涙流れるままに 下 (光文社文庫 し 5-31 吉敷竹史シリーズ 15)

著者 :
  • 光文社
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感想 : 10
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  • Amazon.co.jp ・本 (617ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334732615

感想・レビュー・書評

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  • (上巻の感想からの続き)

    そして吉敷。
    この男はシリーズを重ねるたびに存在感を増しており、しかも言葉遣いも心なしか変わってきているようだ。登場当初は単なる刑事に似つかわしいダンディという設定以外、何の特徴もなかったが通子の登場、上司との軋轢、殺人課での孤立という状況変化を経て、その人と成りがヴィヴィッドに浮き上がってきている。

    今回、刑事が冤罪事件を調査するという仲間の手柄を覆す裏切り行為を行うことをやってはならないことを知りながら行うことで、吉敷の刑事辞職という設定を持ってきたのはよかったが、最後の最後で救われることが自分的によかったのか悪かったのか判断がつかない。
    刑事を辞めれば通子と暮らせる、しかし刑事をしなければ悪は倒せない、この二律背反の状況の中、自分としてはやはり辞職をして通子との暮らしを選択して欲しかった、吉敷の、例えば探偵としての第2のスタートを見たかったという気持ちがあり、これにはちょっと肩透かしを食らった感がある。
    しかしよくよく考えてみると、一方では御手洗潔というエキセントリックな探偵を配しているので、もう1つの探偵物は不要なのだった。吉敷シリーズとこれからも付き合っていくことを考えれば今回の選択は正しかったのだ。

    今回、この600ページ前後の上下巻では島田氏の語りたいテーマがかなり網羅されているように思う。
    冤罪事件、組織改革、記憶もしくは脳に対する研究。
    これらをモチーフに通子と吉敷のストーリーを仕上げる手腕は相変わらず凄まじさを感じる。人物を語ることに重きを置いたこともあり、不可能犯罪的要素は薄められてはいるものの、やはり最後で切断された首の問題、殺人現場の不具合を論理的に解明するあたりは島田本格面目躍如といった感じだ。

    最後に用意された吉敷の鬱屈感を一掃する実の子との対面と警部昇格の知らせは盆と正月が一度に来たようなもので吉敷シリーズの第一部フィナーレを飾るに相応しい幕切れだった。
    しかし、通子の業はまだ続く。恐らくはまたもや暗鬱な日々が二人に訪れることだろう。
    だからこそ、中年を過ぎた二人に似つかわしい甘いやり取りもまた許せるというものだ。

  • 吉敷は死刑囚の妻の訴えを聞いて40年前の殺人事件を調べなおし始めた。洗い直すうちに元妻の通子の忌わしい過去にぶち当たる。通子と吉敷の思いはどうして…不覚にも泣いてしまった。吉敷竹史シリーズの中で最高傑作ではなかろうか!

  • 上下巻読了。
    本作を読む前に、少なくとも「北の夕鶴2/3の殺人」「羽衣伝説の記憶」「飛鳥のガラスの靴」「龍臥亭事件」を読んでおく必要があります。加納通子という女性の生き様を知っておかないと、この作品の真の価値が理解できないからです。
    今まで不思議な行動や言動を繰り返していた加納通子。彼女の数奇なる生涯が上巻で語られます。
    一方、吉敷竹史は40年前の冤罪事件に、自らの辞職を賭けて取り組んでいきます。通子の回想と吉敷の事件とが何時どのように交錯するのかが最大のポイントになるのですが、それまで救いのなかった二人に温かいラストが用意されているので、思わず心が震えてしまいます。著者の作品群の中で随一の力作です。

  • 吉敷シリーズ。読むのが本当に辛い、苦しい、重い。ここまで主人公達を追い詰めなくてもいいんじゃないかと思う。ラストがあるから読後感はいいけど、今後読み返すとしても、下巻の後半のみ。それ以前は読み返したくならない。最後で、嫌なのを我慢して読んだ甲斐はあったと思えるけど、あんまり人には勧められない。せっかくの冤罪などのテーマが、性的描写の多いせいで読者に伝わらないのじゃないかと思ってしまいます。

  • 下巻では、通子は現在自分が置かれている状況を打開すべく、過去と見つめあい、行動を起こします。様々な悪しき過去を振り切って、行動する通子に強さを見出せるようになります。

    そして吉敷も、冤罪事件を解明しようと行動します。上司にたてつく姿はわたしが今まで読んできた吉敷シリーズの吉敷と何ら変わりがありません。

    一旦途切れかけた通子と吉敷の運命の糸が、また交差し、結びついていく様もとてもよく描けていると思います。

    御手洗シリーズとはまた違った、社会派ミステリとしての本作は、冤罪事件について様々な知識を与えてくれ、現在の日本の裁判システムに疑問を投げかける秀作だと思いました。

  • 吉敷竹史シリーズの総決算です。吉敷の物事に真摯に向き合い立ち向かう実行力と意志の強さが光ります。通子さんの事実に目を背けて逃げに逃げまくる意思の弱さが負のスパイラルを呼びます。彼女の過去エピソードを読む限り人としてお付き合いしたくないですね。母になるまでは、ダメ女の半生記です。第三者が見た彼女は、他の冤罪事件と違って虚像ではなさそうです。吉敷は捜査が冴え、人として信頼されている感じが伝わります。井戸から物証が揚がったときや列車の見送りでは心が震えました。満喫しました。(1999年)

  • 吉敷竹史シリーズ。

    2007年3月29日初読

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著者プロフィール

1948年広島県福山市生まれ。武蔵野美術大学卒。1981年『占星術殺人事件』で衝撃のデビューを果たして以来、『斜め屋敷の犯罪』『異邦の騎士』など50作以上に登場する探偵・御手洗潔シリーズや、『奇想、天を動かす』などの刑事・吉敷竹史シリーズで圧倒的な人気を博す。2008年、日本ミステリー文学大賞を受賞。また「島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」や「本格ミステリー『ベテラン新人』発掘プロジェクト」、台湾にて中国語による「金車・島田荘司推理小説賞」の選考委員を務めるなど、国境を越えた新しい才能の発掘と育成に尽力。日本の本格ミステリーの海外への翻訳や紹介にも積極的に取り組んでいる。

「2023年 『ローズマリーのあまき香り』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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