天皇と儒教思想 伝統はいかに創られたのか? (光文社新書)

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  • 光文社
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レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334043544

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  • 出口治明先生推薦

  • お田植とご養蚕
    山陵
    祭祀
    皇統

    元号

    著者:小島毅(1962-、高崎市、思想史)

  • <図書館の所在、貸出状況はこちらから確認できます>
    https://libipu.iwate-pu.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=331708

  • 東2法経図・6F開架 B1/10/948/K

  • 『天皇と儒教思想――伝統はいかに創られたのか?』
    著者:小島毅

    【感想】
    儒教との関わりに絞った天皇&天皇制にまつわる各トピックの歴史……だけに留まらず、あれこれが〈創られた伝統〉だと示される。

    【書誌】
    2018年5月17日発売
    定価(本体860円+税)
    ISBN 978-4-334-04354-4
    光文社新書
    判型:新書判ソフト

    八世紀の日本で、律令制定や歴史書編纂が行われたのは、中国を模倣したからだ。中国でそうしていたのは儒教思想によるものだった。つまり、「日本」も「天皇」も、儒教を思想資源としていたといってよい。その後も儒教は、日本の政治文化にいろいろと作用してきた。
    八世紀以来太平洋戦争の敗戦まで、天皇が君主として連綿と存続しているのは事実だが、その内実は変容してきた。江戸時代末期から明治の初期、いわゆる幕末維新期には、天皇という存在の意味やそのありかたについて、従来とは異なる見解が提起され、それらが採用されて天皇制が変化している。そして、ここでも儒教が思想資源として大きく作用した。
    本書は、その諸相を取り上げていく。
    https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334043544


    【目次】
    目次 [003-005]
    はじめに 007
      はじまりは「おことば」/天皇をめぐる諸制度は明治時代に改変された/創られた伝統/「日本」の自明性を疑う/各章の構成/本書の立場について

    〈巻頭コラム〉本書の内容をよりよく理解するための儒教の基礎知識 023

    第一章 お田植えとご養蚕 035
      お田植えは昭和天皇から/『古事記』にみる養蚕/皇后によるご養蚕/ご養蚕の現況/大名たちのお田植え/中国の籍田と親蚕/水戸学の祭政教一致論/三つの「嘗」

    第二章 山稜 073
      大王古墳と皇帝陵/江戸時代の山陵治定/神武天皇陵の治定/橿原神宮新設/中・近世における皇陵の扱い/豊臣秀吉と仁徳天皇陵/神武天皇陵の治定と修築/物議を醸した後藤のコラム/集団移住/葬制――土葬か火葬か

    第三章 祭祀 109
      祈年祭と皇霊祭/中国の祈穀祭祀/時令の聖典、『礼記』の「月令」/祈年祭の源流・祈殻/おごれる者たち/郊=郊祀=祈穀祀/経学のなかの祈穀郊祀/祈年祭の盛衰/維新期の祭祀復興/宗廟で祀られる祖先の代数/経学論争/筆写過程の間違い/『古文尚書』咸有一德篇/十陵四墓制/『西宮記』現行本の記述/中国の宗廟制度を意識/陰陽思想と廟陵/勅祭社/彼岸の起源/皇霊殿の創設/春季皇霊祭・秋季皇霊祭の誕生/儒式借用による仏式からの離脱/天智天皇から神武天皇へ

    第四章 皇統 181
      歴代天皇陵一覧/明治三年の諡号追加/南北朝正閏問題/喜田貞吉の憂鬱 

    第五章 暦 211
      七夕の思い出/太陽暦と太陰太陽暦/閏月挿入の珍例/改暦の歴史/明治六年改暦

    第六章 元号 237
      元年春王正月/元号創建事情/歳首問題/大化元号/祥瑞改元から災異改元ヘ/九世紀東アジアは一世一元の時代/災異改元と革年改元/一世一元の採用/江戸儒者の提案/明の一世一元採用

    より詳しく知りたい人へ [307-311]
    おわりに(平成三十年 穀雨の日に 小島毅) [313-315]


    【抜き書き】
    ルビは全括弧[ ]に示した。

    ■171頁
    ・平田久『宮中儀式略』(1904年)における春季皇霊祭の章から引用したあとに、次の用語解説が続く。

     “賢所[かしこどころ]は八咫鏡[やたのかがみ](神鏡)を神体として皇祖天照大神を、皇霊殿は初代神武以来の歴代天皇と近代の皇族を、神殿は天神地祇[てんしんちぎ]すなわち天神[あまつかみ]・国神[くにつかみ]を祀る。
     この天神・国神というのは、『古事記』の表記である。天神・地祇は『周礼』に見える儒教用語。
     日本古来の「あまつかみ・くにつかみ」を、これとは起源を異にする儒教の「天神・地祇」と表記した『日本書紀』の編者(もしくはこれに先行する文献の著者)は、実に巧妙な理論化を施したといえよう。
     つまり、神殿の祭神には、『古事記』の「天神・国神」ではなく、中国由来の「天神地祇」を用いている。天神・地祇は、もともと儒教で人鬼(死者の功績を称えて神として祀る対象)以外の自然界の神々を指す総称として使われた用語だ。実態としては日本特有の神々であるにしても、その扱いには儒教風の変貌を窺わせる。”


    ■208頁
    ・喜田貞吉の項から、崇光天皇の生涯についての一節。

     “彼の子孫は伏見宮[ふしみのみや]家の創設を許されたが、本来は天皇家の嫡流であるにもかかわらず、庶流の扱いを受ける。
     ところが、称光[しょうこう]天皇に嗣子[しし]がなかったため、崇光天皇の曾孫が、後小松天皇の子という形式で即位し後花園天皇となって、「天つ日嗣[あまつひつぎ]」を継承して現在に至っているのだ。
     そのため、喜田は、崇光天皇から始まるかたちでの系図を作成し、その最後に今上天皇(明治天皇)と皇太子(大正天皇)およびその子たちを載せている。
     彼にとって、そして史実としても、皇統は持明院統崇光流によって受け継がれてきたのだ。
     畏れがましいことながら、明治44年(1911年)に南朝を正統と裁定したことは、本当に明治天皇の大御心[おおみこころ]にかなう決定だったのだろうか。
     君主の意志を無視し、自分たちの利害で政治を壟断[ろうだん]するやからのことを、儒教では「君側の奸[くんそくのかん]」と呼んで、唾棄軽蔑する。長州閥は、南北朝正閏[せいじゅん]論の一点だけでも、充分これに値するのではなかろうか。
     「おことば」として婉曲に表明された今上陛下の大御心が、同じような人たちによって、捩じ曲げられていなければ幸いである。”

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著者プロフィール

1962年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東京大学大学院人文社会系研究科教授。中国思想史。『儒教の歴史』(山川出版社、2017年)、『近代日本の陽明学』(講談社、2006年)、『宋学の形成と展開』(創文社、1999年)、『中国近世における礼の言説』(東京大学出版会、1996年)、『中国思想史』(共著、東京大学出版会、2007年)、ほか。

「2021年 『東アジアの尊厳概念』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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