ただ坐る 生きる自信が湧く 一日15分坐禅 (光文社新書)

著者 :
  • 光文社
3.53
  • (7)
  • (17)
  • (20)
  • (5)
  • (0)
本棚登録 : 169
レビュー : 20
  • Amazon.co.jp ・本 (273ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334036928

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 単に座るだけ、というのは実に難しいことか。そのとき、座るという行為は、私が座るという行為をするのではない。坐禅が坐禅をすると表現するような、私の力みがなくなったところに存在する。坐るという行為の奥深さ、禅の世界の奥深さを垣間見せてくれる、初心者向けの良書。

  • 坐禅の深い心境が少しわかったような気がする。 禅僧の方がドイツ人だとは知らなかった。 ネルケ無方(むほう) 兵庫県美方郡の安泰寺の住職。 子供といっしょに風呂に入っている写真がHPにあったので結婚して安泰寺に住まわれている。

  • 兵庫県安泰寺の住職、ネルケ無方氏。ドイツ人でありながら、16歳の時にドイツで坐禅と出会い、禅の道に生きると決心する。外国人が描いた日本の禅の世界。

    <目次>
    はじめに
    第一章 坐禅との出会い
    第二章 なぜ今、坐禅を?
    第三章 まず、頑張りすぎないこと
    第四章 環境をととのえる
    第五章 坐禅に向う態度
    第六章 坐禅に必要なもの:座布団、衣服
    第七章 調身ー身体をととのえる
    第八章 調息ー呼吸をととのえる
    第九章 調心ー心をととのえる
    第十章 禅と実生活
    坐禅ができるお寺ガイド
    付録「坐禅儀」

    <メモ>
    “軸”があるからこそ回る(7)
    死んでから仏になるのではなく、仏として生きることこそ仏教です。(38)

    宗教観が曖昧と言えば曖昧ですが、反面、それは日本人の心の豊かさの表れとも言えます。「和」を尊び、他人を思いやる心を養ってきた日本人の精神それ自体が、一つのすばらしい「宗教」とも言えるのです。むしろ欧米人(というより一神教徒)が大いに見習わなければならない点でもあります。(40)

    日本人は、自分と相手を分けることなく、和をもったつながりを強調してきました。そこには、「私の世界」と「あなたの世界」という厳しい線引きはなく、「私たちの世界」という温もりがありました。ところが、西洋の個人主義をはき違えた現代日本では、それが他者の存在しない「私だけの世界」に変わってしまっています。(43)

    悟るということは、迷いに気づくことです。自らの迷いに気づく人こそ仏に向う人です。それに気づかず、悟りという人参を追いかけているのが普段の私たちの姿、つまり悩める凡夫です。(95)

    坐禅は命がけでしなければなりません。燃えるような気持ちで坐らなければ、時間が無駄に流れてしまうだけです。(113)

    (沢木老師)禅の修行は現在を充実していくことである。今日を見失はぬ、此処を見失はぬ、今を見失はぬ、自己を見失はぬとふように、全生活を一歩の浮き足なしに踏みしめて行くことである。今、此処でたとへ息が切れても少しも悔いのない生活を見つめて行くことである。(233)


    2012.06.30 新書を巡回していて見つける。
    2012.08.21 読書開始
    2012.09.02 読了

  • 坐禅とは「ただ坐る」こと。自分を手放すことで心を整えることができる。15分でも坐禅することで整う。

    著者はネルケ無方 ベルリン生まれ 兵庫安泰寺住職。7才で母親を亡くしている。

    [more]

    ・「何にもならない」一生を、「ただ生きる」ことが重要。
    ※生きる意味などいらない。生きることに意味がある。

    ・「私」に縛られてはいけない。我慢も我慢している「私」に縛られてしまう。

    ・お坊さんの世界には、修行も修業もある。
    ※修業はワザを修める、ので職業訓練と同じ。修行は仏道の努力。

    ・道元禅師「仏道をならふといふは、自己をならふ也。自己をならふといふは、自己をわするる也」

    ・坐禅の三大要素:調身、調息、調心。
    ※まず身体の姿勢を整えると他も整ってくる。

    ・腰を入れて坐禅すべし。

    ・坐禅中に浮かんでくる感情は主に2種。昏沈、散乱。
     昏沈:眠くなったりして坐禅を続けられなくなる。
     散乱:雑念が湧く。今は坐禅している場合では無い、とやめたくなる。

    ・「ただ坐る」ことで満足すべし。満足しようと思って坐るのは、「ただ」坐ってはいない。
    ※やることで満足感を得ようというのは、まだ本気になっていないこと。ただやる、のが本気。

    ・仏法はもともと「心身一如」を説いている。つまりあの世で仏になる、という考えは外道だ。

    ・山は大きな硬い石もほこりものせるから大きい。海は綺麗な水もよどんだ水も受け入れるから大きい。
    ※心も、どんなものでも受け入れると広い心となる。

  • いつ買ったかは覚えていません。「新書だし、ネルケ無方だし」という、半分気楽、半分ナメてかかった気持ちで購入したような、そんな気がします。
    しばらく積んだままでしたがこないだふと気になって手に取ってみました。

    ビックリするほどガチな坐禅の入門書でした。ナメてかかって申し訳ございませんでした。

    最近参禅する機会があり、「禅は禅でよく分からないことが多いなぁ」とボンヤリ思っていたところだったので、タイミングとしても良かったのかもしれません。「調身・調息・調心」等、「あの時坊さんが言ってたのこの事だったのか」ということが少しだけ分かったような気がします。また、最近の永平寺は冷暖房完備という衝撃の事実も知ることができます。

    もっとも、分かったような気がする、というのが一番危ないのかもしれません。「この本はあくまで地図であって、実際に坐禅してもらわないことにはこの本は意味がない」とも著者ネルケ師は強調しています。まずは「ただ坐る」ことから。

  • 1日15分○○する。
    口で言うのは簡単ですが、いざ実践してみると、
    なかなか続けることは出来ません。

    当の私も、「なんだ、1日15分か、楽勝!」と思っていましたが、
    今は、したり、しなかったりの毎日が続いています。

    座禅をしたら、何か良い事がある→このロジックは強力です。
    しかし、この動機では、本当に続けることは出来ないかもしれません。

    座禅をしても、何もならない、でもする→こう思えることが、座禅を続ける秘訣かもしれません。

    何もならないけど、何かしてみる、これは、自分達の今の生活のアンチテーゼの
    ような気がします。

    著者は冒頭で言います。

    「座禅をして何になりますか?」実は答えは極めて簡単、「何にもならない」です。

    それなのに、なぜ、著者は、この本を書いたのでしょうか?この本を読むと、著者の
    この問いに対する覚悟がよくわかります。

  • 坐禅について、わかりやすく書かれています。後半は禅の世界に入っていくので、少しついていけない部分もあった。

  • ドイツ・ベルリン生まれで、坐禅に惹かれて来日、修行を続けて今は住職をしている著者が坐禅について書いた本。

    詳しく書かれているので、入門編としてはかなり充実している。
    最後に坐禅ができるお寺の紹介もある。

    やっぱり仏教って体育会系のところがあるなあ。
    身体で体得する、みたいな感じ。

  • ドイツ人が書いた座禅の本ですが中身は非常に素晴らしいです。座禅に関する本としては非常に良書だと思います。武道家が禅をするのは精神修養と思われがちだが、実は違う。精神ではなく身体運用の行き着いたところが禅なんだと私は思います。「ただ座る」このタイトルが全てを物語っています。とてもお勧めです。

  • わかったようなわからないような。
    2015.6.7

全20件中 1 - 10件を表示

ただ坐る 生きる自信が湧く 一日15分坐禅 (光文社新書)のその他の作品

ネルケ無方の作品

ただ坐る 生きる自信が湧く 一日15分坐禅 (光文社新書)を本棚に登録しているひと

ツイートする