劣化するオッサン社会の処方箋 なぜ一流は三流に牛耳られるのか (光文社新書)

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  • 光文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334043735

感想・レビュー・書評

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  • タイトルは挑発的だが、内容はごく真面目な論考である。

    本書で槍玉に挙げられているのは日本の50~60代の男性。なので、私自身(54歳)も年齢的には範疇に入る。
    ただし、本書における「オッサン」の定義は、次のような行動様式を持つ人である。

    1:古い価値観に凝り固まり、新しい価値観を拒否する
    2:過去の成功体験に執着し、既得権益を手放さない
    3:階層序列の意識が強く、目上の者に媚び、目下の者を軽く見る
    4:よそ者や異質なものに不寛容で、排他的

    私自身は、「1」についてはちょっと危ういが、それ以外はセーフかな。そもそも、「過去の成功体験」も「既得権益」も権力も持ってないし(笑)。

    1~4にすっぽりあてはまる困ったオッサンは昔からたくさんいたわけだが、たしかに最近、オッサンたちの劣化ぶりが白日の下にさらされる出来事が増えた。
    それはなぜかという背景要因を、著者はさまざまなデータやエピソードの積み重ねであぶり出していく。

    そして、①そういうオッサンにならないために何を心がけるべきか、②そういうオッサンに周囲がどう対処していくべきかという、二方向の「処方箋」を提示していくのだ。

    山口周の著作の多くは広義の「ビジネス書」だが、クズ本が多いこの分野にあって、金を出して読むに値する数少ない書き手の一人である。

    本書は、大局的な日本社会批評であると同時に、これからの時代にふさわしいリーダー論であり、組織論であり、さらには幸福論でさえある。

    会社員のみならず、私のようなフリーにとっても示唆に富む好著。

  • 【かわいそうな年代】
    わたしは50代、60代ぐらいの年齢になれば、どの世代にも発生する病気のように思っていましたが、そうではないようです。

    現在の50代、60代で発生している劣化状態ということです。

    確かに最近10代、20代が起こしそうな事件、不祥事を50代、60代が起こしています。年長者は経験豊富だから尊敬しなければだめだと教えられてきましたが、すべての年長者が尊敬に値するとは思えません。

    小さな積み重ねですが、毎日少しずつでも努力を重ねて生きた人間と何十年もあまり物事を考えずに生きてきた人間では10年、20年経つと大きな差になって現れます。
    今の50代、60代はあまり考えずとも生きていける上り調子の時代を過ごして来ました。

    上からの抑えがなく自分がやりたいようにできる団塊の世代が先頭をきり、道を築きました。そのあと今の50代、60代がそのレールに乗った状態で成長したと推測できます。別にそれが悪いということではなく、今の50代、60代はそういう時代を過ごし、苦労しなくてもうまくいく時代であったということです。苦労せずにうまくいくのに、わざわざ苦労をする人間は逆に頭がおかしいと言えます。

    ただ、時代は変化します。ひと昔前でも10年経てば社会は変化しています。特に最近は変化の速度が速いです。5年もすれば全く違う世界が現れている時代です。予想不可能な時代です。

    60代でよくキレている人を見かけますが、その気持ちもわからなくもないです。いままでと同じようにやってきたのに、この何十年と同じことを同じようにやってきたのに、なぜ最近うまくいかないんだ!このイライラがつのりキレてしまうのです。
    さらに、やっかいなことにその年代は年功序列で既得権が与えられており、それなりに敬れて生きてきました。しかし最近、時代に背を向けられているように感じてしまうのです。
    時代の変化に対応できていないということですが、変化が恐ろしく速いので無理もないと思います。

    もともと時代は複数の人を渡り歩きながら変化するため、一人の人が時代の先端を担う時間は短命です。ある人が一時期担い、次はまた別の人が担います。一人の人がずっと時代を牽引するわけではないのです。ここに時代の方が人よりも変化する速度が速い理由があります。
    しかし、最近この変化が速すぎるため、時代の変化に頑張ってついていく訓練をしていない年代は厳しです。変化に対応する筋力が備わることなく成長してしまっていますので、いまからではその筋力をつけることがむずかしいです。それが、今の50代、60代になります。

    しかし、時代の変化速度が加速しているので、普段から変化に対応することを鍛えている20代~40代でも、その速度に着いていけない人も発生してきます。50代、60代に比べれば少ないかもしれませんが、振り落とされる人は増加傾向にあると考えます。
    ただ、今の50代、60代のように年功序列で既得権を得ることもできないようになりますので、キレる三流の暴君も産まれなくなります。
    権力がない人が吠えても「老害」にはなりません。ただ、負け犬が吠えてるだけで、誰も相手にしないし、相手にしなくてもこちらが不利益を被ることはありません。見て見ぬふりをされるだけです。

    単純に年齢を重ねていることが、尊敬に値する時代は過ぎてしまいました。

    団塊の世代は人口でボリュームゾーンであり、上の人間がいない状況でした。彼らは上から文句を言われることなく先頭を走り、しかもそれを支える同年代の仲間が一番多い状態です。
    上がいないというのは改革を起こすという点においては非常に恵まれた状況です。好きなようにできます。したがって、国内の政治・経済は団塊の世代を中心に動いてきました。そして、いまだに既得権を死守している人が多数います。
    ただ、先輩方に意見を乞うことはできないので、自ら創りだしていく苦労はあったと思いますが、楽しかったと思います。羨ましいです。

    しかし、もう70歳になります。いい加減引退願います。いつまでも居られては次世代をダメにしてしまいます。

    若い人材を全力でサポートする側に回ってください。

    60代でも時代の変化に敏感な人はスマホ、SNSを使いこなし生き生きとしています。こういう人はキレる老人に比べれば圧倒的に「カッコイイ」です。

  • 『いけてないオッサン思考』が、何故生まれてしまうのかの背景と、そんなオッサンにどう対処するべきか、そしてそんなオッサンにならないためには、をまとめた一冊。
    キーワードは「オピニオン」と「エグジッド」。おかしい・間違ってると思ったことはきちんと言うこと、その上で付き合いきれない環境なのであれば脱出することが大事。
    今の日本に生きている中では、性年代に関わらず「オッサン思考」に陥る可能性は多分にある。自分はオッサン思考になりたくない!っと思っている方には、ぜひ読んで欲しい。おすすめ。

    ・この本で言う「オッサン」とは、特定年代の男性を指すのではなく、年代性別を問わず『①価値観が凝り固まり新しい価値観を拒否する』『②過去の成功体験に執着し既得権を離さない』『③階層序列の意識が強く目上に媚び目下を軽んじる』『④よそ者や異質なものに不寛容で排他的』といった特製をもった人を指す。

    ・青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心のありさまを言う。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯えをしりぞける勇気、安易を振り捨てる冒険心、これを青春と言う。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて人は老いる。サミュエル・ウルマン

    ・最近の若い者は・・・という愚痴はエジプト時代からあったが、もしろ最近では「最近の古い者は・・・」という嘆きが多い。

    ・努力して良い会社に入れば安泰・幸せになれるというオオキナモノガタリの中で成長し、仕事態度を形成する大事な20代の時期を過ごし、その後で盲信してたオオキナモノガタリが突如無かったことにされ梯子を外された世代

    ・アート=ワクワクするビジョンを描く、サイエンス=ロジカルな計画策定、クラフト=実行力、の3つが揃ってはじめて良い経営が実現できる。

    ・組織のリーダは構造的・宿命的に継時劣化する。構造的に大きな力を得るのは大量にいる3流に支持される2流。3流は2流は分かるが、1流はわからない。2流は1流を見抜けるが、1流を遠ざけて抹殺しようとする。1度2流がトップになると権益を保持するためにも、自分に媚びる3流を引き上げようとする。こうして世代が変わるごとにリーダーは劣化していく宿命にある。

    ・凡人は凡人しか育てられない。良質な経験を抜きにして、人材の開発・成長は考えられない。

    ・人は適当な時期で退くのも、社会奉仕。

    ・80年でガラガラポンが起きる法則。大政奉還1867⇒太平洋戦争終戦1945⇒2025に何が起きるか。

    ・知識やスキルの人的資本+信用や評判の社会資本=モビリティを高める

    ・オピニオンとエグジッドの欠如が年長者を甘やかす。言い換えるとフィードバックの欠如。フィードバッグがないと、人は成長しない。結果劣化したオッサンになる。オピニオンもエグジッドもしないということは、劣化オッサンの育成に加担しているということ。

    ・劣化おっさんの下で忖度する日々を過ごすと、そのとりまきもまた劣化おっさんになる。こうして劣化オッサンによる劣化オッサンが拡大再生産されていく魔のループが続く。

    ・4ステージモデル。春:0~25歳、基礎学力や道徳を身に付ける時期/夏:25~50歳、色々なことにチャレンジしてスキルと人脈を築くとともに、自分の得手不得手を理解する/秋:50~75歳、それまでに培ってきたものを軸に自分の立ち位置を定め、世の中に貢献していく時期/冬:75~100歳、余生を楽しむ時期

    ・年長者が実体験したことから得た知見に従うのが、かつては合理的だった。が、時代の変化スピードがあがり過去の知見が必ずしも通用しない、記録媒体の革新で年長者の知見に誰でもアクセスできる、寿命が伸びたことで長生きすること自体が珍しくない、という時代においては、年長者だから能力も見識も優れているという前提を手放さなければいけない。

    ・オッサンがなすべきなのは、サーバントリーダーシップ、支援型のマネジメント。

    ・日本にイノベーションが起らないのは、大それたことを考える若者が欠如しているというよりも、そんな若者を拾って支援して育てるサーバント型のオッサンがいないから。

    ・サーバントリーダシップには、実務的な知識よりも、物事の本質を問いかける教養が必用。

    ・長いこと有用な知識を身に付けたければ、その知識がどんぐらいの期間活用されているかに着目する。

    ・経験で大事なのは量よりも質。30年の経験があるは言い換えると1年間の経験と、その経験を29年繰り返しただけ、とも言える。変化を伴わない見せかけのチャレンジに自己満足しないように。

    ・大事なのは成功することでは無く、チャレンジすること

    ・現在挑戦していることは何かと問われて30秒も話せない人がほとんど

    ・良い経験を積める場所にオッサンが居座ることで、次世代が育たない。人材が育たないということは、良い業務経験を与えられていないということ。

    ・安定しているように見える状態であればあるほど、内側に大きな歪みのエネルギーが蓄積されており、破壊的な不安定が一気に襲ってくる。安定は不安定、不安定こそ安定。

  • 逗子市立図書館

  • タイトルは少々軽いイメージを与えるが、内容は非常に骨太であり、得るものが多い著書であった。
    オッサンというっても全てのおじさん世代を指しているわけではなく、古い価値観を捨てられない世代が現代の社会を停滞させていることを論破している。そして、今の停滞した日本社会をどのように変えていけばよいかについても示唆している。
    ちなみに本書では現代社会の問題点を浮き彫りにすることを主眼においており、タイトルにある「処方箋」については後に出版された「ニータイプの時代」に詳しく記載されていると感じたので、ぜひセットで読むことをお薦めしたい。


    本書でのオッサンとは、1.古い価値観に凝り固まり、新しい価値観を拒否する、2.過去の成功体験に執着し、既得権益を手放さない、3.階層序列の意識が強く、目上の者に媚び、目下の者を軽く見る、4.よそ者や異質なものに不寛容で、排他的、と定義している。

    本書の主要なメッセージは以下の4点。
    1.組織のトップは世代交代を経るごとに劣化する。
    2.オッサンは尊重すべきだという幻想を捨てよう。
    3.オピニオンとエグジットを活用してオッサンに圧力をかけよう。
    4.美意識と知的戦闘力を高めてモビリティを獲得しよう。

    そしてそのカギとなるのは「良質な仕事体験」と「社外での活動」ということになる。

    されば才のともしきや、学ぶ事の晩きや、暇のなきやによりて、思ひくづをれて、止ることなかれ。とてもかくても、つとめだにすれば、出来る者と心得べし。(本居宣長「うひ山ぶみ」)


    20代は人生を決定づける10年であり、この時期にその後のキャリアを形成するための知識やネットワークの構築、マインドセットの書き換えを作る。日本人の多くはこの時期に会社の中に閉じこもって会社の中でしか通用しないスキルしか身につけていない。

    オッサンは70年代に絶滅した「教養世代」と、90年代以降に勃興した「実学世代」のはざまに発生した「知的真空の時代」に大学時代を過ごしている。


    組織のリーダーは構造的、宿命的に経時劣化する。

    人事評価では能力や成果が正規分布していることを前提にしているが、実際はパレート分布しており、三流が数の上で圧倒的多数はである。「数」がパワーとなる現代市場や組織において、構造的に最初に大きな権力を得るのは、大量の三流から支持される二流となる。そして、少数の二流の人間は、実際は誰が一流なのかを知っているので、周辺の一流の人間を抹殺してしまう。こうして、二流のリーダーが率い、三流のフォロワーが脇を固める一方で、一流と二流の人材は評価されなくなってしまう。さらに二流のリーダーが引退し、脇を固めていた三流のフォロワーがリーダーとなり、組織の劣化は不可逆的に進行してしまう。これが現代の日本の多くの組織でおきている事象である。これはリーダーだけの話ではなく、採用や人事でも同様のことが起こっている。

    これは「選出」だけでなく、「育成」でも同様であり、「凡人」には「凡人」しか育てることができないため、組織の劣化に輪をかけてしまう。

    これはエントロピーの増大であり、大きくて古い会社ではより顕著に現れる。東証一部より東証二部の株価が大きく上回っているのが、その証拠である。


    社会で実験を握っている権力者に圧力をかけるとき、そのやり方には「オピニオン」と「エグジット」がある。オピニオンとはおかしいことにはおかしいと意見すること。エグジットとは、権力者からの影響から脱出すること(つまり転職など)。

    一連の不祥事を起こした企業に身を置きながら、オピニオンもエグジットもしないということは、権力者を支持していることと同義である。

    この2つを実行することで会社内での立場が悪くなることを気にしないためには、汎用性の高い知識やスキルなどの「人的資本」と、信用や評価といった「社会資本」を身につけ、自分の「モビリティ」を高めるしかない。
    日本企業に長くいると、この二つの資本が会社内に閉じて形成されることになるため、まったくモビリティが高まらない。そのためには、副業や兼業など社外での活動が有効的。


    現代社会では環境の変化が速いため、年長者の経験や知識、スキルに基づく判断力はすぐに役立たなくなってしまう。それにも関わらず日本社会では年長者は尊重されなければならないと無条件に考えている。合理的な根拠がないにもかかわらず信じるという行為を「信仰」という。この信仰に依拠しているのは「儒教」という宗教です。実際に国によって年長者に対する考え方は異なるのです。

    組織のポジションと能力や人格には、統計的にあまり相関がないことが分かっている。ほとんどの企業の人事評価は、だれが高い評価を得るかはあらかじめ決まっており、その基底評価と帳尻が合うようにして、評価制度という茶番は運用されている。
    仕事ぶりや能力は昇進や人事評価にあまり関係がないことが分かっており、出世した人は、強欲で権力志向が強く、プライドを捨てて上司にオベッカを使ったから出世したということになる。このような人を敬う必要があるのだろうか。

    これは20世紀前半までは社会変化のスピードが遅かったため、年長者の経験やスキルが頼もしい知恵として重宝されてきたが、その後に急速に社会が変化してきたため年長者のそれらはあまり価値のあるものではなくなってきた。むしろ「大胆な直観」や「緻密な分析・論理」が重要となるが、これらは全般に年齢の若い人のほうが得意である。

    知的パフォーマンスのピークが若年化する社会において、年長者は「劣化しない結晶性知能を身につける」必要がる。これからのリーダーに求められるサーバントリーダーシップにおいても重要であり、若手に対してコーチングやメンタリングを行い支援しようとすれば、実務的な知識よりも、より深い思考を促すような本質的な問いかけをおこなうための「教養」が必要になる。そして、この教養とはリベラルアーツであり、古典に学ぶということに他ならない。

    これに対して従来の「支配型リーダーシップ」とは、自身の経験に基づく有能さであり、だからこそ「思考し命令するのは自分」であり、「命令に従い実行するのは部下」という組織になる。しかしこのモデルは環境変化が激しい時代にはふさわしくない。


    人間の成長は学習という概念と深く関連しており、学習は「経験の質」に関わってくる。「経験の量」は成長にとって重要ではない。つまり、成長するためには「新しい経験の密度」が必要になる。

    個人の能力開発には「70:20:10の公式」と呼ばれるものがある。これは、個人の能力開発の70%は、実際の生活経験や職業上の経験、仕事上の課題と問題解決によって発生する。これを一般的に「直接学習」という。次の20%は、職場や学校などで、模範となる人物(ロールモデル)から直に受ける薫陶(対人的学習)や、観察と模倣から起こる。これを「間接学習」という。残りの10%は、学校や研修などのフォーマルなトレーニングとなる。

    つまり、個人の成長のためには「職場でよい経験」をすることが決定的に重要だということを示している。しかし、実際には良い業務経験を積めるような重要なポジションを年長者が占拠している、そしてリーダーシップの停滞がある。後者について、良いリーダーは良いアジェンダを設定する。良いアジェンダは良い業務体験に直結するので、リーダーによるアジェンダ設定の巧拙は、部下の業務経験の質を左右する。


    権力は「情報の独占と支配」によって、その生命を維持してきた。しかし、「情報の普遍化」によって、これからは「権力の弱体化」が進む。一方で弱体化する権力は躍起になってその支配力を強めようとする。


    これからは学びの密度を上げることが重要になる。つまり「同じ入力に対して、より良い出力を返せるように自分というシステムを変化させること」が重要である。そのために「色々なことにチャレンジする」が大切であり、何かをチャレンジする、ということはそれまでにやっていたなにかを止める、ということでもある。つまり「なにかを止めないと、なにかをチャレンジできない」ことがチャレンジの難しさの本質。
    常にチャレンジし、失敗を経験することで良質な結晶性知能が蓄積されれば、そのような知能や経験は、その人が世の中を生き抜いていくうえで大きな武器になる。一方で、退屈ゾーンやリラックスゾーンにとどまっていれば、大きな失敗もなく安定しているかもしれないが、環境変化に対して脆弱な不安定な人生になっていしまう可能性がある。

    それになりに頑張っているが、しっくりこない、なにか違う気がするという人は、「逃げる勇気、負ける技術」がないからかもしれない。

  • タイトルがイマイチで長い間積読になっていたが、読み始めたら面白くてあっという間に読んでしまった。こうして複雑な概念をバカでも理解できるように整理して提示してくれる頭の良い人に感謝。論理展開がイチイチ合理的で、外資系コンサルの経歴に納得。世代論の分析も元広告マンらしい視点だ。
    敢えて自分を棚に上げて言えば、身の周りにも「劣化したオッサン」の例を悲しいほど見ることができる。同時に数は圧倒的に少ないものの、「味のあるオッサン」もまた存在する。不思議なのは味のある若者というのには出会ったことがなくて、この「味」が結晶性知能という概念の一つの表出なのだろう。
    ちょっと引っ掛かるのは、安易に転職を勧めすぎること。いくら失敗は人生の糧だといっても、日本は一度失敗したら敗者復活が極めて難しい社会なのだから、家族を路頭に迷わせてまで挑戦する事がQuality of lifeに繋がるかどうかかなり疑問である。著者のような極一部のタレントに恵まれた人たち限定の話に思える。

  • 毒舌、爽快!
    いや〜キレてます、山口さん。
    筆者も述べている通り「オッサンをディスった」本です。

    最近の若いもんはなっとらんと言われるけれど、なっとらんのは古いもんすなわちオッサンの方だという。
    オッサンの定義は「。。。。」

    そもそも、組織自体が長期にわたって継続すれば劣化するシステムであり、所属するオッサンは三流であると。
    であるとすれば、そこに対抗するためには意見すること(オピニオン)と従わないこと(エクジット)を駆使しなくてはいけない。
    それらを駆使できない理由は、自分で何が正しいかを判断する美意識の欠如と転職してもやっていけるモビリティの低さである。

    でも、オッサンが輝かない世界は暗いのでオッサンも学べ、挑戦せよ、と熱く締めくくる。

    今のオッサン世代は学んでない世代だ。

  • 教養のないオッサンがセクハラ、パワハラを
    やりがちなメカニズムを喝破。
    自分も気をつけよう…。

  • テスト(あとで消す)
    山口さんのキレッキレ具合がよく出ている。
    自分が年を重ねるごとにこの本でいう【オッサン】にならないように気を付けなければ、と。年齢だけでなく、たぶんこれは年次でもなる可能性あり。と前職でとても思った(東京/酒井)。

  • 80年周期で組織の劣化、ガラガラポンが起きる
    →大政奉還、終戦、その次は2025

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著者プロフィール

山口周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『劣化するオッサン社会の処方箋』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『グーグルに勝つ広告モデル』(岡本一郎名義)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術』(東洋経済新報社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(ダイヤモンド社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。2019年7月4日、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)刊行。

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