狂気はここに始まる―日本人が「こうなった」のはなぜか〈下〉 (カッパ・サイエンス―栗本慎一郎「自由大学」講義録)

  • 光文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (291ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334061029

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  • 「栗本慎一郎自由大学講義録」第4弾下巻。

    加地伸行の「儒教なくして日本なし」では、現代の日本文化の中に生き続ける、儒教的な死生観や家族観を探っています。

    笠井潔の「「輸入」された天皇制・国民国家」では、明治以降近代的な君主国家として歩み始めた日本の歴史に、ヘーゲル的な国家像を超え出るような非農耕民的なエネルギーが生き続けていたことが論じられます。

    小松和彦の「日本近代は何を隠してきたのか」も、やはり日本の「近代」の中に「近代以前」が作用していたにも関わらず、「近代化」という神話によってそのことが見えなくされてきたのではないかと論じられています。

    鎌田東二の「「神」はいかにつくられたか」では、伝統的な日本の宗教がシンクレティズムだったことが論じられ、一方平田国学の中に含まれていた幽冥的なものが近代の宗教政策の中でしだいに見えにくくなってきたことが指摘されています。その上で、こうした日本の宗教の中にあるもっとも土俗的な部分は、いまだに十分解明されていないのではないかという指摘がなされています。

    橋爪紳也の「いかがわしさを失った日本人」では、荻生徂徠以降、日本の都市政策の中に、政治的な機能を表わす「都」の要素と、マーケット・プレイスとしての「市」の要素があったことが指摘され、とくに「市」のいかがわしく乱雑なエネルギーが都市を活性化してきたことが論じられます。

    平岡正明の「「日本」は死ななきゃ治らない」では、広沢虎造という浪曲師と『次郎長伝』にまつわるさまざまな話題が紹介され、制度外の民の持つエネルギーへの関心が率直に語られています。

  • 処分前に読み直した。

    加地伸行の話は、「江戸時代は夫婦別姓だったが、民法を整えるとき、外圧に負けて同姓にした」だけが面白かったが、あとは、いまいちだった。

    最高に面白かったのは橋爪紳也。

    で、過去に読んで感想あるかと見てみたら、2005年に再読してた。その時の感想は、↑とほぼ同様で、「橋爪のためだけに保存する意味ある」と書いてある。

    が、考えたら、橋爪の単独の本買えばしまいだと気づいたので、処分する。

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著者プロフィール

1936年大阪市生まれ。京都大学文学部卒業。大阪大学名誉教授。文学博士。専門は中国哲学史。著書は『論語 全訳注 増補版』『論語のこころ』『漢文法基礎 本当にわかる漢文入門』(講談社学術文庫)、『儒教とは何か 増補版』(中公新書)、『沈黙の宗教――儒教』『中国人の倫理学』(ちくま学芸文庫)、『ビギナーズ・クラシックス中国の古典 論語』(角川ソフィア文庫)、『加地伸行著作集』(学術専門書全3巻、研文出版)ほか多数。

「2016年 『孔子』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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