- Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334039288
感想・レビュー・書評
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グーグルマップが我々に及ぼす影響など、もう少し実証的な検証がほしかった。
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http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784334039288 -
地図の社会学。地図が歴史的にどのように位置づけられていたかからはじまる。俯瞰として眺めていた地図が、グーグルマップによって自分中心の視点に換わったと説く。国土地理院の5000分の1の「地図」から、雑誌の特集にあるようなターゲットにフォーカスした「マップ」になり、カーナビが登場し、個人の視点が自分の視座になるグーグルマップに発展したと。昨今のポケモンGOはまさにリアルと地図とゲームを一体化した内容で、この本の先を行っているのかも、と思う。
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東2法経図・開架 B1/10/825/K
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<目次>
はじめに
第1章 地図の社会学
第2章 グーグルマップ前史
第3章 グーグルマップの現在
第4章 グーグルマップが閉ざす/開く世界
第5章 グーグルマップの未来
<内容>
地図の社会学。特にグーグルマップを中心としたネットマップがもたらしたもの、失くしたものが描かれる。特に気になったのは、グーグルマップで地図から自分の行きたいところだけが切り取られる(ズーム化される)結果、周りを見渡すことがなくなる、ということ。観光地などに行くと、ピンポイントで混んでいて、そこからちょっとずれると空いている。あるいはテレビやネットで紹介された後だけ混む、ことが気になっていたが、この本によると、ネットマップでは、GPSと連動すると、現在地から目的地までが、行き方すら明示される。結果、周りを何も見ないし、目的を達するだけで満足する、と書かれている。自分の見てきたこと、感じたことが納得できた。 -
僕自身、昭文社のポケットマップをスマホのアプリに持ち替えたことによって、「思わぬものを発見する」というセレンディピティが減少したことを実感していたところ。
著者は、グーグルマップには個々人の即時的・自己完結的な欲求を充足しようとするアーキテクチャはあるが、他者との有機的な繋がりを介した全体的な「物語」を紡ごうとする意思がみられないという。しかしその一方で、スマホやGPSの普及により断片化した現実の地域社会には、地域同士を動的かつシームレスに連結するグーグルマップの在り方がより親和的であるとする。
たぶん重要なのは、グーグルマップを狭窄した視野しか持たない自閉的な世界の連続体であるとペシミスティックに捉えるか、または大量消費社会により元より物語性を失いつつある世界を自在にザッピングできる有用なツールであると捉えるかは、それを使う人の意識に大きく依存するということだ。グーグルマップによるセレンディピティ減少を意識できず主体性を喪失するに任せるか、それを他の方法で補いつつ「移動する身体」をグーグルマップで武装するか。それにより今後の「地図」と我々の有り様も大きく変容することになるのだろう。 -
地図とマップの違い。それは単なる情報の羅列か、目的に合わせて抽出したものか。
ananが食べ歩きマップとか観光マップを発明し、従来の詳細な地図から必要な事項だけを抜き出して再構成した。
しかしそれは出版社などが設定した観点。
Google mapはユーザーが自分で観点を設定する。自分が情報を再構成する。
読了60分 -
【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/685538 -
なにかをモチーフに社会を見通す、という本が大好きだ。
古典「砂糖の世界史」や、最近では「給食の歴史」など名著が多いが、本書もかなりのクオリティである。
Googleマップによって、我々の世界観は世界地図から、自分に必要な部分へと断片化していく。それはサイバーカスケード、もしくはフィルターバブルと呼ばれる現象の具現化といえる。そこに偶然性という補助線を引くことに希望を見出す。東浩紀「ゲンロン0 観光客の哲学」などで見られる理論であるが、この本ではGoogleマップという我々にとって身近かつ具体的な事象を軸に進めていくため、分かりやすい。
社会を見通す目を創造するという社会学の真髄を体験するにもおススメ。