結婚と家族のこれから 共働き社会の限界 (光文社新書)

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  • 光文社
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レビュー : 13
  • Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334039271

感想・レビュー・書評

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  • ファッション雑誌STORYでオススメされていたので読んでみました。
    社会学、特に家庭や結婚といった身近なテーマの歴史的変遷を知ったのは初めてだったし、現代の世界における様々な家庭の分析も興味深いことばかり。
    雇用・家事育児・所得格差なども社会学的な視点でみるとどうなのか、などとても勉強になりました。

    備忘録、たっぷり書いちゃいます☆
    まずは歴史から。

    古代日本の婚姻はゆる~いものだったそうです。
    というのも日本は農耕民族なので村落共同体に所属していれば特に夫に頼らなくても妻は食べていけるし、強いリーダーがいなくても労働力さえ確保できれば(子供が増えれば)村は栄えることが出来たからです。なので、女は実家に所属しながら比較的自由に結婚離婚を繰り返していました。

    ところが、封建制度成立以降は、強い血統・リーダーの血筋、といった特別な能力が必要となり、婚姻は厳しいものになっていきます。
    その後、家が経済的な単位となっていったため、家督を相続させる正当性の根拠として父を確定させる必要があり、家父長制度が定着していきます。
    家父長制度の特徴は、父、長男は家に縛られる一方で(事業を継ぐ)、次男以降は冷や飯食い扱いで結婚もままならない状況でした。
    有償労働も無償労働もあいまいにしか区別されていなく、具体的には家長(社長)を中心に、使用人も親族も家事も仕事もしている状態でした。

    産業革命と工業化は、このような家事の在り方に変化をもたらしていきます。
    工業化によって家庭と職場(仕事)が分離され、資本家と労働者の所得格差が広がっていきました。
    それは悪いことのようですが決してそれだけではなく、男性(特に次男以下)の「家」からの経済的自立を即し、結婚もしやすい環境になっていくのです。
    (その一方で、男は家族を養う重責を担い、女は専業主婦になり経済的に依存するというマイナス面もある)

    更に、経済成長が進むと労働階級の所得も上がっていき、既婚女性は専業主婦になって夫の稼ぎに依存するという性別分業が一般化していきます。
    家事はもっぱら妻によって、家電製品などの技術に助けられながら行われます。

    殆どの人が結婚してその中で子供をつくるという皆婚社会は、20世紀前半を中心に先進国に見られた例外的な現象です。
    高い経済成長率と大規模な戦争の欠如により、たまたま可能になった状態なのです。

    その後の現代社会は、雇用された男女のカップルによる「共働き」が先進国の中心です。

    実は、共稼ぎに同類婚(共通の社会的、肉体的、もしくは精神的特徴を持つ者同士が結婚すること。同じような環境で育った経済環境も似たカップル)が加わると、それは所得格差を拡大するように作用するのです。
    格差を無くすためには異類婚が効果的ですが、政治的にそれを調整することはできないので、ワークライフバランスや税制改革など別の角度から、格差を無くすための政策を国は模索しています。

    その他、共稼ぎ世帯が抱える家事分担の問題は単なる技術的な問題ではなく、移民や不法労働、ケア労働の再分配などの大きな問題であること示していました。
    簡単に言うとアメリカ社会で既に起きている問題ですが、子育てや介護のケア労働は家電製品などでは代用しにくく、共稼ぎ世帯はそれらの仕事を貧民層(移民ら)に低賃金で請け負わせます。多くは不法移民で、彼女自身の子供は祖国に送る給料で他人が面倒を見るという、皮肉な結果につながっているのです。

    こんな現代社会は、家に縛られることもなく階級差別もなく自由恋愛が優先されるのですが実際には同類婚が促進され所得格差のが広がる為、皮肉にも結婚しない(できない)人の増加、子供をつくる人の減少、といった脱家族化の増大、という問題に直面しているのです。

  • 家族と結婚に関しても、20世紀の大いなる平等化時代が終わり、不平等時代が(また)はじまった、ということのようなのだけれど。これからの話になってないじゃん、というのは言わないほうがいいのかな。

  • 家族と結婚の在り方について、歴史的な変遷を踏まえて書かれている一冊。

  • ・家父長制の頂点が天皇制
    ・歴史人口学的に見れば皆婚社会が特殊

    ・日本では夫の稼ぎと、妻の自由時間は、家事分担に影響しない(いくら稼いでも稼がなくても夫は家事をしない)

  • 2016/9/26読了

  • 男性も女性もお互いに相手の気持ちをわかり合うことが大切。やれることは自分がやる

  •  結婚と家族について歴史的な変遷からその社会学的な視点で分析する。

     夫が仕事で妻が家を守るなんて家庭像は実は戦後のわずかなひと時しかなかった。そういった家庭像は経済的な合理性によって決まっている部分が大きい。
     家族決定による経済や幸福の格差と社会はどう向き合うべきかという問題提起は考えさせられた。

     結婚を考える前に読んでみるといい本。

  • 断続的に読んでいたので覚えていることめも。

    家庭と仕事の分離をしていた時代から、再びその境界線が曖昧になってきた時代への移行。
    共働きになって負担が増大。
    結婚の方式の変化。妻問婚、見合い、恋愛。
    公的領域の公平性は政府が確保してくれるが、私的領域の公平性は確保できないし、すべきでない。
    人間関係の基本は「特別扱い」

  • 保守的論陣の一部が安易に標榜しがちな「伝統的」な家族主義への回帰。著者はそこでいわれる「伝統」がいかに「モダン」なアノマリーであるかを社会学的な視点から指摘し、高度成長期には可能であった特殊な形態を最早とり難くなった現在の家族(夫婦)の将来についての考察を展開していく。
    ここで著者が「伝統的家族主義」に対置するのは、男女が政治的・経済的なインセンティブによらず、関係の在り方を自由に選択できるという「リベラル派の理想の親密性」だ。「伝統」とやらを志向する向きの中には、己が知ってか知らずか単に自分が個人的に最も心地良かった一時期を恣意的に「伝統」であるとして選び出しているケースが多いが、著者の「親密性」には、やや理想主義的なところはあっても未来を志向する前向きさが感じられる。それに、家族や結婚の軛によって自分の可能性が閉じられる社会は確かにアンフェアだ。
    ただしここで論じられる「親密性」はおそらくはかなり単純な、つまり一対一の男女を前提としたものだということには注意を要する。何時でも好きな時に結びついたり離れたりできるというのは、そこに守るべき何物かがない時にできることだろう。しかしここは本書で抜け落ちている視点だと思うが、例えば子供がいる夫婦はどうだろう。夫婦の離別が子供に与える影響は単に経済的な意味に止まるのだろうか。個人的な感覚からいえばおそらく違うだろう。子供の存在を前提とすれば、そのようなリベラルな社会の到来のためには、両親の離婚により子供が経済的にのみならず「情緒的に」も影響されないことが前提となる。そういう社会をデザインすることは果たして可能なのだろうかと思ったりした。
    しかし全般的には家族を巡る歴史やに日米欧の家族観・結婚観の比較など実証性あるデータを取り混ぜながらの解説はわかりやすく、改めて家族というものを考えなおす契機としては極めて有用だと思う。また、終章にて「近代民主主義における私的領域と公的領域の分断=公的領域での不公平の固定、私的領域での感情の不公正の容認」にまで論が繋がるところにも知的興奮を覚えた。

  • 女系で恋愛や関係も自由だった古代。戦功+官職+世襲による家制度で、家父長に権力が集中した封建時代。戦前の強力な家父長制、戦後の近代家族・自由恋愛。共働きカップルにとっては家庭も職場と同様なマネジメント対象でありリスクになってきている。

    理想と考えられる恋愛・平等・共働きカップルですが、抵抗勢力はまだ根強いし、社会的に不足するケアを、格差で調達するというのもなんだかなぁ、な全体像が見えてよかったです。

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プロフィール

筒井淳也| Junya Tsutsui
1970 年福岡県生まれ。立命館大学産業社会学部教授。一橋大学社会学部卒業。同大学社会学研究科博士後期課程満期退学。博士(社会学)。専門は計量社会学、家族社会学。主著に『仕事と家族』(中公新書、2015 年)、『計量社会学入門 ̶ 社会をデータで読む』(世界思想社、2015 年)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書、2016 年)など。

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