに出ることによって、空を飛ぶような俯瞰的な視点ですべてを見下ろすことができるというものだ。本来どこのエリアにいようとも、そのエリアとしての当事者性があるはず。しかしエリアのアウトサイドに立ち位置を置くことによって、インサイドにいることによって引き受けなければならなかった苦悩も取り払われ、神の視点を持つことが出来てしまうのだ。

    日本人の本音と建前という二層構造は、誰もが知るところである。限られた範囲の中でしか語られることのない本音、パブリックではあるが誰にも非難されることのないように細心の注意を払う建前。この建前を構築する際の絶対的な安全弁として、マイノリティ憑依という技法が育まれてきたというのだ。

    そして、このマイノリティ憑依というものの源泉を辿って、1960年代のメディアの論調まで遡り、戦後の思想史の在り方そのものを一刀両断してみせる。

    1960年代半ばに勃興してきたベ平連のリーダー・小田 実による「加害者=被害者」論や、続く津村 喬の「内なる差別」論。そして本多 勝一が67年に『戦場の村』で書いた当事者主義。だが、その難しい領域に入り込んでいった結果、本多 勝一のような卓越したジャーナリストでも勢いをつけすぎてもんどりうって、マイノリティ憑依という壁の向こう側に転げ落ちてしまったのだという。

    これら全体を構成する個々のエピソード自体も、本当に面白い。まるで、キュレーション仕立てで仮説を検証してみましたと言わんばかりだ。日頃目にする佐々木さんのTweetが、いかに氷山の一角であるか。水面下には無数のコンテンツがトポロジー構造で眠っていたのだ。これが視座というヤツか。

    Twitterという言論の刹那をきっかけに、過去の言論のアーカイブへと深く入り込み、時空を超えて構造を描き出す。願わくば、こんな読書がしたいものだ。

    また、本書にはソーシャルメディア周りの話はほとんど出てこないが、着眼の一端をソーシャルメディアが担っていたという点には注目したい。フォロワー数が15万を超える佐々木さんが、無償の評判経済の領域において、時には窮屈な思いもしながら着想を得て、出版という貨幣経済の領域では本当に書きたいものを書く。ここに評判経済における格差の一端が垣間見えているとも言えるだろう。

    本書の内容は、誰もが容易に情報発信ができる総表現社会だからこそ、多くの人にとって示唆に富むものだと思う。ただ僕自身の場合、マイノリティ憑依という状況に陥る危険性というのは、あまり実感が湧かない。昨日は〇〇、今日は××とマイノリティのテーマを取り扱った本ばかり数多く読んでいるので、憑依するほど憶えていられないというのが本当のところだ。そういった意味で、マイノリティに関する本をたくさん読むというのは、マイノリティ憑依を防ぐための特効薬になるのかもしれない。これが必ずしも当事者意識を持つということとイコールではないとは思うのだが。

    僕はむしろ、逆方向への憑依にも落とし穴があるのではないかと感じている。それは権威への憑依や空気への同調というものだ。例えば、本のレビューなどを書く際にあたっては、著者への憑依というものが考えられる。レコメンドするうえでの自分の立ち位置を見失うと、それが著者の意見なのか、自分の意見なのか、曖昧になるということは起こりうるのだ。特に本書のように、直球ど真ん中でボールを放り込まれた時に、それは時折顔を出す。

    これを広く捉えると、情報の送り手としてのマイノリティ憑依、情報の受け手としての権威への憑依、この両者のねじれが「当事者」不在の加速装置となっていたとも考えられる。いずれにしても重要なのは、自分自身の立ち位置を明確にしておかなければならないということだろう。

    本書は全体の構造がフィクションのようでもあり、いつくもの伏線が一本の線に収斂されていく様は壮快だ。著者の肩書きが、「ITジャーナリスト」から「ジャーナリスト・作家」へと変わったのも頷ける。

    ただ予めお断りしておくと、結論部分の後味は必ずしも良いものではない。何か自分が会社に入ったころの古傷を触られたようでもあり、自分の弱さをまざまざと見せつけられたような気分にもなる。これも「当事者」というテーマの難しさを表す象徴的な心象風景なのだと思う。いつもは「こうすべき」と明快に回答を示す佐々木さんが、「私はこうします」という言い方に留めているところからもその一端が伺える。

    様々な文献や著者自身の経験に裏打ちされている部分も多く、時代の風雪に十分耐えうる息の長い一冊になると思う。しかし40年前の「当事者」と今の「当事者」という言葉の受け止め方が違うように、40年後にもきっと「当事者」という言葉の意味は変わっているのだろう。そして、それがどのように変わるのかは、私たち今の「当事者」が鍵を握っている、そんな覚悟を迫る一冊だ。

  • 「マイノリティ憑依」という言いえて妙の新語

  • メディアの空間はマイノリティ憑依というアウトサイドからの視点と、夜回り共同体という徹底的なインサイドからの視点の両極端に断絶してしまっている。

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著者プロフィール

佐々木 俊尚(ささき としなお)
1961年生まれ、兵庫県出身。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年毎日新聞社入社。記者として勤めたあと、1999年『月刊アスキー』の編集部デスクに転身。2003年退職後、主にIT分野やメディア業界に関わるフリージャーナリストとして活躍。大学非常勤講師なども担当している。
代表作として、2010年度大川出版賞を受賞した『電子書籍の衝撃 -本はいかに崩壊し、いかに復活するか?』、『キュレーションの時代』など。近年は『家めしこそ、最高のごちそうである。』といった自宅料理についての著作もある。

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