「ふつうの暮らし」を美学する 家から考える「日常美学」入門 (光文社新書)

  • 光文社 (2024年6月19日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784334103538

作品紹介・あらすじ

よりよい“世界制作”のために、私たちの家を考えよう――。哲学の一分野である美学の中でも、とりわけ新しい学問領域「日常美学」初の入門書。本書では、芸術を中心とする旧来の美学界に「女性の領域」として長らく無視されていた「家」を中心に、掃除と片付け、料理、椅子、地元、ルーティーンを例として、日常の中の「美」を問い直す。新進気鋭の若手美学者が冴えわたる感性でまとめ上げた、センセーショナルな一作!

みんなの感想まとめ

日常美学という新しい学問の視点から、私たちの暮らしの中に潜む美を再考することを促す一冊です。著者は、掃除や料理、ルーティンなど日常の活動を通じて、美的経験や美的性質について深く掘り下げており、単なる生...

感想・レビュー・書評

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  • 「日常」というワードにほのぼの系を連想していたが、本書で展開する議論は想像を上回る骨太。生半可な態度では理解するのが難しいところもあり、日常美学は学問であることをまじまじと認識させられる。

    美的=感性的を基軸に、日常に潜む美的経験や美的性質について検討していく。21世紀に生まれた新しい学問であるため、断定的な定説というものは少なく著者の主張が述べられていく構成となる。執筆期間にあたる著者個人的な出産・育児経験を下地に論理を構成しいるので、学問として突き放されるのではなく親近感が持てる。

    「世界制作」というキーワード。
    美術芸術はどこか崇高なもので日常生活から切り離された体験であるという一般認識は私にもある。しかし、個人が営んでいる日常に感性を働かせる意識を持つことで、個人から世界へと影響を広げ世界における認識を良い方向へ転換していこうという働き。
    日常美学をきっかけとして、日々の暮らしを新しい視点で見直す。美的な経験を生みだす。忙しさにかまけてつい見逃してしまう些細な感情の揺らぎに自発的に耳を傾けて、ちょっと思考していこうかな、という思いに至るのです。

  • 日常美学について語った本。
    日常美学とは、日々の暮らしを支える活動やモノを通じて、美を捉える学問。

    印象的だったのは、ピカソのゲルニカについて。

    ・現実社会を忠実に描く絵画としては、とてもいびつ、風変わりな絵画。
    ・キュビスムの絵画として捉えると、典型的で優れた事例、美的な絵画。

    →どのカテゴリーで物事を見るかによって、美への捉えな方が異なるという考え。

    また、バラを事例にした、美的性質という理論。
    バラは華麗というが、どこがといわれると難しい。全体的とかしかいえない。

    (例)
    ・深紅の色
    ・くっきりと弧を描く花弁

    趣味が洗練されると、対象に対する美的判断が適切になる。
    つまり、趣味に秀でている人は、適切な美的判断できる人といえる。

    日常美学は、新しい研究分野。
    最先端の研究における理論をわかりやすく説明した本。

  • 「椅子が美しい」と言う場合、その椅子が機能的に優れているから美しいのか、それとも椅子に付いている装飾などが綺麗だから美しいのか。このくだりを読んで、機能性が高い日用品=民芸品こそ美しいと述べた、(K村君が卒論で扱った)柳宗悦の民芸論を思い出した。柳宗悦は日常美学の先駆者か。

  • 最近読んだ書籍の中では、なかなかに難しい、読みにくい、哲学的な内容のもの、であったように感じる。

    それにも関わらず、と言うかそもそもこの書籍を読んでみよう、と思ったのは、自分も「日常生活を美的に楽しんで(時として悩んで)いる」と常々思っているからである。

    そのような動機で読み始めたわけであるが、時として頷ける、あるいは退屈する、記述があったにも関わらず、なんとか時間をかけて最後まで読み切ることができた。このような漠然とした感想しか書けない時点で、既に「読んだとは言えない」のではないかと言う批判もありそうだが、何点か、頷ける記述には出会うことはできた。具体的にここで書き上げる事はできないが、これまで自分が実践してきた一人暮らしのルーティーン、日常と新奇なもの、…などについての記述である。

    また最終章で、そもそも私が最近、読書が好きになったきっかけでもある、「オーバーストーリー(リチャード・パワーズ著、木原善彦訳)」の引用がなされていたことも実に興味深かった。

  • 暮らしに「特別」は不要で、僕にとっての「ふつう」が淡々と続くのが理想。世間一般とは「ふつう」が違いがちな僕、筆者の「ふつう」を受け入れられるのだろうか

    #ふつうの暮らし」を美学する
    #青田麻未
    24/6/19出版

    #読書好きな人と繋がりたい
    #読書
    #本好き
    #読みたい本

    https://amzn.to/3XrfykD

  • 『「ふつうの暮らし」を美学する』という考え方は、日常生活の中に美を見出し、その価値を再評価することを目的としている。このアプローチは、以下のように具体的に日常生活に役立ちます。

    1. 日常の質の向上
    日常の美学は、普段の生活の中で美を見つけることを奨励している。例えば、掃除や料理といった日常的な活動に美学的な視点を取り入れることで、これらの活動が単なる義務ではなく、楽しみや満足感をもたらすものに変わる。これにより、生活の質が向上し、日々の生活がより充実したものになる。

    2. 環境への新しい視点
    日常美学は、私たちが住む環境や地域社会に対する新しい視点を提供してくれる。例えば、地元の風景や日常のルーティーンに美を見出すことで、普段は見過ごしがちな要素に対する感謝の気持ちが生まれる。これにより、地域社会への愛着が深まり、コミュニティの一員としての意識が高まる。

    3. 心の健康とストレスの軽減
    美学的な視点を持つことで、日常のストレスやプレッシャーを軽減する効果がある。美しいものや瞬間に目を向けることで、心がリフレッシュされ、精神的な安定が得られる。例えば、自然の風景を楽しむことや、家の中を美しく整えることが、心の健康に寄与する。

    4. 創造性の向上
    日常美学は、創造性を刺激する要素も含んでいる。例えば、料理を美しく盛り付けることや、インテリアを工夫することなど、日常の中で創造的な活動を行うことで、自己表現の機会が増える。これにより、日常生活がより楽しく、充実したものになる。

    著者が本書で伝えたいのは、「日常の中に美を見出し、その価値を再評価することの重要性」であると考える。日常美学を通じて、普段の生活に新たな視点を持ち込み、生活の質を向上させることができると説いている。

    日常の中で美を意識的に探すことで、生活がより豊かで楽しく、気づきのあるものになるのかも。

  • 芸術や美学、ふだん美しいと感じているものは社会的あるいは道徳的にそう思わされているだけかもしれない。自身の感性に向き合い、世界をつくる一員として感性の変化も含め、心地良いと思うものを流されず選んでいきたいなと考えさせられた。

  • ◆最後まで読むと、何かに踊らされたのではなく、何を美しいと思うか、感性を磨いていけば、世界への見方を変えていけば、世界を創れる、世界を変えられるのではないかという壮大な思いにとらわれた。◆「美学」:ドイツ語の Ästhetik(英語では aesthetics に当たります)を翻訳するために、「美学」という語があてられたが、もとの言葉の原義は「感性の学」を意味するのだとか。最初はほぼ芸術のみを対象としていたが、最近は日常に対しても使うことが提唱され、さまざまにその境界、あるいは境界の有無が論じられている、と。◆日常の安定性に目を向けるとそれは「美的経験」なのかという問題が生じ、美的経験の特別さを強調すれば、今度は「日常」の話になるのかという問題が生じてしまう――これは日常美学につねについて回ってきたディレンマであると言えます。◆武庫川女子大学が所有する「中田家コレクション」、みてみたい!◆「きれい」「汚い」を把握するのに趣味は必要なのかという問題◆美的-道徳的判断に頼りすぎると、ステレオタイプにもとづいて他者を評価することにもつながりかねない◆もしも時間を超えて存続することが芸術作品であるために必要な条件ならば、料理は芸術ではないということになりそうです。でも、本当にそうだろうか◆源河亨 『「美味しい」とは何か 食からひもとく美学入門』も参照したい。【思いついた/他の方にも聞いてみたい論点】◆私にとっての美的なルーティーンとは?◆日常の安定性に目を向けること。◆自分にとっての否定美学。◆否定的な美的性質→わざわざ美学の範疇に入れる必要あるのかな?◆なにを「きれい」「汚い」と感じるか。◆場所と自分の関係の解釈。◆vlogに限らず、setlogもあり、あるいはinstaでも。◆みなさんはどんなルーティン?たとえば朝。

  • 日常美学の入門書。わかりやすくかつ面白かった。

    まず美学という学問分野が「美」についての学問というよりも「感性についての学問」である、という点が重要ですね。美学という言葉自体に「自分の美学を貫く」といった信念的な意味もあるのでなおさら「美」という崇高なものについての学問のような印象を受けてしまう。もはや感性学と訳を変えた方が良いのでは。

    そしてその美学の対象は芸術美学、自然美学、日常美学の3つに分けることができる。本書はこの中でも比較的新しい日常美学を解説する。

    家具などの機能に対する感覚、掃除・片付けや料理といった家事との関わり、家の周辺環境である地元、日常の中にあるルーティーンなど日常美学の視点に色々な角度から触れさせてくれて色々な気づきがあった。

    まずは感性の学問ということで、ポジティブな感性だけでなくネガティブな感性についても洞察の対象であるという否定美学の視点はなるほどなと思ったし、「新規さ」と「親しみ」といったものも日常美学で扱われるというのも面白かった。

    新規さと親しみは他の分野にも応用可能というか示唆に富むものだと思う。例えば対人支援においては受益者が経験しにくい新規さへのアクセスを支援する場合(例えば体験格差に対するアクティビティ機会の提供プログラムなど)もあるし、一方でそうした体験が「新規」であるということ自体に格差を見るという視点もあり得る(学習支援や居場所等のボランティアスタッフが話を聞いてくれてる存在として関係が持てるというのは当初は新規の経験だが、厳しい環境でなければ当たり前に得られていたであろうそのような関係に「親しんで(慣れて)」いくことが重要、など)ので、社会的プログラムの意義や価値判断とも日常美学というのは大いに関わり得る、学びかいのある分野だなと強く感じた。

  • ちびまる子ちゃんを例に挙げ、机の上のきれいさがそのままその人の評価やパーソナリティを決定づけることになりうることに深く納得した。たしかに、机上が整理されている人を見ると「この人は自分の身の回りのことをしっかり行える自立した人なんだな」という印象を持つ。机の状態に対して放った言葉である「きれい」や「きたない」がその向こう側の人に対しても評価をしていることになりうるというのは確かに無意識のうちにしていた。

    私が印象的だったのはp184の部分。著者がフィンランド滞在中に撮った写真で、著者がその場所に対して注ぐまなざしが大きく変化したかを示していたというパート。
    私もオランダに留学したばかりのときはすべてのものが目新しくて、オランダらしい自転車と運河のセットの写真や、花束や風車といった風景に感動し、気取った構図で取られた写真をインスタグラムに挙げていた。

    それに比べて、帰国を迎えるころに撮った写真たちはとても地味。風車や自転車、運河などは撮るはずもなく、トラムステーションに捨てられたゴミや、スーパーの前に無造作に捨てられたゴミの写真や、当の昔に見慣れた大学や町の景色だった。
    これらを見ると、やっぱり私もあのロッテルダムでの生活の肌触りーー肌寒い空気や日本よりも歩きにくく警戒しながら歩いたあの地面の感触を、思い出せる。

    引用:「美学者の津上英輔は、散歩のことを『小観光』と呼んでいます。散歩は、地元のような日常的な環境のなかにいながら、通勤ルートなどの日常生活の制約を逃れて自由に立ち回ることを許してくれます。

    vlogを見ると、自分との生活とあまりにも異なって、余裕があるように見えて焦燥感を抱いてしまうこと、わかるー!!となった。
    でも見てしまう。自分の日常の中で主体的に選択できる瞬間を探せるようにしたいと思って、疲れたときはvlog見てしまうよねぇ。

  • 日常の中に美を捉える新しい哲学、「日常美学」というものがあるらしい。本書で初めて知った。

    機能と美の関係性の整理、そもそも「美」とはなんなのか、芸術と日常の境界線、親しみという感情は美たりうるか、ルーティンの構築の役割……といったことが論じられていて、なかなかにおもしろかった。

    個人的な感想にはなるが、日常を美学することとは、生きることを取り戻す切実な態度な気がする。じぶんは自意識が強すぎて、「美」や「快」を積極的に取り入れることに抵抗がある。いわんや、他人のvlogなんて到底みれたもんじゃない。
    でも、この態度も変えていきたいと思っている。

  • 哲学的で少し理解に苦しむ内容なのだけれど、要は美学とか美的センスとか機能美とかって普通の暮らしからどう読み取ったら良いか⁈ってことが書かれてる。イスはモノとして見る時とオブジェとして見る時では美の感覚が違うし〜とね。
    色々納得できる点は多かったけど、私には少し読みづらかった。

  • わかりやすくて良かった
    多分、イマソラ写真を撮るとかは日常のなかに美を見つける行為なんだろうなと思う

  • 機能美と、親しみと新奇さ、ルーティーンの章は勉強になった。作者の主張は控えめで日常美学のこれまでの研究・議論をできるだけ分かりやすく示したような感じ。
    内容が難解というより、編集の好みなのか表現が冗長な部分が多いので若干読みづらい。

  • 系・院推薦図書 総合教育院
    【配架場所】 図・3F開架
    【請求記号】 701.1||AO
    【OPACへのリンク】
    https://opac.lib.tut.ac.jp/opac/volume/470928

  • 再読。最近哲学じゃなくて生活のことを考えていて、こういうアプローチの意味もわかるようになってきた。生活美学の先生たちはがんばってほしい。

  • 芸術やら美術やら音楽やら、誰もがそれは美学があると認識されるものは研究対象となし得るが、まさか日常のなかにあるものを美学するという、一見難問とさえ思える事柄を考えている本書。
    言語化するだけでもスゴい。
    ただ、やはり難しい。日常を美学する概念を自分に馴染ませることが難しいんだと感じた。

  • 女子栄養大学図書館OPAC▼https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000073914

  • 冒頭に、本書はいわゆる丁寧な暮らしなどについて書いたものではない、との記述が。まさにそう思って読もうとしていただけに、頭からひっくり返される。とはいえ、読み進めると日常にある美学について理路整然と解説を試みていると理解した。哲学的なところに入り込んでいるなと思ったら、著者の専門がそこにあると知り納得。正直、抽象度の高い内容を論説しようとしているので、小難しく感じた。ところどころ飛び出す事例がドラマなど身近な素材を用いているので、そうしたところではホッとする。再読するともう少し理解が進むのかもしれない。

  •  家の中で過ごす何気ない時間にも美は宿る。日常の営みを見つめ直す視点を与えてくれる。掃除の手順や食卓の配置すら暮らしの美を構成する一部だという。
     だが忙しさに追われがちな現代ではその美は見過ごされがちだ。だからこそ「家から考える」ことが心を整える第一歩になる。ありふれた風景に目を凝らせば静かな輝きが見えてくる。

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著者プロフィール

群馬県立女子大学文学部専任講師。博士(文学)。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。日本学術振興会特別研究員PD(成城大学)を経て、現職。主な著書に『環境を批評する 英米系環境美学の展開』(春風社、2020年)、『「ふつうの暮らし」を美学する 家から考える「日常美学」入門』(光文社新書、2024年)などがある。

「2024年 『都市の緑は誰のものか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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