「ふつうの暮らし」を美学する 家から考える「日常美学」入門 (光文社新書 1317)
- 光文社 (2024年6月19日発売)


- 本 ・本 (288ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334103538
作品紹介・あらすじ
よりよい“世界制作”のために、私たちの家を考えよう――。哲学の一分野である美学の中でも、とりわけ新しい学問領域「日常美学」初の入門書。本書では、芸術を中心とする旧来の美学界に「女性の領域」として長らく無視されていた「家」を中心に、掃除と片付け、料理、椅子、地元、ルーティーンを例として、日常の中の「美」を問い直す。新進気鋭の若手美学者が冴えわたる感性でまとめ上げた、センセーショナルな一作!
感想・レビュー・書評
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「椅子が美しい」と言う場合、その椅子が機能的に優れているから美しいのか、それとも椅子に付いている装飾などが綺麗だから美しいのか。このくだりを読んで、機能性が高い日用品=民芸品こそ美しいと述べた、(K村君が卒論で扱った)柳宗悦の民芸論を思い出した。柳宗悦は日常美学の先駆者か。
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暮らしに「特別」は不要で、僕にとっての「ふつう」が淡々と続くのが理想。世間一般とは「ふつう」が違いがちな僕、筆者の「ふつう」を受け入れられるのだろうか
#ふつうの暮らし」を美学する
#青田麻未
24/6/19出版
#読書好きな人と繋がりたい
#読書
#本好き
#読みたい本
https://amzn.to/3XrfykD -
最近読んだ書籍の中では、なかなかに難しい、読みにくい、哲学的な内容のもの、であったように感じる。
それにも関わらず、と言うかそもそもこの書籍を読んでみよう、と思ったのは、自分も「日常生活を美的に楽しんで(時として悩んで)いる」と常々思っているからである。
そのような動機で読み始めたわけであるが、時として頷ける、あるいは退屈する、記述があったにも関わらず、なんとか時間をかけて最後まで読み切ることができた。このような漠然とした感想しか書けない時点で、既に「読んだとは言えない」のではないかと言う批判もありそうだが、何点か、頷ける記述には出会うことはできた。具体的にここで書き上げる事はできないが、これまで自分が実践してきた一人暮らしのルーティーン、日常と新奇なもの、…などについての記述である。
また最終章で、そもそも私が最近、読書が好きになったきっかけでもある、「オーバーストーリー(リチャード・パワーズ著、木原善彦訳)」の引用がなされていたことも実に興味深かった。 -
『「ふつうの暮らし」を美学する』という考え方は、日常生活の中に美を見出し、その価値を再評価することを目的としている。このアプローチは、以下のように具体的に日常生活に役立ちます。
1. 日常の質の向上
日常の美学は、普段の生活の中で美を見つけることを奨励している。例えば、掃除や料理といった日常的な活動に美学的な視点を取り入れることで、これらの活動が単なる義務ではなく、楽しみや満足感をもたらすものに変わる。これにより、生活の質が向上し、日々の生活がより充実したものになる。
2. 環境への新しい視点
日常美学は、私たちが住む環境や地域社会に対する新しい視点を提供してくれる。例えば、地元の風景や日常のルーティーンに美を見出すことで、普段は見過ごしがちな要素に対する感謝の気持ちが生まれる。これにより、地域社会への愛着が深まり、コミュニティの一員としての意識が高まる。
3. 心の健康とストレスの軽減
美学的な視点を持つことで、日常のストレスやプレッシャーを軽減する効果がある。美しいものや瞬間に目を向けることで、心がリフレッシュされ、精神的な安定が得られる。例えば、自然の風景を楽しむことや、家の中を美しく整えることが、心の健康に寄与する。
4. 創造性の向上
日常美学は、創造性を刺激する要素も含んでいる。例えば、料理を美しく盛り付けることや、インテリアを工夫することなど、日常の中で創造的な活動を行うことで、自己表現の機会が増える。これにより、日常生活がより楽しく、充実したものになる。
著者が本書で伝えたいのは、「日常の中に美を見出し、その価値を再評価することの重要性」であると考える。日常美学を通じて、普段の生活に新たな視点を持ち込み、生活の質を向上させることができると説いている。
日常の中で美を意識的に探すことで、生活がより豊かで楽しく、気づきのあるものになるのかも。 -
芸術や美学、ふだん美しいと感じているものは社会的あるいは道徳的にそう思わされているだけかもしれない。自身の感性に向き合い、世界をつくる一員として感性の変化も含め、心地良いと思うものを流されず選んでいきたいなと考えさせられた。
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わかりやすくて良かった
多分、イマソラ写真を撮るとかは日常のなかに美を見つける行為なんだろうなと思う -
日常を美学することは芸術を美学することと何が違うのか?芸術鑑賞は美的で高級な経験で、日常のルーティンは美的ではない低級な経験なのか?そういう観点はすごく面白いし、そうした思索の中に日々の生活を異化するヒントがあるような気がする。
特に「親しみと新奇性」の章は、美的経験の定義を考え直す内容で示唆深かった。たとえば私たちは常設展より企画展を目当てに美術館へ行くことが多いし、旅行を計画するときはできれば行ったことがない場所に行ってみたいと思う。非日常的な新しい刺激(新奇性)は驚きや感動など美的経験を得やすい。一方で住み慣れた街や愛用の自転車などに感じる心地よさや安心感(親しみ)をも美的経験と捉えれば、〈美的なもの〉の範囲はぐんと広がる。
ただそうなると、美的判断は世間一般的な〈良さ〉だけでなく個人的な〈好き嫌い〉や〈愛着〉まで加味した判断ということにならないか?主観主義的に美を捉えてしまうと、美学が「なんでもあり」の無法地帯、個人の感想合戦になってしまうのではなかったか?そのへん、もう少し勉強する必要がありそうだ。 -
きれいになった、散らかっちゃったという言葉から美学をひもとく構成が面白い
椅子を構成しうる最低限の要素(スツール、合理的)、最大限の要素(とても機能的な椅子)、不要な要素が含まれている椅子(不安定そうに見える見た目の椅子など、あそびごころ)は考えたこともない要素だったので感動した
美しさとは何かという観点と、芸術とは何かという観点が交差するため読みにくい
芸術の美しさを定量化するという美学の歴史上、日常のものが芸術かどうかを判定するのが重要だということは理解できるが、読むときに期待していた 日常の中に潜む美しさの見つけ方に、日常のものが芸術か否かは関係しないので、美しさとは何かについてだけ論じて欲しかった
しかしながら、美学という分野の考え方や苦悩のさわりが知れて面白かった、なんでもありにしてはいけないという制約を美学者全員が強く思っているためにルール作りに勤しんでいる様子が伝わってきた
著者プロフィール
青田麻未の作品





