- 光文社 (2025年4月23日発売)
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感想 : 17件
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784334106287
作品紹介・あらすじ
新進気鋭の文筆家による、言葉にまつわるエッセイ集。セネガル人の父を持つ「ハーフ」ゆえに日本語に執着してしまうという著者。“それでも、私は日本語が好きだった。椎名林檎の歌が好きで、谷川俊太郎の「信じる」が好きで、男の人がふと漏らす「あら」の響きが好きだった。日本語は美しいと、感じることができる自分が好きだった”――残酷でやさしくて美しい言葉との邂逅を独自の視点ですくい上げ、唯一無二の世界を紡ぎ出す。
みんなの感想まとめ
言葉の美しさとその力を深く考察するエッセイ集は、著者自身のハーフとしての経験を通じて、言葉の持つ温もりや痛みを描き出します。差別や偏見の中で、言葉を丁寧に扱うことの難しさを感じながらも、彼女は美しい日...
感想・レビュー・書評
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差別や偏見の中、言葉を丁寧に扱う程上手く伝わらず、無造作に投げつけられる言葉に傷ついた__。
分かり合えない孤独を抜け出すために、美しい言葉に気づける自分でいること。見逃さないように拾い集めたい、滑らかな手触りを感じながら思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
多分、伊藤亜和さんの他の本を、ジェーンスーさんが勧めていたので、図書館にリクエスト。何冊かリクエストしたうちの1つです。
ジェーンスーさん曰く…
日本人の母とセネガル人の父の間に産まれ、日本で育ったからこそ紡がれる彼女独特の日本語の表現が素晴らしい!
多分、そんな事を言っていたような…。
日本で、ハーフの人は、暮らしにくいと思います。日本人は、排他的な民族です。
でも、彼女の文章を読んでいると、ピュアジャパニーズの自分自身も感じる生きづらさみたいなのを共感してしまいます。なんでしょうね。 -
ハーフである自分。
両親から二つのルーツを授かるということは、そのどちらも自分だと認めるということで、簡単なようでいて思いもかけない難しさが存在していた。
著者が感じる「他人から見ればあまりに瑣末なプライド」は、両親ともに日本人である私も同じように感じるものだと思いながらも、きっとそういうことではないのだろう。
ハーフでいることで得られない理解や、向けられる特異な視線。生きる上で頼ってきた、愛してやまない言葉たちを放棄しなければならない時の悔しさを知る彼女は、同時に言葉が人を傷つけることも、人を守る盾となることも知っている。
彼女が昔とてつもなく愛した男に向けた言葉がある。
「呆れた。呆れて、幸せでいてほしいと心から思った」
この言葉の持つ温度がじんわりと私の身体を満たしていくようだった。
彼女の紡ぐ言葉には嫌な無機質さがない。
日本を、日本語を愛する彼女のまっすぐな言葉が胸に心地よい。
自分が書けることは何かを懸命に模索し、迷い、傷付き、得た知見を自身の中に刻む。
苦手なものも、怖いものもたくさんあるのかもしれない。でもそれと同じくらい彼女は「私が私であること」を好み、誇っているのだと思う。
世界をどう見てきたのかを、こんなにもありのまま語れる彼女に憧れた。
声が小さくとも、言いたいことがないわけじゃない。むしろ、きっと日々声を大にして叫びたいことを飲み込んでいるのではないかと思えた。
それらを諦めることなく紡ぐ彼女は、譲れないものが確かにある人なのだと思う。
わずかな短い会話でも、くだらない話題でも、言葉を通して心を分け合いたい。
その願いは、悔しさが滲むこともある彼女の日常にとって、息をするように自然な欲求なのかもしれない。
それぞれの楽園が違うからこそ、救える人がそれぞれ違う。
その言葉に救われた思いがした。
眩しすぎる日照りから身を守ってくれるようなそんな言葉たちが、これからも彼女や私たちに心地よい日陰を作ってくれるのだろう。 -
瑞々しさと繊細はあわちゃんの良さだと思う。
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その人が感じたり、使ったりする言葉は、その人の人生の末につくられた言葉で人生そのもので、自分の発言がその人にとっては心を抉るものだったりする。綺麗な言葉を慎重に使っていきたいなと思った。それから、偏見をもたずに一人の人間としてみることも大切だと思った!噂話に惑わされずに、好きな人も苦手な人も自分で触れて決める
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日本語を大切にしている、という作者。
丁寧に書かれた心地よく読めるエッセイ。 -
noteでフォローして時々読んでいる(無料の範囲のみ)文筆家、伊藤亜和さんのエッセイ、3冊目だそう。セネガル人の父親と日本人の母親との間に生まれ、内面より先に外見、女性であることより先にガイジンとして常に見られながら育ち、日本人としてのアイデンティティを日本語という言語に見出したのだそう。書くこと読むことが好きで得意で文章を書いているわけではなく(そういう側面もあるのかもしれないけれども)、そもそもは自分という存在を認めるためにしがみつくように真剣に向き合って習得した(と想像される)美しい日本語で書かれる文章は読んでいて心地よい反面、どなたかもレビューで書いていたけれども、気を付けて触れないと触った感覚もないうちにスっと傷をつけられてしまうくらいの切れ味があるような感じで、独特の文体。薄い本だけれど、大変読み応えがありました。世に出るきっかけになったという父親とのことを書いた文章は未読。いつか読まなければ。
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文筆家・伊藤亜和さんの3冊目のエッセイ集。
面白いねえ〜。じっとり、優しく、でも確実に刺しにくる感じがたまらない。自己肯定感は低いけど、今の自分のことは嫌いじゃないという絶妙な温度感が文章から伝わってくる。
セネガル人の父を持つハーフゆえに、小さい頃から目立ってしまいそれ嫌だった伊藤さん。特別な存在になることよりも、何の変哲もない人間として好かれることが望みだった。そのために「日本人らしい」丁寧な所作や、話し方を身につけ、異質でなくなろうと努めた。特に日本語への執着は特別なものだった。
エッセイ集はそんな伊藤さんが愛する「言葉」をテーマに記れている。苦い思い出、どうしようもできなかったこと、笑えるエピソード、家族との安らぎなどが、自分や周りの誰かの印象的なセリフとともに思い出され、今の伊藤さんと邂逅することで美しい和音となっている。
僕も静かなタイプのハーフだけど、別のものを求められることが多かったので共感してしまう部分が大いにあった。 -
著者初読み。
読みやすいエッセイ集で、個性?感性?、なかなか楽しく、時に 興味深く読ませていただきました。 -
914.6
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とあるこども新聞で「中学受験に出そうな本」として紹介されていた。おー亜和ちゃんすごい(←スーさんのSNS等の投稿で勝手に存じ上げているのに、親戚のおばさん気分の読者)と読んでみた。
なんとなくどのエッセーが受験に出そうかわかるわ、と思いつつ、話によっては際どい話題も出てくるので、こども新聞記者よ、全部読んだのかよと思った。
誤解がないよう言っておけば、どの話も亜和さんの選んだ言葉で綴られていて、気持ちの展開が手に取るようにわかり、おばあさんの姿形まで想像でき、しかもちゃんとオチがある、最高の短編集。私もこんな素敵に日本語を操ってみたい!と思わせてくれる。
例えば人が投げた言葉に傷つけられた子、声の小さい子、人とのコミュニケーションが苦手だと悩んでいる子がいたら、どれほど勇気づけられることだろう。それが受験の問題であれ、いろんな子供たちがこの話に出会えたらいいなあと思う。
が全部マルマル受験生(小6またはそれ以下)に丸投げ紹介は雑だという話(笑)。バニーガールって何、なんでそんな格好するのと聞かれても答えわからないな(実物に会ったことがないのだがガールズバーにいけばいるのか。旧ガールも客として入れるのだろうか)。みんなうさぎが好きなのか?うさぎにセクシュアリティーを感じるのか?そしたら小動物ふれあい広場とかも、ある種同じ目的なのか?とか余計なことを考えてしまった。
というわけで子ども新聞への若干の疑問を除けば、面白くて少し寂しくて、人間とはみたいなことを考えさせてくれる最高のお話だった。 -
際立つ繊細さ
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読みやすいが読み応えはあまりなかった。
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この本をまず受け取ったときに一つ驚いた。
おそらく装丁と中身に深い関連性はないのだろうけど、著者の質量と湿度を持ったことばの数々に、勝手に関連性を見出してしまう。
ざらつきやもやもやとした感情をストレートかつ文学的に表現できる方なのだと感じた。 -
伊藤亜和さんの3冊目のエッセイ。本当にこの人の文章はゴクゴクと飲み干すように読み進めてしまう。
本作の中でその文章、日本語が自身の容姿から生まれる偏見に抗った末に身につけ磨き抜いたものだと感じた。
とは言え読みながら今回は「自分も同じように相手を傷つけるようなことを言っていなかったか?」を自問せざるを得ないようなエピソードが多かった。
遠い昔のカサブタもあれば、切りつけられ血が止まってない新鮮な傷口を見せられるような…とても辛い体験なのに伝える日本語が美しいからスルスル体の中に入ってくるのが伊藤亜和さんの凄さなのでは、と思いました。(〇〇ファンクを聴きながら) -
言葉とか、人と関わることとかについて、とても染みることが書かれていた。
短いエッセイ集。「言葉」「復讐」「わたしはわたし」が良かった。荒々しくなったり繊細になったり、振れ幅の豊かな人だなと思った。
著者プロフィール
伊藤亜和の作品
